スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
九月の中旬になると、朝の空気だけが先に秋へ寄った。
窓を開けたときの風が、夏の湿り方ではなくなっている。
日中はまだ暑いのに、朝晩だけは上着の置き場を考えるようになった。
部屋の中でも、少しずつ季節の配分が変わっていた。
薄いタオルケット一枚では足りない日が増え、洗濯物の乾き方にも、夏の雑な速さがなくなっていく。
その頃から、陽介の帰宅時間が不規則になった。
学園祭が近いらしいとは聞いていたが、実際に生活へ入り込んでくると、忙しさの形は思ったより細かい。
最初は、夕飯の時間が少しずれた。
今日は遅くなる、と短いメッセージが増え、その一行の後ろに、打ち合わせと準備の気配がつくようになる。
次に増えたのは、持ち帰る紙の量だった。
鞄の口から覗く資料、色つきの付箋、印刷し直したらしい企画書の束が、テーブルの端へ一時的に積まれる。
鳴上はそれを見ながら、食事の組み方を少し変えた。
すぐ食べられるものを一品増やし、温め直して味が落ちにくいものを優先するようになる。
煮物より、汁気の少ない炒め物。
揚げ物より、帰宅時間に合わせて火を入れ直せる魚。
陽介が遅い日は、先に鳴上だけ軽く食べる日も出てきた。
洗濯も夜へ寄せた。
帰宅が遅い日ほど、翌朝の服を先に確保しておかないと崩れる。
シャツの替えと靴下の残り枚数を、以前より細かく見るようになる。
それでも、生活そのものが荒れる感じはなかった。
崩れる前に手を入れれば済む程度の忙しさだったし、何より陽介自身が、部屋へ戻った途端に雑になりきらなかった。
ある日の夜、十時を少し回ってから鍵の音がした。
鳴上はちょうど味噌汁を温め直していたところで、玄関の気配だけで、今日は相当疲れていると分かった。
「ただいま……」
声に張りがない。
だが、投げるような疲れ方ではない。
外で気を張ってきたぶん、家では力の抜き方が分かっている声音だった。
「おかえり」
鳴上は火を弱め、湯気の具合を見た。
陽介は靴を脱ぎながら、鞄を壁に預ける。
その置き方が普段より丁寧なのは、乱雑にする余裕すらないからだろう。
「食うか」
「食う。すげえ腹減った」
「手、洗え」
「はいはい」
返事はいつも通り軽いが、歩く速度が少し遅い。
それでも洗面所へ向かう足取りに迷いがないのは、
帰宅後の流れがもう体へ入っているからだった。
テーブルへ並べたのは、鶏肉ときのこの炒め物と、
冷やしておいたほうれん草のおひたし、それに味噌汁だった。
きのこは秋らしいからというより、疲れていても食べやすいから選んだ。
「助かる……」
席へ着くなり、陽介が小さく息を吐く。
いただきますの前に箸へ手を伸ばしそうになって、
気づいて戻すあたりが、今日は本当に余裕がない。
「忙しいな」
「忙しい。思ったより雑務が多い」
陽介はそう言って、まず味噌汁を口にした。
熱いものを先に入れるときは、だいたい喉と頭が疲れている。
鳴上はその順番を見て、明日の朝食も少し変えようと思う。
「何してる」
「何っていうか、全部」
陽介は苦笑して、椀を置いた。
大げさに盛る気はないが、短くまとめようとすると逆に伝わらない種類の忙しさなのだろう。
「企画の調整、教室の割り振り、提出物の締切確認、サークル同士の時間の被りの処理」
そこで一度切ってから、さらに思い出したように言葉を足す。
「あと、やる気だけある一年のブレーキ係」
「重要だな」
「だろ。あいつら、勢いで全部決めようとするから」
言いながら、陽介の口調に少し外向きの顔が混じる。
学内で誰かへ説明していたときの声のまま、一瞬だけ部屋へ持ち込む。
そのあとで、自分でも気づいたように少し笑った。
「何か、今日ずっと喋ってた気がする」
「そう見える」
「見えるって何だよ」
「外向きの顔してる」
鳴上がそう言うと、陽介は箸を止めた。
否定するでもなく、図星を刺されたときの短い沈黙が入る。
「……してた?」
「してる」
「うわ、やだな」
「悪くない」
そう返すと、陽介は少しだけ肩の力を抜いた。
外での立ち回りを部屋へ持ち込んでいたと分かったことで、むしろ切り替えやすくなったように見えた。
「外だとさ、ちょっと大きめに喋んねえと回らないんだよ」
「知ってる」
「知ってる顔してるな、おまえ」
「見てるから」
言ってから、言い方が少し直線的だったと思った。
だが陽介は気にした様子もなく、
むしろおかしそうに笑って、また箸を動かした。
「そうなんだよな。見てるんだよな、おまえ」
その返しが、鳴上には少しだけ残る。
責めるでも照れるでもなく、もうそういうものとして受け取られている感じがした。
翌朝、陽介は珍しく目覚ましの一回目で起きなかった。
普段なら一度で手を伸ばすのに、その日は布団の中で少しだけ動いて、また止まる。
鳴上は先に起きてカーテンを開け、天気と気温を確認してから、今日はシャツより薄手の長袖がいいかと考えた。
「起きろ」
「……あと五分」
「三分」
「細かい」
「遅れる」
布団の中から返る声が、昨日よりさらに低い。
鳴上は洗面所へ向かいながら、コーヒーを少し濃くしようと決めた。
朝食の間、陽介はいつもより静かだった。
だが無言で食べるのではなく、必要な返事だけはきちんと返してくる。
「今日も遅いか」
「たぶん。昨日よりはマシ」
「信用できるか」
「半分くらい」
「じゃあ遅いな」
「そうなるな」
こういう会話だけで、予定はだいたい決まる。
帰宅が読めないなら、冷蔵庫の中身は一日分多めに残す。
洗濯は夜へ回し、風呂は先に湯を張っておく。
部屋のリズムが、陽介の外の予定に引かれて少しずつ変わる。
だがそれは、振り回されるというより、共同生活として必要な微調整の範囲に収まっていた。
九月の終わりから十月へ入るころ、部屋の中には学園祭の痕跡が目に見えて増えていった。
紙袋に入ったガムテープ、借りてきたらしい延長コード、学内で配る資料の予備が、テーブルの端へ一時避難する。
「これ、部屋に持ち込むな」
鳴上が言うと、陽介は玄関先で足を止めた。
手には段ボール箱と、長い棒状の何かがある。
「一晩だけ!」
「邪魔」
「明日持ってくから!」
「一晩でも邪魔」
そう言いながらも、鳴上は廊下の壁際を少し空ける。
本気で拒むなら玄関で止める。
置き場所を作る時点で、結論はもう出ていた。
「ありがとう、管理人さん」
「誰が」
「この部屋の秩序を守る人」
「お前が壊すからだ」
「否定できねえ」
陽介は笑って、段ボールをそっと下ろした。
疲れていても、家の中のものを乱暴には扱わない。
そのあたりの線は、忙しい時期ほどむしろ丁寧になる。
学園祭の準備が本格化すると、陽介の服にも外向きの匂いが残ることが増えた。
教室の埃、印刷した紙のインク、屋外で運んだ機材の金属っぽい匂いが、帰宅と一緒に部屋へ入る。
鳴上は洗濯物を受け取りながら、その匂いで一日の内容を少し読む。
今日は外で動いた日。今日は会議ばかりの日。
そういう判別が、言葉より先に入るようになっていた。
ある日、陽介は帰るなり床へ座り込んだ。
ソファまで行く気力も無かったらしい。
壁に背を預けて、しばらく動かない。
「風呂、先に入るか」
「……五分したら」
「十分経つやつだ」
「分かってる」
分かっているが、すぐには立てない顔だった。
鳴上は冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注いだ。
「ほら」
「ありがと」
受け取る手に力はある。
完全に潰れているわけではないが、外で人に合わせ続けた疲れが、家に入って一気に出たのだろう。
「何やってた」
「看板の配置で揉めた」
「何で」
「目立つ場所は全部使いたい派と、導線を邪魔するな派が戦った」
「後者が正しい」
「だよなあ……」
鳴上の返答へ、陽介は本気で同意したように頷く。
議論そのものより、その程度のことで全体を回さなければならない疲れが見える。
「でもさ」
麦茶を飲んだあと、陽介が続ける。
「こういう時期の大学って、ちょっと面白いんだよ」
声は疲れているのに、その一言だけは少し明るい。
外の顔とは違う、部屋の中の素直な明るさだった。
「何が」
「普段ぜんぜん関わんないやつ同士が、急に同じことで揉めたり、妙に協力したりすんの」
そこで少し笑って、自分の膝を指先で軽く叩く。
「めんどいけど、嫌いじゃない」
鳴上はその横顔を見た。
外では調整役として動いているのだろう。
人の勢いを受けて、ぶつかる角を少しずつ丸めていく。
そういう顔をして帰ってきたあとで、部屋ではちゃんと疲れた顔になる。
その切り替わりが、最近は前より見えやすかった。
十月が近づくにつれて、
部屋の中の時間配分もまた少し変わった。
夕飯は一緒に食べられる日より、ずれる日のほうが増え、洗濯機を回す音が深夜に近づく。
鳴上はカレンダーへ陽介の予定を書き込んでは消した。
仮の帰宅時刻と、確定した集合時間。
学園祭当日までの数日だけ、部屋のリズムは少し外向きへ引かれる。
九月の終わりから十月へ入るころ、部屋の中には学園祭の痕跡が目に見えて増えていった。
紙袋に入ったガムテープ、借りてきたらしい延長コード、学内で配る資料の予備が、テーブルの端へ一時避難する。
それでも、完全に崩れはしない。
朝に何を食べるか、帰宅後どこへ荷物を置くか、風呂の順番をどうするか。
そういう小さな流れがあるから、忙しさは生活を壊しきれない。
夜、洗濯物を畳んでいると、陽介が机に向かったまま、明日の予定を読み上げることがあった。
誰に向けるでもないが、聞かせる前提の声だった。
「明日、昼から設営入る」
「何時に戻る」
「まだ分かんねえ」
「分かったら送れ」
「はい」
それだけで、翌日の組み方はだいたい決まる。
言葉数は少ないが、不足はない。
忙しい時期ほど、必要な共有だけがきれいに残る。
窓の外では、虫の声が夏の蝉から入れ替わっていた。
夜風は前より乾いていて、洗ったシャツの袖も、夏ほど頼りなくは揺れない。
季節が変わるのと一緒に、部屋のリズムも少し変わる。
学園祭そのものへの高揚より先に、その準備の忙しさが生活の輪郭を細かく削っていく。
けれど、その削れ方は嫌なものではなかった。
外で忙しく立ち回る陽介を迎えるために、帰宅後の流れを少しずつ組み直していくこと自体が、もうこの生活の自然な一部になっていた。
十月初めの夜、鳴上は冷蔵庫の中身を確認しながら、当日が近づくほど部屋の時間がさらにずれるだろうと考えた。
隣の部屋では、陽介が電話で誰かと話している。
外向きの少し大きい声と、相手を立てながら話を進める速い調子が聞こえた。
その声はもう、部屋の中のものではない。
だが、通話を終えて戻ってくると、陽介は何事もなかったように、眠い、とだけ言う。
その落差を見て、鳴上は小さく息をついた。
外の陽介と部屋の陽介は、同じなのに少し違う。
そして今は、その二つを行き来する回数が増えている。
学園祭当日へ向けて、部屋のリズムは少しずつ、だが確実に組み替わっていた。
秋の気配と一緒に入り込んできた忙しさが、生活の隅で静かに形を変え始めていた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)
これもやりたかった学園祭ネタ。
陽介ならきっと運営やるに違いないと思ったなど
次回もよろしくお願いします