二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。





 御茶ノ水駅から少し歩いた先に、その喫茶店はあった。

 表通りから一本入った場所にあり、昼の人通りが少しだけやわらいでいる。

 

 ガラス扉を押して中へ入ると、低く流れるジャズが耳に入った。

 古い木の床はよく磨かれていて、足音だけが小さく沈んでいく。

 店内を一度見渡し、案内される前に奥の席へ目をやる。

 壁際のソファー席が空いていたので、そちらを選ぶ方が話しやすいと思った。

 えんじ色のベルベットが貼られたソファーは、見た目より沈み込みが浅い。

 背を預けても姿勢が崩れにくく、こういう話をするには都合がよかった。

 

 向かい側に陽一おじさん、その隣に陽介が座る。

 自分は通路側に腰を下ろし、机の上の水の位置だけ先に整えた。

 

 注文を取りに来た店員へ、三人それぞれ飲み物を頼む。

 おじさんはブレンド、陽介はクリームソーダに少し迷ってからアイスコーヒーを選んだ。

 氷の音が遠くで触れ合うのを聞きながら、時計を見る。

 約束の時間ちょうどで、遅れも早すぎることもなく始められるのは助かった。

 

 こういう場では、最初の数分で流れが決まる。

 余計な前置きが長いと、確認すべきことまで曖昧になりやすい。

 

「それで」

 先に口を開いたのはおじさんだった。

「話というのは、同居の件でいいんだな」

「うん」

 陽介が頷く。

「去年からやってた、おためしのやつ。あれ、今年度もこのまま続けようって話になって」

 

 言い切ったところで、テーブルの下で足先の向きを変えたのが見えた。

 緊張しているというより、言い出した後の着地点を探している時の癖に近い。

 

「なるほど」

 おじさんはそこで急かさず、水を一口飲んだ。

「続けること自体に反対するつもりはないが、確認はしたい」

 

 その言い方なら、まず大きく崩れない。

 必要な項目を順に見ていく流れだと分かり、肩の力を少しだけ抜いた。

 

「学業への影響はどうだ」

「そこは、だいじょぶ。去年も単位は落としてないし」

「今年は二年だ。課題も少し変わるだろう」

「通学時間は今の部屋の方が安定しています」

 陽介の言葉が止まる前に、短く補った。

「生活時間も固定しやすいので、遅刻や寝不足は減っています」

 

 おじさんがこちらを見る。

 必要以上に言葉を足さず、その視線が戻るのを待つ。

 

「実際、去年より朝は回ってると思う」

 陽介が続ける。

「一人だった時より、飯とか支度とか、変に崩れにくいし」

 

 その表現は少し曖昧だったが、意味は足りていた。

 おじさんもそこを細かく咎めず、次の項目へ移る。

 

「費用の負担は」

「家賃は今の配分で偏りません」

 今度は先に答えた。

「光熱費と食費を含めても、大きな片寄りは出ていません」

「数字は見ているのか」

「はい。月ごとに確認しています」

「そうか」

 

 注文した飲み物が運ばれてきて、一度会話が切れた。

 カップの置かれる音が小さく重なり、ジャズの低音がその隙間へ戻ってくる。

 湯気の立つコーヒーがおじさんの前に置かれる。

 陽介のグラスには氷が多めに入っていて、水滴がすぐ外側へにじみ始めた。

 ストローの包みを陽介が雑に折りかけたので、テーブルの端へ寄せ直す。

 こういう場で紙片が散ると、会話と関係ないところで気が削がれる。

 

「家事はどう分けている」

「えーと、飯は悠が多めで、俺は買い物とか」

 そこで少し考え込む間が空いた。

「あと、洗濯物取り込んだり、そのへん」

「固定ではなく、その日の帰宅時間で調整しています」

 補足すると、おじさんが頷く。

「朝食の準備は俺が先に起きる分を担当していますが、買い物や片づけは陽介が拾う日も多いです」

「なるほど。どちらか一方に寄りすぎていないならいい」

「寄りすぎてはない、はず」

 陽介がそう言ってグラスに触れる。

 断定するには少し躊躇いがあるのだろうが、否定の響きは入っていない。

「生活がだらける心配は」

 おじさんはそこで少しだけ言葉を選んだ。

「一緒にいる方が楽になる分、境目が曖昧になることもある」

 

 それはもっともだった。

 同じ部屋で過ごす時間が長いほど、緩さは自然に混じる。だからこそ、どこが崩れていないかは先に整理してきた。

 

「平日は起床と外出の時間をほぼ固定しています」

 カップの持ち手に触れながら答える。

「課題の締切や試験前は、先に予定を共有して調整します。生活の方は、その方が回しやすいので」

 

「共有って、わりとちゃんとしてるな」

 陽介が半分笑う。

「まあ、うん。言われてみればそう」

 

 曖昧に笑ったあと、視線が少しだけ下がった。

 そのままでも問題はないが、ここで話を泳がせると、必要以上に気を遣う流れになりやすい。

 

「部屋の更新条件も確認済みです」

 言うと、陽介がこちらを見る。

「継続する場合に必要な手続きと時期は、先に整理してあります」

「もうそこまでか」

 おじさんの声に、驚きはあっても重さはなかった。

「なら、考えなしに続けるわけではないと見ていいな」

「はい」

 それだけ返す。

 説明を増やす場面ではないと思ったので、そこで止めた。

 

 おじさんはコーヒーを一口飲んで、しばらく黙った。

 店内のジャズがサックスへ変わり、隣の席でカップソーサーの触れる音が小さく鳴る。

 

「陽介」

「うん」

「お前は、この形で続けたいんだな」

 

 聞かれた陽介は、一度だけ息を整えた。

 グラスの縁から手を離し、今度はまっすぐ顔を上げる。

 

「続けたい」

 短く言って、それから少しだけ言葉を足した。

「負担になってるなら別だけど、そうじゃないなら、このままの方がちゃんと暮らせると思う」

 

 言い終えたあと、指先がグラスの水滴をなぞった。

 そこに迷いがないとは言わないが、少なくとも逃げる言い方ではなかった。

 おじさんはその返答をそのまま受け取り、こちらへも視線を向ける。

 確認は十分だろうと思い、姿勢を崩さず見返す。

 

「分かった」

 おじさんはそこで頷いた。

「学業に支障がなく、費用も偏らず、生活が回っているなら、継続に異論はない」

 

 その一文で、場の張りが一段だけ下がった。

 陽介の肩が、分かる程度に少しだけ落ちる。

 

「ただし、何か崩れるようなら早めに言え」

「うん」

「続けると決めたなら、続けるための見直しも必要になる」

「分かってる」

 

 そこまで聞いて、十分だと思った。

 これ以上同じ話題を引っ張ると、承認より検査の余韻が残りやすい。

 

 グラスの結露がコースターの端へ滲んでいるのを見て、紙ナプキンを一枚寄せる。

 陽介がそれに気づいて、小さく礼だけ言った。

 

「今月、洗剤と保存容器を買い足す予定です」

 そのまま話題をずらす。

「食費の見直しも一度やるつもりなので、必要なら配分を再調整します」

「急に生活感が強いな」

 陽介が言う。

「報告が済んだなら、次はそっちだろ」

「まあ、そうだけど」

 

 おじさんがそこで初めて少し笑った。

「その調子なら、少なくとも形だけで続けることにはならなさそうだ」

「今のところ、崩す理由がないので」

 答えると、陽介が横でまた小さく息を漏らした。

 さっきとは違い、今度は完全に力の抜けた音だった。

 

 会計を済ませて店を出ると、午後の光が通りへ落ちていた。

 駅の方から人の流れが戻ってきていて、喫茶店の静けさだけが扉の向こうへ残る。

 

 おじさんと別れたあと、しばらくは並んで歩く。

 陽介はすぐには何も言わず、代わりに肩の位置だけがさっきより自然になっていた。

 

「とりあえず、通ったな」

 数歩してから、ようやく陽介が言う。

「確認はされたけどな」

「そりゃそうだろ。親だし」

 

 その通りだった。

 反対されなかったことより、必要な確認を通ったことの方が、今後の生活には都合がいい。

 

「このままスーパー寄る」

「もう切り替え早いな」

「牛乳がない。パンも減ってる」

「はいはい。じゃ、今日は俺カゴ持つ」

 

 駅前の通りへ向きを変える。

 家に戻れば、更新の書類を入れるファイルの位置も、買ったものを置く棚も、もう決まっている。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学二年生)
花村陽介(M大に入学した大学二年生)

花村陽一(陽介の父。現在の勤務地は御茶ノ水近辺にあるジュネス東京オフィス)
※ずっと鳴上目線なので、陽一のことは「陽一おじさん」「おじさん」と呼んでいるのです)

次回もよろしくお願いします
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