二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


14

 ユリ子が「少し仕事があるの」と言ったのは、事務室の空気がまた普段の明るさへ戻りきった頃だった。

 書類を一つにまとめ、机の端へ寄せる手つきはいつも通りで、それだけ見ればジュネス側の雑務にしか見えない。

 

「すぐ戻ると思うけど」

 そう言って、クマの方を見る。

「クマちゃん、少しだけ悠くんたちといてくれる?」

 

「もちろんクマ!」

 クマはすぐ胸を張る。

「センセーとヨースケと一緒なら、クマはいつでも楽しいクマよ!」

 

 その返事に、ユリ子はやわらかく笑った。

 笑い方は自然だったが、視線がそこで一度だけ、こちらではなく事務室の奥へ滑る。

 

 長い動きではない。

 ただ、少し席を外すだけにしては、戻る時間や用件の重さを先に測っているように見えた。

 

「じゃ、行ってくるわね」

「うん」

 陽介はそこを深く受け取らず、いつもの調子で返す。

「なんかあったら連絡して」

 

「ええ、ありがとう」

 ユリ子はそう言って、もう一度机の上を整えた。

 その動きの正確さが、かえってさっきの電話の違和感を消しきらずに残す。

 

 踏み込む材料はまだない。

 仕事と言われればそう見えるし、実際そういう側面もあるのだろうと思う。ただ、それだけで済ませていい感じが少し足りなかった。

 

 ユリ子が事務室を出ていく。

 扉が閉まると、クマがすぐこちらへ向き直り、何か遊びに行こうとでも言い出しそうな顔をした。

 

「で、センセーたちは何するクマ?」

「急だな」

 陽介が笑う。

「でもまあ、せっかく外出たし、少しそのへん回るか」

 

「クマ、お散歩好きクマ!」

「知ってる」

 そう返しながら、陽介は事務室の方を一瞬だけ見た。

 ユリ子のことを完全に気にしていないわけではない。ただ、今はそこへ名前をつけるほどでもないらしかった。

 

 ジュネスを出ると、昼前の熱気がまとわりついた。

 空は明るく、雲の輪郭まで強い。夏の八十稲羽は、静かでも光が薄まらない。

 

 最初は本当に、散歩の延長だった。

 店の周りを少し歩き、クマが勝手に先へ進み、陽介がそれに雑に文句を言いながら追いかける。

 

「センセー、山の方ちょっと涼しそうクマ!」

 クマが言って、遠くを指さす。

 稲羽山の緑は、町から見ても濃い。風があるなら下よりはましだろうと思えた。

 

「涼しいかは知らんけど」

 陽介が言う。

「歩くくらいならいいか」

 

「お前、暑いって言ってただろ」

「平地にいるのも暑いだろ」

 その理屈は雑だったが、否定するほどでもなかった。

 店内へ戻ってもよかったが、今は人の少ない方へ動く方が気が散らない気もした。

 

 三人で稲羽山の方へ向かう。

 舗装の切れたあたりから、町の音が少しずつ遠くなり、代わりに蝉の声と草の擦れる音が近くなった。

 

 山へ入る道は、昔と大きくは変わらない。

 手入れが行き届いている場所と、少し踏み入ると急に人の気配が薄くなる場所の境目も、歩いていれば自然に分かる。

 

 クマは相変わらず先へ行ったり戻ってきたりを繰り返していた。

 陽介もそれを止めはしないが、足元の悪いところでは「転ぶなよ」とだけ声をかける。その雑さも地元の空気に馴染んでいた。

 

 山の中腹に差しかかる頃、風が少しだけ通った。

 それだけで肌の熱は和らぐが、代わりに土の匂いと湿った葉の匂いが濃くなる。

 

 

 そのあたりで、クマがふと立ち止まった。

 さっきまでの大きな動きが急に切れて、耳を澄ませるみたいに顔だけを少し傾ける。

 

「どうした」

 声をかけると、クマはすぐには返さなかった。

 その沈黙自体が珍しかったので、こちらも足を止める。

 

「……なんか」

 ようやくクマが言う。

「へんな感じ、するクマ」

 

 言葉は短かったが、冗談の調子が抜けていた。

 陽介もそこで笑わない。代わりに周囲を見回し、道の先へ視線を伸ばす。

 

「何もなくね?」

 そう言いながらも、足はもう少し慎重になる。

 その先で、木々の隙間に妙な色が見えた。

 

 黒に近い灰色だった。

 自然の中で浮く色だと思った瞬間には、もう正体が分かる。家電の外装の色だった。

 

 近づくにつれ、輪郭がはっきりする。

 土に半ば沈み、傾いた状態で置かれた古いテレビだった。薄型ではなく、いくらか前の、厚みのある型だ。

 

 山の中にあること自体がまず不自然だった。

 ただ捨てられているだけなら、もっと雑に、もっと景色へ埋もれる形になるはずだった。目につくのに見つかりにくい場所へ、意図して押し込まれたような置き方に見える。

 

「うわ、何でテレビ」

 陽介が言う。

 声はまだ軽いが、最後の音だけ少し乾いた。

 

 その横で、クマが一歩下がる。

 ただのゴミを見た反応ではない。毛並みのない人型の姿でも、身構えた時の空気は分かる。

 

 テレビは電源が入っているはずもない。

 山の中にコンセントがあるわけがないし、背面から伸びるはずのコードも見えなかった。少なくとも、今見える範囲に、これを動かすための普通の理由は何一つない。

 

 そう思った次の瞬間、画面の奥で白い筋が一つ走った。

 

 最初は光の反射かと思った。

 だが、山の中のどこにもあの筋を返す角度はなく、遅れて小さなざらつきだけが耳に触れた。

 

 ノイズだった。

 音は小さい。それなのに、ざらついた光の方が一瞬遅れて目へ刺さり、山の空気の中にそこだけ別の質感を混ぜる。

 ただの不法投棄を見つけた時の嫌さとは、最初から種類が違っていた。

 

 反射的に、陽介の前へ半歩出る。

 完全に庇うほどではないが、距離を詰められた時に先に触れる位置へ体をずらす。その動きだけは考える前に終わっていた。

 

 陽介は何も言わなかった。

 ただ、横目でこちらを見てから、テレビとの間合いをもう少しだけ取る。

 

 画面にまたざらついた光が走る。

 かつて見たものに似ていた。似ている。だが、その判断に体がすぐには乗らない。

 

 記憶の中にあるテレビは、もっと奥へ続いていたはずだった。

 画面の向こうへ空間が開いているという感覚が、理屈より先にあった。近づけば吸われると分かる、あの嫌な奥行きが。

 

 今目の前にあるそれには、それが薄い。

 奥へ落ちる感じがない代わりに、表面だけが妙に湿っている。空気へ溶け込まず、ざらついた異物のままそこに貼りついている感じだった。

 

 クマが、低い声で「センセー」と呼ぶ。

 その音には、さっきまでの跳ねるような調子がほとんどなかった。

 

「見たことある感じ、するクマ」

 クマはそう言ってから、少しだけ首を振る。

「でも、ちがうクマ。なんか、へんクマ」

 

 その言い方で十分だった。

 説明できていないのに、ただの見覚えで済ませるつもりもない反応が先に来ている。

 

 画面に、今度は断片的な影が揺れた。

 人の輪郭にも、木々の反射にも見える。焦点が合う前に崩れ、ノイズへ溶けて、また別の白い筋が横切る。

 

 陽介の気配が、横で少しだけ固くなる。

 息を止めたのではなく、次に何が起きるかを待つ時の浅い呼吸へ変わっただけだが、その違いは近いと分かる。

 

「これ」

 陽介が口を開く。

「……なんか、前のに似てねえ?」

 

 問いの形だった。

 断定しないところが、こっちと同じだった。同じと言い切るには、質が違いすぎる。

 

「似てる」

 短く返す。

「でも、同じじゃない」

 

 そう言ったあとも、目は画面から外さない。

 テレビの周囲の空気が、山の中の湿気とは別のざらつき方をしている。触れなくても分かる、嫌な手触りだけがあった。

 クマはもうテレビに近づこうとしなかった。

 いつもなら真っ先に覗き込みそうな場面でも、その場に足を止めて、こちらと同じ距離を保っている。

 

「中、ないクマ」

 ぽつりとクマが言う。

 それがどういう意味かは、まだはっきり分からない。ただ、覚えのある場所を見つけた時の懐かしさとは、明らかに違う調子だった。

「中、って」

 陽介が聞き返す。

「いつもの感じが、ないクマ。あるのに、ないクマ」

 言葉は曖昧だったが、その曖昧さごと異常だった。

 クマが説明役になれていない時の方が、むしろ事態の質は悪いことが多い。

 

 テレビの画面が、一度だけ大きく明滅する。

 そこに映ったものが何だったのか、すぐには判断できなかった。暗い背景、白い線、輪郭の崩れた何か。それだけを見せて、またノイズへ戻る。

 

 山の空気が、じわりと薄く変わる。

 気温が下がったわけではないのに、汗の引き方だけが少しおかしくて、背中の熱が内側へ残る感じがした。

 

 陽介が、今度は冗談を言わなかった。

 クマも騒がない。三人とも、結論の手前で止まったまま、ただその違和感だけを共有している。

 似ている。

 だが、かつて知っていたものと同じだとは、どうしても言えない。

 その違いはまだ名前にならない。

 湿り気、奥行き、引き込み方、画面のざらつき。どれも少しずつずれていて、記憶の中の異常より、何か別のものが似せてきているようにも思えた。

 

 もう一歩近づくべきか、ここで離れるべきか。

 そう考えながらも、足はまだ動かない。動けないのではなく、先に見極めるべきものが多すぎた。

 

 風が、木々の間を抜ける。

 その音の中で、テレビの小さなノイズだけが不自然に残り、山の中へ置かれた異物として、ひどく静かにそこにあった。

 このまま見ているだけでは足りない気がした。

 だが、何を確かめればいいのかがまだ定まらない。クマの言葉も、目の前の違和感も、どれも輪郭の手前で止まったままだった。

 

 鳴上は画面から目を離さず、浅く息を吸う。

 似ているのなら、確かめる方法はある。だが、それを口にする前に、まずこの場の異常をもう少し見極める必要があった。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学二年生。ユリ子ママの様子に気付く)
花村陽介(M大在学中大学二年生。まあまあ気づかないよね)

クマ(熊田)(ジュネスのバイトリーダー。山にテレビがあるクマー
花村ユリ子(花村の母。なんとなく変な動きしている)

次回もよろしくお願いします
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