二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


12

 夕方になると、昼の熱は少しだけ輪郭をやわらげた。

 強さはまだ残っているのに、日差しの角度だけが変わる。

 花村家の庭先へ出たとき、鳴上はその違いを肌で拾った。

 外食だと聞いたのは、午後の早い時間だった。

 ユリ子が、せっかくだから今日は少しいいところへ行きましょう、と言い、

 陽一が予約はしてあると、ごく自然な調子で続けた。

 その場にクマもいた。

 居間の座布団にだらりと座って、冷えた麦茶を飲んでいたのに、

 店の名前が出た途端、耳が立ちそうな勢いで顔を上げる。

「ホテルのごはんクマ!?」

「そうよ。せっかくだし」

「すごいクマ……。クマ、そういうの、ちゃんとした服のほうがいい?」

「あるならそのほうがいいな」

 陽一がそう言う。

 脅すでもなく、甘やかしすぎるでもない。

 必要なことだけを、相手が困らない大きさで渡す声だった。

「あるクマ。前に買ってもらったやつ、まだ入るはずクマ」

「入るはずって何だよ」

 陽介が笑って混ぜる。

 クマはむっとした顔をしたが、本気で怒っているわけではない。

 そういうやり取りが、もう家の中の会話として馴染んでいた。

 出かける前、玄関先で一度小さな騒ぎがあった。

 クマが襟元を気にして落ち着かず、

 ユリ子が、ちょっとこっち向いて、と手を伸ばす。

「曲がってる」

「どこがクマ?」

「ここ。じっとして」

 クマは素直に動きを止めた。

 嫌がる様子も、必要以上に甘える様子もない。

 それを見て、ユリ子の手つきもごく自然だった。

 陽介はその横で、靴を履きながら笑っている。

 手伝うわけでも茶化しすぎるわけでもなく、

 その場の温度をちょうどいいところに置いていた。

「クマ、おまえ緊張してんの」

「してないクマ。ちょっとだけ、気合いが入ってるだけクマ」

「同じだろ」

「違うクマ」

 鳴上はそれを聞きながら、先に車の鍵が鳴る音を聞いた。

 陽一はもう表へ出て、誰がどこへ乗るかまで整えている。

 決めたことを押しつけに見せない速さがあった。

 沖奈のホテルまでは、車で少しかかる。

 日が傾きかけた道路には、まだ八月の熱が残っている。

 窓の外の景色が、夕方の色へ少しずつ移っていった。

 車内でクマは最初だけよく喋った。

 ホテルってどんなところか、魚料理は出るのか、

 スープが熱すぎたらどうしよう、と細かいことまで言う。

 それを陽介が笑い、ユリ子が大丈夫よと返し、

 陽一が、熱かったら少し待てばいい、と簡潔に言う。

 その一つ一つで、クマの落ち着かなさが少しずつほどけていった。

 ホテルへ着くと、外の熱と中の涼しさがはっきり切り替わった。

 ロビーの床は磨かれていて、照明も落ち着いている。

 人の声はあるのに、どこか音が丸く吸われていた。

 クマは最初こそ目をきらきらさせていたが、

 入口の段階で騒ぎすぎない程度の抑え方はもう知っている。

 花村家の隣にいることで、その加減を覚えたのだろうと鳴上は思った。

 案内された席は窓際の丸テーブルだった。

 五人でも窮屈すぎず、しかし間延びもしない大きさで、

 誰か一人だけが外へはみ出す感じがない。

 陽一は席へ着く前に、ほんの一瞬だけ全体を見た。

 どこへ誰を置けば会話が流れやすいか、

 考えたことを考えさせないまま動きに変える視線だった。

「クマはこっちでいいか」

 そう言って、自分の隣の椅子を軽く引く。

 反対側にユリ子、その向かいに陽介と鳴上が収まる。

 結果として、クマは会話へ入りやすく、浮きにくい位置へ座っていた。

「いいクマ?」

「もちろんだ。遠慮は要らない」

「やった」

 クマが素直に笑う。

 その反応を、子ども扱いして流す者がいない。

 客としても身内としても、最初から席が用意されている感じがあった。

 テーブルクロスの白さが、照明の色をやわらかく返している。

 カトラリーの配置は整っているが、構えさせるほど硬くない。

 少しいい店だと分かるのに、食べる前から疲れはしなかった。

「何にする?」

 ユリ子がメニューを見ながら言う。

 自分の分だけ先に決めるのではなく、

 全員の視線が一度メニューへ集まるのを待っていた。

「クマ、こういうの迷う……」

「じゃあコースにしておけ。好き嫌いがなければ大丈夫だ」

 陽一がさらりと言う。

 命令ではなく、迷っている相手の手間を先に減らす言い方だった。

 クマはすぐに顔を上げて頷いた。

「それがいい」

「おまえ、決断だけは早いな」

「助言が的確だからクマ」

「それ、ほぼ人任せだろ」

 陽介が笑って混ぜる。

 クマの勢いをそのまま笑いへ変えながら、

 本人が置いていかれない位置にちゃんと残す返しだった。

 その流れで、陽一が自然に視線を回す。

「悠くんはどうする」

「同じのでいいです」

「陽介は」

「じゃあ俺もそれで」

「五人とも同じなら話が早い」

 店員を呼ぶタイミングも、声の大きさも無理がない。

 相手に気を使わせすぎず、こちらも慌てないところで止める。

 細かい取り回しの滑らかさが、場を最初から落ち着かせていた。

 前菜が運ばれてくる。

 皿の余白まできれいで、夏らしい色が涼しく見えた。

 冷えた野菜の匂いとソースの酸味が、食欲をちょうどよく起こす。

 クマは一口食べて、素直に目を丸くした。

「おいしい……」

「よかった」

 ユリ子が嬉しそうに言う。

 自分の手柄のように受け取るのではなく、

 連れてきた相手が喜んでいることをそのまま喜んでいる声だった。

「クマ、パン食べすぎるとあとで苦しくなるぞ」

 陽介がそう言う。

 止めるというより、先回りして釘を刺している。

 その言い方に、鳴上は少しだけ自分の癖を見た気がした。

「分かってる。分かってるけど、焼きたての匂いは強いクマ」

「気持ちは分かる」

 鳴上がそう言うと、クマがぱっとこちらを見た。

「センセイもそう思う?」

「思う」

「ほら見ろクマ」

「見ろじゃねえよ」

 陽介が笑いながら突っ込む。

 クマと鳴上を同じ側へ置きつつ、自分もそこから外れない。

 その立ち位置の取り方がうまいと思った。

 スープが出るころには、会話の流れがきれいに整っていた。

 誰か一人が喋りすぎることも、誰かが沈むこともない。

 陽一は中心で話し続けるわけではないのに、流れだけは逃がさなかった。

 クマがホテルの内装の話を始めると、

 陽一は否定も補足もしすぎず、必要なところだけ受ける。

 陽介が茶化しすぎそうになると、その前に別の話題へ渡す。

「こういうところの照明って、やっぱり違うクマ」

「料理がきれいに見えるようにしてあるんだろうな」

「へえ……。すごいクマ」

「暗すぎるとクマが皿に落ちそうで怖いしな」

「それはヨースケだけクマ!」

 笑いが起きる。

 品は崩れないのに、堅苦しくならない。

 楽しい食事が、そのままちゃんとした場であり続けていた。

 魚料理が運ばれてきたとき、クマがフォークの置き方で少し迷った。

 その瞬間、陽介が口を開くより先に、

 陽一が自分の手元で一度だけ自然に動きを見せる。

 見せつけるほどではない。

 隣の席の相手に手順を渡すための、ごく小さな動きだった。

 クマはそれを見て、何も言わず同じように持ち直した。

「熊田くん、上達してるわね」

 ユリ子がそう言う。

「最初から上手かったみたいに言うなよ」

 陽介が混ぜる。

「人は成長するクマ」

「それはそうだ」

 陽一はそこで笑っただけだった。

 できなかったことには触れず、できた今だけを受け取る。

 その扱い方が、場の空気をいちいちやさしくしていた。

 陽介もまた、その流れを壊さない。

 家では少し甘えるように見えても、

 人を浮かせない勘のよさは常に保っている。

 それがどこから来たものか、鳴上には少しずつ分かってきていた。

 場を明るくすることだけが陽介の長所ではない。

 相手の居場所を見失わせない手つきが、その明るさの土台にある。

 そして、その土台はたぶん、

 今このテーブルで陽一がしていることの延長にある。

 中心へ立つのではなく、全体の重心を崩さないやり方だった。

「悠くん、大学のほうはどうだ」

 肉料理が出る前、陽一が鳴上へ話を振る。

 問い方が広すぎず狭すぎず、答えやすい位置にある。

「忙しいです。レポートが多い」

「夏休みでもか」

「夏休み前に詰まってました」

「それは大変だな」

 そこで必要以上に掘らない。

 関心はあるが、答える側の負担を増やさないところで止まる。

 話を受けて終わらせるのではなく、すぐ次の橋をかける。

「陽介も楽そうには見えないが」

「俺は俺でゼミが面倒」

「面倒そうだな」

「分かる?」

「顔に出てる」

 その一言で、陽介が噴き出す。

 ユリ子も笑い、クマまでつられて笑った。

 誰かを下げずに場をほどく言葉の選び方だった。

 料理はどれも丁寧で、味の輪郭がはっきりしていた。

 肉はやわらかく、火の入り方がちょうどいい。

 ソースも重すぎず、夏の夜に食べる量としてよく収まっている。

 クマは感動するたびに素直に言葉へ出した。

 それを陽介が拾い、ユリ子が笑って、

 陽一がさりげなく次の皿の話へつなげていく。

「これ、ソースまでおいしいクマ」

「パンにつけるか?」

「いい?」

「行儀が悪くならない程度ならな」

「急に基準が現実的だな」

「大事だろ」

 また笑いが起きる。

 楽しくて、でもだらしなくならない。

 その加減が、この家の持っている品なのだろうと鳴上は思った。

 デザートが運ばれる頃には、

 クマの緊張はすっかり解けて、声の調子も最初より明るくなっていた。

 それでも浮つきすぎないのは、周りの受け方が安定しているからだ。

 窓の外はもう夜だった。

 街の灯りが、昼より少しだけ遠く見える。

 店内の照明は変わらないのに、テーブルの上の時間だけが深まっていた。

 

 

「今日は本当にありがとう」

 クマがデザートの皿を前にして、しみじみと言った。

「こちらこそ。付き合ってくれて助かった」

 

 陽一がそう返す。

 連れてきてやった、ではなく、来てくれて助かった。

 その一言で、クマは客であると同時に必要な一人になる。

 

「クマ、何か役に立った?」

「立ってるわよ」

 

 ユリ子がすぐに言い、陽介も頷く。

 そして最後に、陽一が当たり前のように続けた。

「賑やかな席は、賑やかにしてくれる人がいて完成するんだ」

 長い説明ではない。

 それでも、役割を笑いにせず、そのまま価値へ置く言葉だった。

 クマは一瞬だけ目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、クマは大事な役目を果たしたってこと?」

「そういうことだ」

 

 陽一の声は穏やかだった。

 それ以上飾らないのに、受け取る側を安心させる。

 場の中心へ立たずに、場の底を安定させる声だった。

 食事を終えて席を立つころ、

 鳴上はこの夜が特別な催しとしてではなく、

 花村家の自然な延長として行われていることを改めて感じた。

 豪華な食事は確かに非日常だ。

 だが、その非日常を誰かの見栄にも負担にもせず、

 全員が心地よく座れる夜へ変えているのは、家の力だった。

 ホテルを出ると、外の夜気がやわらかくまとわりつく。

 クマは満足そうに腹をさすり、陽介が笑ってそれを小突いた。

 

 

「食いすぎじゃねえの」

「幸せの重みだクマ」

「それは否定しにくいな」

「おまえもだいぶ食ってたろ」

「うまかったからな」

 

 そんな軽いやり取りの横で、

 陽一は駐車券を処理しながらも誰も待たせた感じにしない。

 戻ってきたときには、もう次の動きが自然に決まっている。

 車で花村家へ戻る道でも、会話は続いた。

 料理の話、クマが一番気に入った皿の話、

 ホテルのパンをもう少し食べたかったという話。

 夜の道路は昼より静かで、

 窓の外には虫の音と、ところどころの街灯が流れていく。

 その中で聞く笑い声は、熱の抜けたあとの落ち着きを持っていた。

 家へ着くと、玄関の明かりが柔らかく迎えた。

 外の空気をまとったまま上がると、

 家の中の温度と匂いが、食後の体にちょうどよく落ち着く。

 

 

「今日は大成功だったクマ」

 

 クマが居間へ入るなり言う。

 ユリ子が、それはよかった、と笑い、

 陽介が、おまえ最初から成功判定早すぎ、と返す。

 それでも、その場に無理がない。

 クマがいて当然の家として、もう会話が回っている。

 それを特別扱いしないところに、花村家の懐の深さがあった。

 ユリ子が冷たい麦茶を出し、

 陽一は上着を脱いでハンガーへかけながら、

 クマのほうへ目を向ける。

 

 

「今日はありがとう」

「こっちこそ。すっごく楽しかった」

「また行こう」

「行く!」

 

 短いやり取りの中で、

 次があることを当然のように置く。

 客なら遠慮が生まれるところを、陽一は先に消していた。

 しばらくして、クマが立ち上がった。

 もう遅い時間ではないが、夜は夜だ。

 家の中の空気が、少しだけ一区切りの形へ整う。

 

「じゃあ、クマ、そろそろ戻る」

「気をつけてね」

 

 ユリ子がそう言う。

 その言い方に、不自然さはない。

 

「今日は本当にありがとう。すごくおいしかった」

「よかった。また来い」

 

 陽一が言う。

 また遊びに来い、ではない。

 また来い、だけで充分に場所が用意される言い方だった。

 

「うん。また来る」

 

 クマはそう言って笑い、家を出ていった。

 

 居間には、すぐには静けさが戻らなかった。

 ついさっきまでの賑やかさが、温度としてまだ残っている。

 誰もそれを不思議がらず、ただ食後の余韻として受け取っていた。

 

「楽しかったみたいでよかったな」

 陽一が言う。

「うん。めちゃくちゃ食ってたし」

「そこだけで判断するな」

「でも分かりやすかったろ」

 

 陽介が笑う。

 その横顔は東京で見るものと大きく変わらない。

 だが、その明るさの置き方は、ここで育ったものだと鳴上には思えた。

 誰かを置いていかないこと。

 場を明るくしながら、自分だけも無理をしないこと。

 その手加減が、この家の中で何度も繰り返されてきたのだろう。

 

 花村家はただ仲がいいだけの家ではない。

 互いを無理に縛らず、それでも自然に支える形ができている。

 その安定が、笑い声の奥にいつも静かに通っている。

 

 鳴上は、冷えた麦茶の残りを飲みながら、

 陽介の土台にあるものを改めて見た気がした。

 明るさだけではない、受け止める側の大きさがここにはある。

 

 それを長々と説明する必要はなかった。

 今夜の席順、料理の取り分け方、クマへの声の掛け方だけで充分だった。

 守る力のある家は、たぶんこういうふうに場へ出る。

 

 夜はもう深まりかけていた。

 それでも、楽しかった食事のあとの安心が、

 花村家の居間の空気へ薄く広がったまま残っていた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)

花村陽一(花村の父。超有能な気配りの鬼)
花村ユリ子(花村の母。みんなにやさしい)

クマ(テレビの世界の住人でジュネスでバイトリーダーやってるらしい)

次回もよろしくお願いします
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