スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
ここから最終年次!どうなっちゃうのー?!
1
四月に入って、朝の明るさが少し変わった。
冬の名残はまだあるが、カーテン越しの光はもう春のものだった。
鳴上は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
時計を見てから布団を抜け出し、隣へ視線を落とす。
陽介はまだ眠っていた。
昨夜は机に向かったまま、説明会の資料と企業サイトを何度も見直していた。
途中で集中が切れかけていたので、切り上げさせたのは日付が変わる少し前だった。
それでも、春休み中より寝つきはましになっている。
エントリーの締切が見え始め、説明会の日程が固まり始めると、曖昧な不安は少し形を持つ。
面倒は増えるが、手をつける順番は決めやすくなる。
陽介はそういう段階に入ると、かえって動きやすい。
外向きの顔を使う仕事に向いていることを、本人ももう分かっていた。
鳴上は布団の端を軽く整え、窓際へ向かった。
カーテンを半分だけ開けると、朝の冷たい空気が薄く入り込む。
起こしすぎない程度の明るさだった。
そのまま台所へ移動し、湯を沸かして炊飯器を開ける。
冷蔵庫には、昨夜のうちに切っておいた野菜が入っていた。
忙しい時期ほど朝に手間を残さない方がいいので、四年に入る少し前から段取りを組み替えている。
講義中心だった時間割は、もう前ほど生活の骨ではない。
鳴上の方は研究室と卒研が一日の軸に入り、陽介の方は説明会と就活関連の予定がそこへ割り込んでくる。
大学へ行くのに、大学の用事だけで済まない日が増えた。
四年とはそういうものなのだと、予定表の埋まり方が先に教えてくる。
味噌汁に火をかけ、卵を焼く。
隣のコンロでは弁当用の残り物を軽く温め直す。
弁当箱は二つとも出してある。
陽介の昼は外で買う時間が読めず、鳴上の方も研究室に入ると食事の時間が曖昧になることがあった。
食べるものを先に確保しておけば、その分だけ一日が崩れにくい。
鳴上にとって感情の処理とは、だいたいそういう形を取る。
今日の予定も昨夜のうちに一度確認してあった。
陽介は午前に大学へ出て、そのあと都内で企業説明会に入る。
鳴上は朝から研究室へ顔を出し、午後は卒研の進捗確認だった。
夕方までには図書館にも寄っておきたいので、帰宅はどちらも少し遅くなる。
互いの予定を把握しておくのは、確認というより前提に近い。
朝はそこからずれていないかを見るだけでいい。
寝室の方で布団が擦れる音がした。
少し遅れて、陽介の低い声が聞こえる。
「……もう起きてんのか」
「起きる時間だ」
「四年の朝、現実すぎるだろ」
まだ眠気の残る声でそう言って、陽介が起き上がる。
髪を掻き上げながら洗面所へ向かう足取りは重いが、寝不足で潰れているほどではない。
鳴上はその間に皿を並べた。
味噌汁、卵焼き、残り物のきんぴら、温め直した焼き魚。朝としては十分だった。
テーブルの端には、今日使う書類を分けて置いてある。
陽介の方には説明会の案内と受付票、鳴上の方には研究室へ持っていくファイルとノートをまとめた。
洗面所の水音が止み、陽介が戻ってくる。
椅子に座る前にテーブルの上を見て、少しだけ目を丸くした。
「今日の分、もう仕分けてる」
「受付票は上にした。会場の地図も入ってる」
「助かる。昨日の後半、オレもうだいぶ怪しかったし」
「知ってる」
陽介が笑いながら椅子を引く。
その顔に無理な明るさがないことを見て、鳴上は味噌汁の椀を置いた。
忙しいときの陽介は、平気なふりをする方が早い。
だから、食べる速さや物を見る目の動きで先に見る。
「今日、大学のあとそのまま説明会だっけ」
「うん。昼過ぎに神保町の方」
「上着は?」
「持ってく。午前からフルでスーツだとさすがに疲れるし」
「ネクタイは紺を出してある」
「さすがだなあ」
陽介はそう言って、味噌汁を一口飲んだ。
少し熱かったらしく、眉を寄せてから息を吐く。
起き抜けの顔つきがだいぶ戻った。
食欲もあるので、今日一日はある程度きちんと回せるはずだった。
「午前から行く。午後に進捗確認がある」
「もう完全に卒研モードだな」
「四年だからな」
その返事は事実でしかないが、口にすると少しだけ重い。
三年の終わりまでは、まだ一年あると思える場面が残っていた。
四月に入った途端、その余白がなくなった。
次の学年というより、卒業までの残り時間として一年が見える。
陽介も同じことを感じているらしい。
箸を持ったまま、少しだけ天井を見た。
「なんかさ。四年って、もっと先の話だと思ってたんだけどな」
「先じゃなくなっただけだ」
「分かってるけど、始まると早い」
「兆候は春休みから出てた」
「言い方が研究者なんだよ」
陽介が笑う。
その軽口の温度で、朝の空気が少し柔らかくなる。
忙しさそのものを嫌がっているわけではない。
半分は面倒で、半分は少し面白いのだと、ここ数日の様子で分かっていた。
陽介は説明会から戻ると、疲れたと言いながら相手の話し方や場の空気を面白がっていた。
鳴上の方も、研究室で自分の手元に寄ってくる課題を、嫌いではない。
負荷は増えたが、まったく向いていないことをしているわけでもない。
だから生活が崩れずに済んでいる部分もある。
食事が半分ほど進んだところで、陽介のスマートフォンが小さく震えた。
テーブルの端で画面が光り、陽介が箸を止める。
「また来た」
「どこだ」
「えーと、企業のメール。説明会の確認と、あとエントリー受付」
陽介はスマートフォンを取って、画面を素早く見た。
春休みの頃は通知が来るたびに面倒そうな顔をしていたが、今は優先順位をつける手つきが少し早い。
「大学からの連絡じゃないなら、今は後でいい」
「了解。あとでまとめて見る」
そう返しつつ、陽介は通知一覧を軽く流した。
必要なものとそうでないものを、一応その場で仕分けているらしい。
その様子を見ながら、鳴上も自分のスマートフォンを取った。
研究室からの連絡が一件、図書館からの返却期限通知が一件、その下に雅也の名前がある。
叔父からのメールはたまに来る。
用があるのかないのか分からない短文ばかりで、だいたい素っ気ない。
件名もなく、本文は一行だけだった。
進級おめでとう。死ぬなよ。
鳴上は数秒だけ画面を見た。
雅也らしいと言えば、それ以上ない文面だった。
「何、そっちも来てた?」
陽介が覗き込むように聞く。
「叔父から」
「雅也さん?」
「進級おめでとう。死ぬなよ、だそうだ」
陽介が吹き出しかけて、慌てて口元を押さえる。
味噌汁を飲んでいる最中でなくてよかったと、鳴上は思った。
「ひでえ。祝い方が雑」
「いつもこんな感じだ」
「たまに来るけど、だいたい要件だけだもんな」
「今回は要件があるのかも怪しい」
「生存確認じゃね?」
陽介が肩を揺らして笑う。
その反応で場が少し軽くなったので、鳴上も画面を閉じた。
雅也のメールは昔から、妙に短い。
それでも来るときは来るので、完全にどうでもいいわけではないのだろうと分かる。
細かい説明をしない代わりに、切るところだけ切らずにいる。
その辺りは鳴上にも理解しやすかった。
「返すの?」
陽介が聞く。
「後でいい」
「なんて?」
「死なないようにする、で十分だろ」
「それ送ったら、たぶん“よろしい”だけ返ってくるぞ」
「あり得る」
二人でそんなことを言い合いながら、残りの朝食を片づけていく。
こういう無駄話ができる程度には、朝の時間にまだ余裕があった。
食べ終えると、陽介が食器を流しへ運んだ。
鳴上は弁当箱の蓋を閉め、保冷バッグへ二つ並べて入れる。
台所の動線は、もうほとんどぶつからない。
前に出るべき場所と引くべき場所を、互いに覚えている。
以前なら忙しい朝はどこかで詰まった。
今は、忙しい朝ほど手順が先に決まっている。
「ハンカチ」
「入れた」
「学生証」
「財布のとこ」
「受付票」
「ファイルの一番上」
「昼」
「持った」
短い確認だけで足りる。
繰り返してきた生活は、それだけでかなりの部分が回るようになっていた。
陽介が鞄を肩に掛け、玄関へ向かう前にふと立ち止まった。
何かを言うか迷う時の癖で、指先がファイルの端を軽く叩く。
「卒業したあとさ」
陽介が言う。
「こういう感じ、普通に続けられたらいいんだけどな」
鳴上は鍵を取ってから、そのまま陽介を見た。
朝の会話としては少し大きいが、四月に入ってからは珍しくない話題だった。
「続ける前提で考えてる」
「……うん」
「変わるところはある。でも、切らない」
陽介が一瞬だけ黙る。
それから、困ったように笑った。
「朝からそういうこと言うの、効くんだけど」
「必要だから言った」
「はいはい。じゃあ覚えとく」
それで十分だった。
言葉を増やすより、いつも通りに外へ出る方が、この会話には合っている。
玄関を開けると、春先の空気が少しだけ冷たかった。
通りには新しいスーツ姿の学生や、新社会人らしい集団が混じって歩いている。
始まりの季節らしい景色だった。
だが鳴上たちにとって四月は、ただ始まるだけの月ではない。
今年で終わる大学生活の、その最初の区切りだった。
来年の春にはもう、学生としてここを歩いていない可能性の方が高い。
陽介が隣でネクタイの結び目を指で直す。
大学へ向かう顔と、その先で説明会へ向かう顔を、もう切り替え始めていた。
鳴上は歩幅を合わせた。
今日の予定、昼の弁当、帰宅時間、連絡の有無。確認すべきことはもう大体済んでいる。
生活は崩れていない。
忙しいからこそ、崩れないように先に整えてある。
駅までの道を歩きながら、鳴上は鞄の重さを確かめた。
研究室のファイルも、図書館へ返す本も、去年までとは少し意味が違う。
その先にあるのは次の長期休みではなく、卒業後の現実だった。
就職先や進路の話が、もう仮置きのままでは済まない。
「夜、遅くなるなら連絡しろ」
鳴上が言う。
「する。悠もな」
「分かってる」
「飯は?」
「どっちが先でも食う」
「了解」
陽介がそう返して、少しだけ笑った。
その横顔を見て、鳴上は歩く速さを変えなかった。
四年生は、もう始まっている。
忙しさは確実に増えていくはずだが、今のところ生活はまだ、きちんと回っていた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大在学中大学三年生)
花村陽介(M大在学中大学三年生)
今回から4期生です。ここまでまだペルソナでそうじゃないのは……
まあ……しかたない
次回もよろしくお願いします