二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。





 

 ホテルのレストランは、入学祝いの席にちょうどいい落ち着きを備えていた。

 照明は明るすぎず暗すぎず、磨かれたグラスやカトラリーが静かに光を返している。

 都内の中心にあるホテルらしく、客の声も料理を運ぶ足音も、すべてが程よく抑えられていた。

 鳴上は案内された席へ向かいながら、こういう場所には慣れているはずなのにと思った。

 

 父の仕事の関係で、格式ばった席に同席したことは一度や二度ではない。

 母もまた、文化財関係の人間と顔を合わせる場に鳴上を連れていくことがあった。

 だから、テーブルマナーや店の空気に緊張することはあまりない。

 それでも今夜わずかに姿勢を正したのは、待っている相手が花村家だったからだ。

 

「お、来た来た」

 

 先に席についていた陽一おじさんが、こちらに気づいて手を上げた。

 その隣ではユリ子おばさんも穏やかに笑っていて、鳴上を見る目に余計な遠慮がない。

 八十稲羽を離れて都内へ出てきても、その空気は変わらなかった。

 歓迎されていることを、わざわざ言葉で確認する必要がない。

 

「遅れてすみません」

「分かってるって。悠くんはそういうとこきっちりしてるし」

「陽介にも見習わせたいくらいよねえ」

「ちょ、開口一番それ?」

 

 席につくなり飛んできた言葉に、陽介がすぐ抗議を挟む。

 そのやり取りを聞きながら、鳴上は自分の席へ腰を下ろした。

 ホテルの椅子は柔らかすぎず、背を預けても妙な沈み方をしない。

 整えられた卓上の上に、今日という日のための場がきちんと用意されていた。

 

「改めて、入学おめでとう」

 

 陽一がそう言ってグラスを軽く持ち上げた。

 向けられた視線は陽介だけでなく、鳴上にも自然に向いている。

 今夜はM大入学前日の食事であると同時に、鳴上のT大入学当日でもあった。

 祝いの言葉が片方にだけ向かないことが、ありがたいとまでは言わないが、助かった。

 

「ありがとうございます」

「ありがと、親父」

「今日はどうだった、T大の入学式」

「滞りなく終わりました」

「滞りなく、って言い方がもう悠くんらしいわね」

 

 おばさんが柔らかく笑う。

 鳴上はそれに曖昧に頷き、テーブルの上に置かれた水へ手を伸ばした。

 式そのものについて話そうと思えば話せるが、特別な事件があったわけではない。

 強いて言うなら、陽介がいたことが予想外だった。

 

「でもさ、悠の入学式、思ったよりちゃんとしてた」

「入学式がちゃんとしていない方が困るだろう」

「いや、武道館でやるって聞いてたから、もっとこう大仰かと思ってたんだよ」

「十分大仰だったと思うが」

「それはそうなんだけど」

 

 陽介は昼間と同じような言い回しで首を傾げる。

 鳴上はその調子に少しだけ既視感を覚え、視線を落とした。

 昼の武道館で耳にした声が、そのままこの席にも続いている。

 そう思うと、今日一日が妙に長く繋がっているように感じられた。

 

「陽介が押しかけていったんだって?」

「押しかけたっていうか、ちょっと様子見に」

「ちょっと、ではなかっただろう」

「え、悠ひどくない?」

「事実だ」

 

 言いながら水を口に含むと、陽一が小さく笑った。

 面白がっているのか、納得しているのかは半々くらいに見える。

 陽介の動き方を、親として十分に把握している顔だった。

 その表情を見ると、昼間の出来事もさほど意外ではなかったのかもしれない。

 

「でもよかったじゃない。悠くんが一人で行くより」

「そうですね」

「お、そこ即答するんだ」

「今日はお前がいた方が静かだった」

「それ、褒めてるようで全然褒めてねえからな」

 

 陽介は不服そうに言ったが、声には妙な明るさがあった。

 自分のしたことを真正面から褒められるのは、たぶんあまり得意ではない。

 だから鳴上も、礼を正面から言うつもりはなかった。

 それでも、いた方がよかったという事実だけはそのまま返した。

 

 料理が運ばれ始めると、会話はいったん食事の方へ流れた。

 ホテルの料理は見た目が整っていて、皿の余白まで計算されている。

 味も当然悪くないが、こういう店では食べること自体が一つの儀式に近い。

 その整った流れの中で、花村家の会話だけが妙に普段通りだった。

 

「悠くん、高校の方はどうだったの?」

「問題なく終わりました」

「それも滞りなくって言うんじゃない?」

「意味は同じです」

「悠、たまに言い換えたつもりで全然変わってないよな」

 

 陽介が笑い、おばさんもつられて笑う。

 その向かいでおじさんも、分かる分かるという顔でグラスを置いた。

 都内へ戻ってからの一年について、鳴上が細かく語ることはほとんどない。

 話せないわけではないが、話したいことでもなかった。

 

 八十稲羽で過ごした時間は濃かった。

 だが、そのあと都内へ戻ってからの日々は、良くも悪くも整っていた。

 高校へ通い、勉強をして、受験をして、大学を決める。

 手順としてはまっとうで、そのぶん誰かに語るほどの起伏は少ない。

 

 けれど、こうして聞かれて答えるぶんには悪くなかった。

 ただ一人で過ぎていった時間ではなく、今日ここへ繋がるものとして扱われる。

 それだけで、都内で過ごした一年の輪郭が少しだけ変わる気がした。

 鳴上は皿の上の料理を切り分けながら、そんなことを考えた。

 

「で、明日はこいつの番か」

 

 おじさんがナイフを置きながら、陽介の方を見た。

 視線を向けられた本人は、フォークを持ったまま軽く肩を竦める。

 明日の主役であるはずなのに、どこか当事者意識が薄い顔をしていた。

 鳴上はそれを見て、昼間より少しだけ嫌な予感を覚える。

 

「ちゃんと起きろよ」

「起きるって」

「ほんとかあ?」

「ほんとだって。もう大学生なんだけど?」

「大学生になったからって、急に朝に強くなるわけじゃないだろ」

 

 おじさんの言葉は軽い冗談の形をしていたが、内容には妙な確信があった。

 おばさんも否定せず、困ったように笑っている。

 この反応を見る限り、入学式当日の朝を手放しで信用してはいないらしい。

 鳴上はそこで、以前渡された合鍵のことを思い出した。

 

 あれは本当に、何かあった時のためなのだろう。

 当時は少し大げさではないかとも思ったが、今になってみると理解できる。

 八十稲羽では家族の目が届いていた部分が、都内では急に抜け落ちる。

 その穴を誰かが埋める必要があると、花村家は最初から考えていたのかもしれない。

 

「悠くん、明日も来るの?」

「行くつもりです」

「ほら見ろ、もう見張りつきだ」

「誰のせいだ」

「まだ何もしてねえのに評価だけ低すぎない?」

 

 陽介が口を尖らせる。

 だが、その言い方には本気の反発はなかった。

 鳴上が来ることを、嫌がっているわけでも困っているわけでもない。

 当然のように受け入れているのが、少しだけ妙だった。

 

 それはたぶん自分も同じなのだろうと、鳴上は思う。

 誰かに頼まれたわけではない。

 だが、今日自分の入学式に付き添った相手を、明日一人で行かせる気にもならなかった。

 陽介が寝坊する可能性まで含めて、見ておくのが自然に思えた。

 

「親父たち、式が終わったらそのまま帰るの?」

「一週間くらいはこっちにいるつもりよ」

 おばさんは笑みを浮かべている。

「折角東京で泊まってるから、少し用事も済ませようと思って」

「そんなことより、」

 おじさんは陽介へと視線を向ける。

「大学始まる前に部屋も少し整えろよ」

 陽一の言葉に、陽介があからさまに目を逸らした。

 鳴上はその反応だけで、部屋の状態をだいたい察する。

 一人暮らしを始めたばかりなのだから、多少散らかっていても不思議ではない。

 ただ、多少で済んでいるかどうかは怪しかった。

 

「ちゃんとしてるって」

「その言い方、ちゃんとしてない時のやつだろ」

「悠まで乗るなよ」

「図星か」

「……否定しづらいけど」

 

 最後だけ少し声が小さくなって、おばさんが吹き出した。

 レストランの落ち着いた空気に合わせて皆声は抑えているが、卓の上には確かに笑いがある。

 鳴上はそれを聞きながら、実家で一人で食べる夕食の静けさを思い出した。

 あちらが悪いわけではない。ただ、音の量が違った。

 

 父も母も不在がちで、都内の家は広さのわりに生活音が少ない。

 テレビをつけなければ、食器の当たる音と自分の足音くらいしか残らない。

 高校の一年を過ごすうち、それにも十分慣れたつもりでいた。

 だが今夜こうして向かい合って食事をしていると、その慣れ方が少しだけ薄くなる。

 

 別に、ここへ帰属したいと思うわけではない。

 花村家は花村家で、自分はそこに混ざっているだけだ。

 それでも、こうして席を用意され、自然に会話へ入れられることは心地よかった。

 その感覚を大げさに捉えない程度には、鳴上ももう大人だった。

 

 食事が終盤に差しかかるころには、明日の話がまた卓に戻ってきた。

 式の開始時刻、ホテルから武道館までの移動、集合の目安。

 話している内容は具体的なのに、中心にいる陽介だけがどこか気楽に構えている。

 鳴上はその様子を見ながら、水の入ったグラスを指先でわずかに回した。

 

「陽介」

「ん?」

「明日は電話に出ろ」

「なんで前日から保険かけてんの?」

「必要そうだからだ」

 

 言うと、陽介は一瞬だけ黙ったあと、笑った。

 否定するより先に笑うあたり、自覚はあるのだろう。

 おじさんもおばさんもそれを聞いて、止める気配を見せなかった。

 むしろ、よく言ってくれたという顔に近い。

 

 レストランを出るころには、外はすっかり夜の色に変わっていた。

 ホテルのロビーは明るく、行き交う人の靴音が磨かれた床に反射している。

 入学式の当日とその前日を挟んだ食事は、思ったより長く尾を引く時間になった。

 祝われる席であるはずなのに、妙に落ち着いていたせいかもしれない。

 

「じゃあ、また明日な」

「ああ」

「悠くん、明日もよろしくね」

「はい」

「こいつのことだから、ほんと助かるわ」

 

 おじさんの言葉は冗談めいていたが、半分は本気だった。

 そのことが嫌ではないのは、自分でも少し不思議だった。

 託されているのだと考えると、責任に近いものもある。

 それでも、陽介のことなら引き受けられると思ってしまう。

 

 ホテルの前で別れ、鳴上は一人で駅へ向かった。

 夜風は昼より冷たく、スーツの上からでも少しだけ肌に触れる。

 人通りの多い通りを歩きながら、鳴上は明日の時間を頭の中で組み立てていった。

 武道館へ行くなら、今朝より少し早めでもいいかもしれない。

 

 自宅へ戻ると、家の中はいつも通り静かだった。

 玄関の灯りをつけ、ネクタイを緩め、上着を椅子の背にかける。

 昼も夜も人の声のある場所にいたせいで、無音に近い空間が少しだけ広く感じられた。

 鳴上はその感覚を意識しないように、明日の支度へ手を伸ばした。

 

 同じ武道館へ二日続けて行くのは、たぶん少し妙だ。

 だが、悪くはないと思った。

 今日の自分に陽介がいたのなら、明日の陽介にも誰かいた方がいい。

 それだけのこととして、鳴上は時計を見て、朝の時間を頭の中で確かめた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学する大学生(もうすぐ入学式))

花村陽一(花村の父:ジュネス本部の地域開発本部の本部長に昇進している。東京に単身赴任中)
花村ユリ子(花村の母:ジュネス八十稲羽店で経理担当している)


次回もよろしくお願いします
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