二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 夕食の支度をしながら、鳴上悠は冷蔵庫の中を見ていた。

 

 昼に買ってきた鶏もも肉を下味に漬けたままにしてある。玉ねぎは半分、にんじんは一本、じゃがいもは二つ。カレーにしてしまえば明日の分まで回せるが、今日は陽介が帰るのがそこまで遅くないと聞いていた。なら、煮込みより炒め物の方が流れがいい。火の通りも早いし、洗い物も少なく済む。

 

 肉の入った保存容器を取り出し、まな板の上に置く。隣で米を研ぎながら、今日の講義の流れを頭の中でなぞり直した。

 三年の前期に入って、学部全体の空気が少し変わったのを感じる。座学の延長では済まない話が増えた。どの設備が使えるか、どの分野に進むか、誰の下で学ぶか。選択肢として並べられていたものが、少しずつ現実の手触りを帯びてくる。

 

 炊飯器の蓋を閉じたところで、玄関の鍵が回る音がした。普段と同じ時刻だが、足音が少しだけ重い。講義か、ゼミ説明か、そのどちらかで頭を使った帰りの歩き方だとわかる。

 

「ただいま」

 声は普段通りだった。

「おかえり」

 鳴上が返すと、陽介は廊下の先で靴を脱ぎながら「今日、マジで情報量多すぎた」と続けた。愚痴に寄せた言い方だが、本気で参っているほどではない。口に出して整理したい類の疲れ方だと、鳴上は思う。

 

 洗面所で手を洗う音がして、そのまま陽介が台所の入口に顔を出した。鞄はもうソファの横に置いてきたらしい。ネクタイのない日でも、肩の線に通学の疲れは残る。

 

「今日、早かったな」

「三限で終わった。説明会が思ったより巻いた」

「そっちは?」

「ゼミの話が長かった」

 陽介は冷蔵庫の脇にもたれて、鍋の中を覗き込んだ。まだ油を熱している段階なのに、食事の見通しを先に立てる顔をしている。

 

「何」

「鶏と玉ねぎ。あと、じゃがいも入れる」

「うまそう」

「味噌汁も作る」

「助かる」

 その一言で会話がいったん切れる。陽介はそのまま部屋着に着替えに行き、鳴上はフライパンに肉を入れた。じゅっと鳴る音に合わせて、玉ねぎを加える。今日のような話は、座ってからの方が途切れない。先に聞き出そうとは思わなかった。

 

 食卓に皿を並べた頃には、陽介もTシャツ姿で戻ってきた。髪を軽くかき上げながら、いつもの席に座る。その動きに迷いがないのは、もうこの部屋の夕食が一日の切り替えとして定着しているからだろう。

 

「で、ゼミ」

 鳴上が味噌汁を置きながら言うと、陽介がすぐに「ああ」と頷いた。

「今日、学科の説明が本格的だった。二年のときも話は出てたけど、三年の前期でだいたい方向見ろって感じ」

「妥当だな」

「妥当なんだけどさ。言い方が急に現実的になるんだよな。卒論のためとか、その先の進路にもつながるからとか」

 箸を取りながら、陽介は少しだけ眉を寄せる。嫌がっているわけではない。ただ、これまで曖昧に遠くへ置かれていた話が、急に足元へ引き寄せられた感覚があるのだろう。

「興味あるのは、前から変わってないんだろ」

「まあな。地域経済とか流通まわりはやっぱ気になる。あと再開発の話してるゼミも面白そうだった」

「駅前商業圏の変化を追うやつか」

 鳴上が言うと、陽介が箸を止めた。

「なんで覚えてんの」

「前に言ってた。地方都市で大型店が入ると、商店街の流れがどう変わるか見たいって」

「……言ったわ」

「あと、再開発が成功したように見えて、地元の店が減るパターンも気にしてた」

「そこまで言った?」

「言ってた」

 陽介が少しだけ笑って、「こわ」と言った。言葉は軽いが、嫌そうではない。鳴上はその反応を見てから、自分の味噌汁に口をつける。

 

 陽介が何に引っかかるか、どの話題で声の調子が少し変わるかは、日々の会話の中で自然に頭に残る。意識して覚えるというより、そうなっていた。

 

「流通系は、おまえに合ってると思う」

「そう?」

「数字だけじゃなくて、人の動きで見てる」

「それ、褒めてる?」

「褒めてる」

 陽介が照れたように鼻を鳴らし、照れ隠しのつもりか鶏肉を一口で食べた。少し熱かったらしく、すぐに水を取る。その一連の動作まで見慣れていて、鳴上は何も言わずに卓上のコップを相手の寄りやすい位置へ少しだけずらした。

 

「そっちはどうだったんだよ。研究室の説明とか始まったんだろ」

 水を飲んで落ち着いた陽介が、今度はそう返してくる。

「始まった。まだ配属は先だけど、設備見学と先輩の話は出た」

「どんな感じ」

「分野ごとに全然違う。加工系は機械が多いし、制御は思ったより地味だった」

「思ったよりって」

「もっと派手かと思ってた」

「ロボットとか?」

「そういう印象が先にある。でも実際は、計測と調整の積み重ねが多い」

 鳴上はそう言いながら、ご飯を一口食べた。今日見た実験設備の光景が、そのまま脳裏に残っている。金属の匂い、油の薄い膜、使い込まれた工作機械、配線の這った計測装置。どれも講義資料の中にあったときよりずっと具体的で、触れれば誤差も癖も返ってくるものだった。

 

「先輩は?」

「人による。でも、設備の使い方を説明してくれた人はわかりやすかった」

「へえ」

「段取りがよかった。何を見せるか整理されてた」

「おまえ、そういうとこ見てるよな」

 陽介の言い方に、鳴上は小さく肩をすくめた。

「無駄が少ない方がいい」

「いや、わかるけど。オレだったら最初に機械すげえってなるとこで、悠は先に説明の流れ見るじゃん」

「そっちも見た」

「そりゃそうか」

 陽介が笑う。鳴上も少しだけ口元を緩めた。

「で、興味ある研究室は」

「まだ絞ってない。でも、機構と制御は候補に残る」

「やっぱそっちなんだ」

「現物を見て考えたい。動くものの方が、理解しやすい」

「悠らしいな」

 

 その言葉を聞いて、鳴上は相手の皿の空き具合を見た。今日は食欲がある。説明会続きで疲れていても、頭が回っている日は食べ方が乱れない。

 

「研究室って、やっぱ空気ある?」

 陽介が少し身を乗り出して訊く。

「あるな」

「怖いやつ?」

「怖いというより、違う。何を当たり前にしてるかが、もう講義のときと違う」

「わかる気する」

「一年や二年だと、知るために学ぶ感じだった。でも、あそこは使う前提で話してる」

 口にしてから、自分でもその表現がしっくり来た。公式や理論を覚える段階から、それをどこに当てるか、どう動かすかへ移っていく感覚。問いの立て方が変わる。誰かが用意した問題を解くのではなく、自分で条件を整えて考える方へ寄っていく。

 

「ゼミも近いかもな」

 陽介が箸を置いて言った。

「今日、先生によって全然違ったけど、たぶん、どこも答えを覚えるってより、見方を持てって感じだった。データの見方とか、地域の切り取り方とか」

「それなら、向いてるだろ」

「そうかな」

「おまえは、数字だけだと信用しない」

「信用しないって言うと、なんか雑なやつみたいじゃん」

「現場を見たがる」

「……まあ、それはある」

 

 陽介は少しだけ頬杖をつき、考えるように視線を落とした。地元の商店街、郊外の大型店、駅前の再開発、流通の変化。そういう話をするときの陽介は、制度や金の流れも見るが、それだけでは終わらない。どこに人が集まり、どこが空になるか。その変化を、自分の知っている街の風景に引きつけて考える癖がある。

 

「再開発のゼミ、見に行くのか」

「たぶん行く。あと地域金融のとこも一応」

「流通一本じゃないんだな」

「いや、結局つながってるし。店だけ見ても回んねえじゃん。金の流れも、行政も、土地の使い方も」

「それで再開発に引っかかるわけか」

「そういうこと」

 言いながら、陽介はどこか納得した顔で頷いた。話しながら自分の考えを整えているらしい。鳴上はそれ以上口を挟まず、味噌汁の椀を持つ。相手が自分で筋道をつけるときは、その間を急がせない方がいいと知っていた。

 

 少ししてから、陽介がふっと息を吐いた。

「なんかさ」

「ん」

「三年って、勉強が急に将来の顔してくるな」

「そうだな」

 鳴上は短く返した。重く言いすぎる必要はないと思った。就職、院、試験、資格。言葉だけならいくらでも並ぶが、今この食卓に必要なのは、それらを大きく語ることではない。今日見たものと、今日考え始めたことを、生活の中に無理なく置くことの方が先だった。

 

「でも、まだ決めるには早い」

「まあな。ゼミ入ったからって即人生決まるわけじゃねえし」

「ただ、先送りだけでもいられない」

「……そこが一番、現実っぽいんだよな」

 陽介が苦笑する。鳴上は空いた皿を一枚重ねた。

 

 食後、陽介が茶碗を持って立ち、鳴上が残りの皿を集める。台所に並んで立つと、さっきまでの話が急に遠いものではなくなる。研究室もゼミも、その先の進路も、結局はこの生活の外にだけあるわけではない。帰宅時間に影響し、持ち帰る資料の量が増え、食卓の会話に混ざり、休日の過ごし方を少し変えていく。

 

「洗う」

「じゃあ拭く」

 鳴上が言うと、陽介は素直に頷いた。蛇口をひねる音がして、皿に洗剤の泡が広がる。陽介は横で布巾を手に取りながら、思い出したように口を開く。

 

「そういや、今日先輩に言われたんだけど」

「何を」

「ゼミ入ると、学食で話してる内容まで変わるって」

「ありそうだな」

「今までは単位とか試験とかだったのが、三年からは先生がどうとか、テーマがどうとか、フィールドワーク先がどうとかになるらしい」

「研究室も似てる」

「もう始まってんの?」

「少し」

「うわ、大学生って感じ」

 その言い方に、鳴上は皿を受け取りながら少し考えた。今が一つの切り替わりなのだろうと、鳴上は思った。学ぶことが、少しずつ自分の輪郭に近づいてくる。

 

 洗い終えた皿を拭きながら、陽介が何気なく言う。

「悠、研究室見学の資料、そのへん置いといていい?」

「読むのか」

「読む。機械工学わかんねえけど、どんな感じか知りたいし」

「いい」

「そっちも、ゼミ一覧見たかったら出すぞ」

「後で見る」

 そのやり取りがあまりにも自然で、鳴上は一瞬だけ手を止めそうになった。互いの専門が違うことは前提だ。わからない部分も多い。それでも、相手が何を選ぼうとしているかを知っておきたいと思うのは、もう自然なことだった。

 

 食器をしまい終えると、部屋は少しだけ静かになった。テーブルの上に、大学から持ち帰った紙の束が二つ並ぶ。片方は研究室紹介の資料、片方はゼミ一覧と履修の注意書き。どちらもまだ選択の途中にある紙だが、去年までの講義案内とは重さが違って見えた。

 

 鳴上は自分の資料を整え、端をそろえて置く。その横で、陽介がゼミ一覧をめくっている。時々、「この先生、話うまかった」とか「ここフィールドワーク多いな」とか独り言のように漏らすのを、鳴上はノートPCを開きながら聞いていた。

 

 将来はまだ決まっていない。進路を断言するには早いし、そうする気もない。だが、何を学ぶかという選択が、もう単なる授業の好みでは済まなくなってきていることは、二人ともたぶん知っていた。

 

 窓の外は、もう春の夜の色になっている。部屋の灯りの下で並んだ紙の束は、生活を壊すものではなく、その中へ静かに入り込んできた新しい段階のように見えた。

 

 鳴上は資料から視線を上げ、向かいの陽介を見る。相手は一覧表の端に指を置いたまま、次に読む欄へ目を移していた。その横顔に、焦りはまだ強くない。ただ、去年より少し先を見る顔をしている。

 

 それで十分だと、鳴上は思った。

 大学生活はまだ続く。けれど、もう同じ場所を回っているだけではない。そのことを、夕食のあとの静かな机の上が、いちばんよく示していた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)



次回もよろしくお願いします
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