二人の食卓、二人の空   作:erupon

36 / 37
こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 日曜の午後、鳴上悠はクローゼットの扉を開けたまま、ハンガーの間に指を差し入れていた。

 

 冬物を少し奥へ寄せ、春先に使う薄手のジャケットを手前に出す。そのついでに、スーツのカバーを一枚ずらした。黒に近い濃紺の一着と、予備のシャツ二枚。大学に入ってからまったく使わなかったわけではないが、三年の春に入って、その出番はこれまでと少し違って見えた。

 

 ベッドの上には、さっきまで陽介が広げていた紙袋が載っていた。量販店のロゴが入ったそれは、買い物から帰ったばかりの空気をそのまま部屋へ持ち込んでいる。中には新しいワイシャツ、ネクタイ一本、革靴の箱、それから証明写真の封筒が入っていた。

 

 居間の方から、冷蔵庫を開け閉めする音がする。陽介が麦茶を出したのだろう。帰り道ではそれなりに喋っていたが、部屋に戻ると一度それぞれの手を動かす方へ流れるのが、最近の休日の過ごし方だった。

 

「悠、麦茶いる?」

 台所から声が飛んできた。

「いる」

 短く返すと、すぐにコップ二つが卓上に置かれる気配がした。陽介はそのまま部屋を覗き込み、ベッドの上の紙袋を見て苦笑する。

 

「なんか、急に就活生みたいな荷物だな」

「就活用だからな」

「言い方が正しすぎて逃げ場ねえ」

 陽介は笑いながら入ってきて、自分の買った靴箱を持ち上げた。さっき店で試し履きしたばかりの黒い革靴は、まだ硬そうな光をしている。

 

「でもさ、三年の春に革靴買うって、ちょっと変な感じするわ」

「必要になる」

「なるのはわかってる。わかってるけど、まだ来年の話っぽいじゃん」

「その来年が近いから買った」

 そう言うと、陽介は「はいはい」と返してベッドの縁に腰を下ろした。否定する気はないらしい。ただ、現実の方から先にドアを開けてきた感じに、まだ少し慣れていないのだろう。

 

 鳴上はクローゼットから自分のシャツを一枚出し、並べて見た。白無地のレギュラーカラー。襟の形は問題ない。袖口のほつれもないが、着た回数はそこそこある。インターンの説明会や、業界研究のイベントのような場なら十分でも、今後を考えると、洗い替えをもう一枚増やしておく方がいい。

 

「おまえのシャツ、今日買ったの二枚で足りるか」

 鳴上が言うと、陽介が靴箱を閉じる手を止めた。

「今日一式そろえたばっかで、もう足りない判定?」

「連続で着る予定が入ったら足りない」

「そこまで一気に入るかな」

「入らなくても、クリーニングのタイミングがずれる」

「出た、生活設計」

 陽介は肩を揺らして笑ったが、そのあとで自分の紙袋を引き寄せ、買ったばかりのシャツのサイズ表記を見直した。軽口を言いながらも、確認はする。その反応を見て、鳴上は続ける。

「白はもう一枚あってもいい。青は要らない」

「青だめ?」

「今回は要らない」

「言い切るなあ」

「使う場が限られる」

 店員にも似たようなことを言われていたはずだから、陽介は素直に頷いた。派手さより無難さが優先される場面が、これから少しずつ増える。そういう常識を、大げさに嫌がるほど子供でもない。ただ、自分から進んで馴染みにいくほどまだ切羽詰まっていないだけだ。

 

 鳴上はベッド脇の引き出しからクリアファイルを取り出した。大学関係の案内や説明会の紙をまとめて入れているもので、その一番後ろに、最近増えた就活関連のメモを挟んである。エントリーシート、証明写真、履歴書用のサイズ、交通費、筆記具、予備の封筒。まだ本格的な応募の段階ではないのに、必要物の名詞だけが先に生活へ入り込んできていた。

 

「証明写真、何枚あった」

「八枚。データもくれるってさ」

「データは保存しとけ」

「した。ていうか、今のやつ便利だな。昔より盛れてる気がする」

「盛る必要はない」

「いや、少しは夢見させろよ」

 

 陽介が封筒から写真を取り出し、自分の顔を見て微妙な顔をする。駅前の写真機で撮ったそれは、たしかに普段の表情より少し硬い。背筋を伸ばし、口元を引き締め、前髪も店で直した直後の形で収まっている。見慣れた相手なのに、こうして小さな四角に切り取られると、まだ少し借り物めいて見えた。

 

「変じゃない」

「そう?」

「陽介だなとは思う」

「感想が薄い」

 言いながらも、陽介は少し安心した顔で写真を封筒に戻した。鳴上はその様子を見てから、自分の机の引き出しも開ける。中には去年使った証明写真が数枚残っていた。研究室見学の登録で必要になったときのものだが、就活用として使い回せる時期は限られる。撮り直しは自分も近いうちに必要だろう。

 

「おまえも撮るの?」

 陽介が訊いた。

「たぶん今月中」

「まだ先じゃね?」

「インターンの案内、夏前に出る」

「あー……」

 その「あー」に、来年ではなく今年の話なのだと気づいた響きが混ざった。三年の春に入ってから、説明会やエントリーの時期だけは、先にこちらへ近づいてくる。

 

 陽介は封筒を卓上に置き、今度は紙袋の底からネクタイを取り出した。無地に近い紺。自分で選びきれず、最後は鳴上の方を見たので、結局それに落ち着いた一本だった。

 

「これ、地味すぎない?」

「そのくらいでいい」

「おまえ、ほんとに無難寄りしか許さねえな」

「変に印象に残るよりいい」

「政治経済なのに個性を殺されてる」

「面接で出す個性じゃない」

 

 陽介が笑いながらネクタイを首に当て、鏡の方を向く。Tシャツの上からでは雰囲気しかわからないが、それでも派手ではない分、顔立ちはすっきり見えた。本人も悪くないと思ったらしく、少しだけ目を細める。

 

「まあ、たしかに変ではないか」

「変ではない」

「便利だな、おまえのその判断」

「便利でいい」

 

 鳴上はそう返しながら、机の端に置いたメモ帳へ必要物を書き足す。シャツ一枚追加。靴下、黒を二足。靴クリーム。携帯用のほこり取り。証明写真の予備ケース。こういうものは、ないと困るのに、買う段階ではまだ実感が薄い。だが、薄いまま放置すると、当日にだけ急に重くなる。

 

「靴下も見た方がいい」

 鳴上が言うと、陽介はまだ鏡を見たまま「え」と間の抜けた声を出した。

「靴下?」

「黒。柄なし」

「持ってるだろ」

「薄いやつが多い」

「……ああ」

 

 心当たりはあるらしい。陽介の靴下は普段使いの比率が高く、足首丈や色物が多い。講義に行くだけなら問題ないが、スーツに合わせるとなると話が変わる。

 

「革靴に合わせるなら、少し長さがいる」

「そこまで見るのか」

「見えるからな」

「見られる前提で話すなよ、怖いな」

「怖くない。普通だ」

「その普通をオレは今学んでるんだけど」

 

 陽介は降参するように両手を上げた。それから靴箱の中に入っていた説明書きを見て、「手入れも必要なんだよな」と呟く。

 鳴上は自分の革靴を思い出した。大学に入ってから必要に応じて履いてきたが、普段のスニーカーと違って、放っておけばすぐに線が崩れる。磨く手間、雨の日の扱い、履いたあとの乾かし方。わずかなことだが、そのわずかな手間を増やすのが、大人になる準備というものかもしれなかった。

 

「シューツリーまではいらないけど、ブラシはあっていい」

「急に専門家みたいなこと言うじゃん」

「最低限だ」

「最低限の基準が高いんだよ」

 

 けれど陽介は、メモ帳を引き寄せて自分でも書き足した。ブラシ。黒靴下。白シャツ。書いている字が雑なのはいつものことだが、項目を漏らさないようにしている様子は真面目だった。

 

 少しして、陽介がベッドの下に置いていたスーツカバーを取り出した。今日受け取ったばかりの一着だ。ハンガーごと持ち上げ、部屋の明かりに透かすように見る。

 

「これさ、いざ部屋に持ち込むと急に圧あるな」

「あるな」

「なんだろ。制服でもないのに、着る場面がだいたい決まってるからかな」

 

 その言い方に、鳴上は少しだけ頷いた。スーツそのものは珍しい服ではない。だが、大学生の生活の中に常駐している種類のものでもなかった。必要なときだけ外から持ち込まれる服だったはずのそれが、これからは部屋の中に居場所を持ち始める。

 

「クローゼット、右側空ける」

 鳴上が言うと、陽介が振り返る。

「入る?」

「ジャケットを少し寄せれば」

「助かる」

 

 礼を言いながら、陽介はスーツカバーを慎重に差し出した。鳴上は受け取って、クローゼットの右端へ掛ける。冬物のコートを奥へ押し、普段使いのシャツと重ならない位置を選ぶ。出し入れしやすく、皺になりにくい場所。ついでに、自分のスーツも並びを整えた。

 

 クローゼットの中に、似た色の服が二着並ぶ。その光景は少し新鮮で、けれど不思議とすぐ見慣れそうでもあった。生活は大きく変わっていない。食卓も、洗面所も、洗濯物の量も、基本はこれまで通りだ。ただ、そこに新しい種類の服と道具が増えた。それだけで、来年という時間が、曖昧なまま一歩近づいた気がする。

 

「そういや、写真のデータってどこに入れた?」

 鳴上が振り向くと、陽介はスマートフォンを振って見せた。

「一応クラウドにも上げた。ほら、こういうの失くしそうだから」

「正解」

「おまえに言われると、なんかテストで丸もらったみたいだな」

「減点がないだけだ」

「厳し」

 

 また同じやり取りになって、陽介が笑う。その笑い方がいつもの調子に戻っていたので、鳴上はメモ帳を閉じた。

 

 日が傾き始めた部屋の中で、買ってきたものをそれぞれの場所へしまっていく。シャツは洗濯表示を見てから畳み直し、革靴は箱から出して風を通す。証明写真の封筒はクリアファイルへ移し、店のレシートは家計用の封筒へ入れる。ひとつひとつは小さな作業なのに、それらを終える頃には、買ってきたものがもう部屋の風景に馴染み始めていた。

 

 陽介が空になった紙袋をまとめながら、ふと呟く。

「来年って、まだ先のはずなんだけどな」

「先ではある」

「でも、靴とか写真とか買うと、妙に具体的になる」

 

 鳴上はその言葉にすぐ返さず、革靴の箱を押し入れの上段へ入れた。まだ頻繁に使うわけではない。けれど、しまい込んで忘れていいものでもない。その中途半端な距離感が、いまの三年という時期に似ていると思った。

 

「必要なものから先に来る」

 ようやくそう言うと、陽介は紙袋を畳む手を止めた。

「……それ、なんか妙にわかるな」

 

 それ以上、大きな話にはならなかった。将来の不安も、来年の予定も、今この場で言葉にしすぎる必要はない。必要なのは、白いシャツを増やし、黒い靴を置く場所を作り、写真を折らずにしまっておくことだ。

 

 そうして増えた具体物だけが、まだ輪郭の曖昧な未来を先回りして、静かに部屋の中へ居場所を作っていく。

 

 鳴上は閉じたクローゼットの扉を一度だけ見た。中に掛かったスーツは、今日のところはまだ借り物のように見える。それでも次に必要になるときには、きっともう少しだけ、この生活の一部になっている。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生。就活シーズンですわ)
花村陽介(M大在学中大学三年生。スーツとかネクタイとか……)



次回もよろしくお願いします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。