二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


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 週末の午前、鳴上は実家の玄関を開けて、まずいつものように空気の匂いを確かめた。

 閉め切っていた家の空気は少しだけ重い。

 だが、湿気がこもりすぎているほどではないとすぐにわかる。

 

「よし、今日はそこまで最悪じゃねえな」

 

 後ろから入ってきた陽介が、靴を脱ぎながら気楽な調子で言った。

 鳴上は鍵を内側から掛ける。

 

「先週、雨が少なかったからだろう」

「そういうのまで計算してんの、ほんと怖いよな」

 

 怖いと言いながら、陽介はもう勝手を知った足取りで廊下を進み、窓の鍵へ手を伸ばしている。

 

 最初の頃は、実家のメンテナンスに陽介が同行するのはたまの気まぐれに近かった。

 だが今は、半ば自然に定着している。

 鳴上が換気の順番を考える前に、陽介は人のいない家の奥まで進み、居間と隣室の窓をまとめて開けていく。

 風が入る音が家の中を細く走る。

 止まっていた空気がゆっくり動き出すたび、家そのものが少し目を覚ますように感じた。

 

「いつもの分担でいいか」

「いいよ。俺、今日は一階の掃除機からやる」

「終わったら廊下を頼む。棚の上はあとで拭く」

「了解」

 

 返事が早い。

 最初に来た時の、手伝ってやってもいいぞ、という半歩引いた感じはもう薄れていた。

 掃除機の音が廊下へ伸びるのを聞きながら、鳴上は窓枠の埃を落とし、カーテンをまとめて日を入れる。

 

 無人の時間が長い家は、放っておけばすぐに輪郭が鈍る。

 だから最低限の手入れは欠かせなかった。

 

 もともとは全部自分ひとりで済ませていた。

 週に一度戻り、空気を入れ替え、掃除をし、足りないものを補充する。

 必要だからやる。それだけのことだった。

 そこへ陽介が混ざるようになったのは、案外最近のはずだった。

 それなのに、掃除機のコードが勝手に差し替えられ、雑巾が自然に用意されている今の光景は妙にしっくりきていた。

 

「悠、これ後で上がって拭くやつ、脚立出しとくか?」

 

 居間の方から声が飛ぶ。鳴上は窓の桟を拭きながら、少しだけ口元を緩めた。

 

「出しておいてくれ。押さえはあとでやる」

「はいはい。高所作業員様優先な」

 

 軽口はいつも通りだった。だがこういうやり取りが、この家の中でも普通に成立していることにふと気づく。

 恋人になってからも、生活の手触りは劇的には変わらなかった。

 変わったのは、その意味の置かれ方だけだった。

 朝起こすことも、食事を作ることも、遅くなる方が連絡を入れることも、課題前に机を並べることも続いている。

 ただ、その一つ一つが前より少しだけ深く根を下ろした。帰る場所であることの意味が、曖昧ではなくなった。

 階段を上がって二階の窓を開けたところで、下から掃除機の音が止んだ。続いて陽介の足音が軽く近づいてくる。

 

「一階おわり。次どこだ」

「廊下と階段。終わったら台所の床も頼む」

「まーた細かい注文を」

 

 文句を言いながらも、陽介は雑にやらない。

 角まできっちり吸っていく音で、だいたいの仕上がりはわかった。

 鳴上は二階の部屋の窓を開け終え、壁際の棚へ薄く積もった埃を払う。差し込む光が少しずつ白く強くなる。

 一年前は、この家へ陽介を連れてくることになるとは思っていなかった。少なくとも、ここまで自然な形ではない。

 

 入学式の日に寝坊した陽介を叩き起こし、同居へ持ち込み、朝も夜も生活を揃えた。その延長が今ここにある。

 下へ戻ると、廊下の先で陽介が掃除機を切ったところだった。額にかかった前髪を手の甲で払ってこちらを見る。

 

「よし。廊下も台所も終了」

「助かる」

「その一言で済ませるの、相変わらず潔いな」

「事実だからな」

 

 そう返すと、陽介は苦笑しながら掃除機を片づけた。鳴上は物入れから脚立を引き出し、居間へ運ぶ。

 高い棚の上に腕を伸ばしながら、ふと時計を見る。昼までには終わるだろうと計算できて、少し肩の力が抜けた。

 

「そういやさ」

 

 脚立の下から、陽介が見上げるように声をかけてくる。鳴上は布巾を動かしたまま返事をした。

 

「なんだ」

「成績、昨日出た」

「見た。問題ない」

「お前の問題ないは信用ならねえんだよなあ」

 

 言いながらも、陽介の声は明るい。単位が危うい時の調子ではないと、その程度のことはすぐにわかる。

 

「お前の方も必要分は揃っていたな」

「ギリギリみたいに言うな。ちゃんと揃えたんだよ。必死だったけど」

「必死だったのは知っている」

「朝起こしてもらってるやつに言われると、何かこう、はいその通りですって感じだな……」

 

 脚立を押さえる手に力は入っている。鳴上は棚の上を拭き終え、布巾を畳みながら下を見た。

 

「駿河台で完結する見通しは立ったんだろう」

「立った。二年からはだいぶ楽になるはず」

「なら十分だ」

「そっちは? 駒場、もう行かなくて済みそう?」

「完全には切れないが、頻度はかなり減る」

 

 そのために一年目で取れる一般教養はできるだけ取り切った。

 無駄な往復を減らすための計算でもあった。

 陽介も陽介で、二年次以降を見越して履修を積んできた。

 危ない橋を渡らず、必要十分を確実に回収した。

 互いに分からない講義内容は補い合ったし、レジュメやノートを見せることも珍しくなかった。生活のついでだった。

 

「よく一年であそこまで詰めたよな、俺たち」

 陽介が感心したように言う。鳴上は脚立を降りながら、思ったより素直なその言い方に少し笑いそうになる。

「お前はよく落とさなかったと思う」

「褒めてるのか刺してるのかどっちだよ」

「半々だな」

「ひでえ」

 

 だが事実だった。

 陽介は要領がいい反面、気を抜くと流れで何とかしようとするところがある。

 それでもこの一年は、かなり粘った。

 眠そうな顔で朝食をかき込み、講義へ向かう背中を何度も見送ってきた。

 夜、机に向かったまま唸っている時もあったし、レポートの締切前だけ妙に素直になることも何度かあった。

 それを思い出すと、よくここまで来たものだと思う。生活を回しながら単位を積むのは、思ったより骨が折れる。

 

「まあでも、助かったわ」

 陽介が脚立をたたみながら、何でもない口調で言った。

「一般教養ってさ、学校違ってもかぶるとこあるじゃん。あの辺、お前いたからだいぶ楽だった」

「お互い様だろう」

「いや、お前は一人でも何とかなった感ある」

「過大評価だ」

「そうでもねえって。俺、レポート前に何回お前のノートに命救われたと思ってんの」

 

 言い方は大袈裟だったが、そこに冗談だけではないものも混じっていた。

 鳴上はそれを否定しなかった。

 実際、助け合ってきたのは本当だった。履修の相談も、試験前の確認も、生活の中に自然に吸収されていた。

 朝食を食べながら予定を合わせ、夜に帰ってきて進捗を聞き、必要なら机を挟んで短く説明する。それで十分だった。

 恋人になったあとも、その流れはほとんど変わらない。

 ただ、同じ食卓につく意味が少しだけはっきりしただけだ。

 

「そういえば」

 鳴上は脚立を壁へ戻しながら、思いついたように口を開いた。

「そろそろ最初の条件を見直す時期かもしれないな」

「最初の条件?」

「おためし同居だ」

 

 言うと、陽介は一瞬だけ止まった。何のことか理解するまでに、数秒ほど間があったように見える。

「……ああ」

 それだけ返してから、陽介は変な顔をした。呆れたような、拍子抜けしたような顔だった。

「いや、今さら?」

「形式上は確認しておくべきだろう」

「形式上って」

 

 陽介は掃除機のコードをまとめながら、苦笑いを浮かべる。反論というより、半分あきれている様子だった。

 

「だってもう、戻す意味ある?」

 

 そう言われて、鳴上は答える前に少し考えた。

 学業、生活費、家事分担、通学動線。順に頭の中で並べていく。

 来年度は本郷と駿河台が主軸になる。御茶ノ水を中心に見れば、今の生活拠点のままで十分に回せるはずだった。

 食事の運用も、帰宅時間のずれも、家事の分担もほぼ固まっている。

 解消した場合の手間の方が明らかに大きい。

 

 そこまで整理したあとで、鳴上はようやく陽介を見る。

 向こうは最初から答えが出ている顔をしていた。

 

「少なくとも、合理性の面では継続の方が自然だ」

「そこ真顔で整理すんの、ほんとお前らしいわ」

「感情で決めてもいいが」

 

 鳴上がそう言うと、陽介は少しだけ目を細めた。

 その一瞬の間に、恋人になってからの時間が静かに滲む。

 

「感情で決めても、別に一緒だけどな」

 

 さらっと言われたのに、鳴上の方がわずかに言葉を失う。

 陽介はそれに気づかないふりをしているようにも見えた。

 

「今さら部屋別にして、飯も別で、朝も別とか、そっちの方が面倒だし」

「面倒だから、だけか」

「寂しいから、もある」

 

 今度は視線を逸らさずに言った。

 軽く言っているようで、引くつもりのない声だった。

 

 鳴上は小さく息をついた。

 そういうところで、陽介はたまに躊躇なく核心へ触れてくる。ずるいと思う。

 

「俺も、解消する理由は見つからない」

「だよな」

「むしろ、続ける前提で二年の動線を組んでいた」

「先に言えよそういうの」

「聞かれなかったからな」

「出たよ、そういうとこ」

 

 文句を言いながらも、陽介は笑っている。

 その顔を見ていると、今年度の終わりという実感がようやく輪郭を持った。

 

 一年目は思ったより忙しかった。

 講義も多く、移動も多く、生活を整えながら走るには十分な密度があった。

 それでも二人は必要な単位を積み、朝を回し、夜を回し、体調を崩せば看病し、恋人同士としても無理なく馴染んだ。

 特別なことだけで関係が進んだわけではない。むしろ、特別ではない日の積み重ねがそのまま今へ繋がっていた。

 

「じゃあ、見直し終了でいいな」

 鳴上がそう言うと、陽介は掃除機を片づけながら肩をすくめた。

「ずいぶんあっさり言うじゃん」

「確認は済んだ」

「おためし同居、正式継続ってこと?」

「そうなるな」

「何か書面ほしいんだけど」

「作るか?」

「いや、そこまで本気で返されると困る」

 

 笑いながらのやり取りだった。

 だが、その軽さの下にあるものは軽くない。もう二人とも、そこはわかっている。

 掃除を終えた居間には、午前の明るさが広く落ちていた。

 窓を開けたせいで、家の空気もだいぶ軽くなっている。

 鳴上は室内を見回した。

 埃は落ち、換気も済み、必要なことは一通り終わっている。

 来週まではこれで持つだろう。

 

 この家をひとりで維持していた時間は長い。

 けれど今は、その作業の中に陽介がいることが妙に当たり前になっていた。

 

「帰るか」

「おう。昼どうする?」

「御茶ノ水で何か食うか、戻って作るかだな」

「戻ってでいいんじゃね。今日あんま外で並びたくねえ」

「わかった」

 

 そう言いながら窓を閉めていく。

 陽介は何も言わず、次の窓の鍵へ手を伸ばした。そこに迷いはなかった。

 靴を履き、玄関を出る。

 鍵を閉める手元へ春の終わりの風が触れ、鳴上は無意識に空を見上げた。

 

 一年前、この時期の自分が今を見たらどう思うだろう。

 少なくとも、ここまで自然に隣へ陽介がいるとは想像しない。

 大学も違う。通う先も違う。

 だが朝は同じ家を出て、夜は同じ場所へ帰る。その生活がもう前提になっていた。

 

「悠」

「なんだ」

「二年もよろしくな」

 

 何でもない調子で言われる。

 だが、ただの進級の挨拶ではないことくらい、鳴上にもわかった。

 

「こちらこそ」

 

 短く返すと、陽介は満足したように笑った。

 その笑顔を見て、鳴上は胸の奥が静かに落ち着くのを感じる。

 

 一般教養を詰め込み、必要な単位を積み、互いに支え合って一年を終えた。

 その先にも、たぶん同じ生活が続く。

 同居はもう試用ではなかった。恋人同士であることも、共同生活も、学業の助け合いも、すべてが自然につながっている。

 御茶ノ水へ戻る道を並んで歩きながら、鳴上は来年度の動線を頭の中で組み直す。無理はない。問題もほぼない。

 何より、そこへ陽介が含まれていることを、今はもう当たり前の前提として考えていた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生)

同居一年目はこれでおしまい。
同居二年目もひきつづきどうぞ。

次回もよろしくお願いします
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