二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。

ようやっと2期生最後のイベントおわったべや…


16

 東京へ戻ったのは、夕方が夜へ切り替わる少し前だった。

 玄関の鍵を開けると、閉め切っていた部屋の空気がわずかに重く、数日分の不在だけがそのまま中に残っている。

 

 先に靴を脱ぎ、荷物を上がり框の横へ寄せる。

 陽介も後ろから上がってきて、鞄を下ろす音だけが、八十稲羽から東京へ戻ったことをやけに現実的にした。

 

「……帰ってきたな」

 陽介が言う。

 声は普段と大きく変わらないが、最後の音だけ少しだけ落ちる。

「帰ってきた」

 そう返して、窓の鍵を先に見る。

 留守の前に閉めた位置からずれていないことを確かめてから、換気のために一つだけ開けた。

 外の空気はまだぬるい。

 それでも、淀んだ室内に少しだけ流れができると、部屋がようやく自分たちのものへ戻り始める。

 

 冷蔵庫を開ける。

 出発前にほとんど空けておいたので、中には調味料と水だけが整然と残っていた。

「牛乳、ないな」

「そりゃそうだろ」

 陽介が笑う。

「帰る日に合わせてきれいにしたのお前じゃん」

「した」

「忘れてるみたいに言うなよ」

 そのやり取りだけなら、いつも通りだった。

 ただ、笑いが完全に長く続かない。どちらも、日常の調子へ戻る手前で一拍だけ止まる。

 

 台所の電気を点け、シンクを流す。

 蛇口から出る水の音が、数日ぶりの部屋に小さく広がって、それでようやく東京の生活の手順が指先へ戻ってくる。

 持ち帰った土産の袋を脇へ寄せ、洗えるものとすぐ仕舞うものを分ける。

 堂島家で使ったタオル、八十稲羽で買った細かいもの、洗濯へ回す服。その並びに、地元と東京の間を往復した数日分がそのまま残っている。

 陽介は自分の鞄を開け、まず財布と充電器を出した。

 そこまではよかったが、そのあとで土産の袋と着替えを同じ場所へ重ねようとしたので、先に手を出す。

 

「分けろ」

「分かってるって」

「分かってるなら最初からそうしろ」

「はいはい」

 

 返事は軽い。

 軽いが、八十稲羽へ帰る前より少しだけ素直で、余計な押し引きをする気力がまだ戻りきっていない気もした。

 

 冷房を入れ、食卓の椅子を定位置へ戻す。

 出る前に整えていったはずの部屋なのに、人が戻ると机の角度や鞄の置き場所ひとつで、すぐ二人分の生活へ形が寄っていく。

「晩飯どうする」

 陽介が服を分けながら聞く。

「買うか、簡単に作るか」

 問い方が少し遅い。

 腹が減っていないわけではないが、判断の軸がまだ移動の疲れと一緒に揺れているらしい。

 冷蔵庫の中身をもう一度見て、戸棚を開ける。

 米はある。卵もある。帰る前に置いていった乾麺も残っていた。

「麺でいい」

「助かる」

「その前に洗濯物を分ける」

「了解」

 そう言って、陽介がようやく本格的に荷解きを始める。

 堂島家に置いてきたものと、花村家に残してきたものと、こっちへ持ち帰ったもの。その境目を、本人ももういちいち迷わず処理している。

 

 実家は別でも、生活圏はもう片方へだけ閉じていない。

 東京の部屋へ戻りながら、八十稲羽にも最低限の着替えや日用品が残っていて、次に動く時の基準が最初から二つある。

 

 洗濯籠へ服を入れ、色の薄いものだけ先に分ける。

 陽介のシャツが一枚、思ったより土埃を拾っていた。山へ入った時のものだと気づいて、そのまま一番下へ押し込む。

 その手だけ、一拍遅れた。

 白い線の走る画面と、ざらついた黒が、服の繊維についた土の匂いから急に戻りかけてくる。

「悠?」

 陽介の声で手を離す。

「なに」

「いや、止まってた」

「なんでもない」

 そう言って洗濯籠を持ち上げる。

 説明するほどのことではないし、したところで減るものでもない。今は洗って、干して、元の位置へ戻す方が先だった。

 洗濯機を回し、その間に鍋へ湯を沸かす。

 

 乾麺を茹でるだけの簡単な夕食でも、火をつけると部屋の中の時間が一気に生活のものへ戻る。

 陽介は風呂の用意を見に行き、戻ってきてから食卓へスマートフォンを置いた。

 

 画面が一度だけ光る。特捜隊の返信らしい通知が上に溜まっていたが、今すぐ大きく動く内容ではなさそうだった。

「返信、来てる?」

「来てる」

「なんかあった?」

「今のところはない」

 それで十分だった。

 詳しく読み上げなくても、今はまだ“動かない時間”の中にいることだけ共有できれば足りる。

 

 麺を湯へ入れる。

 沸騰の泡が上がり、台所の熱が少しだけ増える。八十稲羽での数日が切り離されたわけではないのに、鍋の前に立つと東京の部屋の動線がまた体へ馴染んでくる。

 

「ネギ切る?」

 陽介が聞く。

「あるやつでいい」

「じゃあ、冷凍の出す」

 冷凍庫を開け、袋の位置を迷わず探す。

 その動きももう自然で、戻ってきた部屋を、二人ともまた使う場所として扱っている。

 

 夕食は簡単に済ませた。

 汁の温度と麺の柔らかさだけで十分だったが、食卓を囲むと、ようやく長い移動のあとにどこへ戻ったのかが体へ落ちてくる。

「やっぱ東京の水だな」

 陽介が言う。

「分かるのか」

「なんとなく」

「気のせいだろ」

「たぶんな」

 その会話も、途中まではいつも通りに見える。

 ただ、言葉の合間に時々小さな沈黙が混じる。その沈黙の中身が、数日前までの軽い疲れとは違うことだけは分かる。

 

 食後、皿を流しへ運ぶ。

 陽介が先に水を張り、自分が鍋を洗う。順番も立ち位置も変わらないのに、頭の端にはまだ山の中の古いテレビが居座ったままだった。

 ノイズの白い筋。

 画面の奥行きのなさ。クマの低い声。以前のものと似ていて、それなのに決定的なところで違う、あの嫌な半端さだけが消えない。

 

「風呂、先入る?」

 陽介が聞く。

「お前が先でいい」

「今日は譲るんだ」

「今日はそうする」

 そう返すと、陽介は少しだけこちらを見た。

 問い返しはしない。代わりにタオルの位置だけ確認して、そのまま風呂場へ向かう。

 湯の音がし始める。

 その間に台所を拭き、残った麺つゆを捨て、明日の朝に使う茶碗を手前へ寄せる。こういう細かい手順を重ねている間だけ、頭の中のざらつきは少し薄くなる。

 

 洗面所の棚には、出る前と同じように歯ブラシが二本並んでいた。

 東京の部屋は変わっていない。タオルの位置も、洗剤の残量も、食器棚の並びも、全部いつも通りに戻せるはずだった。

 それでも、まったく同じ生活へ戻った感じはしない。

 同じ部屋で、同じ手順で、同じように火を使い、皿を洗っているのに、その奥へ異物が一つだけ残ったままになっている。

 

 陽介が風呂から上がると、髪を拭きながら居間へ戻ってきた。

 さっきよりはだいぶ力が抜けているが、ソファーへ沈み込む前に、スマートフォンの通知を一度だけ見る。

「まだ特に動かないっぽい」

「そうだな」

「なら、今日は寝るしかねえか」

「そうする」

 その言い方が、投げやりではないのがよかった。

 今すぐ手を打てるものではないと分かった上で、生活を止めない方を選んでいる。たぶん自分も同じだった。

 

 次に風呂へ入る。

 湯に肩まで沈むと、移動の疲れがようやく体の表面から剥がれていく。だが、目を閉じると、暗い裏側へ白い線が走る感覚だけがまだどこかに残る。

 

 風呂を出て、歯を磨く。

 鏡の前で隣に並ぶ時間も、前と同じ長さのはずなのに、今日は言葉が少しだけ減った。

 

「明日、一限あったっけ」

 陽介が口をすすいでから聞く。

「ない」

「助かった」

「お前は」

「二限から」

「なら起きろ」

「そこは変わんねえな」

 

 その短いやり取りで、少しだけ空気が戻る。

 戻るが、完全には戻りきらない。それでいいと思った。無理にいつも通りへ寄せる方が、たぶん今は不自然だ。

 

 寝る前に、玄関の鍵と窓の位置をもう一度見る。

 留守の後だからという理由もあるが、それだけではない。生活の線を確かめるみたいに、部屋の境目を順に見て回る。

 台所の電気を消し、洗濯物の終了音を確認し、明日の朝干せる位置へ洗濯籠を寄せる。

 手が勝手に、朝の動線まで整えたところでようやく止まった。

 守りたい、という言葉にする必要はない。

 ただ、部屋の中を元の形へ戻しながら、その形がもう前と同じ無傷のものではないことも、どこかで同時に分かっていた。

 布団へ入ると、部屋は静かだった。

 同じ空間に陽介の寝返りの気配があり、冷房の音が一定で、それだけなら東京のいつもの夜だ。

 それでも、八十稲羽から持ち帰った違和感だけは、荷物の中へしまわれずに残っている。

 テレビのノイズも、山の湿った空気も、クマの慎重な声も、この部屋まで一緒についてきたみたいに、まだ消えない。

 

 大学二年の春から夏にかけて、生活はたしかに形になった。

 同居を続けることを言葉にし、家族の中へ相手を入れ、地元と東京の間に二人分の動線を作ってきた。その上へ、今は異物が一つだけ静かに置かれている。

 

 生活は続く。

 明日になればまた食事を作り、洗濯を干し、大学へ行く。その回り方を止めないまま、異常だけがまだ名前のつかない形で残っている。

 東京の部屋へ戻ったはずなのに、もう以前とまったく同じ生活ではない。

 その感触だけを薄く抱えたまま、夜の静けさは、次の時間へ向かって少しずつ深くなっていった。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学二年生。東京に帰ってきた)
花村陽介(M大在学中大学二年生。東京に帰ってきたけど…)


次回もよろしくお願いします
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