二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


13

 翌朝、堂島家の台所には味噌汁の湯気が静かに上がっていた。

 鍋の蓋が軽く鳴る音と、菜箸の触れ合う小さな音が、まだ柔らかい朝の空気の中を細く通っていく。

 

 居間の方では、菜々子が朝の支度を整えていた。

 テレビの音は小さく、皿の並ぶ音や冷蔵庫の開閉の方が、家の中の気配として先に立つ。

 

 こういう朝の流れは、八十稲羽に戻ると体が先に思い出す。

 都会の部屋での朝とも、鳴上家の整いすぎた静けさとも違って、人の生活音がそのまま家の中心にある。

 

「悠お兄ちゃん、お味噌汁よそう?」

 菜々子が椀を並べながら聞く。

「頼む」

「陽介お兄ちゃんの分も入れるね」

「頼む」

 

 返すと、菜々子は素直に動いた。

 食卓の上には最初から四人分の箸が出ていて、その並び方ももう朝の流れの一部になっている。

 

 陽介はまだ洗面所の方にいた。

 ほどなくして戻ってきた足音は重すぎず、地元へ帰ってきた翌朝の顔としては、だいぶ気の抜けたものだった。

 

「おはよー……」

 声は少し掠れていたが、無理に張っていない。

 東京で朝の大学へ向かう時より、起き抜けの雑さをそのまま持ち込んでいる感じがあった。

 

「おはよう」

 言いながら箸を揃える。

 陽介は席へ着く前に一度だけ窓の外を見て、それからようやく椅子を引いた。

 

「なんかさ」

 味噌汁の椀へ手を伸ばしながら言う。

「こっち戻ると、朝から別の生き物になる気がする」

 

「お前がか」

「みんなが」

 そう言って、陽介は自分で少し笑う。

「東京だと、起きた瞬間からもう次の予定が前にあるじゃん。こっちは、起きてから始まる感じ」

 

 その言い方は少し分かった。

 ここでは朝の順番が急かすためのものではなく、生活を立ち上げるためのものとしてそのまま置かれている。

 

 堂島もほどなく居間へ入ってきた。

 仕事へ出る前の支度は済んでいるらしく、ネクタイの位置だけを直しながら席につく。

 

「ちゃんと起きてたか」

「起きてる」

 陽介がそう返すと、堂島は短く鼻で笑った。

「お前に言ったわけじゃない」

「ひどくない?」

「日頃の行いだ」

 

 そのやり取りも含めて、堂島家の朝はいつも通りだった。

 味噌汁の温度も、焼き魚の塩気も、菜々子がご飯をこぼさないよう少し慎重に椀を持つ手つきも、どれも変わっていない。

 

 朝食を済ませ、皿を流しへ運ぶ。

 堂島は先に仕事の準備へ戻っていて、菜々子はその日の支度の続きをしながら、時々こちらへ小さく手を振る。

 

「今日はジュネス行くんだろ」

 堂島がネクタイを直しながら言う。

「寄る」

「花村のご両親にも会ったらよろしく言っとけ」

「分かった」

 

 それで話は終わる。

 八十稲羽では、誰がどこへ顔を出すかが生活の延長で決まっていくので、大げさな確認にはならない。

 

 堂島家を出る頃には、日差しがもうだいぶ強くなっていた。

 夏休みの朝の町は静かなようでいて、店先の準備や車の少ない往来に、その日の気温が先回りしている。

 

 陽介は隣を歩きながら、昨日よりさらに肩の力が抜けていた。

 ジュネスへ向かう道も、帰省の時みたいな確認はなく、足が勝手に覚えている方へ進んでいく。

 

「クマ、いるかな」

 陽介が言う。

「いるだろ」

「だよな。いたらたぶん、朝からうるせえぞ」

「今さらだ」

「それはそう」

 

 店の正面が見える頃には、駐車場の熱が地面から返ってきた。

 ジュネスの大きな建物は、昔と変わらない顔でそこにあって、八十稲羽の中では相変わらず少しだけ町の外側の空気を持っている。

 

 中へ入ると、冷房の風が肌に当たった。

 食料品売り場の整った匂いと、遠くから聞こえる館内放送が、地方の大型店らしい安定した広さを作っている。

 

「センセー! ヨースケー!」

 入ってすぐ、聞き慣れた声が飛んできた。

 案の定だったので驚きはしない。声の方を見る前に、陽介が小さく肩を落とす。

 

「やっぱいた」

「いたな」

「何その感想、ひどいクマ!」

 クマは手を広げたまま、こちらへ駆け寄ってくる。

 人型のままでも動きの大きさは変わらず、距離の詰め方も相変わらず遠慮がなかった。

 

「久しぶりクマよ、センセー!」

「久しぶり」

「ヨースケはお土産ないの?」

「会って一言目がそれかよ」

「クマは正直者クマ!」

 

 いつもの調子だった。

 賑やかで、少し面倒で、そのくせこれがあると八十稲羽へ帰ってきた実感が一段深くなる。

 

 陽介ももう、大学で人に合わせる時の顔ではない。

 返しが雑になり、声の高さも変に整えず、クマ相手のいつもの呼吸へ自然に戻っている。

 

「朝から元気だな、お前」

「クマはいつでも元気クマ!」

「いや、知ってるけど」

「センセーたちは何するクマ? お買い物? それともジュネス探検?」

 

「探検はしない」

「即否定!」

 クマが大げさに肩を落とす。

 そのやり取りの横で、陽介が館内を見回し、事務室の方へ少しだけ顎を向けた。

 

「母さん、いるっぽい」

「行くか」

「うん」

 

 クマも当然のようについてくる。

 陽介は止めるふりだけして、結局そのまま歩き出した。三人で売り場を抜ける流れも、昔からの延長に近い。

 

 事務室の前まで来ると、ちょうど扉が半分開いていた。

 中ではユリ子が電話を取っていて、机の上には伝票や書類が整えて並べられている。

 

 最初に目へ入るのは、いつも通りの整い方だった。

 姿勢も、髪のまとめ方も、声の落とし方も乱れていない。仕事中のユリ子は元からそういう人だ。

 

 だからこそ、少しだけ引っかかった。

 受話器を持つ手の角度も、返事の声量も変わらないのに、その前の間だけがほんのわずかに長い。

 

「はい」

 ユリ子が言う。

 柔らかな声だったが、その直前に視線が一度だけ机の上ではないところへ逸れた。

 

 それは長い動きではなかった。

 ただ、相手の言葉を受ける前に、どこへ返すかを一拍だけ測るみたいな、小さな揺れだった。

 

「ええ、分かっています」

 続く言葉も普通に聞こえる。

 けれど、普通に聞こえるよう整えている感じが、いつもより少しだけ濃かった。

 

 横でクマが、小さな声で「ママさん、忙しそうクマ」と言う。

 それ自体は何でもない感想で、クマも特に深くは見ていない。ただ、そのにぎやかな声のせいで、事務室の中の温度の違いが逆に浮いた。

 

 陽介はそこまで気にしていないようだった。

 扉の枠へ軽く寄りかかり、電話が終わるのを待ちながら、手近な掲示物へ視線を流している。

 

「はい。では、また」

 ユリ子がそう言って受話器を置く。

 置く位置も正確で、音も立てない。ただ、手を離すまでのほんの一拍だけ、やはり遅い。

 

「母さん」

 陽介が声をかける。

 その瞬間、ユリ子の顔はきちんとこちらへ向いた。表情もすぐにやわらかくなり、さっきまでの細い違和感は、少なくとも表からは引いていく。

 

「あら、おかえりなさい」

 その声は、知っているユリ子のものだった。

「悠くんも、いらっしゃい。クマちゃんも」

 

「ただいま」

 陽介が答える。

「朝からいたんだ」

「ええ、少し片づけるものがあって」

 

 会話そのものに不自然さはない。

 だから余計に、さっきまでの電話の間だけが浮いて見える。

 

「何か手伝う?」

 陽介が気軽に言う。

 それに対して、ユリ子はすぐには答えず、机の上の書類へ一度だけ視線を落としてから戻した。

 

「今は大丈夫よ」

 笑ってそう言う。

 その返しも自然だったが、ほんの一呼吸だけ、言葉を選んだように聞こえた。

 

 その程度なら、仕事中の電話のあとなら普通かもしれない。

 相手先が面倒な客だったとか、書類の確認が複雑だったとか、いくらでも理由はつく。

 

 それでも、何かが少し違った。

 言葉ではなく、返事の前に置かれる間と、視線の戻り方だけが、いつもよりわずかに遠かった。

 

「ママさん、お疲れっぽいクマ?」

 クマが気軽に首を傾げる。

 ユリ子はそれにすぐ笑って、「そう見える?」と軽く返した。

 

「見えるクマ!」

「じゃあ、あとで甘いものでも食べようかしら」

 そう言って、ユリ子は机の上を手早く整える。

 その動きはもういつも通りで、書類の角を合わせる手つきにも迷いはない。

 

 陽介もそこで流した。

「じゃ、あとで何か買う?」

「クマ、アイスがいいクマ!」

「お前はすぐそれだな」

 

 会話は普通に続く。

 クマがはしゃぎ、陽介が雑に返し、ユリ子もそこへ柔らかく応じる。ジュネスの事務室はまた、八十稲羽の日常の一部へ戻っていった。

 

 その中で、自分だけが少しだけ置いていかれる。

 違和感と言うには薄い。ただ、さっきの電話の前後で、そこだけ別の空気が差したように思えた。

 

 踏み込む材料はない。

 電話の内容も知らないし、ユリ子自身もこちらへ何か言いたげな様子を見せているわけではない。

 

 なら、今は見るしかない。

 そう思っている間にも、クマはアイスの話を広げ、陽介はそれに適当に相槌を打ち、ユリ子はいつもの調子で「休憩にしましょうか」と言う。

 

 結局、その場では何も起きなかった。

 売り場の明るさも、館内放送の間の抜けた音も、クマの騒がしさも、全部が普段通りで、事務室の前だけが特別な場所になったわけでもない。

 

 ただ、そこへ小さな異物が一つだけ混じった感じは残る。

 うまく名前はつかないまま、視界の端へ薄く引っかかって、消えずに残る程度のものとして。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学二年生。ユリ子ママの様子に気付く)
花村陽介(M大に入学した大学二年生。まあまあ気づかないよね)

堂島遼太郎(稲羽署の刑事。多分生活安全課と捜査課が合体してる部署にいる)
堂島菜々子(地元の小学校に通っている。周りのおとなたちを狂わせる大天使)

クマ(熊田)(ジュネスでアルバイトする謎の人物(着ぐるみ))
花村ユリ子(花村の母。ジュネス八十稲羽店で経理など担当するスーパーパート)

次回もよろしくお願いします
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