二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 合鍵を鍵穴に差し込むと、抵抗なく回った。

 内側から補助錠のかかった気配はなく、そのことに鳴上は少しだけ眉を寄せる。

 一人暮らしを始めたばかりとはいえ、防犯意識まで置いて寝ているのは感心しない。

 帰ったらまずそこから言うべきかと考えながら、鳴上は静かにドアを開けた。

 

「陽介」

 

 声をかけながら部屋へ入る。

 返事はない。

 玄関先に脱ぎ散らかされた靴と、壁際に寄せられた段ボール箱が最初に目に入った。

 一人暮らしを始めたばかりの部屋特有の、仮住まいの名残がまだ色濃く残っている。

 

 廊下を抜けた先の空間には、生活感が遠慮なく広がっていた。

 テーブルの上には空のペットボトルと読みかけの雑誌があり、椅子の背には昨夜脱いだらしい服が掛かっている。

 床に物が散乱しているほどではないが、整っているとも言い難い。

 陽介らしいといえばその通りで、鳴上はむしろ妙に納得した。

 

「陽介、起きろ」

 

 部屋の奥へ進むと、ベッドの上に丸まった影が見えた。

 掛け布団を腰までずり下げたまま、陽介は実に気持ちよさそうに眠っている。

 携帯電話は枕元で震えた形跡もなく、画面だけが暗く沈んでいた。

 今までの着信に一切気づいていないことが、その寝顔だけで十分に分かった。

 

 鳴上はベッド脇に立ち、まず名前を呼んだ。

 反応はない。

 肩を軽く揺すると、うるさそうに眉が動く。

 だがそれだけで、意識が浮上してくる様子はまるでなかった。

 

「陽介」

「んー……」

「起きろ」

「あと五分……」

 

 返ってきた声に、鳴上は一瞬だけ黙った。

 完全に寝ぼけた調子で、状況を一切把握していない。

 この場面であと五分という単語が出るあたり、逆に感心したくなる。

 鳴上はため息を飲み込み、今度はもう少し強く肩を揺さぶった。

 

「陽介、今日が何日か分かるか」

「ん……なんにち……」

「入学式当日だ」

「……は?」

 

 瞼が薄く開き、それからまた閉じかける。

 鳴上は逃がさないように、もう一度はっきりと言った。

 今日がM大の入学式当日であること。

 そして今、おそらくのんびりしていられる時間ではないこと。

 

「起きろ。お前の父親から電話が来た」

 

 その一言で、陽介の目がようやく開いた。

 半分寝ていた意識が、一気に現実へ引き戻されたのが顔つきだけで分かる。

 鳴上が腕時計を見せると、陽介は数秒固まったまま数字を追い、それから文字通り飛び起きた。

 布団が跳ね、枕元の携帯が床に落ちる。

 

「うわっ、やっべ!」

「気づいたなら立て」

「何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」

「今起こした」

 

 寝起きの混乱で筋の通らないことを言っている。

 鳴上はそれを指摘する気にもならず、まずカーテンを開けた。

 朝の光が部屋に差し込み、眠気の残る空気を容赦なく白くする。

 陽介はその眩しさに顔をしかめながら、ようやくベッドから足を下ろした。

 

「顔を洗ってこい」

「いやその前に時間、時間!」

「だから洗ってこい。意識をはっきりさせろ」

「う、うわあ……まじか……」

 

 陽介は半ば転ぶような勢いで洗面所へ向かった。

 その背中を見送りながら、鳴上は部屋を見回して必要なものの位置を探る。

 スーツはどこか。ネクタイはあるか。靴下は揃っているか。

 本人に任せると、この状態では余計な時間だけが消える。

 

 椅子の背に掛かったジャケットは昨日着ていた私服だった。

 クローゼットを開けると、ハンガーにかかったスーツが一着見つかる。

 まだクリーニングのビニールを外したばかりのような、あまり生活に馴染んでいない黒だった。

 入学式用に用意したものだろうと判断し、鳴上はそれを引き抜いた。

 

「悠、俺のネクタイどこ!」

「クローゼットの右側だ」

「なんで把握してんの!」

「見れば分かる」

 

 洗面所から返ってくる声は、まだ半分ほど動揺で裏返っている。

 鳴上はシャツとネクタイをまとめてベッドの上へ置き、靴下も引き出しから引っ張り出した。

 生活圏に他人が踏み込んでいる状況としてはそれなりに異常だが、今さら線を引いている余裕はない。

 陽一が合鍵を渡した理由が、ここへ来て全面的に効いていた。

 

 顔を洗って戻ってきた陽介は、まだ髪の毛先から水滴を落としていた。

 寝起き特有のぼんやりした顔は多少ましになっているが、髪は見事に跳ねている。

 鏡を見たらしい本人が、ベッドの上のスーツに手を伸ばしながら絶望した顔をした。

 鳴上はその視線の先を見て、今気にする場所はそこではないと思った。

 

「髪が終わってるんだけど!」

「顔は洗ったな」

「洗ったけど! いやこの寝癖まずいって!」

「それより着替えろ」

 

 陽介は納得していない顔のまま、シャツへ腕を通した。

 ボタンを一つ掛け違えかけたので、鳴上は黙って指を伸ばして直す。

 寝起きで手元が覚束ないのか、ネクタイも綺麗に結べていない。

 さすがにそこは見過ごせず、途中で鳴上が手を取った。

 

「じっとしてろ」

「いや、ありがたいけど、情けなさすぎて死ぬ」

「死ぬのは式が終わってからにしろ」

「その言い方だと死ぬ前提なんだけど」

 

 ネクタイを締め直しながら、鳴上は返事をしなかった。

 冗談に付き合っている時間もないが、陽介が口を回せる程度には意識が戻ったことは確認できる。

 その点だけは助かった。

 ここから先は、どれだけ無駄を削れるかの勝負になる。

 

「靴下、左右合ってるか確認しろ」

「小学生みたいな確認すんなよ!」

「今のお前はそれ以下だ」

「悠、今日だけちょっと当たり強くない?」

「昨日言ったはずだ。電話に出ろと」

 

 その言葉で、陽介は一瞬だけ口をつぐんだ。

 昨日のレストランで交わしたやり取りを思い出したのだろう。

 図星を刺された時の分かりやすい沈黙に、鳴上はそれ以上追及しなかった。

 反省はあとでいくらでもさせられる。今は間に合わせる方が先だった。

 

 ジャケットを羽織らせ、財布と携帯を持たせる。

 学生証や必要書類の有無も確認したかったが、式典への入場自体はどうにかなる可能性が高い。

 優先順位を切り替え、鳴上は玄関の方へ向かった。

 陽介も慌てて靴を履きながら、その後ろを追ってくる。

 

「親父、怒ってた?」

「困ってはいた」

「うわあ……」

「あとで連絡しろ」

「分かってるって……」

 

 扉を開けると、外の空気は思ったよりまだ冷たかった。

 部屋の中の寝ぼけた熱が抜けるせいか、陽介もそこでようやく完全に目が覚めたようだった。

 二人で廊下を走り、外階段を駆け下りる。

 鳴上はその足音を聞きながら、時計と駅までの距離を頭の中で照らし合わせた。

 

 電車では厳しい。

 乗り換えと歩く時間を考えると、今からでは余裕がなさすぎる。

 駅前まで出てタクシーを拾う方が早い。

 そう判断すると、鳴上はそのまま進路を駅側へ切った。

 

「悠、電車じゃねえの?」

「間に合わない」

「だよな!」

「走れ」

「分かってる!」

 

 陽介の返事はいいが、足はまだ本調子ではない。

 寝起きで全力疾走を強いられているのだから当然ではある。

 それでも途中で弱音を吐かないあたり、事態の深刻さだけは理解していた。

 鳴上は一歩先を走りながら、信号の切り替わりを見てタイミングを読む。

 

 駅前へ出る頃には、さすがに陽介の息も上がっていた。

 鳴上自身も平然としているわけではないが、止まるほどではない。

 ロータリーには何台かの客待ちタクシーが並んでいる。

 鳴上は一番手前の車へまっすぐ向かい、ドアが開くのを待たずに行き先を告げた。

 

「日本武道館まで」

「お客さん、急ぎ?」

「できるだけ早くお願いします」

「任せて」

 

 運転手の返事と同時に、陽介を後部座席へ押し込む。

 鳴上も続いて乗り込み、扉が閉まると同時に車が動き出した。

 ようやく座れた安心からか、陽介はシートに背を預けて大きく息を吐く。

 そのまま数秒黙り込み、やがて両手で顔を覆った。

 

「終わった……」

「まだ終わっていない」

「でも社会的にはだいぶ終わってる」

「式に間に合えば立て直せる」

「立て直せるかなあ……」

 

 悲観しているわりに、声に完全な絶望はない。

 武道館へ向かって車が走り出したことで、ようやく現実的な希望が見えたのだろう。

 鳴上は窓の外を見ながら、渋滞のないルートを取っているかだけを気にした。

 今は励ますより、到着を一分でも早める方が意味がある。

 

 しばらくして、陽介が前髪に触れた。

 寝癖の残り具合がまだ気になるらしい。

 指で押さえても、跳ねた髪はそう簡単には戻らない。

 鳴上は横目でその様子を見て、今日の優先順位を本当に分かっているのか少し疑った。

 

「まだ髪が変なんだけど」

「知っている」

「そこは大丈夫とか言ってくれない?」

「大丈夫ではない」

「容赦なさすぎるだろ……」

 

 それでも陽介は、少しだけ笑った。

 自分が今どういう顔をしているのか、半ば諦めて受け入れ始めたのだろう。

 鳴上はそこでようやく、財布からカードを取り出して膝の上に置いた。

 現金でも足りるかもしれないが、迷う時間の方が惜しい。

 

 父が持たせた黒いカードは、こういう場面のためのものではないはずだった。

 だが、必要な時に使えと言われている以上、今は十分に必要な時だと判断できる。

 陽介を入学式へ間に合わせることは、少なくとも無駄遣いではない。

 そう考えると、使うことへのためらいはほとんどなかった。

 

「……悪い」

 

 不意に落ちてきた声に、鳴上は陽介を見る。

 さっきまで髪だの終わっただのと言っていた顔が、今は少しだけ真面目になっていた。

 寝起きの混乱が引いたぶん、ここまで運ばれている状況をようやく正面から見たのだろう。

 その一言だけで、何に対する謝罪なのかは十分に分かった。

 

「あとで父親にも言え」

「言う」

「母親にもだ」

「う……言う」

「ならいい」

 

 それだけ返すと、陽介は小さく息をついて窓の外へ視線を戻した。

 素直に謝る時の方が、かえって調子が狂う。

 鳴上はカードを指で軽く叩きながら、前方の道路標識を確認した。

 武道館まで、あと少しだった。

 

 昨日、自分の入学式に当然のような顔で付き添ってきた男が、今日は自分の入学式に寝坊している。

 その状況を頭の中で並べると、さすがに少しおかしかった。

 だが、笑うにはまだ早い。

 鳴上は表情を崩さないまま、車窓の向こうに見え始めた武道館の方向へ目を向けた。

 

「見えた」

 

 鳴上がそう言うと、陽介も反射的に身を乗り出した。

 車の流れの向こう、見慣れ始めた屋根の形が確かに見える。

 それだけで、車内の空気がわずかに変わった。

 間に合うかもしれないという感覚が、ようやく現実味を帯びる。

 

 タクシーが減速し、武道館前へ寄せていく。

 鳴上は先にドアへ手をかけ、停車と同時に外へ出た。

 料金をカードで支払い、礼だけ簡潔に告げる。

 後ろから降りてきた陽介は、まだ少し上気した顔でスーツの裾を整えていた。

 

「行くぞ」

「うん、いや、はい!」

「返事は一つでいい」

「今はそれ言ってる場合か!」

 

 言いながらも、陽介の足は止まらない。

 二人で武道館の方へ駆ける。

 開始十分前に間に合うかどうかというぎりぎりの線だった。

 鳴上は上がりかけた呼吸を押さえ込みながら、陽一おじさんたちの姿を探して視線を巡らせた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学する大学生(もうすぐ入学式))


次回もよろしくお願いします
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