二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 学会から戻った夜、マンションの部屋は思ったよりいつもの匂いをしていた。

 

 実家の静かな空気を長く吸っていたせいかもしれない。玄関を入ってすぐ、洗剤と少しだけ乾いた布の匂い、それから朝のうちに仕込んでおいた米の気配が、鳴上悠にはひどくはっきり感じられた。家を空けたのは半日ほどなのに、戻る場所の輪郭はすぐ身体に馴染む。

 

 鍵を置き、靴を揃え、上着をハンガーに掛ける。その流れを、陽介もほとんど同じ速度でなぞる。外で使った来場者証をテーブルの端へ置きながら、陽介が小さく息を吐いた。

 

「なんか、今日だけで一週間分ぐらい頭使った気する」

 声は軽いが、疲れているのは本当らしい。学会の空気に気圧されたというより、見慣れない情報量と、思わぬ再会と、その両方を一度に抱えた疲れ方だった。

 

「風呂、先でもいい」

 鳴上が言う。

「いや、先に飯の支度だけする。なんか座るとそのまま動けなくなりそう」

 

 そう返して、陽介はネクタイを外しながら台所へ入った。鳴上も後を追う。冷蔵庫を開けると、朝のうちに作っておいた鶏と大根の煮物、洗ってあるレタス、豆腐が見える。こういう日のために、帰宅後すぐ食べられるものを残しておいて正解だった。

 

 鳴上は鍋を取り出して火にかけ、陽介は無言で食器棚から皿を二枚出した。役割を決めたわけではないが、こういう日はそれぞれが自然に動く位置が決まっている。

 

「味噌汁、作る」

「助かる。豆腐ある?」

「ある」

 短いやり取りだけで、夕食の形が整う。陽介が手を洗って豆腐を切り始める横で、鳴上は煮物の味を見た。少しだけ煮詰まっているが問題ない。水を足すほどではない。

 

 包丁の音と、鍋が温まる小さな音が、部屋の静けさを戻していく。外の大きな会場では、人の声も視線も肩書も絶えず流れていた。今は、豆腐を切る間隔や、箸を出す順番の方が先に身体へ入ってくる。

 

「おばさん、やっぱすごかったな」

 陽介が味噌汁の鍋を覗き込みながら言った。

「そうだな」

「おじさんはもう、すごいとかの一段階上だったけど」

「わかる」

 

 鳴上は鍋を弱火に落とす。今日の学会で見た父さんの立ち位置は、家の中で見るのと地続きなのに、やはり少し違って見えた。母さんも同じだった。どちらも自分の専門の場に立つと、家での静けさとは別の輪郭を持つ。

 

「でも一番びびったの、やっぱ桂木だわ」

 その名前が出た瞬間、鳴上は箸を置く位置を少しだけ整えた。驚くほどでもない。帰り道にまったく触れなかったわけではないし、部屋へ戻ればその話になるだろうとは思っていた。ただ、実際に音になって出ると、今日一日の中でまだ片づいていない部分がそこに残っているのがわかる。

 

「高校の知り合いなんだな」

「うん」

 陽介は味噌を溶きながら頷いた。声は普段通りだが、話す順番を探している感じがある。隠したいのではなく、どこから置くと収まりがいいかを測っているようだった。

 

「東京の?」

「そう。高校んときの」

「同じクラス」

「一年の最初だけ。四月から九月ぐらいまで」

 

 そこで会話が一度切れた。陽介は火を止め、鍋に蓋をしてから振り返る。

 

「長い付き合いってわけじゃないんだよ」

「うん」

「でも、あの時期だけ妙に印象に残ってる感じのやつで」

 

 鳴上は頷いて、皿を食卓へ運ぶ。聞き返しすぎない方がいいとわかっていた。陽介が話す速度に合わせた方が、必要なことだけが自然に出てくる。

 

 食卓に料理を並べ、二人で座る。いただきますを言ってからもしばらくは、食べる方が先になった。煮物の湯気が上がり、味噌汁の表面に薄い膜が張り始める。空腹が会話を急がせないのは、この生活がすでにそういうものだからだろうと鳴上は思う。

 

「頭よかったんだよ、あいつ」

 陽介がご飯を一口食べてから言った。

「勉強できるってだけじゃなくて、なんか……見方が違う感じ」

「見方」

「みんなが適当に流してることを、妙にちゃんと見てるっていうか」

 

 その言い方に、鳴上は今日の会場で見た桂木の立ち方を思い出した。教授の半歩後ろにいながら、単なる付き添いには見えなかった。場の流れを読み、邪魔しない位置に自分を置き、必要なときだけ前へ出る。たしかに、見方が違う人間の動きだった。

 

「高校のときからか」

「たぶん。少なくともオレにはそう見えてた」

 

 陽介は箸で煮物の大根を半分に割る。熱を逃がすための癖だと知っている。考えながら話すときにもよくやる手つきだった。

 

「仲が良かったのか」

 鳴上が訊く。

「そこまでじゃない」

 陽介は首を振った。

「ずっと一緒にいる相手とかじゃなかったし、九月まででクラスも環境もごちゃっと変わったから、そのまま」

「自然に切れた」

「うん。切れたっていうか、そこで終わった感じ」

 

 その言い方に、鳴上は少しだけ息をついた。長い付き合いではない。けれど、短かったから薄いとも限らない。

 

「それでも覚えてるんだな」

「覚えてる」

 陽介は即答した。

「なんか、期間のわりに妙に印象に残るやつっているだろ」

「いるな」

「たぶん、そういう感じ」

 

 それを聞きながら、鳴上はその事実だけをまず置いておけばいいと思った。自分の知らない時期に、そういう人間がいた。そのことがわかれば、今は十分だった。

 

「また会うかもしれないな」

 鳴上が言う。

「学会絡みで?」

「父さんの周りにいるなら、ゼロではない」

「……まあ、ありそう」

 

 陽介はそう返してから、煮物の皿を少し鳴上の方へ押した。自分はもう十分取ったから、といういつもの動きだった。会話の内容が少し変わっても、こういう無意識の手つきは変わらない。

 

「今日のあれ、偶然って感じしなかった」

 陽介が言う。

「たまたま会ったっていうより、あいつがあそこにいること自体は、ちゃんと筋がある感じ」

「そうだな」

「だから余計に変だった」

 

 鳴上は味噌汁を飲んだ。その感覚は自分も共有していた。偶然の再会ではある。けれど、桂木がその場に立っていること自体は、偶然ではない。父の専門世界の中に、陽介の短い高校時代の断片が自然に置かれていた。そのことが、妙に残る。

 

「おまえの知らないところで、先に線が伸びてた感じするよな」

 陽介がぽつりと言う。

 

 鳴上は箸を止めた。その表現は、自分がホールで感じたものにかなり近かった。

「したな」

「なんか、変な感じだった」

「俺も」

 

 互いにそこで説明を足さない。変だと思った理由は少し違うかもしれないが、違うままでも今は足りる。

 

 そのあと陽介は、高校一年の春から初秋までのことを、思い出した順にぽつぽつ話した。昼休みにたまたま近くの席で話すようになったこと。模試の順位が返ってきたとき、桂木だけ妙に平然としていたこと。クラスの空気がざわつくような出来事があっても、あいつは少し離れた位置から見ていたこと。どれも長い思い出ではない。だが、短い期間だからこそ、切り取られた場面だけが鮮明に残っているようだった。

 

「別に、親友って感じじゃねえんだよ」

 陽介が言う。

「でも、いなかったことにはならない感じの」

「そういうのはある」

「あるよな」

 

 それを聞きながら、鳴上は自分の中の引っかかりが、詮索したい気持ちではなく、把握しておきたい気持ちの方へ落ち着いていくのを感じた。自分の知らない時期に、そういう人間がいた。その事実だけを、まずは置いておけばいい。

 

 食後、鳴上が皿を重ねると、陽介が味噌汁の椀をまとめて立ち上がる。狭い台所での立ち位置も、どちらが先に蛇口へ手を伸ばすかも、もう説明はいらない。

 

「洗う」

「じゃあ拭く」

 水を流しながら、陽介が少しだけ首を傾けた。

「なんかさ」

「ん」

「悠、今日の帰りからずっと、聞きそうで聞かない感じだったよな」

 

 鳴上はスポンジに洗剤を含ませたまま、一瞬だけ手を止めた。陽介の観察はこういうところで鋭い。

 

「聞けば話すだろ」

「話すけど」

「なら、急がなくていい」

 

 陽介が小さく笑った。

 

「そういうとこ、助かるけど、たまにこわい」

「怖くない」

「いや、怖いっていうか、見逃してないのに待つ感じ」

「待った方が整うこともある」

「……はいはい、そういうのな」

 

 軽く流す言い方をしながらも、陽介は少し嬉しそうだった。鳴上はそれを横目で見て、皿の縁を丁寧に洗う。今の返答が正解かどうかはわからない。ただ、自分たちの会話はもう、すぐに全部を引き出す形でなくても崩れないところまで来ている。

 

「別に隠してたわけじゃないからな」

 陽介が、タオルで椀を拭きながら言った。

「わかってる」

「うん」

「知らなかっただけだ」

「それも、まあ、そう」

 

 その一言で十分だった。知らない過去があるのは当たり前だ。付き合い始める前のことまで、最初から全部把握している関係ではない。だが、知らなかったことが今日たまたま輪郭を持った。その事実を、いま二人で静かに受け入れている。

 

 洗い物を終え、テーブルを拭き、来場者証や学会の冊子を端へ寄せる。陽介はネクタイを椅子の背から拾い上げて、明日クリーニングに出すものの山へ乗せた。鳴上はその横で、明日の朝使う米の量を量る。生活は途切れない。どんな話題も、結局はこの部屋の手順の中へ戻ってくる。

 

「桂木、今どうしてんだろうな」

 陽介が独り言のように言った。

「研究室にいるなら、たぶん忙しい」

「だよな。あの感じ、単なる聴講じゃなかったし」

 

 鳴上は計量カップを戻しながら頷いた。桂木についてはまだわからないことの方が多い。だが、今日会場で見た限り、彼がその場に自然にいるだけの積み重ねをすでに持っているのは確かだった。

 

「また聞くかもしれない」

 鳴上が言う。

「桂木のこと?」

「必要になれば」

「必要って」

「俺が知りたくなったら」

 

 そう言ってから、鳴上は冷蔵庫を閉めた。言葉にすると少しだけ率直すぎた気もしたが、陽介は変に構えなかった。むしろ、少し目を丸くしてから笑う。

 

「了解。そんときは話す」

「そうしてくれ」

「うん」

 

 それで会話は途切れた。けれど、気まずさは残らない。短い時期にだけ接点のあった名前が、今日たまたま実体を持って現れた。そのことはもう、この部屋の中で扱える情報になっている。

 

 窓の外はすっかり夜で、洗い終えた食器が棚の中で静かに乾いていく。テーブルの端には学会の資料が置かれ、その隣には明日の朝使うエコバッグが畳まれていた。専門世界の重さも、高校時代の短い名前も、今は生活の道具と同じ机の上に並んでいる。

 

 鳴上は部屋の明かりの下で、陽介が何気なく自分のマグカップを鳴上の分の隣に戻すのを見た。知らない過去はたしかにある。今日、その一端に触れた。それでも、今この部屋で物を戻す位置まで共有している生活の方が、先にその過去へ居場所を作ってしまうのだと、鳴上は静かに思った。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)

桂木くんは出したかったんだよね
いいキャラですよ ありがとう公式

次回もよろしくお願いします
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