二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


11

 翌朝は、前日の移動の疲れが少しだけ体に残っていた。

 目を開けたとき、東京の部屋とは違う天井が先に視界へ入る。

 木目の色も、光の回り方も、寝起きの感覚を一拍遅らせた。

 

 隣の布団はすでに空いていた。

 陽介のほうが先に起きたらしい。

 起き上がると、階下から食器の触れ合う音がかすかに聞こえた。

 

 顔を洗って下へ降りると、台所には朝の匂いが満ちていた。

 焼いた魚と味噌汁、それに炊きたての米の匂いが混ざっている。

 東京の部屋では出ない種類の朝だと、鳴上は思った。

 

「おはよう」

 

 陽介が先に気づいて振り向いた。

 Tシャツに短パンという気楽な格好だが、動きはもう家のものだった。

 冷蔵庫を開ける手も、湯呑みを出す位置も迷いがない。

 

「おはよう」

「よく寝てたな」

「普通」

「普通のやつは二回起こされねえの」

「起こされた記憶がない」

「幸せなやつだな」

 

 そう言って笑う陽介の声は、昨日よりもさらに柔らかい。

 地元へ帰って一晩置くと、角がまた一つ取れるらしい。

 鳴上は席に着きながら、その変化を静かに見ていた。

 

 食卓には四人分の朝食が並んでいた。

 品数は多いが、見せるための整い方ではない。

 家で長く繰り返されてきた朝の配置だとすぐ分かる。

 

「たくさんあるな」

「夏は食べないと保たないでしょ」

 

 ユリ子はそう言って、味噌汁をよそった。

 明るい調子なのに、食べる量の見方が具体的だ。

 日々の体調を観察する人の手つきだった。

 

 陽一は新聞を畳んで脇へ置き、湯呑みを持ち上げる。

 会話を邪魔しない位置でいるのに、家の中心からは外れない。

 花村家の朝の静けさは、その辺りの均衡で保たれているらしかった。

 

「今日は何か予定ある?」

 

 ユリ子が味噌汁の椀を配りながら聞いた。

 

「昼までは特に」

 

 陽介が先に答える。

 今日の動き方を、自分の分だけでなく二人分として返す。

 その自然さに、鳴上は少しだけ目を止めた。

 

「午後は?」

「夜、ちょっと出る」

「そっか」

 

 ユリ子はそれ以上聞かなかった。

 聞きたいことがないわけではないが、朝食の場で広げない。

 そういう引き方が、この家ではもう馴染んでいる。

 

 朝食のあいだ、会話は穏やかに続いた。

 昨日の駅の混み具合、近所の店の閉店、庭の柿の木のこと。

 大きな話題はなく、それでいて間が空きすぎることもない。

 

 鳴上は箸を動かしながら、陽介の返事を聞いていた。

 東京での陽介より、ここでは少しだけ短く、少しだけ丸い。

 反射で返しているようでいて、家の流れに合わせている。

 

 食後、陽一は店のほうへ顔を出しに行った。

 居間には食器を下げる音と、水道の流れる音が残る。

 鳴上が立とうとすると、ユリ子が先に首を振った。

 

「いいのよ。座ってて」

「手伝います」

「じゃあ、それ拭いてくれる?」

「分かりました」

 

 渡された布巾で皿を拭きながら、鳴上は台所の動きを見る。

 ユリ子の手は速いが忙しなくはない。

 必要なものを必要な順番で片づけていく手つきだった。

 

 陽介は流しの横で、コップをすすいでいた。

 実家だから何もしない、という態度にはならない。

 だが東京の部屋での家事分担とも少し違う、手の出し方をしている。

 

「それ、こっち置いといて」

「はいはい」

「返事だけいい」

「それは昔からでしょ」

 

 その軽いやり取りに、ユリ子が笑う。

 鳴上は皿の水気を拭き取りながら、

 長く続いてきたやり取りの角の丸さを聞いていた。

 

 一通り片づいたあと、陽介が麦茶を取りに冷蔵庫へ向かう。

 その背中へ、ユリ子がふと思い出したように声をかけた。

 

「ちょっと待って」

 

 語気は強くない。

 むしろ、今でなくてもよさそうな調子だった。

 それでも陽介はすぐ振り返り、鳴上も手を止めた。

 

「何」

「そうだ、渡しておこうと思ってたの」

 

 ユリ子は食器棚の下の引き出しを開けた。

 そこから取り出したのは、小さな布袋が二つだった。

 色は深い紺と、少し褪せた赤茶で、どちらも派手ではない。

 

「これ」

 

 そう言って、片方を陽介へ、もう片方を鳴上へ差し出す。

 お守りに見えたが、観光地で見かけるような軽さとは少し違った。

 布地はやわらかいのに、中の形が妙にしっかりしている。

 

「何これ」

 陽介が受け取りながら言う。

 疑っているというより、見覚えのないものへの素直な反応だった。

 

「お守りみたいなもの」

「みたいなものって何」

「最近、実家の近くの神社で買ったのよ」

 

 ユリ子はさらりと言った。

 言葉だけなら、母親らしい気遣いの範囲に収まる。

 だが、差し出す指先に少しだけ力が入っていた。

 

「最近って、いつ」

「この前。法事のついでに寄ったとき」

「へえ」

 

 陽介はそこで追及をやめた。

 完全に納得した顔ではないが、

 朝の台所で深く掘る話ではないと判断したらしかった。

 

 鳴上は受け取った布袋を掌で確かめた。

 思ったより重い。

 金属ほどではないが、紙や木だけでもなさそうだった。

 

 縫い目は丁寧で、角がきれいに収まっている。

 大量に並ぶ土産物というより、

 手に馴染ませる前提で作られた小物に近かった。

 

「ありがとうございます」

 

 鳴上が言うと、ユリ子はいつもの調子で笑った。

 

「いいのよ。こういうの、気休めでも持ってると違うから」

 

 言い方は軽い。

 だが、気休めという言葉に本気で寄りかかっている感じは薄かった。

 陽介のついでではなく、初めから二つ用意してあった声だった。

 そのことが、布袋の重さとは別の形で手に残る。

 

「なくさないでね」

 

 続いた一言は、柔らかいのに短かった。

 母親の念押しとしては自然だが、

 そこだけ妙に芯がある。

 

「そんな子どもじゃねえよ」

 陽介が笑って言う。

 いつものように軽く返しているが、

 袋をすぐポケットへしまわず、一度見下ろしていた。

 

「知ってるわよ。でも、そういうこと言う人ほど落とすの」

「偏見だ」

「経験則」

 

 会話の表面は穏やかだった。

 台所の明るさも、午前の光も、さっきまでと変わらない。

 それでも鳴上は、ユリ子の視線が一瞬だけ止まったのを見た。

 

 陽介へ向けたあと、鳴上へも同じように視線が来る。

 二人まとめてではなく、それぞれへ確かめるような見方だった。

 

「財布に入るか」

 陽介が指先で袋をつまみながら言う。

「肌身離さず持っててくれれば何でもいいわ」

 

 その返答は、すぐに出た。

 言い直しも迷いも無かった。

 さっきより少しだけ、本音が前に出た気がした。

 

 陽介もそれを感じたのか、今度はすぐには軽口を足さなかった。

 数秒だけ間が空き、

 それから、分かった、と短く言う。

 

 鳴上も同じように答え、袋をもう一度掌へ収めた。

 布越しに形を探っても、中身ははっきり分からない。

 ただ、何となくこの家の中だけで完結する物ではない気がした。

 

「そんな顔しなくても、変なものじゃないわよ」

 ユリ子がそう言って笑う。

 鳴上は、自分が見すぎていたことに気づいた。

 

「顔に出てましたか」

「ちょっとね」

「悠、たまにこういうとき分かりやすいんだよな」

「お前にだけだろ」

「それはそう」

 

 陽介がすぐに返し、台所の空気が少しだけ緩む。

 ユリ子も肩を揺らして笑い、

 さっきの硬さは会話の表面からは消えた。

 

「じゃあ、二人ともちゃんと持ってて」

「はいはい」

「返事が軽い」

「分かったよ、母さん」

 

 陽介がそう返す声は自然だった。

 軽く返したのに、ユリ子はそれで充分らしく頷いた。

 

「悠くんもね」

「はい」

 

 鳴上が答えると、ユリ子はそれ以上何も足さなかった。

 説明しようと思えばできるはずなのに、そこへは行かない。

 その説明のなさが、かえって妙に残る。

 

 話はすぐ、午後の予定や昼食の相談へ移った。

 冷やしうどんにするか、そうめんにするか。

 台所の空気は完全にいつもの午前へ戻ったように見えた。

 

 それでも鳴上は、ポケットの中の重さをたびたび意識した。

 布袋一つのはずなのに、存在感が小さくならない。

 

 縁側に近い廊下を通ったとき、外から蝉の声が強く入ってきた。

 庭の光は白く、夏の午前は静かに熱を溜めている。

 鳴上は立ち止まり、袋をそっと取り出して見た。

 

 紺の布地は、近くで見ると織りが細かい。

 どこにでもあるもののようでいて、

 雑に選ばれたものではない感じがある。

 

 神社で買った。

 それだけなら別におかしくない。

 帰省先で子どもにお守りを渡す母親も、いくらでもいる。

 

 だが、なくさないで、という一言だけが妙に耳に残っていた。

 大げさな説明も、祈るような口調も無い。

 それなのに、言葉の芯だけが不自然なほど動かなかった。

 

「何見てんの」

 

 背後から陽介の声がして、鳴上は振り向いた。

 陽介は冷蔵庫から取ってきた麦茶のコップを二つ持っている。

 片方を自然に差し出す手つきが、東京の部屋と変わらなかった。

 

「これ」

「そんな気になる?」

「少し」

 

 鳴上が袋を見せると、陽介は自分の分もポケットから出した。

 布の色以外は、ほとんど同じ作りに見える。

 

「おれも、ちょっと思った」

「何を」

「母ちゃん、わりと本気だったなって」

 

 声は低いが、深刻にしたいわけではなさそうだった。

 同じ違和感を言葉にしただけで、答えを出す気はない。

 鳴上はそれに少しだけ救われる。

 

「うん」

「まあ、持っとくけど」

「なくすなよ」

「それさっき聞いた」

「お前は落とす」

「ひど」

 

 陽介は笑って、コップを縁側の手すりへ置いた。

 それから自分の分の袋を財布へ入れて、

 ちゃんと入った、と子どもみたいに確認する。

 

 その動作が少し丁寧すぎて、鳴上は黙って見ていた。

 軽口を言いながらも、雑には扱っていない。

 陽介もまた、台所で感じた硬さを拾っていたのだろうと思う。

 

 鳴上も同じように財布の内側へ袋を収めた。

 革越しに厚みが一枚増える。

 それだけのことなのに、持ち物の意味が少し変わった気がした。

 

「夜、使うわけじゃないよな、こういうの」

 

 陽介が何気なく言う。

 その言い方は軽いが、夜を先に出したことが少しだけ残る。

 

「使うものじゃない」

「分かってるよ」

 

 そう返したあと、陽介は庭のほうを見た。

 蝉の声がまた強くなり、陽の白さが廊下へ反射している。

 穏やかな午前のはずなのに、何かだけが小さく引っかかったままだった。

 

 ユリ子の言葉は、結局ほとんど説明になっていない。

 それでも、説明されなかった部分のほうが、

 布袋の重さより長く手に残っていた。

 

 軽い会話のまま終わったはずなのに、

 その朝のことだけは、あとで思い返す形で残るだろうと鳴上は思った。

 財布の内側に収まった小さなものが、妙に近く感じられた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)

花村陽一(花村の父。ジュネス八十稲羽店と東京本部と行ったり来たりしている)
花村ユリ子(花村の母。なんかお守りを準備していた)

次回もよろしくお願いします
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