二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 食事がひと段落すると、皿の上には煮物の汁が少し残る程度になっていた。

 母さんが湯飲みへ手を添え、父さんは最後の一口だけ静かに茶を飲む。

 

 食後の空気は、さっきまでより半歩ゆるんでいた。

 話題も大学のことや暑さから外れ、どの茶葉が今の季節に合うかといった軽い方へ寄っている。

 

「悠、お皿こちらへ」

 母さんがそう言って、自分の前の小皿をまとめる。

「分かった」

 返しながら立つと、陽介もほぼ同時に椅子を引いた。

「俺も運ぶ」

「頼む」

 それだけで役割が決まる。

 

 テーブルの端から順に皿を重ね、汁気のあるものと乾いたものを自然に分けていく。

 流し台へ着くと、家の中の音が少しだけ変わる。

 居間の会話が一歩遠くなり、水の流れる音と皿の触れ合う小さな硬さが前へ出る。

 陽介は皿を置く位置をもう知っていた。

 そのまま重ねると欠けやすい器だけ、少しずらして端へ寄せる置き方まで、何度か見て覚えたらしい。

 洗い物を始める前に、袖を一つ折る。

 その横で陽介が布巾の位置を確かめ、何も聞かず、食器拭き用と台拭き用を分けて取り出した。

 その動きがあまりに自然で、一瞬だけ手が止まりそうになる。

 ただ、そこを見せるほどでもないと思い、水を出して皿へ指を添えた。

 

「慣れてるなあ」

 居間の方から母さんの声がする。

 軽い調子だったが、ただの世間話ではなく、見て言っている声だった。

「何度か来てるので」

 陽介が答える。

 声はさっきよりだいぶ平らで、食卓についた直後の硬さはもう大きく残っていない。

「それでも、よく見ていないと分からないでしょう」

 母さんが続ける。

「悠は、物の置き場所を変えないようでいて、使いやすい方へ少しずつずらす癖があるから」

「え、そうなんですか」

 陽介がこちらを見る。

 その視線へ返す代わりに、茶碗の縁に残った米粒を指先で払ってから水へ落とした。

「変えてるつもりはない」

「変わってるのよ」

 母さんの声に、少し笑いが混じる。

「ちゃんと暮らせるように、いつの間にか整え直しているの」

 その言い方だと、否定するのも不自然だった。

 陽介は小さく笑ってから、拭く皿の向きを一枚だけ直す。こっちの方が棚へ戻しやすいと、今ので理解したらしい。

 

 洗い終えた皿を受け取り、布巾で水気を拭き取る。

 深皿は縁の裏に水が残りやすいので、角度を変えて確かめてから重ねた。

 

 母さんが台所の方へ歩いてくる気配がした。

 振り向かずとも、足音の速度で分かる。手伝いに入るというより、今の流れの中へ自然に近づいてくる時の歩き方だった。

「ありがとう、二人とも」

 母さんが流し台の脇で言う。

 父さんはまだ居間の方にいて、新聞の折り目を静かに直している音が遠くに聞こえる。

「いえ」

 陽介が答える。

 そこで母さんは一度だけ、こちらではなく陽介の方へ視線を向けた。

 その間が、ほんの少しだけ長かった。

 何かを確かめてから口を開く前の、母さんらしい静かな間だった。

「花村くん」

「はい」

 陽介は、手にしていた湯飲みを布巾の上へ置いた。

 置き方は丁寧だったが、その前に一拍入ったので、急に名指しされたことは分かったらしい。

 

「悠を、よろしくお願いしますね」

 

 言い方はやわらかかった。

 声の高さも抑えたままで、冗談めかすでもなく、かといって場を止めるほど重く沈めるでもない。

 それでも、その一言がただの社交辞令ではないことは、すぐに分かった。

 軽く流す余地を残した形なのに、意味だけはまっすぐ置かれている。

 水を止めるつもりだった指が、一拍だけ遅れた。

 蛇口から落ちる細い水筋が、予定より少し長く流れてからようやく止まる。

 その間に、陽介は明らかに戸惑った顔をした。

 驚いたというより、受け取る位置を探すように視線が一度だけ揺れて、それから母さんへ戻る。

 

「え」

 声が小さくこぼれ、すぐに飲み込まれる。

 考える時間は、たぶん一秒もなかった。

 

「……はい、がんばります」

 

 返事は、用意していたものではなかった。

 反射に近い速さで出たのに、ふざけた響きは一切なく、その場で受け取ってしまった人間の声だった。

 

 布巾を持つ手の力が、そこで少しだけ変わる。

 湯飲みの底を拭き取る動きが普段より丁寧になり、同じ場所を二度なぞりかけてから、ようやく棚へ戻した。

 

 母さんは、その返事を聞いて小さく微笑んだ。

「うれしいわ」

 それだけ言って、流し台の端へ置いた小皿を一枚だけ重ね直す。

 

 その仕草まで、いつも通りに見える。

 だからこそ、さっきの言葉だけが余計に浮かず、かえって残った。

 

 陽介はまだ少しだけ固まっていた。

 布巾を持ったままこちらを見るでもなく、母さんを見るでもなく、手元の湯飲みの縁だけを一度指でなぞる。

 

「その、俺……」

 何か足そうとして、言葉が途中で切れる。

 そこで母さんは首を横に振るほどでもない、ごく小さな動きだけで続きを求めなかった。

「今の返事で十分ですよ」

 声はやわらかいままだった。

 それで話は一度閉じたが、閉じたというより、そこへ置かれた形に近い。

 

 自分は何も言わなかった。

 言えばたぶん、余計な方へ流れる。今は皿を拭いて、水を切って、棚へ戻す方がずっとましだった。

 ただ、箸を揃える指先だけは少し遅れた。

 二膳を重ねる時の幅がいつもよりずれ、先端を机へ軽く当ててから、やり直す。

 陽介もようやく動き直し、今度は皿を一枚こちらへ渡してくる。

 その手つきはまだ少し慎重で、さっきまでの流れへ戻りきるには、あと少し時間が要るらしい。

 

 母さんはそれ以上、言葉を足さなかった。

 代わりに台所の端へ立ち、自分たちが片づける様子を静かに見ている。

 見ているだけなのに、圧迫感はない。

 ただ、今しがた置かれた言葉が、そこで冗談ではなかったと改めて形を持つ。

 棚へ皿を戻す順番を一つ変える。

 よく使う取り皿を手前へ、湯飲みをその横へ寄せ直し、明日以降も使いやすい形へ整える。

 そんなことをする必要は、今この瞬間には特にない。

 それでも手がそう動いたのは、他のことへ意識を向ける先として、それが一番自然だったからだ。

 

「悠」

 母さんが静かに呼ぶ。

「なに」

「お茶、あとで少し淹れ直しましょうか」

「そうする」

 

 返事は普通にできたと思う。

 ただ、空の急須を持ち上げるタイミングが少し遅れ、持ち手へ指をかけてから、湯を捨てるまでに一拍空いた。

 

 陽介はその横で、布巾を畳み直していた。

 端を合わせる動きが妙に丁寧で、本人もまださっきの返事の位置を測りかねているのが分かる。

 

 居間では、父さんが新聞を畳む音がした。

 何かを聞いていないはずはないが、わざわざ口を挟まず、そのままこちらへ委ねている。

 片づけがほぼ終わる頃には、流し台の水滴も少なくなっていた。

 最後に排水口の蓋を戻し、布巾を所定の位置へかけると、ようやく作業としては一区切りつく。

 

 それでも、区切りはそこに来なかった。

 母さんの言葉と、陽介の返事は、音としてはとっくに終わっているのに、まだ台所のどこかへ残っている。

 陽介が小さく息を吐く。

 深くではないが、飲み込んだものをようやく一度下ろす時の吐き方だった。

「……がんばります、って何だよな」

 独り言のような声で言う。

 母さんに聞かせるためではなく、自分の口から出たものを少し遅れて確認した時の音に近い。

 母さんはそこで笑わなかった。

 笑えば軽くできたはずだが、そうしない方を選んだのだと分かる。

「いい返事でしたよ」

 それだけ言って、母さんは一歩下がる。

「悠、たまに平気な顔でいろいろ抱えますから」

 その一文で、今度は布巾を掛ける手が少しだけ遅れた。

 掛け直す必要のない端を、指先でつまんで整えてから、ようやく手を離す。

 

 陽介は返事をしなかった。

 しなかったが、黙ってうなずくでもなく、その言葉をそのまま受け取って立っている。

 たぶん、それで十分だった。

 軽口へ逃がさず、重く言い募らず、そのまま置いておけるなら、今はもうそれ以上いらない。

 

 母さんが台所を離れ、居間の方へ戻っていく。

 足音は静かで、さっきと同じ速度だったが、通り過ぎたあとに残る空気は少しだけ違っていた。

 陽介は布巾をたたみ終えてから、ようやくこちらを見る。

 目が合ったのは一瞬で、そのまま何かを言うこともなく、視線はまた手元へ落ちた。

 自分も何も言わなかった。

 言葉にすれば形が崩れる気がしたので、箸入れの位置を少しだけ揃え直し、それで終わりにした。

 食後の片づけは、ただの片づけとして済んでいる。

 皿は洗われ、箸は戻り、台所は整った。だが、その途中で託されたことと、それを受け取る返事が確かに置かれた。

 

 その重みを、今はまだ表へ出さない。

 水の止まる間と、皿を拭く指先の遅れだけで足りる程度には、もう十分に残っていた。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学二年生)
花村陽介(M大に入学した大学二年生)

鳴上友樹(西洋考古学の権威の一人。T大客員教授でもある)
鳴上春奈(文化財修復のスペシャリスト。特に古文書や稀覯本等の紙類文化財の修復では比肩するものなしといわれる)



次回もよろしくお願いします
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