二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


15

 テレビの前で、クマはすぐには動かなかった。

 さっきまでの騒がしさが抜け、山の中の湿った空気の中で、画面と一定の距離を保ったまま立っている。

 

 ノイズは断続的だった。

 強く走る時もあれば、ただ黒い画面の奥で細い白だけが揺れる時もあって、規則があるようでいて掴めない。

 

 クマは一歩だけ横へずれた。

 覗き込むというより、角度を変えて質を見ている動きだった。耳を澄ませるように首を傾け、次に少しだけ顔をしかめる。

 

 そこで一度、手を上げかけて止まる。

 前ならもっと無造作に近づいたはずなのに、今は触れる寸前のところで距離を測っているように見えた。

 

「クマ」

 声をかけると、クマは視線をテレビから外さないまま小さく返した。

「……前と、ちがうクマ」

 

 その言い方には、さっきよりはっきりした芯があった。

 断言に近いが、まだ雑に片づけたくない時の慎重さも混じっている。

 

「何が」

 陽介が聞く。

 声は低い。冗談を挟む余地を自分で切って、必要なことだけ取りにいく調子だった。

 

 クマは少しだけ間を置いてから、ようやくこちらを向く。

 その顔には、懐かしさや驚きより先に、知っているものと違うものへ向ける警戒が出ていた。

 

「テレビの世界の接続じゃないクマ」

 短く言って、また画面へ目を戻す。

「前のだったら、もっと分かるクマ。向こうにつながってる感じが、ちゃんとあるクマ」

 

 言葉は少ないが、それで十分だった。

 クマが曖昧なまま終わらせず、そこだけ切り分けて言うなら、少なくとも本物の再接続ではない。

 

 画面にまたノイズが走る。

 白い線が乱れて、その奥で何かの輪郭みたいなものが浮いたが、形になる前に崩れて消えた。

 

「じゃあ、これは何だ」

 陽介が言う。

「似せてる、ってことか」

「そういう感じするクマ」

 クマの返事は慎重だった。

「似てるクマ。でも、中身が前のとぜんぜんちがうクマ」

 似てるのに、違う。

「テレビっぽいのに、感じがへんクマ」

 

 その感触は、さっき画面を見た瞬間から自分にもあった。クマの言葉で、それがもう少しだけ輪郭を持つ。

 以前のテレビ世界には、もっと奥行きがあった。

 見るだけで引かれる感じがあり、画面の向こうに空間そのものが立っていると体が知るような質だった。

 今目の前にあるものには、それがない。

 薄い膜だけがざらついたまま現実に貼りついていて、似た色と形を使いながら、奥の中身だけが空白になっているように見える。

 

「ジュネスのテレビでも見よう」

 口に出すと、陽介がすぐこちらを見る。

「確認か」

「念のためだ。これだけだと、山の中の不法投棄で終わる」

「終わらねえだろ、たぶん」

「終わらないにしても、比較は要る」

 

 そう返しながら、視線はまだテレビへ置いたままだった。

 陽介もすぐには文句を言わず、「まあ、そうだな」とだけ言う。

 クマは小さく頷いた。

「ジュネスなら、もっと分かるクマ」

 

 その場で結論を増やすより、いったん離れる方がいい。

 画面はまだ断続的にざらついているが、近づいて何か変わる感じでもない。ここで長く立つ方が判断を鈍らせそうだった。

 

「戻るぞ」

 そう言って一歩下がる。

 陽介もそれに合わせて動き、クマも最後に一度だけテレビを見てから、ようやくこちらへついてきた。

 

 山を下りる間、三人ともさっきまでほど喋らなかった。

 蝉の声と草の擦れる音だけがやけに大きく、町へ戻るほどその静けさが逆に耳へ残る。

 

 ジュネスへ戻ると、館内の冷房と人工的な明るさが先に来る。

 山の湿った空気のあとだと、それだけで違う世界へ切り替わったみたいに感じるが、さっき見たノイズの感触はまだ抜けない。

 

 テレビ売り場まで行く途中、陽介が小さく言う。

「さっきの、もし前と同じだったら」

「違う」

 言い切ってから、少しだけ言葉を足す。

「少なくとも、クマはそう見てる」

「だよな」

 陽介はそれ以上続けなかった。

 同じだと言い切れないことと、違うから軽いわけでもないことの両方を、たぶん同時に考えている。

 

 テレビ売り場には、いつもの光景が並んでいた。

 画面は明るく、色も鮮やかで、ニュースや通販や子ども向け番組が音のないままいくつも流れている。

 クマはそこで、迷わず例のテレビの前へ向かった。

 山の中で見せた警戒はまだ抜けていないが、今度は確かめる順番がはっきりしている分だけ動きが早い。

 一歩近づき、クマがそっと手を伸ばす。

 指先が画面へ触れ、そのまま半ばまで沈んだ。抵抗のない入り方は、見慣れていたはずなのに、さっきの山のテレビを見たあとだと逆に落ち着く。

 

「こっちは、いつものテレビクマ」

 クマが小さく言う。

「ちゃんと向こうにつながってるクマ」

 

 そのまま手を引き抜き、今度は隣の別のテレビへ移る。

 売り場に並んだ、ごく普通の薄型の一台だった。クマは少しだけ首を傾けてから、同じように画面へ手を押し当てる。

 こちらも、手は入った。

 ただ、例のテレビみたいに迷いなく“向こう”へ抜ける感じとは違う。クマは肘のあたりで止めて、何かを探るみたいに指先だけを少し動かす。

 

「……入れるクマ」

 クマはそう言って、ゆっくり手を戻した。

「でも、どこにつながるか分かんないクマ。こういうのは、テレビとしてあるだけクマ」

「あるだけ、って何だよ」

 陽介が言う。

「出入口にはなるクマ。でも、使う感じじゃないクマ」

 クマは短く言ってから、例のテレビと今のテレビを見比べる。

「いつものは分かるクマ。こっちは入れるけど、ちがうかも」

 

 そこで一度、クマの顔つきがまた硬くなった。

 山で見たテレビのことを思い出したのだと、言葉がなくても分かる。

 

「さっきのは、それともまたちがうクマ」

 クマは低い声で言う。

「テレビっぽいのに、感じがへんクマ。入れるとか、つながるとか、そのへんがぐちゃっとしてる」

 

 その曖昧な言い方の方が、むしろ嫌だった。

 例のテレビでもない。売り場の普通のテレビでもない。見た目だけ同じ箱を使って、その中身の仕組みだけが別物みたいにずれている。

「共有する」

 言うと、陽介が頷いた。

「特捜隊?」

「全員に」

「だよな」

 

 この段階で、個人的に抱える話ではない。

 過去の案件に似ている以上、情報だけは早く揃えた方がいい。ただ、煽るような書き方は避ける必要がある。

 

 フードコートに近いベンチへ移動し、スマートフォンを出す。

 文章を打つ前に、書くべき事実と、まだ書くべきではない推測を頭の中で分けた。

 

 山中で不法投棄されたテレビを発見。

 画面に断続的なノイズあり。過去のテレビ異常に似た印象はあるが、クマの確認により、テレビの世界の接続ではないと判断。

 

 そこまでが確定だ。

 質が違うこと、以前のものと同一視できないこと、念のため注意してほしいこと。その順に並べれば余計な混乱は増えない。

 

 陽介が横から画面を覗き込む。

「それでいいと思う」

「煽りすぎない方がいい」

「でも軽くは書けねえだろ」

「軽くはしない」

 

 文面を少しだけ詰める。

 似ているが違う という感触を、そのまま感覚語で入れるのではなく、確認済みの差異として落とし直す。

 

 送信すると、画面の上から会話の履歴が静かに流れていった。

 返答はすぐには来ない。それでいいと思う。今はまず、事実が全員へ届けば足りる。

 

「送ったクマ?」

 クマが聞く。

「送った」

「なら、あとはみんなで考えるクマ」

 その言い方はいつもの軽さに近かったが、最後まで完全には戻っていなかった。

 

 クマを持ち場へ送り届ける頃には、外の光が少し傾き始めていた。

 館内の明るさに慣れた目で外へ出ると、夕方の八十稲羽は昼間より色が薄く見える。

 

「センセー、ヨースケ、気をつけるクマよ」

 クマは入り口のところで言った。

 いつもの調子に戻そうとしているのは分かるが、耳の立て方みたいな気配だけはまだ硬いままだった。

 

「お前もな」

「ジュネス探検はするなよ」

「クマはしないクマ! ……たぶん」

 

 最後だけ少しだけいつものクマに戻り、それで別れる。

 こちらと陽介は、そのまま堂島家へ戻る道を取った。

 

 帰り道は、昼間来た時より静かだった。

 町の音はあるのに、会話がその上へすぐ乗る感じがない。どちらもさっきまでの映像を、まだ処理しきっていないのだと思う。

 

「前のと違うって言われると、余計やだな」

 しばらくして、陽介が言う。

「同じなら同じで最悪だけど」

「そうだな」

「似てるのに違うの、いちばん気持ち悪い」

 その表現は正確だった。

 過去の経験と結びつけて身構えられる一方で、そのままの知識では届かない。だから余計に、扱いを間違えたくない。

 

 堂島家へ着くと、玄関の明かりがもうついていた。

 扉を開けると、夕食の匂いと、菜々子の声と、食器の触れ合う音が先に流れてくる。

「おかえり!」

 菜々子が居間から顔を出す。

「ただいま」

 返す声は普通に出せた。

 普通に出せることと、頭の中のざらつきが消えていることとは別だった。

 手を洗い、上着を掛け、食卓につく。

 堂島は仕事帰りの顔で新聞を広げ、菜々子は今日のことを話し、台所の時計はいつも通りの速さで進んでいる。

 

 生活はそのまま回っていた。

 味噌汁の湯気も、箸の置かれる音も、麦茶の冷たさも、全部が八十稲羽の夜として正しい位置にある。

 

 それでも、食器を持ち上げるたびに、山で見たテレビのざらついた画面が一度だけ頭の端に浮かぶ。

 ノイズの白い筋と、奥のない暗さと、かつて知っていたものから少しだけずれた質感だけが、生活音の隙間に残り続ける。

 

 陽介も、食事の間は普通に会話へ返していた。

 ただ、菜々子の話に笑ったあと、ふと黙る一拍が二度ほどあって、そのたびに自分と同じものがまだ消えていないのだと分かる。

 

 風呂へ入り、歯を磨き、二階へ上がる。

 堂島家の夜の音は静かだが無音ではなく、廊下の軋みや洗面所の水音が、住まいとしての気配を絶やさずに残している。

 布団へ入る前に、スマートフォンを一度だけ確認する。

 共有した連絡には返信がいくつかついていたが、今夜のうちに何かが動くわけではなさそうだった。

 それで少しだけ息をつく。

 解決したからではなく、少なくとも今は、異常そのものを抱えたまま夜を越えるしかないと整理できたからだと思う。

 灯りを落とすと、部屋の中はすぐ暗くなる。

 堂島家の静けさは落ち着くのに、目を閉じると山の中のテレビだけが、暗さの質を少し変えて残った。

 

 生活はいつも通りに回る。

 その回り方の中へ、小さな異物が一つだけ混じったまま、八十稲羽の夜は静かに更けていった。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学二年生。変なテレビに動揺している)
花村陽介(M大在学中大学二年生。変なテレビが気持ち悪い)
クマ(熊田)(ジュネスのバイトリーダー。山のテレビが変クマ)

堂島菜々子(大天使。守りたいこの笑顔)


次回もよろしくお願いします
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