二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。





 

 式が始まるまでのあいだ、武道館の中は独特のざわめきに満ちていた。

 高い天井の下で人の声がいくつも重なり合い、少し遅れて耳に返ってくる。

 案内に従って席へ向かう流れは整っているのに、そこかしこで写真や会話が止まらず、祝祭の日らしい落ち着かなさが残っていた。

 鳴上はその空気の中を歩きながら、隣にいる陽介を一度だけ見た。

 

 陽介は完全に場に馴染んでいるわけではなかったが、居心地悪そうにもしていなかった。

 案内表示を見上げては周囲を見回し、物珍しそうに視線を巡らせている。

 場違いであることを自覚したうえで、それでも引かない顔をしていた。

 そういうところは昔から妙に図太い。

 

「武道館って、もっと薄暗いとこかと思ってた」

「何を想像していたんだ」

「ライブ会場とか試合の映像の印象」

「入学式の会場としては十分明るいだろう」

「いや、そうなんだけどさ」

 

 陽介は言いながら、どこか納得していない顔で天井を見上げた。

 こういうどうでもいい感想を挟むせいで、周囲の厳かな空気が少しだけ遠のく。

 鳴上は案内に従って席を確かめ、余計なことを言い出す前に座るよう視線で促した。

 陽介はそれに気づいて、肩を竦めるようにして従った。

 

 席に落ち着いてからも、周囲の音は完全には静まらなかった。

 近くでは、母親らしい女性が息子の肩を軽く叩きながら何かを言っている。

 少し前方では、父親がスマートフォンの画面越しに壇上を撮っていた。

 式典が始まる前の数分だけ許された、落ち着かない親子の時間なのだろうと思う。

 

 目に入るたび、別に何かを思うつもりはなかった。

 羨ましいとも、寂しいとも、今さら言うほどのことではない。

 ただ、景色の大半がそういう組み合わせでできていると、自分がその輪の外にいることだけは否応なく分かった。

 その認識を持て余しかけたところで、隣から小さな声が落ちてきた。

 

「おい、あの人たぶん保護者席間違えてる」

「見るな」

「いやだって、さっきから三回くらい係の人に聞いてる」

「だから見るな」

「悠、こういう時だけ妙に冷たいよな」

 

 鳴上は前を向いたまま、小さく息をついた。

 陽介の声量は抑えられていたが、内容はあまり抑えられていない。

 それでも、そのくだらない観察に意識を持っていかれる分だけ、周囲の家族連れを眺め続けずに済んでいる。

 たぶん陽介は、そのことを半分くらいしか自覚していない。

 

 ほどなくして、会場全体のざわめきが少しずつ薄れていった。

 開式を告げる案内が入り、人の動きが止まり、場の空気が一段落ち着く。

 整えられた式次第に従って、言葉と音が順に流れていく。

 鳴上は背筋を正し、壇上へ視線を向けた。

 

 大学名、祝辞、歓迎の言葉。

 どれも今日という節目にふさわしい、過不足のない言葉だった。

 新しい環境に進む者へ向けられる整った文言は、聞き流そうと思えばそうできる程度に端正だった。

 だが、こういう型通りの言葉は嫌いではなかった。

 

 自分がどこへ向かうのか、まだ具体的に見えているわけではない。

 それでも、大学へ進むという選択だけは、自分の意思で決めたものだった。

 都内へ戻り、高校を一年過ごし、その先としてT大を選んだ。

 そうして今ここにいることは、少なくとも他人に決められた結果ではない。

 

 壇上を見つめながら、鳴上はそんなことを考えた。

 何か特別な感慨があるわけではない。

 ただ、目の前の式典が、自分の生活を少しだけ次の段階へ押し出していることは分かった。

 それを一人で受け取るはずだった。

 

 そう思った瞬間、横から紙の擦れる小さな音がした。

 視線だけを向けると、陽介が式次第の紙面をまじめな顔で見ている。

 内容を追っているのか、単に手持ち無沙汰なのかは分からない。

 だが少なくとも、途中で飽きて寝たりはしていなかった。

 

 鳴上はわずかに口元を緩めそうになって、すぐに戻した。

 式の最中に笑う理由としてはあまりにもくだらない。

 それでも、自分の入学式に陽介が同席しているという状況は、少し時間が経ってもなお妙だった。

 現実味が薄いわけではないのに、どこかだけ現実離れしている。

 

 式が進むにつれて、会場の空気は徐々に均されていった。

 入学を迎えた高揚も、保護者の落ち着かなさも、ひとつの式典の中にうまく収まっていく。

 人が大勢いれば、それぞれ事情は違っていても、見た目の上では同じ節目を迎えた集団になる。

 その中に、自分もきちんと含まれている。

 

 そう感じられたのは、たぶん陽介が隣にいたからだった。

 親ではないし、大学の関係者でもない。

 だが、誰もいない状態と、ひとり隣にいる状態では、同じ式でも受け取り方が違う。

 その違いを、鳴上は言葉にするつもりはなかった。

 

 閉式が近づいたころ、陽介がわずかに姿勢を動かした。

 退屈したというより、式の終わりを察した動きだった。

 それを横目に見ながら、鳴上は最後の案内を聞き流す。

 無事に終わった、とまず思った。

 

 式が終わると、張りつめていた空気は一気にほどけた。

 椅子を引く音や立ち上がる気配が重なり、会場全体に人の流れが戻ってくる。

 前方ではさっそく保護者が子どもに声をかけ、周囲でも笑い声が増えていた。

 鳴上も立ち上がり、式次第の紙を軽く折りたたんだ。

 

「終わったな」

「意外とちゃんと見ていたな」

「なんだよその言い方」

「途中で飽きるかと思っていた」

「失礼すぎるだろ」

 

 陽介は不服そうな顔をしたあと、すぐに周囲へ視線を向けた。

 人の流れが出口へ集まり始めている。

 家族連れはその場で写真を撮るか、外へ出てから合流するかで動きが分かれていた。

 そうした空気を見てから、陽介は鳴上へ顔を戻した。

 

「写真とか、撮るか?」

「別にいい」

「まあ言うと思った」

「お前は撮りたいのか」

「俺はどっちでもいいけど、せっかくっちゃせっかくだし」

 

 鳴上は少しだけ考え、それから首を横に振った。

 記録がいらないわけではないが、この場で立ち止まって撮る理由もあまり思いつかない。

 陽介もそれ以上は勧めず、あっさり引いた。

 無理に何かを足さないところも、助かる時がある。

 

 二人で人の流れに乗り、武道館の外へ出る。

 朝よりも人は増えていて、門の近くはさらに賑やかになっていた。

 式を終えた新入生たちが保護者と合流し、何枚目か分からない記念写真を撮っている。

 春先の陽射しはまだ柔らかく、スーツの肩をほんの少しだけ温めていた。

 

 外へ出たところで、陽介が大きく息を吐いた。

「終わってみると、なんかあっという間だな」

「式典はそんなものだろう」

「もっとこう、大学生になったって感じするのかと思ってた」

「今さら実感するものでもない」

「悠はそういうこと言うよな」

 

 陽介は笑いながら言い、それから足を止めた。

 視線の先には、ホテルのある方角へ続く大通りがある。

 今夜の食事の予定を思い出したのだろう。

 鳴上も同じことを考えて、腕時計に目を落とした。

 

「夜は、親父たちと飯だからな」

「聞いている」

「時間まではまだ余裕あるけど、いったん戻るか」

「そうするつもりだ」

「じゃ、夕方にホテル集合でいいか」

 

 鳴上は頷いた。

 陽介の両親が上京している以上、今夜の食事はもともと決まっていた。

 だが、その予定が今日に限っては少し違う意味を持っている気がした。

 陽介の入学祝いの前日であり、鳴上の入学式の当日でもある。

 

 どちらか一方だけを祝う席ではなくなるのだろう。

 そう考えると、少しだけ妙だった。

 だが、悪い気はしなかった。

 少なくとも、今日一日が武道館で終わって、そのまま各自解散になるよりはずっとよかった。

 

「じゃあな、悠」

「ああ」

「明日は俺の番だから、ちゃんと見とけよ」

「寝坊しなければな」

「しねえよ」

 

 陽介は即答して、それから少しだけ目を細めた。

 不満そうでもあり、笑っているようでもある顔だった。

 そのまま背を向けて人混みの中へ入っていく。

 鳴上はその後ろ姿を見送り、わずかに息をついた。

 

 式の前に一人で立っていた時よりも、足元の感覚がずっと軽い。

 入学式そのものが何かを大きく変えたわけではない。

 ただ、始まりの日として記憶に残るなら、今日の景色はたぶん思っていたより悪くない。

 鳴上はそう考えて、ホテルへ向かう時間を頭の中で組み直した。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学する大学生(もうすぐ入学式))
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