二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。





 翌朝、鳴上は目覚ましが鳴る少し前に目を開けた。

 薄いカーテン越しに差し込む光はまだ柔らかく、空気にも朝の冷たさが残っている。

 昨日と同じように武道館へ向かうのだと思うと、少しだけ妙な気分になった。

 入学式に二日続けて足を運ぶことは、そう何度もある経験ではない。

 

 ベッドから起き上がり、カーテンを開けた。

 都内の朝は八十稲羽より早く動き出すが、この時間ならまだ通りも落ち着いている。

 窓の外に並ぶ建物を一瞥してから、そのまま洗面所へ向かった。

 顔を洗いながら、今日は陽介の番だと頭の中で改めて整理する。

 

 誰かに頼まれたわけではない。

 だが、昨日自分の隣に陽介が立っていたことを思えば、今日は自分が行くのが自然に思えた。

 花村家と別れたあとの静かな帰路の中で、そのつもりはもう決まっていた。

 見届けるだけで十分だが、行かないという選択肢は最初から薄かった。

 

 寝癖のない髪を指先で整え、クローゼットからスーツを取り出した。

 昨日着たものでも問題はなかったが、気分の上で替えた方が収まりがよかった。

 シャツの襟を整え、ネクタイを締め、袖口を確認する。

 手順は慣れたもので、鏡の前に立つ時間は長くかからない。

 

 こういう身支度を一人ですることには、もう慣れている。

 父も母も、家にいれば細かいところまでよく見ていた。

 だが不在が続くようになってからは、自分の支度は自分で済ませるのが当たり前になった。

 大学の入学式に向かう朝も、その点では普段と何も変わらない。

 

 ただ、今日は昨日よりわずかに気が楽だった。

 一度同じ場所へ行っているせいもあるし、今日は主役が自分ではないせいもある。

 祝われる側でいるより、見届ける側に回る方が性に合っているのかもしれない。

 鳴上はそう考えながら、時計に目を落とした。

 

 時間にはまだ余裕がある。

 少し早めに出れば、武道館の前で陽介たちと合流するくらいはできるはずだった。

 昨日の陽介のように、何気ない顔で現れて隣に立てばいい。

 そこまで考えたところで、机の上の携帯電話が震えた。

 

 表示された名前を見て、鳴上は一瞬だけ眉を上げた。

 花村陽一、とある。

 昨日の食事のあとで何か伝え忘れでもあったのかと思いながら、鳴上はすぐに通話へ出た。

 相手がこの時間にかけてくる時点で、雑談ではない気もしていた。

 

「はい」

『あ、悠くん? 朝から悪いな』

「いえ」

『ちょっとさ、陽介、そっち行ってない?』

 

 鳴上は携帯を持ったまま、数秒だけ黙った。

 質問の意味を取るより先に、状況だけが先に見えた。

 武道館へ向かっているはずの陽介が、まだ現れていない。

 そうでなければ、陽一おじさんが自分に電話をかけてくる理由がない。

 

「行っていません」

『だよなあ。こっち、もう着いてるんだけど、連絡もつかなくて』

「電話は」

『何回かした。出ない』

「式典開始までは、まだ少しありますね」

 

 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

 焦っていないわけではないが、驚きより納得の方が先に立っていた。

 昨日の食事の席で交わされたやり取りが、そのまま現実になっただけとも言える。

 やったな、と思った。半分は呆れで、半分は確認に近い感覚だった。

 

『悪いんだけど、ちょっと見てもらえるか?』

「分かりました。今から向かいます」

『助かる。ほんとに悪いな』

「いえ。見つけたら連絡します」

 

 通話を切ると同時に、鳴上はすぐ陽介の番号へ発信した。

 呼び出し音は鳴る。

 だが、数コール待っても出る気配はなかった。

 昨日の「電話に出ろ」という言葉を思い出し、鳴上は小さく息をつく。

 

 二度目をかけながら、机の上の鍵を取り上げる。

 財布、携帯、定期。

 必要なものを確かめ、上着をつかみ、そのまま玄関へ向かった。

 通話はやはり繋がらず、自動応答に切り替わる直前で鳴上は切った。

 

 靴を履きながらもう一度かける。

 今度も出ない。

 ここまでくると、移動中で気づかない可能性より、部屋で寝ている可能性の方がずっと高い。

 自分の中で、その見立てはほぼ固まっていた。

 

 陽介は昔から、環境が変わった直後や、少し疲れが出た翌朝に寝坊することがあった。

 八十稲羽にいた頃も、前日にバイトが立て込んだ日や、遅くまでダンジョンで動き回った翌日は危うかった。

 本人はそのたびに「たまたま」を主張していたが、たまたまで片づく回数ではない。

 気にして何度かモーニングコールを入れたことも、実際にあった。

 

 都内での一人暮らしが始まってまだ日も浅い。

 家族の目がないぶん、朝の緩みは今までより表に出やすいはずだった。

 昨日の食事の席で皆がああいう顔をしていた理由も、今ならよく分かる。

 警戒は冗談の形をしていたが、根拠は十分にあったのだ。

 

 家を出ると、駅とは逆の方向へ足を向けた。

 まず陽介のアパートへ行く。

 武道館へ直行しても本人がいなければ意味がないし、時間を考えてもその方が早い。

 頭の中で道順と所要時間を組み直しながら、歩幅を自然と広げた。

 

 朝の通りはまだ人がまばらで、通勤前の静けさが少し残っている。

 信号待ちのあいだにも携帯を耳に当てたが、呼び出し音はむなしく続くだけだった。

 画面を見下ろすと、発信履歴に同じ名前が短い間隔で並んでいる。

 ここまで出ないとなると、もはや確認ではなく確信だった。

 

 陽介の部屋は、駅から少し歩いた先のアパートの二階にある。

 一人暮らしの部屋としては標準的な広さで、大学への通学にも不便はないと聞いていた。

 昨日の夜、別れ際に「また明日な」と言っていた顔まで思い出せる。

 その翌朝にこれでは、見事というほかなかった。

 

 腹が立たないわけではない。

 だが、その感情は長く続かなかった。

 怒るより先に、間に合わせる手順を考える方が早い。

 自分にとって陽介の寝坊は、責めるより対処が先に来る種類のものだった。

 

 駅前を抜け、住宅の並ぶ通りへ入る。

 昨日までなら新生活の朝らしく見えたはずの街並みも、今日は少し違って見えた。

 部屋で寝ている本人を叩き起こして、支度をさせて、移動して。

 そこまで含めた所要時間を、鳴上は歩きながら淡々と計算する。

 

 間に合わないとはまだ決めない。

 式典開始までには猶予がある。

 むしろ今の段階で連絡が入っただけ、まだましな方だった。

 最悪なのは、誰も異変に気づかないまま開始時刻を過ぎることだ。

 

 そう考えると、おじさんが先に武道館へ着いていたのは助かった。

 親が動いて、鳴上に連絡が来る。

 鳴上が部屋へ向かう。

 その流れが、すでに半分出来上がっていることにも少しだけ可笑しさを覚える。

 

 家族全員が、陽介の朝にある程度の警戒をしていた。

 そして、そのフォロー役として自分が組み込まれている。

 昨日までなら少し大げさにも思えたその構図が、今朝だけで完全に意味を持ってしまった。

 鳴上は足を止めずに、携帯をポケットへ戻した。

 

 陽介のアパートが見えてきたのは、その数分後だった。

 見慣れた外階段と、二階の廊下。

 まだ外に出た気配はなく、洗濯物も朝の風に揺れていない。

 呼吸を整える間も惜しんで、そのまま階段を上がった。

 

 部屋番号を確かめ、インターホンを押す。

 電子音が鳴り、短い沈黙が落ちる。

 返事はない。

 間を置かず、もう一度押した。

 

 やはり反応はなかった。

 ドアの向こうに気配も足音も感じられない。

 耳を澄ませば、室内の生活音すら何も拾えなかった。

 少しだけ息を吐き、携帯を取り出してその場でもう一度だけ陽介へ発信する。

 

 部屋の中から、ごくかすかに着信音が聞こえた。

 それだけで十分だった。

 本人はいる。そして出ない。

 通話を切り、ドアの前でもう一度わずかに息を吐いた。

 

 ここから先の手段は、最初から一つしかなかった。

 陽一から預かっている合鍵が、財布とは別のポケットに入っている。

 何かあった時のためだと渡された時には、大げさではないかとも思った。

 だが今朝ばかりは、その用意を責める気にはならなかった。

 

 ドアノブに手をかける前に、一度だけ静かに目を閉じた。

 許可はある。理由もある。時間もない。

 それでも、誰かの部屋へ踏み込む前には一瞬だけ区切りが要る。

 その短い間のあとで、ポケットの中の鍵へ指を伸ばした。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学する大学生(寝坊してるっぽい))

花村陽一(花村の父:ジュネス本部の地域開発本部の本部長に昇進している。東京に単身赴任中)
花村ユリ子(花村の母:ジュネス八十稲羽店で経理担当している)


次回もよろしくお願いします
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