スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
2期生はここまで。次回から年次が一つあがります。
三月の終わりが近づくと、部屋の中に置かれる紙の種類が少し変わる。
大学からの案内、次年度の予定表、封筒に入った管理関係の書類が、机の端へ自然に溜まり始めていた。
外はもう真冬の冷たさではない。
窓を開けても平気な時間が増え、洗濯物の乾き方も、朝より昼を基準にした方が収まりがよくなっている。
夕食のあと、食卓を拭いてから書類をまとめ直す。
年度末の紙は放っておくと混ざるので、大学のもの、生活のもの、捨てるものを先に分けておいた方が後で楽だった。
陽介は風呂上がりのまま、ソファーで明日の予定を見ていた。
髪はまだ少し湿っていて、足元には脱いだ靴下が雑に寄せられている。
あとで回収するつもりで、そのまま見なかったことにした。
封筒の束の中に、管理会社の名前が見える。
開ける前から内容はだいたい分かっていたが、破らないよう端から切り、机の明るい方へ寄せて中身を出した。
契約更新の確認書類だった。
金額と期限を一通り見て、添付の用紙をめくる。去年の時ほど確認項目は多くない。変更がなければそのまま返せば足りる形だった。
その紙を見ながら、先に必要なものだけ頭へ並べる。
返送の期限、支払いの時期、記入が必要な欄。あとは来年度の予定と重ならないよう提出の順番を決めればいい。
「更新来てる」
声をかけると、陽介が顔だけ上げた。
「部屋の?」
「そうだ」
「もうそんな時期か」
返事は驚きというより確認に近い。
春が来る前後にはこういう紙が届くと、二人とももう覚えている。
書類の上へ指を置き、必要欄をざっと追う。
去年ならその内容自体が少し重かったはずだが、今は手続きの順番を決める方が先だった。
「今の部屋でいいよな」
言いながら、ペンを一本手元へ寄せる。
問いかけの形は取っているが、実際には確認というより作業に近い。
陽介はそのまま少しだけ黙っていた。
迷っている感じではなく、話がそこへ来ること自体は最初から分かっていて、言葉の方が少し遅れただけらしかった。
「変える理由あるか?」
続けると、陽介がようやく笑う。
「ないな」
それから、スマートフォンを机へ置いて、背もたれから体を起こした。
「むしろ今さら変える方が面倒だろ」
「そうだな」
「通学も、買い物も、家具の位置も、全部いったん作ったのに」
「そこまで言うなら十分だ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
言いかけて、陽介は自分で少しだけ肩をすくめる。
大げさに言うつもりはないのに、今の生活を前提に話すと自然にそうなるらしかった。
実際、その通りだった。
起床時間も、洗面所の使い方も、食器や洗剤の置き場所も、細かい部分まで今の部屋で二人分に整っている。
「記入するの、今やる?」
陽介が聞く。
「名前だけ先にやる」
「じゃ、印鑑どこだっけ」
「引き出しの二段目」
言い終える前に、陽介はもう立ち上がっていた。
引き出しを開ける場所も迷わない。印鑑ケースを取って戻る動きまで、前から決まっていたみたいに滑らかだった。
受け取って、必要な欄へ名前を書く。
漢字の形が崩れないよう少しだけ丁寧に運び、押印の位置も枠の真ん中へ収める。
去年の終わりには、まだ言葉にする必要があった。
今はもう、更新の紙の方が後から追いついてくる。
「これ、俺の方もいる?」
陽介が紙を覗き込む。
「確認だけ見とけ」
「了解」
隣へ寄ってきた距離が近い。
肩が触れるほどではないが、書類を見るために自然に踏み込んでくる間合いが、もう完全にこの部屋のものだった。
「支払いの時期、来月の頭なんだな」
「その前に返送する」
「わかった。必要ならこっちの分、あとで出す」
「そうする」
やり取りは短い。
それでも、その短さの中に、生活費の線引きや役割分担まで含めて共有されている。
印鑑を戻しながら、陽介がソファーへ戻る。
足元にさっきの靴下が残っているのが見えたので、書類を封筒へ入れ直すついでに拾い、洗濯籠へ放った。
「そこまでやるならもう怒ってるだろ」
陽介が言う。
「怒ってない」
「ほんとかよ」
「戻すついでだ」
「そのついでが多いんだよなあ」
そう返しながら、陽介は笑っていた。
からかわれている感じはあるが、嫌がる響きではない。そのへんの呼吸も、今年に入ってからさらに崩れなくなった。
窓の外を見れば、夜の色が少しだけ薄い。
三月の終盤は、日が落ちても真冬ほど深くならない。部屋の中の灯りと外の明るさの境目が、前よりやわらかく見える。
書類をクリアファイルへ入れ、明日持ち出す鞄の横へ置く。
忘れない位置に置くのはいつものことだが、今日はそれを二人の出入りに邪魔にならない角度へ揃えた。
この一年、生活は普通に続いた。
大学の予定が広がり、帰宅時間がずれ、八十稲羽へ戻り、また東京へ帰ってきても、部屋の中の手順だけは崩さずに回せていた。
稲羽山で見たテレビの異常は、結局それきり決定的な再現を見せなかった。
クマが何度か見に行っても、はっきりした動きは拾えなかったと共有されている。
だから解決したとも言えない。ただ、気持ちの悪い感じだけが、生活の底へ薄く沈んだまま残っていた。
「そういや」
陽介がスマートフォンを見たまま言う。
「去年の今頃、なんかもっと重くなかった?」
「何が」
「部屋の話」
そこでようやくこちらを見る。
「続けるとか、どうするとか、あのへん」
その言い方で、同じことを考えていたのだと分かった。
ただ、今さら感傷に寄せるつもりもないらしく、声の調子は軽いままだった。
「去年は去年だ」
「まあな」
「今は更新の紙が来ただけだ」
「ひでえまとめ方」
「間違ってない」
「それはそうなんだけどさ」
陽介はそう言って、視線を画面へ戻した。
否定しない時の返し方だった。言葉にすると実務みたいに聞こえるが、もうそれで足りる段階まで来ている。
洗濯機の終了音が鳴った。
立ち上がり、籠を持って洗面所へ向かう。タオル、シャツ、陽介の靴下。順に取り出しながら、干す位置ももう迷わない。
陽介が後ろから来て、ハンガーを二本差し出した。
「これ使う?」
「使う」
受け取ると、そのまま何も言わず隣に立つ。
自分の分だけ取り、袖を伸ばしてから竿へ掛ける動きも、だいぶ手慣れてきていた。
洗濯物を並べる間だけ、会話は途切れる。
沈黙は重くない。生活の手順がそのまま共有されている時の静けさで、言葉を足さなくても不足がない。
干し終えたタオルの端を揃え、風の通る向きへ少しだけずらす。
その作業に必要以上の丁寧さが混じったのは、自分でも分かった。部屋の中の線を確かめるみたいに、触る場所だけが少し増える。
「そこ、そんな細かく見る?」
陽介が言う。
「乾き方が変わる」
「出た」
呆れたように言いながらも、陽介は次のシャツの肩をきちんと伸ばした。
「でも、たぶんそのへんで回ってんだよな、うち」
うち、という言い方が自然だった。
そのことに、いちいち反応する必要はないと思う。ただ、そういう言葉がわざとらしくなく出るところまで来たのだとは分かる。
洗面所から戻り、灯りを少し落とす。
部屋はいつもの夜の形へ戻っていく。食器は片づき、書類は揃い、明日の動線までほぼ整った。
更新確認の封筒は、鞄の横に置いたままだ。
生活が形になったからこそ、更新は決断ではなく手続きで済む。その変化自体が、この一年の答えに近い。
ソファーへ座ると、陽介が少しだけずれて場所を空ける。
その距離も、前よりずっと自然になった。近づくことに意味を持たせる段階は、もう去年でほとんど終わっている。
「じゃ、来年度もここか」
陽介が言う。
「そうなる」
「了解」
返事は短い。だが、それで十分だった。
改めて“続ける”と言わなくても、今はその一言で全部足りる。
窓の外で、春先の風が一度だけ鳴る。
明日もまた同じように朝が来て、食事をして、大学へ行き、戻ってくるのだろうと思える。
その生活は、もう去年の仮置きではない。
二人で作って、回して、次の年度へそのまま渡せる形になっていた。
ただ、その底にだけ、まだ名前のつかない異物が薄く残っている。
三月終盤の夜は、その静けさごと次の春へ続いていた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大在学中大学二年生)
花村陽介(M大在学中大学二年生)
次回もよろしくお願いします