二人の食卓、二人の空   作:erupon

40 / 45
こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 学会三日目の夜、鳴上家の実家は昼間よりもさらに静かだった。

 

 父さんは食後すぐに客間へ戻り、翌日の資料に目を通している。ページをめくる音が、廊下に薄く漏れていた。母さんはダイニングの照明の下でノートを開き、何枚かの紙を整えていたが、それもさっき終わったらしい。今は台所で湯を沸かす小さな音だけが家の中に残っている。

 

 鳴上は洗い上げた湯呑みを布巾で拭き、食器棚へ戻した。横では陽介が最後の皿をすすいでいる。二人とも声は低く、必要なことだけを短く交わして動いていた。帰国後の数日で、この家の夜の流れにももう身体が馴染み始めている。

 

「これで終わり」

 陽介が皿を水切り籠に置きながら言う。

「拭く」

「いや、そこまでいい。オレやる」

「もう半分終わってる」

「それはそうだけど」

 

 陽介が少し笑って、濡れた手をタオルで拭いた。そのとき、廊下の向こうから母さんの声がした。

 

「悠」

「ん」

「少しだけいいかしら」

 

 呼ばれ方はいつもと同じだった。だが、声の落とし方が少し違う。客間へ聞かせないようにしているのではなく、先に周囲の音量を揃えた上で、必要な分だけ届かせるような呼び方だった。

 

 鳴上は布巾を畳んで台所の端に置いた。

「すぐ行く」

 

 答えて廊下へ出ると、母さんはダイニングの先、実家の奥へ続く短い廊下の手前に立っていた。普段はあまり使わない、納戸と小さな保管室へ続く側だ。家の中であることに変わりはないのに、そのあたりだけ空気が少し違う。人の出入りが少ない場所特有の静けさがある。

 

 陽介も少し遅れて台所から顔を出した。呼ばれたのは鳴上だけだと思ったのか、すぐに引くつもりだったらしいが、母さんはそのまま視線を向けた。

「陽介くんも、少しいい?」

 その言い方に、陽介は一瞬だけ目を瞬いたあと、すぐに頷いた。

「はい」

 

 二人で廊下の方へ行くと、母さんは後ろのダイニングを一度だけ振り返った。父さんのいる客間までは距離がある。聞こえないことを確認したというより、ここで話してよいことを自分の中で区切ったように見えた。

 

「大した話ではないのだけれど」

 

 そう前置きしてから、母さんは廊下脇の小さな収納の扉を開けた。中には布をかけた平箱が二つ、縦長の紙箱が一つ、その奥に鍵の付いた木箱が置いてある。どれもきちんと整っていて、生活用品の棚とは明らかに違う収まり方をしていた。

 

 鳴上は何も言わずに見る。母さんがここを開けるのは珍しくはないが、誰かの前で説明するように見せるのは多くない。

 

「明後日、午前だけ会場へ早く出ることになりそうなの」

 春奈が言った。

「私はそのまま別会場へ移るから、昼を過ぎるまで戻れないかもしれない」

 実務連絡の口調だった。だが、そのあとに続く間が少し長い。

「そのあいだに、これを一つだけ客間へ移しておきたいの」

 

 そう言って春奈が指先で示したのは、手前の平箱だった。幅は書類ケースより少し大きい程度で、厚みは薄い。生成りの布がかけられており、端はきっちり折り込まれている。

 

「箱ごと?」

 鳴上が訊く。

 

「ええ。布は外さなくていいわ。外さないで」

「わかった」

 母さんは頷いたが、そこで説明を終えなかった。

「置く場所は、客間の机の下ではなく、壁際の低い棚の上」

「机の上じゃないんだな」

「ええ。机の上には置かないでほしいの」

「理由は?」

 

 訊いてから、鳴上は自分の声が思ったより平坦だったことに気づいた。責めるつもりはない。ただ、細部の指定が妙に厳密だった。

 

 母さんはすぐには答えなかった。代わりに、布の角を指で軽く押さえてから言う。

「安定する場所の方がいいから。今はそれで覚えて」

 

 理由を全部言う気はないのだと、その言い方でわかった。だが、曖昧にごまかしている感じでもない。必要な範囲だけ渡している。

 

「運ぶときは、傾けない方がいい?」

 鳴上が続ける。

「できれば水平のまま。両手で持って」

「中身は聞かない方がいいか」

「聞かなくていいわ」

 

 柔らかい声だったが、そこだけは線が引かれていた。聞くな、ではない。聞かなくていい。そう言いながら、実質的にはその先へ踏み込ませない言い方だった。

 

 隣で陽介が、収納の奥にある木箱の方へ一瞬だけ視線をやった。それに気づいた母さんは、そちらへは触れずに続ける。

「もう一つ、お願いがあるの」

「はい」

「もし私が戻る前に荷物の受け取りが重なったら、この棚は開けなくていいわ。平箱もそのままでいい。先に届いたものだけ玄関脇へ寄せておいてくれれば十分」

 

 鳴上は頷きながら、頭の中で順序を並べる。平箱を移すのは明後日の午前。戻るまでに荷物が来ても、この棚は開けない。新しく届いた物は別に置く。それ自体は単純だ。だが、言い方がやけに丁寧だった。

 

「鍵の箱は触らない方がいい?」

 鳴上が言うと、母さんの目がわずかに細くなった。

「触らなくていいわ」

「……わかった」

 

 そこで初めて、頼みごとの輪郭が少しはっきりした。平箱を運ぶこと自体より、触れてよい範囲と、触れなくてよい範囲を明確にしたいのだ。

 

 陽介が小さく口を開く。

「運ぶの、オレがいてもいいですか」

 遠慮はあるが、引きすぎてもいない聞き方だった。母さんは陽介の顔を見て、少しだけ間を置く。

「ええ。いてもらった方がいいかもしれない」

「了解です」

「ただ、箱は悠に持ってもらうわ」

「わかった」

 

 その振り分け方も、理由は説明されない。だが、母さんの中ではすでに決まっているらしい。陽介はそれ以上訊かず、素直に引いた。その反応を母さんが見ていたのを、鳴上は横目で確かめた。

 

「陽介くんには、順番だけ覚えておいてほしいの」

 母さんが言う。

「先に棚の上の布を払って、それから箱を置くこと。置いたら、部屋の窓は開けなくていい。机には近づけない。戻したいと思っても、私が帰るまでそのまま」

 

 細かい。だが、細かさに無駄がない。曖昧な注意ではなく、破ってはいけない手順として渡されている。

「順番が大事なんだな」

 鳴上が言う。

「そうね」

 母さんは短く答えた。

「そこだけは崩さないで」

 

 声は柔らかいままだった。だが、その一言だけが妙に残る。大声でも強い口調でもないのに、ここで冗談にしてはいけない線が自然に見えた。

 

 収納の中の空気まで整っているような気がして、鳴上はもう一度平箱に目をやる。布の折り方、箱の向き、隣の箱との間隔。そのどれもが、偶然そこにある置き方ではなかった。

 

「母さん」

「なに」

「この家の中でやることなんだよな」

 確認のように口にすると、春奈は少しだけ目を和らげた。

「そうよ。家の中の話」

「外へ持ち出すことはない」

「ないわ」

 

 その返答で、安心したわけではない。むしろ逆に、家の中だからこそ守るべきものとして扱われているのだと感じた。

 

 陽介が、その箱ではなく母さんの方を見て言う。

「わかりました。手順そのままでやります」

「ありがとう」

 母さんはそう言ってから、ほんのわずかに声を落とした。

「あなたたちなら大丈夫だと思っているから、頼むのよ」

 

 その言い方は、褒めるでもなく、試すでもなかった。すでに信頼している相手に、必要な範囲の責任だけ渡す響きだった。その言葉だけで、母さんが陽介を外側の人間として見ていないことは十分だった。

 

 母さんは収納の扉を閉め、鍵はかけずに指先で位置だけ整えた。

「今夜はもう覚えておくだけでいいわ」

「明後日の朝だな」

「ええ。時間は朝食のあと。私が出たのを見てからでいい」

「父さんには」

「言わなくていいわ。気にしない人ではあるけれど、説明する手間の方が増えるから」

 

 その返し方に、鳴上は少しだけ目を伏せた。父さんを軽く扱っているわけではない。ただ、この件は母さんの管理の範囲にあるのだろう。そういう仕分けがこの家には昔からあった。

 

「了解」

「はい」

 二人の返事を聞いて、母さんはようやく少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

「ありがとう。もういいわ。遅くまで付き合わせてしまったわね」

「大したことじゃない」

「そう?」

「覚えることは少ない」

「そういうところは、たしかに助かるわ」

 その言葉のあとで、母さんは陽介にも目を向けた。

「陽介くんも」

「はい」

「順番を雑にしない人だから、いてもらえると安心」

 

 陽介は一瞬だけ言葉を失ってから、「……はい」と少し低い声で答えた。照れたのか、緊張したのかはわからない。ただ、軽く流さずに受け取ったのは見て取れた。

 

 ダイニングへ戻ると、さっきまでと同じ照明なのに、空気の輪郭だけが少し変わっていた。父さんのいる客間からは、相変わらず紙をめくる音が淡く届いている。湯の残り香もある。家そのものは何も変わっていないはずなのに、今しがた聞いた手順だけが、廊下の奥に薄い線を引いたように感じられた。

 

 陽介が台所でコップに水を注ぎながら、小さな声で言う。

 

「おばさんの外さないでって、地味に効くな」

「効くな」

「箱そのものは普通なのに」

「普通だから余計に残る」

 

 鳴上はそう返して、冷蔵庫の扉を閉めた。母さんの頼みごとは、表面だけ見ればただの保管と配置の話だ。箱を移し、場所を守り、順番を崩さない。それだけのことだった。

 それでも、理由を全部言わないまま細部だけを厳密に渡されたせいで、その頼みごとは家事の延長だけでは済まなかった。破ってはいけない線だけが、説明より先に残る。

 

「忘れそう?」

 鳴上が訊く。

「いや」

 陽介はすぐに首を振った。

「たぶん、こういうのは逆に忘れない」

 

 鳴上も同じだった。明後日の朝、朝食のあと。平箱。布は外さない。棚の上を払ってから置く。窓は開けない。机には近づけない。戻したくなっても、そのまま。

 指示の数は多くない。だが、並び方が妙に鮮明で、もう頭の中に収まっている。

 

 廊下の奥は静かなままだった。扉の向こうにある箱も、今はただそこに置かれているだけに見える。それでも鳴上は、さっきまでより少しだけ、その場所の意味を意識してしまう自分に気づいていた。

 

 大事にするほどの出来事ではない。今夜のうちに誰かへ話すようなことでもない。ただ、後からふと思い出すには十分な頼まれ方だった。母さんの声の柔らかさごと、忘れにくく残る。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)

鳴上友樹(鳴上の父。日本における西洋考古学の権威の一人)
鳴上春奈(鳴上の母。文化財修復で世界有数と言われる。得意分野は本類)


次回もよろしくお願いします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。