スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
翌日の昼は、前夜の賑やかさがまだ少し体に残っていた。
寝不足というほどではないが、八十稲羽の朝は東京より静かで、
その静けさに体が馴染む前に、昼の時間まで来てしまった感じがある。
花村家で軽く昼を済ませたあと、陽介と二人で外へ出た。
真昼の光は強く、道の端の影だけがくっきり濃い。
蝉の声が絶えず、歩いているだけで夏の厚みが肩へ乗る。
「暑い」
陽介が歩きながら言う。
昨日も聞いた台詞だが、今日は少しだけ本気度が違った。
家を出て十分も経っていないのに、もう襟元を引いている。
「水、持ったか」
「持った」
「足りるか」
「おまえ、今日も管理が細かいな」
「今日は特に」
そう返すと、陽介は少しだけ笑った。
その笑い方は地元の空気をまだ残している。
東京の部屋へ戻る前の陽介は、少しだけ声が丸い。
集合場所はジュネスの屋上フードコートだった。
昔から何度も集まった場所で、
特別な意味を持たせなくても自然に全員が集まれる。
屋根のある一角にはテーブルが並んでいたが、
冷房のある室内とは違って、空気そのものは夏のままだった。
風が抜けるぶん少しだけましでも、暑いものは暑い。
子どもの声、遠くの買い物客のざわめき、
売り場から流れてくる軽い音楽が、
白く照った昼の空気の中へ平たく散っている。
先に来ていたのは千枝と雪子だった。
紙コップの中の氷はまだ残っているが、表面には水滴が浮いている。
日陰を選んで座っていても、夏はちゃんとそこにいた。
「鳴上君、花村、こっちこっち」
里中が手を振る。
声はいつも通り明るいが、
暑さのせいで少しだけ勢いが削れている。
「暑かったでしょう」
天城がそう言って、テーブルの端へ寄せていた紙ナプキンを整えた。
その所作が妙に丁寧で、
こういう場所でも天城の落ち着き方は変わらない。
「暑かった」
鳴上がそう答えると、天城が小さく笑う。
久しぶりの顔合わせでも、最初に整うのはこういう調子だ。
説明より先に、いつもの速度へ戻る。
「っていうか、ここほんと暑いね」
里中が自分の首筋を扇ぎながら言った。
「屋上だからな」
陽介が椅子を引いて座る。
文句は言うが、集合場所に異論はない顔だった。
ここで話すこと自体が、もう昔からの手順なのだろう。
少し遅れて完二が来た。
Tシャツの背中にもう少し汗が浮いていて、
日差しの強いところを歩いてきたのが分かる。
「うわ、やっぱ暑っ……」
「完二くん、飲み物買ってきた?」
雪子が聞く。
「買ったっス」
完二は紙コップを持ち上げて見せた。
一つ下の後輩らしく、
先に来ている面々へ軽く頭を下げてから席へつく。
そのあとから直斗が現れた。
帽子で日差しを避けていたが、
額の辺りにはうっすら熱の気配が残っている。
「お待たせしました」
「直斗くんも暑そうだね」
里中が言う。
「ええ、さすがにこの時間の屋上は堪えます」
口調は普段通りだが、
言葉の切れ目に少しだけ熱気の重さがあった。
直斗もまた、一学年下らしいきちんとした間合いで座る。
最後にクマが、両手にジュースを持って現れた。
なぜ二つあるのかは聞かなくても、だいたい想像がつく。
「センセイの分もある!」
「ありがとう」
「ヨースケのはないよ」
「何でだよ」
「自分で買えるから」
「基準が雑!」
陽介が突っ込み、里中が吹き出す。
それで場の空気が一段やわらいだ。
重い話を始める前に、誰かがそれをやるのも昔から同じだった。
一通り揃ったところで、直斗が周囲を一度だけ見た。
耳をそばだてる相手が近くにいないことを確かめているのだと分かる。
その慎重さは昔から変わらない。
「では、軽く確認しましょう」
声は抑えているが、曖昧にはしない調子だった。
話題が話題だけに、その線引きが必要なのだろう。
鳴上は紙コップの冷たさを指先で確かめながら頷いた。
「前に共有したテレビの件ですが」
直斗がそう切り出す。
大学二年のときに一度、皆で話した異常のことだ。
完全に収束したとは誰も言い切れず、そのままになっていた。
「最近、また何かあったの?」
天城が聞く。
声音に怯えはないが、軽く扱う気もない。
知るべきものとして、まっすぐ受ける聞き方だった。
「はっきりした再現はない」
鳴上が先に言う。
言える範囲を狭めておかないと、曖昧なものほど話だけが膨らむ。
「でも、なくなったとも言えない感じ?」
里中が続ける。
「そう」
短く答えると、里中は少しだけ眉を寄せた。
理解できないからではなく、
その答え方が一番厄介だと分かっている顔だった。
「クマから見ると、前と同じじゃなくて」
ストローをくわえたまま、クマが言う。
ふざけた調子ではない。
言葉を選ぶときのクマは、逆に語尾が少し減る。
「前はもっと、こう……引っかかる感じがあった。テレビの向こうとこっちが、ぴたっと重なるときがあった」
クマはジュースの蓋を指先でなぞった。
感覚を説明するのが難しいとき、手元へ少し意識が落ちるのも昔から変わらない。
「今は違うのか」
「重ならないわけじゃない。でも、同じ場所を踏んでない感じ」
その言い方に、完二が眉をひそめる。
「分かるような分かんねえようなっスね」
「クマもそう思う」
「おい」
完二の返しに、周囲が少しだけ笑った。
それで場が緩むが、話そのものの重みは消えない。
ちょうどいい程度に、皆が息をつく。
直斗はそこで言葉を継いだ。
「僕なりに整理すると、以前の異常は、現象としての輪郭がまだ見えやすかった」
直斗の説明は簡潔だった。
余計に怖がらせないようにしているのか、
あるいは自分でも断定を避けているのか、その両方に聞こえた。
「今は、現象というより兆候に近い。ただし、兆候だからといって必ずしも同じ結果へつながるとは限らない」
「前と同じルートではないかもしれない、ってことか」
鳴上が言うと、直斗が頷く。
「はい。少なくとも、同じ手順で再現できるものではなさそうです」
その答えは、安心にも不安にもなりきらない。
前と違うなら前より安全とも危険とも言えない。
掴みどころのなさだけが、静かに残る。
「この前、何か見えたとか聞こえたとか、そういうのは?」
陽介が聞いた。
軽い口調にしているが、聞く順番は正確だった。
曖昧な不穏を広げるより、体験の有無をまず押さえる。
「はっきりしたものはない」
鳴上が答える。
それが一番近い表現だった。
見えたとも見えていないとも、言葉を寄せきれない。
「ただ、違和感だけは残る」
「どんな?」
天城の問いに、鳴上は少しだけ考えた。
考えれば説明できる気もするが、
言葉にした瞬間に違うものへ変わりそうでもあった。
「気づくと、見ていた気がする」
言ってから、自分でも曖昧だと思う。
だが、それ以上正確な形がまだない。
陽介が横で黙って聞いている気配がした。
「テレビ?」
千枝が言う。
「たぶん」
「たぶん多すぎない?」
「多い」
それを認めると、里中が苦い顔で笑った。
笑い飛ばしたいわけではなく、
曖昧なものを前にしたときの、いつもの受け方だった。
「でも、そういうやつが一番嫌なんだよね」
「分かるっス」
完二が短く言う。
何かあれば殴れるが、何も掴めないと動けない。
そういう苛立ちは、彼が一番隠さない。
クマはそこで、少しだけ身を乗り出した。
「テレビの中そのものが変ってる感じは、今はしない」
声の調子は真面目だった。
以前のように、向こう側の空間そのものが揺れる感じではないらしい。
それは一つの情報ではあるが、安心材料にはまだ足りない。
「でも、こっちのテレビが変なとき、向こうと全然関係ないとは言いきれない」
「切れてはない、ってことか」
陽介が言う。
「うん。細い糸がまだどっかにあるみたいな」
クマの言葉は感覚的だが、
感覚の部分では誰より信用できるところがある。
だからこそ、結論にならない話が余計に気持ち悪い。
直斗がストローを外して、紙コップを少し回した。
「現時点では、異常はある。ただし定義できない。危険は否定できないが、今すぐ対応が必要な兆候とも言い切れない」
「最悪の中間報告だな」
花村が言う。
「ええ。僕もそう思います」
直斗は否定しなかった。
分からないものを、分かった顔で包まないところが直斗らしい。
その潔さは頼もしいが、今日に限っては答えの無さを強くする。
「じゃあ、どうする?」
天城が静かに聞く。
不安を煽るためではなく、
次に何を持ち帰るかを確認する声だった。
鳴上はテーブルの上へ視線を落とした。
氷が少し溶けて、紙コップの表面に水滴が浮いている。
考えるべきことは多いが、今ここで増やす必要はない。
「共有だけでいい」
そう言うと、皆がこちらを見る。
反対する空気はなかった。
それぞれ、同じようなところへ来ていたのだろうと思う。
「何か起きたら、すぐ知らせる」
「それが一番だね」
里中が頷く。
勢いで踏み込むより、
今は線を保って見ている段階だと、彼女も理解している。
「テレビに変なノイズとか、妙な映り方があったら、クマにも教えて」
クマが言う。その頼み方は前より少し落ち着いている。
昔のクマなら、もっと先に飛びついていたはずだった。
「分かった」
鳴上が答える。陽介も横で短く頷いた。
それ以上の約束は、今は要らない。
話が一段落すると、屋上のざわめきが戻ってくる。
すぐ近くでは、子どもがソフトクリームを落として泣いていた。
売り場のスピーカーから、明るい販促の声が流れてくる。
異常の話をしていた場所とは思えないほど、世界は普通の昼の顔をしていた。
それが少しだけ救いで、少しだけ不気味だった。
「なあ、これで終わりって感じしねえのが嫌っスよね」
完二が腕を組んで言う。
「終わってるなら、もう少し分かりやすく消える」
花村が返す。
「逆に始まってるなら、もっと派手でもいいのにね」
里中が言ってから、あ、と少し顔をしかめた。
縁起でもない言い方をしたと思ったのだろう。
だが、誰もそこを責める気にはならない。
「派手じゃないほうが厄介だ」
鳴上が言う。
「それはそう」
クマがすぐに頷く。
見えにくい異常は、放っておける形で残る。
それが今の一番面倒なところだった。
そのあと、話は少しだけ別の話題へ流れた。
里中が夏休みの課題の多さに文句を言い、完二がそれを聞いて面倒そうに顔をしかめる。
直斗は帽子のつばを少し上げて、この暑さで資料を持ち歩くのは大変そうだと雪子が笑う。
完全に切り替わったわけではないが、それでよかった。
異常の話だけを握ったまま長く座るのも違う。
それぞれが同じ違和感を持ち帰るための雑談だった。
掴みきれないものは、掴みきれないまま共有しておくしかない。
席を立つころ、外の光はまだ強かった。
日陰にいても、足元から熱が返ってくる。
鳴上は立ち上がりながら、今日の共有を頭の中で短くまとめた。
ジュネスの屋上から外へ向かうと、蝉の声がまた一気に近づいた。
花村が隣で、小さく息を吐く。
暑さのせいだけではないと、鳴上には分かった。
「持ち帰るには、微妙な話だったな」
「うん」
「でも、聞いといてよかった気はする」
「それも分かる」
花村は帽子も被っていないのに、
額へかかった前髪を指で払ってから歩き出した。
考えを整理するときの癖だった。
鳴上はその半歩後ろで、
昨日から続く帰省の空気が少しずつ変わるのを感じていた。
食事の温かさも、家の匂いも、まだ消えてはいない。
それでも、その上へ薄く別の膜が乗っている。
目に見えないのに、気づけば意識が触れている種類の違和感だった。
今すぐ形になるものではないと分かっているからこそ、なおさら残る。
答えは出なかった。
たぶん、それでいい場面だったのだろうと鳴上は思う。
無理に結論を作らなかったことだけが、今日の確かな収穫だった。
蝉の声は相変わらずうるさいほど近い。
夏の昼は何も起きていない顔をして続いている。
その普通さの底に、薄い引っかかりだけが静かに沈んでいた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)
里中千枝(特捜隊メンバー。地元で専門学校に通っているが、警察官を目指している)
天城雪子(特捜隊メンバー。天城屋旅館の次期女将)
巽完二(特捜隊メンバー。親の店を手伝いつつ服飾系の専門学校に通っている)
白鐘直斗(特捜隊メンバー。東京と八十稲羽に拠点を置きつつ探偵業をしている)
クマ(テレビの世界の住人でジュネスでバイトリーダーやってるらしい)
次回もよろしくお願いします