二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 六月の午後、鳴上悠は実家の玄関先で腕時計に目をやった。

 

 到着予定の時刻までは、もう十分を切っている。午前のうちに客間の窓を開けて空気を入れ替え、冷蔵庫の中身も確認し直した。帰国直後は食事の量が読みづらいから、消化のいいものを中心にしてある。味噌汁のだしも取り終えていた。荷物を置く場所、洗面所のタオル、客間の机、延長コード。昨日までに整えたはずだが、待つ段階に入ると、どうしても最後の確認が増える。

 

 廊下の向こうでは、陽介が客間の扉を半分開けたまま、机の上をもう一度見ていた。ノートPCと資料が広げやすいよう、机の中央は空けてある。照明のスイッチの位置も、到着してすぐ迷わないように確認していたはずだった。

 

「タオル、洗面所に二組、客間に一組でいいよな」

 陽介が振り返って言う。

「十分だ。追加は押し入れの上段」

「了解」

 

 そう返して扉を閉める動きに、もうためらいはない。客人の前で気を張りすぎることもなく、慣れた家の中でだらけることもない。ここ数日の準備を通して、陽介の動きはすでにこの家の受け入れ態勢の一部になっていた。

 

 玄関先に車の止まる音がして、二人ともほとんど同時に顔を上げた。インターホンが鳴るより少し早く、鳴上は靴を履き、陽介もその後ろへ続く。扉を開けると、外の明るさの中に、見慣れた二人の姿があった。

 

 父である鳴上友樹は薄い色のジャケットを着て、手に小さめのキャリーケースを引いている。隣にいる母、春奈は肩掛けのバッグに加えて、書類の入った堅いケースを抱えていた。旅慣れた身軽さがあるのに、持ち込むものの質だけは明らかに仕事の帰国だった。

 

「ただいま」

 母さんが先に言った。声は落ち着いていて、長旅の疲れを表に出していない。

「おかえり」

「おかえりなさい」

 

 鳴上が返し、その少し後で陽介も言う。父さんは短く頷き、それから玄関の中を一度見渡した。下ろした荷物の位置、出したままのものがないか、通路の空き方。目線の動きは穏やかなのに、見ている範囲は広い。多くを言わないまま全体を把握する癖は、昔から変わらなかった。

 

「荷物はこれで全部だ」

 父さんが言う。

「先に送った段ボールは昨日届いた」

「そうか。ありがとう」

「客間に入れてある。机も使えるようにした」

「見ればわかる」

 

 短いやり取りだったが、その返答に、父さんがすでに廊下の先まで見通していることがわかった。準備の精度を確かめるような言い方ではない。ただ、整っていると理解しただけの声だった。

 

 母さんが靴を脱ぎながら、陽介の方へ視線を向ける。

 

「朝からありがとう。ずいぶん動いてもらったでしょう」

「いや、そんな大したことしてないです」

「そういう顔ではないわね」

 

 春奈はそう言って、ごくわずかに口元を和らげた。荷物を抱えたままでも視線が細かい。玄関のスリッパの置き方、客間の扉の開き方、陽介の立ち位置。何気ないようでいて、必要なことはきちんと見ているのだとわかる。

 

「ケース、持つ」

 鳴上が手を出すと、母さんはすぐに渡した。

「助かる。これは客間でいいわ」

「わかった」

 

 父さんのキャリーケースは陽介が自然に引き受けた。頼まれる前に持ち上げるが、先回りしすぎる感じはない。友樹も止めずに手を離した。その流れがあまりにも自然で、鳴上は一瞬だけ視線を止める。

 

 廊下を進みながら、母さんが周囲を見た。

「空気がきれいね」

「午前に窓を開けた」

「そう。助かる」

 

 そのまま客間へ入ると、母さんは机の位置を見て、そこで初めて少しはっきり頷いた。

 

「この配置なら使いやすいわ」

「手元の光が安定するようにした」

「ええ。ちょうどいい」

 

 言葉は簡潔だが、母さんがこうしてすぐ肯定するのは珍しい。実務的な評価として十分なのだろうと、鳴上は思った。陽介も後ろで静かに荷物を下ろしていたが、余計なことは言わない。その沈黙が、この家の空気を乱さずに済んでいる。

 

 父さんは客間の押し入れを軽く見てから、段ボールの置き場所に目をやった。

「通路が空いているな」

「出し入れしやすい位置にした」

「十分だ」

 

 それだけ言って、あとはケースの取っ手を戻す。細かく褒めるわけでもなく、説明を求めるわけでもない。けれど足りないとも言わない。その反応の仕方に、鳴上は昔から無駄がないと思っていた。

 

 ひと通り荷物を入れ終えると、母さんが客間の机の縁に手を置いたまま言う。

「お湯をもらってもいい?」

「すぐ出す」

「おじさんの分もいる?」

 

 陽介がそう訊くと、父さんが「もらおう」と短く答えた。その呼び方も、もうこの家の中では浮かなかった。

 

 台所へ戻ると、実家の静けさの中に人の気配が一気に増えたのがわかった。物音が多いわけではない。荷物の車輪が床を滑る音、客間の扉が閉まる音、洗面所で手を洗う水の音。静かな家ほど、増えた音の数ではなく質で変化がわかる。

 

 鳴上はケトルのスイッチを入れ、湯呑みを四つ出した。陽介は勝手知ったる手つきで急須を取り、茶葉の缶を開ける。どの棚に何があるか、もう聞かなくてもわかっている。だが、それを大げさに見せようとはしない。必要だから動く。それだけの顔をしている。

 

「茶葉、こっちでよかったよな」

「それでいい」

「了解」

 

 茶を淹れる陽介の横で、鳴上は冷蔵庫から切っておいた果物を出した。到着直後は甘いものの方が口に入りやすい。母さんは移動のあと、固い食事より先にそういうものへ手を伸ばすことがある。

 

 茶を運ぶと、父さんはすでに上着を脱いで椅子に掛けていた。母さんはケースから必要な書類だけを抜き出し、机の端へ整えている。その動きに無駄がない。家に戻ってきたというより、滞在拠点へ移って仕事を継続する切り替えに近い。それでも二人とも、家の中の空気には自然に馴染んでいた。

 

「ありがとう」

 母さんが湯呑みを受け取りながら言う。

「これならすぐ始められるわね」

「今日は休んだ方がいい」

 鳴上が言うと、母さんは少しだけ目を上げた。

「休むわよ。始めるのは、机の上に何があるか確認してから」

「それは休むとは言わない」

「そういうものよ」

 短いやり取りのあとで、陽介が少しだけ笑った。母さんもそれを咎めることはなく、果物の皿に手を伸ばす。

 

「陽介くん」

「はい」

「タオル、洗面所の引き出しに新しいものを入れてくれたのね」

「わかりました?」

「見ればわかるわ。折り方が悠じゃないもの」

 

 陽介が一瞬だけ言葉に詰まってから、「あー……」と曖昧に笑った。鳴上も黙って湯呑みを置く。たしかに、自分はあそこまで角を揃えない。母さんはそういう細部を見落とさない。

 

「きれいにしてくれて助かった」

 

 春奈はさらりと言って、それ以上広げなかった。礼を言う時でさえ、言葉数は多くない。だが、その簡潔さの中に評価がきちんと含まれていることを、陽介もたぶん受け取っていた。

 

 しばらく休んでから、夕食の支度に入った。帰国初日は重くしない方がいいと考えて、献立は白身魚の煮付けと、豆腐の味噌汁、ほうれん草のおひたしにしてある。鳴上が台所に立つと、陽介が何も言わずに隣で皿を出し始めた。実家の食器棚から四人分を迷わず選ぶ手つきに、鳴上はほんの少しだけ目を細める。

 

「取り皿、小さい方でいい?」

「それでいい」

「味噌汁の椀、こっちだよな」

「そうだな」

 

 父さんはダイニングの席に座ったまま、新聞もテレビもつけずに室内の気配を聞いているようだった。時々、客間の方に目をやり、荷物の置き方や机の位置をもう一度確認している。視線は静かなのに、見ている範囲は広い。その様子に、鳴上はこの家の管理役が一人増えたような感覚を覚えた。

 

 母さんは手を出さず、しかし完全に休んでもいなかった。食卓の上の調味料の位置、明日の朝に必要なもの、水差しの残量。そうした細部へ視線が何度か触れる。そのたびに、陽介はさりげなく水を足したり、箸を揃えたりした。頼まれたからではない。見られているとわかっているからでもなく、普段通りに動いた結果として、ちょうど必要なことが埋まっていく。

 

 食卓につくと、久しぶりに四人分の食器が並んだ。実家のダイニングテーブルは十分に広いはずなのに、人数が揃うと空気の密度が変わる。会話が多いわけではない。ただ、それぞれが黙っていても、間が空白にならない。

 

「味は薄くしてある」

 鳴上が言う。

「ちょうどいいわ」

 

 母さんがすぐに答える。父さんも一口食べて、短く頷いた。

 

「悪くない」

「移動のあとだからな」

「理にかなっている」

 

 その言い方に、鳴上は少しだけ肩の力を抜いた。父さんは家庭のことを感情で評価するより、整っているかどうかで見るところがある。だからこそ、その言葉は十分だった。

 

「おじさん、明日の会場って朝早いんでしたっけ」

 陽介がご飯茶碗を置いて訊く。

「早い。八時前には出る」

「じゃあ朝飯、軽い方がいいですか」

「そうだな。重くなければ助かる」

 

 会話の内容は事務的なのに、流れは自然だった。陽介が遠慮しすぎずに必要なことを聞き、父さんもその問いを当然のものとして受ける。鳴上は味噌汁を飲みながら、その空気の落ち着きに気づいていた。

 

 母さんは箸を置いたあと、鳴上を見た。

「客間の机、もう少しだけ右へ寄せてもいいかもしれない」

「明日の朝、動かす」

「ええ。そうしてもらえると助かる」

 

 それから少し間を置いて、視線を陽介の方へ移す。

 

「もし明日も来るなら、そのときでいいわ。今日はもう十分働かせてしまったもの」

「いや、明日も時間あります」

「そう」

 

 春奈はそれ以上何も言わなかったが、その返し方には確認が含まれていた。来るか来ないかを聞くのではなく、すでに来る側の人間として扱っている。陽介も、その含みを受け止めた顔で小さく頷いた。

 

 食後、鳴上が食器を下げると、陽介がすぐに残りをまとめた。父さんは一度客間へ戻って翌日の資料を確認し、母さんはダイニングで湯を飲みながらメモを整理している。その配置はまだ初日なのに、妙に収まりがよかった。

 

 洗い物をしながら、陽介が小声で言う。

「おばさん、やっぱ見るとこ細かいな」

「細かい」

「タオルの折り方でバレるとは思わなかった」

「母さんだからな」

「納得しかない」

 

 そのやり取りをしていても、もう実家の台所の空気はぎこちなくない。二人で暮らしているマンションの台所とは勝手が違うのに、並んで立つ位置は自然だった。鳴上が洗い、陽介が拭く。その流れに迷いがない。

 

 片づけを終えて廊下へ出ると、客間の灯りが静かに漏れていた。父さんはすでに明日の資料へ目を通しているらしく、頁をめくる音だけが聞こえる。母さんはその向かいで、ケースから必要なものを抜き出して机の端へ揃えていた。どちらも仕事の延長にいるのに、不思議と家の中の音として収まっている。

 

 鳴上は廊下の途中で立ち止まり、玄関の方を振り返った。昼間まで新品の硬さを残していたスリッパは、もうきちんと使われた形に変わっている。洗面所のタオルも、客間の机も、湯呑みも、準備のための物から、実際に人を受け入れた物へ変わっていた。

 

 久しぶりに両親が戻ってきた。玄関から客間へ荷物を運び、台所で茶を淹れ、食卓に四人分を並べる流れの中に、陽介の手は何度も自然に混ざっていた。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生。両親帰宅)
花村陽介(M大在学中大学三年生。もう鳴上家公認ですかね)



次回もよろしくお願いします
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