二人の食卓、二人の空   作:erupon

47 / 57
こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


14

 九月の中旬になると、朝の空気だけが先に秋へ寄った。

 窓を開けたときの風が、夏の湿り方ではなくなっている。

 日中はまだ暑いのに、朝晩だけは上着の置き場を考えるようになった。

 

 部屋の中でも、少しずつ季節の配分が変わっていた。

 薄いタオルケット一枚では足りない日が増え、洗濯物の乾き方にも、夏の雑な速さがなくなっていく。

 

 その頃から、陽介の帰宅時間が不規則になった。

 学園祭が近いらしいとは聞いていたが、実際に生活へ入り込んでくると、忙しさの形は思ったより細かい。

 

 最初は、夕飯の時間が少しずれた。

 今日は遅くなる、と短いメッセージが増え、その一行の後ろに、打ち合わせと準備の気配がつくようになる。

 次に増えたのは、持ち帰る紙の量だった。

 鞄の口から覗く資料、色つきの付箋、印刷し直したらしい企画書の束が、テーブルの端へ一時的に積まれる。

 鳴上はそれを見ながら、食事の組み方を少し変えた。

 すぐ食べられるものを一品増やし、温め直して味が落ちにくいものを優先するようになる。

 煮物より、汁気の少ない炒め物。

 揚げ物より、帰宅時間に合わせて火を入れ直せる魚。

 陽介が遅い日は、先に鳴上だけ軽く食べる日も出てきた。

 洗濯も夜へ寄せた。

 帰宅が遅い日ほど、翌朝の服を先に確保しておかないと崩れる。

 シャツの替えと靴下の残り枚数を、以前より細かく見るようになる。

 

 それでも、生活そのものが荒れる感じはなかった。

 崩れる前に手を入れれば済む程度の忙しさだったし、何より陽介自身が、部屋へ戻った途端に雑になりきらなかった。

 

 ある日の夜、十時を少し回ってから鍵の音がした。

 鳴上はちょうど味噌汁を温め直していたところで、玄関の気配だけで、今日は相当疲れていると分かった。

 

「ただいま……」

 

 声に張りがない。

 だが、投げるような疲れ方ではない。

 外で気を張ってきたぶん、家では力の抜き方が分かっている声音だった。

 

「おかえり」

 鳴上は火を弱め、湯気の具合を見た。

 陽介は靴を脱ぎながら、鞄を壁に預ける。

 その置き方が普段より丁寧なのは、乱雑にする余裕すらないからだろう。

 

「食うか」

「食う。すげえ腹減った」

「手、洗え」

「はいはい」

 

 返事はいつも通り軽いが、歩く速度が少し遅い。

 それでも洗面所へ向かう足取りに迷いがないのは、

 帰宅後の流れがもう体へ入っているからだった。

 

 テーブルへ並べたのは、鶏肉ときのこの炒め物と、

 冷やしておいたほうれん草のおひたし、それに味噌汁だった。

 きのこは秋らしいからというより、疲れていても食べやすいから選んだ。

 

「助かる……」

 

 席へ着くなり、陽介が小さく息を吐く。

 いただきますの前に箸へ手を伸ばしそうになって、

 気づいて戻すあたりが、今日は本当に余裕がない。

 

「忙しいな」

「忙しい。思ったより雑務が多い」

 

 陽介はそう言って、まず味噌汁を口にした。

 熱いものを先に入れるときは、だいたい喉と頭が疲れている。

 鳴上はその順番を見て、明日の朝食も少し変えようと思う。

 

「何してる」

「何っていうか、全部」

 陽介は苦笑して、椀を置いた。

 大げさに盛る気はないが、短くまとめようとすると逆に伝わらない種類の忙しさなのだろう。

 

「企画の調整、教室の割り振り、提出物の締切確認、サークル同士の時間の被りの処理」

 そこで一度切ってから、さらに思い出したように言葉を足す。

「あと、やる気だけある一年のブレーキ係」

「重要だな」

「だろ。あいつら、勢いで全部決めようとするから」

 

 言いながら、陽介の口調に少し外向きの顔が混じる。

 学内で誰かへ説明していたときの声のまま、一瞬だけ部屋へ持ち込む。

 そのあとで、自分でも気づいたように少し笑った。

 

「何か、今日ずっと喋ってた気がする」

「そう見える」

「見えるって何だよ」

「外向きの顔してる」

 

 鳴上がそう言うと、陽介は箸を止めた。

 否定するでもなく、図星を刺されたときの短い沈黙が入る。

 

「……してた?」

「してる」

「うわ、やだな」

「悪くない」

 

 そう返すと、陽介は少しだけ肩の力を抜いた。

 外での立ち回りを部屋へ持ち込んでいたと分かったことで、むしろ切り替えやすくなったように見えた。

 

「外だとさ、ちょっと大きめに喋んねえと回らないんだよ」

「知ってる」

「知ってる顔してるな、おまえ」

「見てるから」

 言ってから、言い方が少し直線的だったと思った。

 だが陽介は気にした様子もなく、

 むしろおかしそうに笑って、また箸を動かした。

「そうなんだよな。見てるんだよな、おまえ」

 

 その返しが、鳴上には少しだけ残る。

 責めるでも照れるでもなく、もうそういうものとして受け取られている感じがした。

 

 翌朝、陽介は珍しく目覚ましの一回目で起きなかった。

 普段なら一度で手を伸ばすのに、その日は布団の中で少しだけ動いて、また止まる。

 鳴上は先に起きてカーテンを開け、天気と気温を確認してから、今日はシャツより薄手の長袖がいいかと考えた。

 

「起きろ」

「……あと五分」

「三分」

「細かい」

「遅れる」

 

 布団の中から返る声が、昨日よりさらに低い。

 鳴上は洗面所へ向かいながら、コーヒーを少し濃くしようと決めた。

 朝食の間、陽介はいつもより静かだった。

 だが無言で食べるのではなく、必要な返事だけはきちんと返してくる。

 

「今日も遅いか」

「たぶん。昨日よりはマシ」

「信用できるか」

「半分くらい」

「じゃあ遅いな」

「そうなるな」

 

 こういう会話だけで、予定はだいたい決まる。

 帰宅が読めないなら、冷蔵庫の中身は一日分多めに残す。

 洗濯は夜へ回し、風呂は先に湯を張っておく。

 

 部屋のリズムが、陽介の外の予定に引かれて少しずつ変わる。

 だがそれは、振り回されるというより、共同生活として必要な微調整の範囲に収まっていた。

 

 九月の終わりから十月へ入るころ、部屋の中には学園祭の痕跡が目に見えて増えていった。

 紙袋に入ったガムテープ、借りてきたらしい延長コード、学内で配る資料の予備が、テーブルの端へ一時避難する。

 

「これ、部屋に持ち込むな」

 

 鳴上が言うと、陽介は玄関先で足を止めた。

 手には段ボール箱と、長い棒状の何かがある。

 

「一晩だけ!」

「邪魔」

「明日持ってくから!」

「一晩でも邪魔」

 

 そう言いながらも、鳴上は廊下の壁際を少し空ける。

 本気で拒むなら玄関で止める。

 置き場所を作る時点で、結論はもう出ていた。

 

「ありがとう、管理人さん」

「誰が」

「この部屋の秩序を守る人」

「お前が壊すからだ」

「否定できねえ」

 

 陽介は笑って、段ボールをそっと下ろした。

 疲れていても、家の中のものを乱暴には扱わない。

 そのあたりの線は、忙しい時期ほどむしろ丁寧になる。

 

 学園祭の準備が本格化すると、陽介の服にも外向きの匂いが残ることが増えた。

 教室の埃、印刷した紙のインク、屋外で運んだ機材の金属っぽい匂いが、帰宅と一緒に部屋へ入る。

 

 鳴上は洗濯物を受け取りながら、その匂いで一日の内容を少し読む。

 今日は外で動いた日。今日は会議ばかりの日。

 そういう判別が、言葉より先に入るようになっていた。

 

 ある日、陽介は帰るなり床へ座り込んだ。

 ソファまで行く気力も無かったらしい。

 壁に背を預けて、しばらく動かない。

 

「風呂、先に入るか」

「……五分したら」

「十分経つやつだ」

「分かってる」

 

 分かっているが、すぐには立てない顔だった。

 鳴上は冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注いだ。

 

「ほら」

「ありがと」

 

 受け取る手に力はある。

 完全に潰れているわけではないが、外で人に合わせ続けた疲れが、家に入って一気に出たのだろう。

 

「何やってた」

「看板の配置で揉めた」

「何で」

「目立つ場所は全部使いたい派と、導線を邪魔するな派が戦った」

「後者が正しい」

「だよなあ……」

 

 鳴上の返答へ、陽介は本気で同意したように頷く。

 議論そのものより、その程度のことで全体を回さなければならない疲れが見える。

 

「でもさ」

 麦茶を飲んだあと、陽介が続ける。

「こういう時期の大学って、ちょっと面白いんだよ」

 声は疲れているのに、その一言だけは少し明るい。

 外の顔とは違う、部屋の中の素直な明るさだった。

「何が」

「普段ぜんぜん関わんないやつ同士が、急に同じことで揉めたり、妙に協力したりすんの」

 そこで少し笑って、自分の膝を指先で軽く叩く。

「めんどいけど、嫌いじゃない」

 

 鳴上はその横顔を見た。

 外では調整役として動いているのだろう。

 人の勢いを受けて、ぶつかる角を少しずつ丸めていく。

 そういう顔をして帰ってきたあとで、部屋ではちゃんと疲れた顔になる。

 その切り替わりが、最近は前より見えやすかった。

 

 十月が近づくにつれて、

 部屋の中の時間配分もまた少し変わった。

 夕飯は一緒に食べられる日より、ずれる日のほうが増え、洗濯機を回す音が深夜に近づく。

 

 鳴上はカレンダーへ陽介の予定を書き込んでは消した。

 仮の帰宅時刻と、確定した集合時間。

 学園祭当日までの数日だけ、部屋のリズムは少し外向きへ引かれる。

 

 九月の終わりから十月へ入るころ、部屋の中には学園祭の痕跡が目に見えて増えていった。

 紙袋に入ったガムテープ、借りてきたらしい延長コード、学内で配る資料の予備が、テーブルの端へ一時避難する。

 

 それでも、完全に崩れはしない。

 朝に何を食べるか、帰宅後どこへ荷物を置くか、風呂の順番をどうするか。

 そういう小さな流れがあるから、忙しさは生活を壊しきれない。

 

 夜、洗濯物を畳んでいると、陽介が机に向かったまま、明日の予定を読み上げることがあった。

 誰に向けるでもないが、聞かせる前提の声だった。

 

「明日、昼から設営入る」

「何時に戻る」

「まだ分かんねえ」

「分かったら送れ」

「はい」

 

 それだけで、翌日の組み方はだいたい決まる。

 言葉数は少ないが、不足はない。

 忙しい時期ほど、必要な共有だけがきれいに残る。

 

 窓の外では、虫の声が夏の蝉から入れ替わっていた。

 夜風は前より乾いていて、洗ったシャツの袖も、夏ほど頼りなくは揺れない。

 

 季節が変わるのと一緒に、部屋のリズムも少し変わる。

 学園祭そのものへの高揚より先に、その準備の忙しさが生活の輪郭を細かく削っていく。

 

 けれど、その削れ方は嫌なものではなかった。

 外で忙しく立ち回る陽介を迎えるために、帰宅後の流れを少しずつ組み直していくこと自体が、もうこの生活の自然な一部になっていた。

 

 十月初めの夜、鳴上は冷蔵庫の中身を確認しながら、当日が近づくほど部屋の時間がさらにずれるだろうと考えた。

 隣の部屋では、陽介が電話で誰かと話している。

 外向きの少し大きい声と、相手を立てながら話を進める速い調子が聞こえた。

 その声はもう、部屋の中のものではない。

 だが、通話を終えて戻ってくると、陽介は何事もなかったように、眠い、とだけ言う。

 その落差を見て、鳴上は小さく息をついた。

 外の陽介と部屋の陽介は、同じなのに少し違う。

 そして今は、その二つを行き来する回数が増えている。

 

 学園祭当日へ向けて、部屋のリズムは少しずつ、だが確実に組み替わっていた。

 秋の気配と一緒に入り込んできた忙しさが、生活の隅で静かに形を変え始めていた。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)

これもやりたかった学園祭ネタ。
陽介ならきっと運営やるに違いないと思ったなど

次回もよろしくお願いします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。