二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


15

 十月の終わり、朝の空気はもう秋の冷たさを隠さなくなっていた。

 窓を開けると、夏の名残より先に乾いた風が入ってくる。

 それでも日中の陽射しはまだ明るく、学園祭日和と言えばそうだった。

 

 当日の朝、陽介は目覚ましが鳴る前に起きた。

 ここ数週間の疲れが溜まっているはずなのに、こういう日に限って先に体が動くところがある。

 

 鳴上もそれに合わせて起きた。

 朝食はいつもより少し早く、だが重すぎないように組む。

 昼がどうなるか読めない日は、朝の配分が後に響く。

 

 焼いたトーストと卵、少し多めのサラダ、それに保温ボトルへ入れるためのコーヒーを二人分。

 陽介は机の上へ広げていた資料を見ながら、食べる手だけは止めなかった。

 

「今日、何時に落ち着く」

「落ち着かない前提でいて」

「了解」

 

 そう返しながら、鳴上は陽介の皿へベーコンを一枚足した。

 さっきから箸ではなくフォークの動きが少し速い。

 急いでいるときの食べ方で、途中で腹が減ると分かっていた。

 

「差し入れ、昼ごろ持ってく」

「神」

「大げさ」

「いや、今日はほんと助かる」

 

 その言い方は軽いが、本当に助かると思っている声だった。

 準備期間からそうだったが、忙しい時期の陽介は感謝の言葉だけ少し真っ直ぐになる。

 

 部屋を出る頃には、空の青さがかなり高くなっていた。

 電車の中にも、学園祭らしい服装の学生が増えている。

 模擬店のロゴ入りパーカーや、腕章、首から提げた名札。

 

 陽介は最寄り駅を出たあたりから、部屋にいるときより声の輪郭が一段はっきりした。

 姿勢が変わるわけではないのに、目線の配り方が変わる。

 

「俺、先行く」

「うん」

「正門の案内所のあたり通れば、たぶん誰かいるから」

「分かった」

 

 それだけ言って、陽介は人の流れの中へ早足で入っていく。

 呼び止められれば止まり、説明を求められれば即答し、そのたびに相手の緊張を少し解く声を使っていた。

 

 M大の構内は、朝からかなり賑わっていた。

 正門には看板が立ち、色紙と布で作った装飾が揺れている。

 校舎の間を渡る風に、焼きそばとコーヒーの匂いが混ざっていた。

 

 模擬店の呼び込みが重なり、

 遠くでは軽音サークルらしい音合わせのドラムが響く。

 学内の整った空気の上へ、三日間だけ別の熱が乗っている。

 

 鳴上は差し入れを抱えたまま、陽介のいる本部テントのあたりまで歩いた。

 途中で何度も呼び止められているのが、遠目にも分かる。

 

「花村先輩、これどこですか!」

「花村、備品表の最終版見た?」

「花村くん、さっきの件なんだけど」

 

 呼ばれ方がばらばらでも、陽介は相手によって返す調子を少しずつ変えていた。

 一年には分かりやすく、同級生には手短に、教職員には少しだけ丁寧に。

 

 その切り替えを、鳴上は少し離れた場所から見ていた。

 部屋で見せる顔ではない。

 だが、演じているとも少し違う。

 

 外で使う陽介の明るさは、相手を置いていかないための速度を持っている。

 それが今はかなり前面へ出ていた。

 

「お、来た」

 

 ようやくこちらに気づいて、陽介が手を上げる。

 すぐ来られない位置なのに、声だけで先に気づいたことを伝えてくる。

 

「昼、食ってないだろ」

「まだ」

「予想通り」

「言い方」

 

 陽介が笑いながら近づく。

 その笑いも、さっきまで学生たちへ向けていたものより一段低い。

 部屋の顔へ完全に戻るわけではないが、少しだけ近い。

 

「おにぎりとサンドイッチ」

「助かる……」

 

 鳴上が袋を渡すと、陽介は中を見てすぐ頷いた。

 手で食べられるものばかり入れてあるのを確認した顔だった。

 座って食べる余裕がない日には、そのほうがいい。

 

「飲み物もある」

「完璧」

「先に飲め」

「はいはい」

 

 そう言ってボトルを開けたところで、背後から、花村、と呼ぶ声がした。

 同級生らしい気安さのある、よく通る声だった。

 

 振り向くと、男が一人、片手を上げて立っていた。

 年は陽介たちと同じくらいで、気負わない私服なのに、構内へ馴染みすぎない落ち着きがある。

 

「桂木」

 

 陽介の声が、ほんの少しだけ変わる。

 驚きと懐かしさがあるが、身構える感じではない。

 呼び方も返し方も、無理なく近かった。

 

「来るって言ってたか?」

「言ってない。言うとおまえ、案内とか気にするだろ」

「するな」

「だから言わなかった」

 桂木はそう言って笑った。

 笑い方に遠慮がなく、陽介もそれをそのまま受け取っている。

 

 鳴上はそこで、この男が過去から来た側だと分かった。

 今の大学の知り合いというより、今の陽介へ昔の呼吸で入ってこられる相手だった。

 

「鳴上」

 陽介がこちらを振り返る。

「桂木。前に話しただろ」

「ああ」

 

 名前だけは聞いたことがあった。

 詳細を何度も語る相手ではないが、陽介の昔の交友の中で、自然に名前が出る側の人間だ。

 

「はじめまして、桂木です」

「鳴上悠です」

 

 挨拶は普通だった。

 だが桂木は、鳴上を見るとき、陽介の現在を確認するような視線を一瞬だけ挟んだ。

 

「話には聞いてる」

「悪い話じゃないといい」

 鳴上がそう言うと、桂木は少し笑った。

「たぶん、そこは大丈夫」

 

 この言い方には、柊のときのような含みはない。

 多少の観察はあっても、それは警戒のためではなさそうだった。

 

「で、学祭すげえな。おまえ、ほんとに回してんだな、こういうの」

 

 桂木は周囲を見渡して言った。

 その視線は陽介の立場を面白がっているが、距離を測るような冷たさはない。

 

「回してるっていうか、回されてる」

「いや、回されてるやつはそんな顔してない」

 

 桂木の返しに、陽介が苦笑する。

 その反応が妙に早くて、昔から何度もこういう会話をしてきたのだろうと思わせた。

 

 少しして、後輩らしい学生がまた陽介を呼びに来た。

 掲示物の位置確認らしい。

 陽介は、悪い、すぐ戻る、と言って一度その場を離れる。

 

 その背中を見送りながら、桂木が言った。

 

「相変わらずだな」

 独り言のような声だった。

 鳴上は返さず、桂木の横顔だけを見た。

 続ける気があるなら、自分から続ける声だと思った。

 

「昔から、人の間に立つとこうなるんだよ」

 やはり、続きは向こうから来た。

 懐かしさが先にあって、そこに今の陽介を見た納得が少し混じっている。

 

「器用だな」

「器用っていうか、放っとけないんだろうな」

 

 桂木はそう言って、模擬店の呼び込みへ視線をやった。

 言葉に湿り気はないが、ただ懐かしむだけでもない。

 鳴上はそれを聞きながら、この男が陽介の過去に属していることを改めて感じた。

 今の関係へ踏み込むというより、過去から今を見に来た人間に近かった。

 

 陽介が戻る前に、桂木は、じゃあ邪魔しないうちに回ってくるわ、と言った。

 引くタイミングも自然で、

 相手の忙しさへ無理に居座らない。

 

「後で時間あったら顔出せよ」

「分かった」

「無理なら別にいい」

「それは助かる」

 

 そういうやり取りまで含めて、温度が近く、重さが少ない。

 昔の友人という位置が、そのまま会話の距離になっていた。

 桂木が去ってから少しして、陽介は差し入れのサンドイッチを一つ掴んだまま言った。

 

「何話してた」

「昔からこうだって」

「うわ、言いそう」

 陽介は笑って、すぐ一口かじる。

 桂木の話題に警戒も緊張もない。

 むしろ少しだけ気安い照れが混じるくらいだった。

 

「友達か」

「そう。昔の」

 

 その説明で十分だという感じで、陽介はそれ以上足さなかった。

 言い訳も、強調もない。

 鳴上にはその簡潔さが、かえって関係の自然さに見えた。

 

 午後に入ると、人の流れはさらに増えた。

 講堂の前では発表の入れ替えで列ができ、中庭の模擬店には紙皿を持った学生が絶えない。

 鳴上はしばらく陽介の動きを見ながら、頼まれた備品の受け渡しを手伝ったり、本部横の机で余った資料を整えたりしていた。

 陽介は一人に見えて、実際には常に誰かの間にいた。

 説明を受け、判断し、笑って流し、必要なところだけ少し厳しく言う。

 

 その忙しさの中へ、夕方近く、空気の違う人間が入ってきた。

 最初に気づいたのは鳴上のほうだった。

 構内の雑多な服装の中で、その男は整い方が少しだけ異質だった。

 派手ではないが、立ち姿に余計な揺れがない。

 

 柊だった。

 

 七月に一度会ったときと同じく、礼儀正しく、感じが悪いわけではない。

 ただ、学園祭の雑踏の中でも周囲に呑まれすぎない輪郭を持っていた。

 柊はまっすぐ本部のほうへ歩いてきて、少し離れた位置で立ち止まり、陽介が空くのを待った。

 その待ち方が、桂木とは違った。

 遠慮ではなく、自分が入るべきタイミングを測っているような静けさがある。

 

 陽介も少し遅れて柊に気づいた。

 その瞬間だけ、表情の切り替わりが半拍遅れる。

 驚きはあるが、嫌悪ではない。

 

「柊」

「こんにちは、陽介くん」

 声音は穏やかだった。

 だが、親しい再会としてはどこか整いすぎている。

 旧知ではあるのに、今の距離を一度挟んで話している感じがあった。

 

「来るなら連絡くれればよかったのに」

「学園祭ですから。突然見に来るくらいのほうが、自然かと思って」

 柊はそう言って微笑んだ。

 言葉は柔らかいが、そこに乗る意図を完全には隠していない。

「まあ、自然ではあるけど」

 陽介の返しは軽い。

 しかし桂木のときのように、最初から呼吸が合っている感じではなかった。

 

 鳴上は少し横から二人を見ていた。

 柊の視線はまず陽介へ向かい、次に周囲の様子と鳴上の位置を、無理なく把握している。

 

「お忙しそうですね」

「まあな。見ての通り」

「似合っています」

 

 その一言に、陽介は少しだけ眉を動かした。

 褒め言葉ではあるが、ただの感想として置かれていない感じが残る。

 

「そう?」

「ええ。人の流れを見ながら立っている姿が、昔よりずっと自然です」

 

 七月のときと同じだと鳴上は思った。

 柊の言葉は断定を避けすぎない。

 相手の反応を見ているのに、それを露骨にも見せない。

 

「昔を知ってる人の言い方だな」

 

 陽介が少し笑って返す。

 それで場を軽くしようとしているのが分かった。

 だが柊は、その軽さをそのまま受けるだけにはしなかった。

 

「知っていますから」

 

 短い返答だった。

 そこに特別な感情を混ぜたわけではないのに、親類筋の時間の長さだけが静かに残る。

 

 陽介がこちらを振り返った。

「鳴上、柊。覚えてるだろ」

「久しぶりです」

「久しぶり」

 柊の挨拶はやはり整っていた。

 七月に会ったときよりも、今日は学園祭という場をよく見ている目をしている。

「見学ですか」

 鳴上が聞くと、柊は頷いた。

「ええ。せっかく近いので」

 

 近い、という言葉が、大学の距離のことだけを指していない気がした。

 M大に来る理由としては自然なのに、少しだけ長さがある。

「それに、陽介くんがどんなふうに過ごしているのか、一度見てみたかったので」

 

 陽介が、うわ、それ言う? という顔で笑う。

 照れと警戒のどちらとも言い切れない表情だった。

 

「何だよ、それ」

「そのままの意味です」

 

 柊は淡々としている。

 言外に含みを置きながら、表面上はごく穏当な会話で進めるやり方だ。

 

 柊は昔を知っている。

 だが、その懐かしさだけでここへ来たわけではなさそうだった。

 家の側の人間が持つ観察の気配が、どうしても薄く残る。

 

「構内、案内する余裕はないぞ」

 陽介が先に言った。

 冗談めかしているが、距離を決めるための線引きでもある。

「大丈夫です。

 学園祭は一人で歩いたほうが面白いですから」

 

 柊はあっさり引いた。

 引くのが自然すぎて、最初からその答えを想定していたのではないかと思うくらいだった。

 

「じゃあ、あとで時間あれば」

「ええ。もし合えば」

 

 同じような言葉を返しているのに、桂木とのときより会話の余白が大きい。

 その余白に、鳴上は七月と似た引っかかりを覚えた。

 

 柊は最後にもう一度、陽介の腕章と、本部テントの周辺を見た。

 それは学園祭を見ている視線でもあり、その中にいる陽介を見ている視線でもあった。

 

「お邪魔しました」

「別に邪魔ではない」

 

 陽介がそう返し、柊は軽く会釈して去った。

 背中が人波へ消えていくまで、構内の騒がしさとどこか噛み合いきらない静けさがあった。

 柊が見えなくなってから、陽介は小さく息を吐いて、さっきの紙コップへ手を伸ばした。

 

「疲れた顔してる」

 鳴上が言うと、陽介は苦笑した。

「そこまで露骨?」

「少し」

「うわ」

 

 だが、否定はしない。

 疲れたというより、

 気を抜ききれない相手と会った後の顔だった。

 

「桂木と違うな」

 鳴上がそう言うと、陽介は紙コップの縁を指でなぞってから頷いた。

「違う」

 答えは短かった。

 それで十分なくらい、違いはさっきの会話に出ていた。

 

「桂木は、まあ、昔の友達」

「うん」

「柊は……」

 

 そこで言葉が止まる。

 適切な一語が無いのだろうと鳴上は思った。

 親類、と言っても足りない。旧知、と言っても外れる。

 

「家の側、か」

 鳴上が補うと、陽介が少しだけ笑った。

「それ。便利だな、その言い方」

 

 便利ということは、陽介自身もそう感じていたのだろう。

 個人として来たようでいて、個人だけでは済まない側の人間。

 

 その後も学園祭の時間は続いた。

 日が傾くにつれて、構内の影は長くなり、ステージの音も模擬店の呼び込みも少し疲れた調子へ変わっていく。

 

 鳴上は必要なところだけ手を貸し、陽介の忙しさが一段落するまで校内で待った。

 その間にも何人もの学生が陽介へ声をかけ、陽介はそのたびに違う顔で応じていた。

 

 外の世界は一枚ではない。

 友人の顔、後輩の顔、学内での役割の顔、そして家の側から来る人間へ向ける顔。

 今日一日で、それが一度に見えた。

 陽介の世界は思っていた以上に多層で、しかもそれぞれが完全には切り離されていない。

 

 夕方、本部の片づけが始まるころ、陽介はようやく腕章を外して、首の後ろを手で押さえながら鳴上の隣へ来た。

 

「終わった」

「お疲れ」

「まだ明日もあるけど」

「知ってる」

 

 そう返すと、陽介が少しだけ笑う。

 その顔はようやく部屋の陽介に近い。

 外向きの輪郭が、一日の終わりに少しずつほどけている。

 

 帰り道、秋の夜気は昼よりかなり冷えていた。

 構内の喧騒を抜けても、鳴上の中にはまだ今日見た顔の差が残っていた。

 

 桂木は過去から来た友人として、陽介の今へ自然に触れて、自然に引いていった。

 柊は違う。

 今の陽介を見に来たその先に、まだ言葉にならない別の線を引いたまま去っていった。

 賑やかな学園祭の一日だったはずなのに、最後に残るのは音や灯りより、人との距離の違いが作る感触のほうだった。

 

 整理はまだつかない。

 だが、つかないまま持ち帰るべきものだという気もしていた。

 十月の終わりの冷えた夜風が、頬に少し長く残った。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生。学祭の運営やると思ってた)

桂木(K大文学部考古学専攻。陽介を多分学会で見つけて会いに来た)
不知火柊(K大文学部心理学専攻。陽介のいとこだけど……)

次回もよろしくお願いします
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