二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 土曜の午前、鳴上悠は実家のダイニングテーブルにノートを開いたまま、家の見取り図を簡単に書き直していた。

 

 自分の頭には入っている家の形でも、人を長く迎え入れるとなると、紙に起こした方が早い。玄関から廊下、洗面所、客間、書斎、寝室、台所。どの部屋を誰が使うか、どこに荷物を寄せるか、どの棚を空けるか。普段この家に住んでいないからこそ、戻ってきたときに迷わない形に整えておく必要があった。

 

 六月の半ば、鳴上友樹と鳴上春奈が帰国する。学会とシンポジウムが続けて入り、日本での滞在は三週間を少し越える見込みだった。宿泊先は実家になる。ホテルを渡り歩くより、資料も道具も置ける分、その方が合理的だと父からの連絡にも書かれていた。

 その連絡を受けて、今日は朝から陽介と一緒に実家へ来ている。両親が戻る前に、使う部屋と動線を整え、足りないものを洗い出しておくためだった。ふだん二人で暮らしているマンションとは違う、鳴上家の広さと静けさの中で、今は受け入れ準備だけが少しずつ進んでいる。

 テーブルの端には、春奈から届いたメールを印刷した紙が置いてある。到着予定日、学会会場、地方移動の日程、それから「作業用に広めの机が使えると助かる」「段ボールを一箱先に送るかもしれない」といった簡潔な文面。母らしく、必要条件だけが無駄なく並んでいた。頼みごとというより、実務連絡に近い。その書き方の方が、かえって春奈らしかった。

 紙の横には、陽介の字で書かれた買い足しリストがあった。来客用タオル、歯ブラシ、洗剤の詰め替え、茶葉、コーヒー、保存容器。字は少し跳ねているが、項目の選び方は悪くない。

 洗面所の方で収納を開け閉めする音がした。陽介がストックを見ているらしい。頼んだわけではないが、今朝ここへ着いて家の中を一通り見たあと、「じゃあ水回り見るわ」と自然に言って動き始めていた。

 

「悠」

 廊下の向こうから声がした。

「洗面所の歯ブラシ、来客用に出せるの二本しかない」

「四本は欲しい」

「了解。タオルは?」

「古いのは避ける。色の揃ったのを買い足す」

「やっぱそうだよな」

 

 そう返ってきた声に迷いはない。自分の家ではない場所で、勝手に決めすぎず、必要なことだけ確認して、その上で手を動かす。その距離の取り方がちょうどよかった。

 

 少しして、陽介が洗面所から戻ってきた。メモ帳を片手に持ち、実家の廊下をもうすっかり作業動線として歩いている。靴下のまま床を踏む音も、今日は手伝う側のそれだった。

 

「客間の押し入れ、下段は空けた方がいいよな」

「空ける。布団も今日干す」

「じゃあシーツ出す。棚の上、まだ本残ってた」

「それは書斎へ移す」

「了解」

 

 陽介はそう言ってメモに書き足し、そのまま鳴上のノートを覗き込んだ。見取り図と、部屋ごとの使用予定が簡単に書いてあるのを見て、小さく笑う。

 

「実家でも書くんだな」

「住んでない分、書いた方が早い」

「なるほどね。たしかに、今の生活動線と別だもんな」

 

 その言い方が正確で、鳴上は頷いた。普段二人で暮らしているマンションの中なら、何をどこに置くかは身体でわかる。だが実家は、知ってはいても、日常の手つきがそのまま出る場所ではない。だからこそ、帰国後の両親が使いやすい形を先に作っておく必要がある。

 

「風呂は夜の順番を決めた方がいいか」

 陽介がメモ帳を見ながら言う。

「父さんは朝が早い。先に入る方がいい」

「おばさんは?」

「資料見ながら遅くなる日がある」

「じゃあ洗面所の朝が混むな」

「たぶんな」

「オレ、来る時間ずらした方がいいか」

 

 その言葉に、鳴上は一瞬だけ顔を上げた。今回の滞在中、陽介がこの家に出入りすることを、もう前提にして話している。だが、それは不自然ではなかった。買い物も受け取りも、必要なら一緒に動くつもりでいるのだろう。

 

「そのときでいい」

「了解。朝イチで来る日は避けるわ」

 

 ごく自然な言い方だった。実家の外にいる人間として遠慮するのでもなく、内側に踏み込みすぎるのでもなく、必要な範囲だけ自分の動きを調整する。その線の引き方が、もうかなり鳴上家の空気に馴染んでいる。

 

 午前のうちに、二人で客間の整理に入った。実家の客間は、ふだんは来客用に整えられているが、長期滞在となると話が違う。数日ならそのままで済むものも、一ヶ月近くとなれば使う棚、置く荷物、洗濯物の一時置き場まで考えた方がいい。

 

 鳴上は押し入れの下段から収納ケースを引き出し、中身を分類し直した。季節物のカバー、古いタオル、予備の寝具。陽介は棚の上の本や雑誌を下ろして、書斎へ移すものと倉庫へ戻すものに分けていく。

 

「これ、高校のノート?」

 陽介が一冊持ち上げた。

「たぶんそうだな」

「なんで実家の客間の棚に入ってんだよ」

「前にまとめて置いたまま」

「そのまとめてが雑なんだよな、おまえん家」

 

 そう言いながらも、陽介はノートを勝手に開いたりしない。戻すべきものは戻し、移すものだけを床に分けていく。手つきは落ち着いていた。

 

「段ボール一箱、先に届くかもしれない」

 押し入れの仕切り板を拭きながら、鳴上が言う。

「中身は?」

「母さんの資料と、たぶん作業道具」

「平日の昼にここで受け取るのは厳しいか」

「時間指定を頼むつもりだけど、無理なら宅配ボックスに入らない」

「じゃあオレ、水曜なら二限終わり早い。こっち寄れる」

「そこまでしなくていい」

「いや、必要なら必要でしょ。実家だろうがマンションだろうが、受け取り損ねる方が面倒だし」

「……そうだな」

 否定しきれずに答えると、陽介は「だろ」と小さく笑った。押しつけるような言い方ではない。ただ、手間として処理している。その軽さがありがたかった。

 

 客間の整理が一段落すると、今度は台所へ移った。

 実家の台所は広いが、普段使われていない時間が長い分、在庫の回り方に癖がある。

 来客が数日なら食器を出せば済むが、長期滞在となると消耗品の減り方が変わる。

 

 鳴上が戸棚を開け、食器用洗剤やキッチンペーパーの残量を見る。

 陽介は冷蔵庫の扉ポケットを覗き込みながら、実家の在庫の癖を少し面白がっているようだった。

 

「コーヒー、結構減る?」

「父さんは朝に二杯。母さんは不規則」

「じゃあ豆は買い足した方がいいな。インスタントも置く?」

「置く。移動前の朝はその方が早い」

「なるほどね」

 

 陽介はそう言って、メモを書き足した。

 父と母の飲み方を聞き、どちらに何が向いているかを確認し、そのまま買うものへ落とし込む。実家に来てからずっとその調子で動いている。

 

「茶葉は」

「母さんが飲む。少し上等なやつを足す」

「了解」

「砂糖は今のままで足りる」

「おじさん使わない?」

「使わない」

「おばさんは?」

「たまに」

 

 そんなことまで聞くのかと、以前なら思ったかもしれない。

 だが今は、それが自然だった。

 誰が何をどれだけ使うかを把握しておいた方が、家の運用は詰まりにくい。実家でも、結局やることは同じなのだと鳴上は思った。

 

 昼前、客間のシーツを洗って庭先に干す。実家の物干し台はマンションのベランダよりずっと広く、シーツを二枚広げても余裕がある。風の抜け方を見ながら、鳴上は客間の机の位置も少し動かした。母さんが作業に使うなら、窓際すぎない方がいい。紙資料を広げるなら、手元の光は安定していた方がいい。

 

「机、こっち寄せる?」

 陽介が客間の入口から訊いた。

「その方がいい。コンセント届く位置にしたい」

「延長コード、納戸にあった」

「持ってきてくれ」

「了解」

 

 どこに何があるか、陽介はもうかなり把握しているらしい。納戸からコードを持ってくる足取りにも迷いがなかった。そのことを、鳴上は不自然だとは思わない。何度も実家に出入りしてきたし、そのたびに家の空気を読みながら手伝う側に入ってきたのだから、それでいい。

 

 午後に二人で近所の店へ出て、足りないものを買い足した。来客用タオル、歯ブラシ、洗剤の詰め替え、少し上等な茶葉、保存の利く食品。買い物かごの中身は、ふだんの二人暮らしのそれとは少し違う。量もそうだが、選ぶ基準が「使いやすく迎えやすいか」に寄っている。

 

 レジを待ちながら、陽介がかごの中身を見て笑った。

 

「実家の買い出しって感じするな」

「そうだな」

「オレ、こんだけ普通に混ざってていいのかなって、たまに思うけど」

「今さらだろ」

「それはそう」

 

 あっさり返すと、陽介は少しだけ目を丸くしてから、肩を揺らした。実際、今さらだった。ここへ来て棚を開け、洗面所の在庫を数え、両親のための買い出しに付き合っている。その位置にもういる。

 

 実家へ戻ってから、買ってきたものをそれぞれの場所へ収める。新しいタオルは洗濯機へ入れ、歯ブラシは洗面所の引き出しへ、茶葉は戸棚の上段へ。客間の机にはまだ何も置いていないのに、延長コードだけがすでに壁際に沿って這っていた。

 

 夕方、台所で簡単に夕食を作りながら、鳴上は実家の食器棚から四人分の皿を出してみた。実家のダイニングテーブルは、ふだん使いのマンションのものより大きいが、それでも四人が長く座るとなれば配置は考えた方がいい。

 

「椅子、一脚こっち寄せた方が動きやすいな」

 陽介が食卓を見ながら言う。

「そうだな。通路を空ける」

「おじさん、朝早いなら手前の席?」

「その方がいい」

「おばさんは窓側でも平気そう」

「たぶんな」

 

 まるでずっと前からこの家の人数構成を知っていたかのように、陽介は自然に席順まで考える。鳴上は鍋の火を弱めながら、その横顔を見た。必要な場所へ自然に手が届く、その加減がちょうどよかった。

 

 食後、風呂の時間や洗濯の回し方まで一通り確認し終える頃には、実家の中はほとんど準備済みの空気になっていた。まだ両親は来ていない。荷物も届いていない。それでも、空いた押し入れ、増えたタオル、客間へ移した机、台所の在庫が、この家の普段の静けさを少しだけ別の形へ押し広げている。

 

 鳴上は最後に玄関収納を開け、来客用のスリッパを二組並べた。実家の玄関にそれが揃うだけで、家の印象が少し変わる。

 

「なんかさ」

 背後で、陽介が小さく言った。

「まだ帰ってきてないのに、もう空気変わるな」

 鳴上は振り返らず、スリッパの向きを揃えた。

「準備したからな」

「そうなんだけど。実家がもう待つ形になってるっていうか」

 

 その言い方が妙に正確で、鳴上は一度だけ目を伏せた。物を足し、場所を空け、机を動かし、動線を整えるうちに、この実家そのものが帰ってくる二人のために少しずつ姿勢を変えている。

 

「まあ、そうだな」

 短く返すと、陽介はそれ以上言わなかった。

 

 玄関の灯りの下で、並んだスリッパはまだ新品の硬さを残している。

 客間の机も、洗ったばかりのタオルも、使われる前の静かな余白を持っていた。

 その余白の中へ、六月の日程だけが先に入り込み、まだ見えない両親の気配を、少しずつこの実家へ引き寄せている。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生。両親が帰国するので準備)
花村陽介(M大在学中大学三年生。もう割と悠の実家の中わかってるんだけど)



次回もよろしくお願いします
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