二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 七月に入ってから、湿気の質が変わったと鳴上は思っていた。

 朝のうちに干したシャツが、夕方には少しだけ重くなる。

 窓を開ける時間と、除湿を入れる時間の見極めが難しくなっていた。

 

 その日も、帰宅した陽介が玄関で靴を脱ぎながら、暑っ、と短く言った。

 声に疲れはあったが、投げるような響きではなかった。

 講義とゼミを詰めてきた日の顔だと、見なくても分かった。

 

 鳴上は冷蔵庫から麦茶を出して、先にグラスへ注いだ。

 氷は入れすぎない。帰宅直後の陽介は、喉が渇いていても一気に飲む。

 冷えすぎると、そのあとで腹を押さえることがある。

 

「助かる」

 

 鞄を置いた陽介が、そのままダイニングの椅子に腰を下ろした。

 グラスを受け取る前に、ポケットからスマートフォンを出していた。

 画面を見たまま、あ、と小さく声を漏らす。

 

「どうした」

「いや。……珍しいやつから連絡来てる」

 

 陽介はそう言って、受信画面を鳴上には見せずに眉を寄せた。

 驚いてはいるが、嫌そうな顔ではない。

 ただ、手放しに懐かしんでいる様子とも少し違っていた。

 

「誰」

「柊」

 

 短く返ってきた名前に、鳴上は一拍だけ思考を止めた。

 前に一度、家の話の流れで聞いたことがある。

 陽介の母方の親類で、歳の近い相手だと記憶していた。

 

「不知火の」

「そう。不知火柊」

 

 陽介はようやくグラスに手を伸ばし、半分ほど一気に飲んだ。

 喉を鳴らしたあと、息をついてから画面へ視線を戻す。

 それから、少しだけ肩を引いた。

 

「うわ、ちゃんとしてるなあ、文面」

「どういう内容だ」

「東京いるから、都合よければ会わないかって」

 

 陽介はそこで口を止め、続きの文を目で追った。

 冗談めかして読み上げるような調子にならない。

 言葉を選んで受け取っていると分かる読み方だった。

 

「うちの大学の近くまで出る用事があるってさ。ついで、ではあるんだろうけど」

「会うのか」

「どうするかなって感じ」

 

 陽介はグラスを置き、親指でスマートフォンの縁を軽く叩いた。

 昔を思い出している顔ではあるが、そこに緩さは少ない。

 親戚付き合いの気安さだけで返事を決める相手ではないらしかった。

 

「昔から知ってるんだろ」

「知ってるけど、だからこそっていうか」

 

 陽介は曖昧に笑って、そこで言葉を切った。

 鳴上は続きを急かさず、夕飯の下ごしらえに手を戻した。

 まな板の上でトマトを切りながら、背後の気配を聞く。

 

「小さい頃は、普通に遊んだんだよ。向こう行くたび会ってたわけじゃねえけど」

「うん」

「頭いいやつだった。昔から。で、今もたぶんそのまま」

 

 陽介の声は軽くまとめていたが、それだけでは足りない音があった。

 厄介とは言っていない。警戒とも少し違う。

 雑には扱えない相手を前にしたときの、距離の測り方に近かった。

 

「断りにくいなら、予定があることにしてもいい」

 鳴上がそう言うと、陽介はすぐに笑った。

 さっきより少し自然な、いつもの笑い方だった。

 

「いや、そこまでじゃねえよ」

「じゃあ会うのか」

「たぶん。会っといたほうがいい気がする」

 

 その言い方が、鳴上には少しだけ引っかかった。

 会いたい、ではなく、会っておいたほうがいい。

 懐かしい親類との再会にしては、理由の置き方が硬かった。

 

「一人で?」

「……どう思う?」

 

 質問に質問で返してきたのは、迷っている証拠だった。

 陽介は本当に判断がついていないとき、先に結論を言わない。

 鳴上は包丁を置き、手を拭いてから振り返った。

 

「俺も行く」

 

 陽介は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと息を抜いた。

 断る理由を探す顔ではなかった。

 むしろ、その提案が出るのを待っていたようにも見えた。

 

「そう言うと思った」

「嫌ならやめる」

「嫌ではない。助かる」

 

 言い終えてから、陽介は改めて画面に向き直った。

 返信文を打つ指が少し遅い。

 軽く見せたいが、軽くしすぎるのも違うのだろうと鳴上は思った。

 

「明後日の夕方なら空いてるって返す」

「場所は」

「こっち寄りでいいって言ってる。M大の近くでも、間とって神保町でもって」

 

「神保町でいいんじゃないか」

 

「だな。向こうも来やすいだろうし」

 

 場所が決まると、話はいったん生活へ戻った。

 鳴上はスープ用の鍋に火を入れ、陽介は炊飯器の残りを確認する。

 連絡の内容そのものは大きくないのに、部屋の空気だけが少し変わっていた。

 

 その夜、食後に風呂の順番を決める頃になっても、陽介は柊の名前を二度は出さなかった。

 必要な説明だけを済ませ、それ以上は足さない。

 鳴上も無理に聞かなかったが、聞けば答える距離ではあると感じていた。

 

 寝る前、ベランダに洗濯物を寄せに出たとき、背後で陽介が言った。

「悠」

「ん」

「変に構えなくていいからな」

 

 振り返ると、陽介は窓際に立ったままこちらを見ていた。

 言外に、自分へ向けても言っているのが分かった。

 構えたいわけではないが、構えずに済むとも思っていない顔だった。

 

「相手は親戚だろ」

「そうなんだけどさ」

 

 陽介はそこまで言って、言葉の続きを飲み込んだ。

 夜風は湿っていて、外の道路を走る車の音が遠く伸びている。

 少しだけ間が空いてから、陽介は苦くもない笑い方をした。

 

「昔から、何考えてるか分かんねえとこあったんだよな」

「お前にも?」

「おれにも」

 

 それは冗談めいた返しではなかった。

 昔から知っているからこそ読めない、という響きが残った。

 鳴上は洗濯ばさみを外しながら、その言葉だけを覚えておいた。

 

     ◇

 

 約束の日は、午後から雲が厚かった。

 雨にはなっていないが、空の色が低い。

 講義終わりに合流した陽介は、いつもより少しだけネクタイ姿の学生を目で追っていた。

 

「緊張してるのか」

「してねえよ」

 

 即答したあとで、陽介は自分でも少し笑った。

 緊張の否定が早すぎるときは、大抵まったく無いわけではない。

 鳴上はそれ以上言わず、駅前から店までの道を並んで歩いた。

 

 選んだのは、神保町の裏通りにある喫茶店だった。

 騒がしくなく、学生も社会人もいるが長居を責められない店で、

 店内の明るさも、他人の会話を拾いすぎない程度に落ち着いていた。

 

 先に着いたのは柊のほうだった。

 入口に近い二人掛けではなく、奥の四人席に座っている。

 こちらに気づくと、立ち上がる動作が滑らかだった。

 

「陽介くん。久しぶり」

 

 声は低すぎず高すぎず、聞き取りやすい。

 押しつけがましさのない笑顔だったが、距離の取り方は正確すぎるほど整っていた。

 

「久しぶり。……ほんとに久しぶりだな」

 

 陽介の返しにも、親しさはある。

 だが、昔の呼吸へ一気に戻る感じではなかった。

 数年ではなく、もっと長い時間を挟んだ再会の声だった。

 

「こちらは、鳴上悠」

「はじめまして。不知火柊です」

 

 柊は丁寧に会釈した。

 年齢相応の学生に見える服装で、派手なものは何もない。

 それでも、袖口や時計の選び方に家の空気が滲んでいた。

 

「はじめまして」

 

 鳴上も短く返し、向かいの席に腰を下ろす。

 座る位置を選ぶ一瞬、柊の視線が陽介から鳴上へ移った。

 品定めというほど露骨ではないが、ただの紹介以上の長さがあった。

 

「話には聞いていました」

 柊がそう言って水に手を伸ばす。

 それだけなら自然な挨拶だが、誰から何を、とは続けなかった。

 曖昧にすることで、かえって範囲が広く残る言い方だった。

 

「悪い話じゃないといいけど」

 陽介がそう混ぜると、柊は柔らかく笑った。

「ええ。少なくとも、そういう感じでは」

 

 少なくとも。

 短い副詞が、鳴上にはわずかに耳に残った。

 

 注文を済ませるまでは、大学や専攻の話が続いた。

 柊はK大の心理学で、今は実験とレポートに追われているらしかった。

 口調は穏やかで、話題の切り替えも自然だった。

 

「そっちは政治経済だと、ゼミもだいぶ色が出るでしょう」

「出るな。教授の癖が強い」

「それは少し羨ましいです。心理は、題材が人でも作業は案外地味なので」

 

 言いながら、柊は小さくカップの取っ手を回した。

 何気ない所作まで静かで、手元に無駄がない。

 話しやすさを作ってはいるが、崩しすぎない人間だと鳴上は見ていた。

 

「陽介くんは、昔から人の多い場所が似合いましたし」

「何それ」

「賑やかなところにいると目立つ、という意味です」

「褒めてる?」

「たぶん」

 

 そこで三人とも少し笑った。

 会話だけを切り取れば、穏やかな再会だった。

 親類で、同年代で、多少昔を知っている者同士の雑談として充分に成立している。

 

 それでも鳴上は、柊の言葉の置き方に一定の癖を感じていた。

 相手が自分で補う余地を残して、その補い方まで見ているような話し方だった。

 

「陽介くん、八十稲羽にはこの夏も戻るんですか」

「たぶん少しは。ずっとじゃねえけど」

「そうですか」

 

 柊は頷き、それ以上は追わなかった。

 帰省時期の確認としては自然だが、必要量ちょうどで止めた感じがある。

 

「柊は?」

「私も顔は出します。向こうも、夏は人の出入りが増えますから」

 

 向こう、という言い方が家単位なのか土地単位なのか判別しづらい。

 意図してぼかしたのか、ただの言い回しかは読めなかった。

 陽介もそこには踏み込まず、ストローの紙を指先で折っていた。

 

「ユリ子おばさんはお元気ですか」

「元気。相変わらず元気」

「それはよかった」

 

 そのときの柊の声は、先ほどより少しだけ柔らかかった。

 本心から安心したようにも聞こえたし、そう聞こえる声を選んだようにも聞こえた。

 鳴上は、判別できないこと自体を覚えておく。

 

「そっちは?」

「皆、変わりありません」

 

 簡潔な返答だった。

 家の話題を雑に扱っているわけではないが、開く気もあまりない。

 その閉じ方が礼儀として自然すぎて、逆に印象へ残る。

 

 しばらくして、柊は鳴上へ視線を向けた。

 急な振り方ではなく、話の流れのなかで順当に向けたように見せている。

 

「鳴上さんは、機械工学でしたよね」

「そうです」

「学会にも出ていると伺いました」

 

 六月の件かと鳴上は思った。

 陽介から聞いたのか、別の経路かは分からない。

 どちらでも不自然ではないが、確認するには少し直線的すぎる問いだった。

 

「まだ学生の範囲です」

「学生の範囲で外に出る人は、だいたいその先も外へ出ます」

 

 柊はそう言って、わずかに笑った。

 励ましとも評価とも取れる言い方だったが、どちらか一方に決めきれない。

 相手の今後を軽くなぞるようでいて、反応を見ている響きがあった。

 

「そうでもない」

「そうかもしれません」

 

 すぐに引いた返しも滑らかだった。

 正したいのではなく、こちらの返答の角度を確かめたかっただけのように見える。

 

 陽介がその流れを切るように、メニューの端を指で叩いた。

 

「お前、昔より喋り方やわらかくなったな」

「そうですか」

「昔、もっと容赦なかった気がする」

「陽介くん相手だからでは」

「それ褒められてる感じしねえな」

 

 また小さく笑いが起きた。

 そこには確かに旧知の響きがあった。

 子どもの頃から何度か顔を合わせ、互いの輪郭だけは知っている者同士の間だった。

 

 ただ、その懐かしさは会話を無防備にはしなかった。

 昔を共有しているからこそ、今の差分が目立つ。

 

「今度、八十稲羽で会えたら、もう少しゆっくり話せるかもしれません」

 

 柊がそう言ったとき、声色は変わらない。

 ただ、未来の機会を置く位置が妙に正確だった。

 再会の予定をふわりと示しただけなのに、約束より先に布石に聞こえる。

 

「タイミング合えばな」

「ええ。タイミングが合えば」

 

 同じ語を返しただけなのに、少し意味が増えたように感じた。

 鳴上はカップを置きながら、その微妙な重さを言語化しないまま受け取った。

 

 店を出るころには、外の空気が少しだけ雨に近づいていた。

 柊は駅へ向かう道の角で、二人に向き直って頭を下げた。

 最後まで礼儀正しく、失礼は何もなかった。

 

「今日はありがとうございます。会えてよかった」

「こっちも。突然でびっくりしたけど」

「突然のほうが、かえって会いやすいこともありますから」

 

 柊はそう言って微笑んだ。

 社交辞令とも取れるし、本音とも取れる。

 そのどちらにも寄りすぎない角度で、言葉が止まる。

 

「また連絡します」

「おう」

 

 柊が去っていく背中は、学生らしくもあり、どこか整いすぎてもいた。

 人混みに紛れてからも、鳴上の目には妙に長く残った。

 見送る横で、陽介が小さく息を吐く。

 

「変なこと言ってなかったよな、あいつ」

「言ってない」

「だよな」

 

 陽介はそう返したが、完全に納得した顔ではなかった。

 問題のある会話ではない。

 だが、問題がなかったと片付けるには、残るものが少し多い。

 

 二人で駅へ向かって歩き出す。

 信号待ちで立ち止まったとき、陽介は前を見たまま言った。

 

「昔からああいうやつなんだよ。感じ悪くねえし、ちゃんとしてるし、実際頭も回るし」

「うん」

「でも、会ったあとでちょっと考える」

 

 その感覚は、鳴上にもすでにあった。

 何を言われたから、とすぐ摘み出せる違和感ではない。

 視線の長さや、問いの置き方や、答えを引くときの手つきが静かに残っている。

 

「お前はどう見た」

 

 陽介がそう聞いた。

 鳴上は信号の色が変わるのを見てから、歩き出した。

 

「意図を持って来た」

「……だよな」

「でも、何の意図かはまだ分からない」

 

 陽介は短く笑った。

 同意したいのか、言い切れないのか、自分でも決めていない笑い方だった。

 

「それが分かったら苦労しねえんだけど」

 

 横断歩道を渡り切る頃、ぽつりと雨が落ちてきた。

 大粒ではなく、降るかやむか決めかねているような雨だった。

 鳴上は鞄から折り畳み傘を出し、無言で開く。

 

「持ってたのか」

「朝の空見た」

「さすが」

 

 二人で傘に入る距離は、もう調整しなくていい近さになっていた。

 肩が触れない角度も、歩幅も、曲がるときの寄り方も、言葉が要らない。

 そういう自然さの内側へ、さっきの男は静かに視線を入れていた気がした。

 

 駅の階段を下りる前、鳴上は一度だけ空を見上げた。

 灰色の雲は低く、雨とも夕方ともつかない色をしている。

 会話には何の異常もなかったはずなのに、胸のどこかに細い棘だけが残っていた。

 

 理由はまだ、言葉にならなかった。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)

不知火柊(しらぬい=しゅう。K大文学部心理学専攻で学ぶ。陽介の母方のいとこ)

次回もよろしくお願いします
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