二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 夏休みに入って最初の土曜だった。

 朝のうちに洗濯を終え、昼を軽く済ませたあと、食卓の上には帰省用のメモだけが残っている。

 

 窓は半分だけ開けてあった。

 外の熱気は強いが、風が通る時間帯なら、換気扇と合わせて部屋の空気はまだ回る。

 

 八十稲羽へ帰る日程は、講義が切れた時点で大枠だけ決めてあった。

 ただ、実際に何日動くか、誰に先に顔を出すかは、休みに入ってからの方が組みやすい。

 

「で、どうする」

 向かいで麦茶を飲みながら、陽介が言う。

「先に堂島さんとこ行く? それとも俺んち寄ってからにする?」

 

 手元のメモへ視線を落としたまま、順番を頭の中で並べる。

 荷物の量と移動の手間を考えるなら、先に堂島家へ寄って一度置ける形の方が無駄が少ない。

 

「先に堂島さん家だな」

「やっぱそっちか」

「荷物がある。先に置いた方が動きやすい」

「俺んちはそのあと?」

「夕方なら自然だ」

 

 陽介は頷いて、麦茶のグラスを置く。

 結露した水滴がコースターの端へ滲んだので、紙ナプキンを一枚だけ横へ寄せた。

 

 去年なら、ここで予定は二つに割れていた。

 今はまず二人で東京を出る前提で、時刻も動き方も組んでいる。

 

「電車、午前の方がいいよな」

 陽介がメモの余白を指で叩く。

「昼過ぎると、荷物持って動くのだるいし」

「朝の便で出る」

「了解。じゃ、前の日のうちにだいたい詰めるか」

「荷物は増やすな」

「分かってるって。着替えと最低限」

 

 口ではそう言うが、帰省前の陽介は細かいところで荷物が増えがちだ。

 充電器の予備、読みかけの本、使うか分からない上着まで、思いついた順に鞄へ入れたがる。

 

「充電器は一つで足りる」

「なんで今それ言った?」

「入れそうだからだ」

「いや、予備あってもよくね?」

「なんなら八十稲羽のジュネスにある。壊れたら買え」

「そういう問題?」

「荷物が増える方が面倒だ」

「はいはい」

 

 見透かしているというより、去年までの動きを踏まえて先に塞いでいるだけだった。

 同じ流れで荷造りさせると、鞄の中身だけが無駄に膨らむ。

 

「あと、うちの方も先に連絡入れとく?」

 陽介がそう言って、メモの端へ指を置く。

「母ちゃん、シフト入ってるかもしんねえし」

「いる時間だけ分かるようにした方がいい」

「だよな」

「堂島さんにも先に送る」

「そっちは悠の方が早そう」

 

 そこまで整理したところで、机の端のスマートフォンが震えた。

 画面に出た名前を見て、一拍だけ手が止まる。春奈、と表示されていた。

 母からの連絡自体は珍しくない。

 ただ、休みに入ってすぐのこの時間に来るとなると、帰国か、予定変更か、そのどちらかの可能性が高い。

 

「母さんだ」

「お、帰ってくんの?」

 陽介がそう言って少しだけ背筋を伸ばす。

 まだ何も決まっていないのに、その反応が先に出るあたり、もう内容の方向は読めているらしい。

 

 通話を取る。

「もしもし」

『悠? 今、大丈夫?』

「大丈夫」

『来週、日本に戻れることになったの。お父さんも一緒よ』

 

 そこまで聞いた瞬間だった。

 頭の中でまず動いたのは、鳴上家の玄関、洗面所、客用寝具の位置である。

 しかしその次に、(面倒だな)という薄い感覚が差し込んだ。

 言葉にするほど強いものではない。

 ただ、予定表の上へ別の枠が急に乗ってきた時のような、流れを組み直す手間への反応が、ほんの一瞬だけ先に立った。

 そのことに、自分で少し驚く。

 以前なら、両親が帰るとなれば段取りの方が先に立って、こういう感触を意識する間もなかったはずだ。

 面倒なのは、帰国そのものではない。

 ここしばらく、自分の中の生活の中心が、今いるこの部屋と、向かいにいる陽介を基準に回っていたからだとすぐ分かった。

 その瞬間にわずかに引っかかっただけで、親への嫌悪でも、会いたくないという話でもない。

 

『悠?』

 母の声で、思考を切り替える。

「聞いてる。日程は」

『土曜の昼に着く予定。家の方へ直接入るから、いつもの鍵で大丈夫よね』

 

 ここではなく、実家の方へ入る。

 その前提が出た時点で、頭の中の基準もすぐ切り替わる。週末ごとに手を入れている家の状態を順に思い出す。

 

「鍵は問題ない」

『長くはいられないけれど、二泊くらいはできそうなの』

「分かった。到着時間、送って」

『あとで詳しく送るわ。お父さん、今回は書斎も少し見たいって言ってたから』

「了解」

 

 通話を終え、すぐにメッセージの受信を確認する。

 飛行機の到着予定、滞在日数、鳴上家へ直接入ること、その三つが整理されていれば十分だった。

 陽介は何も言わず、こちらを見ていた。

 グラスへ触れた手が止まっていて、さっきまでの帰省相談とは少し違う待ち方に変わっている。

 

「来週、両親が帰る」

「うん」

「土曜の昼着きで、実家の方へ直接入る」

「実家……鳴上家の方?」

「そうだ」

 

 言いながら、もう頭の中では鳴上家の中を歩いている。

 客用のシーツは先週干したが、もう一度風を通した方がいい。

 食材を満たす必要はないが、着いた日に困らない程度の飲み物と、翌朝の分だけは見ておくべきだった。 

 洗面所のタオルは足りる。

 ただ、予備の歯ブラシは買い足した方がいい。

 書斎を触るなら、埃の浮きやすい棚も一度拭いておくべきだ。

 

「そっか……」

 陽介の返事は自然だったが、語尾の前に少しだけ間が入る。

 視線も一度メモへ落ちてから戻ってきたので、緊張していないわけではなさそうだった。

 

 そこで、聞く順番を迷わなかった。

 来るかどうかを曖昧に投げると、その分だけ判断を相手へ預けることになる。

 

「日曜、来い」

 短く言ってから、メモの余白へ時刻を書き足す。

「昼前後なら自然に顔を出せる。時間も取りやすい」

「え、俺、行く前提?」

「そのつもりで組む」

「いや、まあ……そうなるよな、とは思ったけど」

 

 思ったより驚きは浅かった。

 完全な拒絶ではなく、想定していたことを実際に言われて一度だけ構えた時の反応に近い。

 

「土曜は両親だけにしておく」

 机の上へ指を置き、順に並べる。

「到着して家を落ち着かせる。日曜の昼前後なら時間が取りやすい。長居しなくていい」

「長居しなくていい、は助かる」

「夕方までいれば十分だ」

「なるほど……」

 

 納得しきらないまま飲み込む時の返事だった。

 それでも否定ではないので、必要なことを具体的に足した方がいい。

 

「服は、襟のあるやつでいい」

「そこまで決まってんの」

「変に固くしなくていい。手土産もいらない」

「手土産、ちょっと考えてた」

「なくていい。母さんが気を遣う」

 

 そこまで言うと、陽介が少しだけ息を抜いた。

 不安が消えたわけではないが、少なくとも準備の方向が見えれば、構え方は定まる。

 

「昼前って、何時くらい」

「十一時前後」

「じゃあ、朝から別で動く必要はないか」

「ない。こっちで食う」

「了解」

 

 言葉が詳細へ寄るほど、陽介の返しも安定する。

 励ましたり、気にするなと曖昧に言うより、その方がずっと早い。

 

 頭の中で鳴上家の座席配置を組み直す。

 食卓は四人ならそのままで足りるが、陽介の位置は母の正面より少しずらした方が話しやすい。

 玄関の靴も増える。

 陽介の分を外れへ置かせる形にはしたくないので、棚の下段を先に空け、家族の並びの中へ自然に入るよう整えておく。

 

「悠?」

 呼ばれて視線を上げる。

「なに」

「その、俺、いて平気?」

 

 問い方は軽くしてあったが、メモの角を指で押さえたまま離していない。

 返事を待つ間の取り方も少し固いので、そこを気にしているのは分かった。

 

「平気じゃなければ最初から時間を入れてない」

 短く返して、メモへさらに書き足す。

「移動も滞在も、全部お前込みで組んでる」

 

 それで十分だと思ったので、そこで止める。

 理由を増やすより、この結論のまま置いた方が、かえって揺れが少ない。

 

「……そっか」

 陽介は一度だけ頷く。

 返事の前の間はまだ少し長いが、拒みたい時の硬さではなく、受け取るための間だった。

 

 メッセージで届いた到着時刻を開き直し、鳴上家の作業を順に並べる。

 金曜のうちに冷蔵庫を確認し、土曜の朝に食材を足す。掃除は水回りを優先し、書斎は先に窓を開ける。

 

 客間のシーツを替えるなら、土曜では遅い。

 今週のうちに一度、家へ寄って押し入れの中身まで確認した方がいい。

 

「明日、家の方寄る」

「鳴上家?」

「シーツと棚を見る。洗面所の予備も数える」

「もう始まってるな」

「始めないと間に合わない」

 

 半分は事実で、半分はそれだけではない。

 鳴上家へ両親を迎える準備をしながら、同時にその空間へ陽介をどう入れるかまで、もう先に考え始めていた。

 食卓の椅子の位置、玄関の靴の並び、どこへ荷物を置かせるか。

 堂島家や花村家へ顔を出す時とは違い、今回は鳴上家の中へ入る分だけ、生活の骨組みへ接続する度合いが深い。

 

 陽介は再び麦茶を飲み、空いたグラスを机へ戻した。

 さっきより置き方は丁寧だったが、指先に少しだけ余分な力が入っている。

 

「日曜までに、なんか必要なもんある?」

「今のところはない」

 そう答えてから、少しだけ付け足す。

「靴は歩きやすいやつでいい。暑いから、上着もいらない」

「了解。そこまで言われると、逆に助かる」

「その方が迷わない」

「うん、たしかに」

 帰省相談のメモの隣へ、新しく鳴上家の確認項目を書き始める。

 到着、掃除、飲み物、席順。その中に陽介の来訪時間と動線も、最初から同じ列で並んでいく。

 鳴上家の共有スペースを頭の中で一つずつ開けていく。

 食卓、玄関、洗面所、客間。そのどこへ誰をどう置くかを考えるうちに、準備はもう静かに始まっていた。




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学二年生)
花村陽介(M大に入学した大学二年生)



次回もよろしくお願いします
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