スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
午後の講義が終わって教室を出る頃には、廊下の人の流れも去年ほど読みにくくはなかった。
移動に時間がかかる棟と、先に席を取った方がいい教室は、春のうちにだいたい頭へ入っている。
掲示板の前を通りながら、次の週の予定を確認する。
機械工学専攻へ進んでからは、移動だけでなく、必要な準備の組み方も前より無駄が減った。
「鳴上、次のレポート見たか」
後ろから声をかけられ、足を止める。
同じ講義を取っている学生で、去年より名前と顔が先に一致する相手が少しずつ増えていた。
「見た。提出、来週だ」
「早いな……まだ今週始まったばっかだろ」
「早めに触った方が楽だ」
「お前はそうだろうけどさ」
軽い愚痴を聞き流しながら、階段を下りる。
去年なら必要以上に様子を見ていた場面も、二年目に入ると会話の切り上げ方まで自然になっていた。
食堂の前では、別の講義で顔を合わせる学生に会釈だけする。
輪の中心へ入ることはないが、完全に通り過ぎるだけでもなく、その間で十分だった。
外へ出ると、夕方の空気が少しだけ湿っている。
雨になるほどではないが、洗濯物を外へ長く出すには向かない程度の重さだった。
スマートフォンを開き、時間を確認する。
今日は図書館に寄ってもいいが、冷蔵庫の中身と炊飯の時間を考えると、まっすぐ帰る方が収まりがいい。
駅へ向かう途中で、陽介から短い連絡が入った。
五限終わり、少し押した、寄り道なし。文面だけでだいたいの流れは足りる。
この書き方なら、帰宅は普段より二十分ほど遅い。
急いではいないが、誰かと食事して帰るつもりもない時の文章だった。
電車の中でそのまま買い物の要不要を組み直す。
今日は牛乳だけで足りる。米はある。味噌もまだ半分を切っていない。
帰宅して鍵を開けると、部屋の中は朝の形をほぼ保っていた。
ソファーの端に置いたクッションの向きも、洗面所のタオルの乾き方も、出る前の記憶と大きくはずれていない。
鞄を置き、先に炊飯器を確認する。
今から研いで予約をかければ、陽介の帰宅にちょうど合うが、講義の押し方を考えると少しだけ遅らせた方がよかった。
米を量って研ぎ、水加減を合わせる。
炊き上がりの時間を一度入れてから、やはり五分だけ後ろへずらした。
味噌汁は朝の残りに豆腐を足して使える。
鍋を出して火にかける前に、冷蔵庫から小松菜と鶏肉を出し、主菜の段取りも先に決める。
包丁を動かしていると、大学の空気がようやく抜けていく。
講義や人の声で埋まっていた頭の中が、火加減と調味の順番で静かに整っていく感じがあった。
陽介が遅い日は、先に食べるかどうかを毎回少しだけ考える。
ただ今日は、遅いと言っても待てない時間ではない。連絡の文面にも、食事を別にする前提は入っていなかった。
鶏肉を焼きながら、もう一度画面を見る。
追加の連絡はない。なら、電車に乗れていれば予定通りだろうと思った。
味噌汁は火を止め、温め直しやすい位置へ寄せておく。
炊飯の残り時間を見て、先に風呂を入れるか迷ったが、今日は帰宅後すぐ食べた方が流れがいい。
食卓へ箸を二膳出し、皿の位置を整える。
向かい合わせのままでも落ち着くが、最近は少し斜めにずらした方が会話しやすいと分かってきた。
それがいつからそうなったのかは覚えていない。
気づいた時には、食卓の置き方も、よく使う皿の順番も、二人で使う前提の形に落ち着いていた。
玄関の鍵が回る音がしたのは、炊飯器の蒸らしが終わる少し前だった。
予想より三分早い。電車の接続がよかったのだろうと思い、火を弱める。
「ただいまー」
声はいつも通りだが、少しだけ高い。
疲れていないわけではないが、外で気を張ったままではない時の高さだった。
「おかえり」
台所から返すと、鞄の下ろされる音が続く。
床へ投げるほどではなく、椅子へかけるよりは雑で、その中間なら講義続きで少し疲れている。
洗面所の方で水音がして、すぐ戻ってくる。
手を洗う動作が早い日は腹が減っていることが多いので、先に茶碗を出す。
「今日、わりと早かったな」
「最後のやつ、先生が珍しく巻いた」
陽介が冷蔵庫を開けかけて、こちらを見る。
「なんか飲んでいい?」
「麦茶ある」
「助かる」
コップへ注ぐ手つきは少しだけ勢いがある。
喉が渇いているのと、講義続きで話す量が多かった日の癖が一緒に出ていた。
「そっちは」
「レポートの説明が増えた。あと、顔見知りが少し増えた」
「少しって言う割に、悠、去年より名前呼ばれてるよな」
「たまたまだ」
そう返しながら、ご飯をよそう。
陽介の方は今日は多めでいいと思い、茶碗の八分ではなく九分まで入れた。
「俺もさ、ゼミじゃねえけど、よく見る面子は増えた」
椅子へ座りながら、陽介が言う。
「去年より、誰がどのへんで詰まるか分かるから、話も早いんだよな」
その言い方なら、今日は極端に嫌なことはなかった。
ただ、机に肘をつくまでの動きが少しだけ重いので、肩と腕は思ったより疲れているらしい。
「飯、先でいいか」
「そのつもりで用意してる」
「さすが」
「味噌汁、今温める」
「完璧かよ」
完璧というほどではない。
連絡の時間と声の調子を合わせれば、この順番になるだけだった。
食卓へ並べると、陽介はすぐ箸を取った。
食べる速度が落ちていない日は、空腹と疲労のどちらも軽めで済んでいることが多い。
「今日の鶏、うまい」
「火を通しすぎてないだけだ」
「そのちょうどいいが難しいんだって」
会話は途切れ途切れでも、不足はなかった。
大学で見たこと、教室移動の面倒さ、去年なら戸惑ったことを、今は普通の話として並べられる。
ただ、実際に見ているのは内容そのものより先だった。
箸の持ち方が雑になっていないか、声が変に沈まないか、食後すぐ黙り込む気配がないかを先に拾っている。
今日はそこまで重くない。
講義が詰まっていたぶんの疲れはあるが、家に着いてから崩れるほどではなく、食事で戻せる範囲に収まっていた。
「そういや、今週の後半ちょい遅くなるかも」
味噌汁を飲んでから、陽介が言う。
「レポートの相談みたいなの入るかもしんねえ」
「分かった」
その場で頭の中の炊飯時間を組み直す。
遅くなる日が二日続くなら、汁物はまとめて作り、主菜を軽くした方が無駄がない。
「連絡は入れる」
「頼む」
「先に食ってていい日もあるよな」
「文面見て決める」
そう答えると、陽介が少し笑った。
細かく説明しなくても、その判断基準がだいたい伝わるところまで来ている。
食後、陽介は皿を流しへ運び、そのまま水を張る。
以前より手順が一つ増えただけだが、その一つがあると後の片づけはかなり違った。
「今日、洗濯物中入れた?」
「入れた。湿気てたから、部屋干しに替えた」
「助かる。外そのままだったら、たぶん微妙だった」
「そう思った」
短い確認を挟みながら、食器を洗う。
陽介は隣で明日の資料を鞄から出していて、その置き方だけで、まだ完全には気が抜けていないと分かった。
それでも、外の予定が少し増えたからといって、戻る場所が曖昧になることはない。
講義も人付き合いも去年より広がっているが、最後に帳尻を合わせる先は、もうこの部屋で固定されていた。
洗い終えた茶碗を布巾で拭き、食器棚へ戻す。
明日の朝もまた同じ位置から取り出せるよう、重ねる順番までいつも通りに揃えた。
居間では、陽介がソファーへ半分沈みながら資料をめくっている。
その姿を見て、今夜は風呂を少し早めに回した方がよさそうだと思い、給湯器の電源へ手を伸ばした。
外側の時間割は少しずつ広がっていく。
それでも帰ってきて、食事をして、明日の支度をして終わる流れが崩れない限り、生活の中心は動かないままでいられた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大に入学した大学二年生)
花村陽介(M大に入学した大学二年生)
次回もよろしくお願いします