スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
しかし、4年分書くのって結構大変……!
四月の終わりから五月にかけて、部屋の中に置かれるものが少しずつ変わった。
研究室の資料、企業パンフレット、面接案内、実験ノート、提出用の封筒。
以前なら大学の講義に必要なものが中心だった机の上に、大学の外へつながる紙が増えていく。
鳴上は朝、台所に立ちながらその配置を確認した。
陽介の方にはクリアファイルが三つ、鳴上の方には研究ノートと実験データの控えが重ねてある。
触る順番まで決めてあるので、散って見えても必要なものはすぐに取れた。
炊飯器を開け、味噌汁の火を弱める。
今日は鳴上の方が少し早く出る。
研究室で使う装置の予約が朝一に入っていて、その前に先輩と段取りを合わせる必要があった。
陽介の予定は昼から面接、その前に大学へ寄って提出物を一つ片づける流れだった。
同じ時間に同じ部屋を出ても、持っていくものも向かう先もだいぶ違う。
寝室の方で物音がして、陽介が起きてきた。
髪を軽く押さえながら洗面所へ向かう姿はまだ眠そうだが、四月上旬より動きに無駄がない。
起きてから家を出るまでの手順を、互いに忙しい前提で組み直した結果だった。
鳴上は弁当箱におかずを詰めた。
今日は自分の分だけ小さめに作る。
陽介は面接前に食べる時間が読みづらいので、持たせるなら弁当より片手で食べられるものの方がいい。
昨夜のうちに包んでおいたおにぎりを二つ、別の袋に移した。
移動の合間に食べられるようにしておく。
陽介が戻ってきて、テーブルの上を見た。
自分の分の資料が面接の順に並んでいるのを見て、少し笑う。
「面接、二社目の方が上?」
「移動の途中で見返すならそっちだろ」
「助かる。今日、途中で頭切り替えるのめんどくせえなって思ってた」
「分かってる」
陽介は椅子を引いて座ると、ネクタイの色を一度確認した。
今日は黒に近い紺で、スーツもいつもより少し堅い印象のものを出してある。
学内へ行くにはややかしこまりすぎているが、そのまま面接会場へ行くならちょうどいい。
一方で鳴上の服装は、研究室へ入る前提のものだった。
ジャケットは羽織るが、装置に触ることを考えると袖口の扱いやすさを優先する。
鞄の中身も、ノートパソコン、研究ノート、データの控え、予約票、細かい備品の方が主だった。
同じ大学四年でも、見た目からして別方向へ進んでいる。
それを面白いと思う余裕が、まだ二人にはあった。
「今日、悠の方が早いんだっけ」
「装置の予約が朝一」
「実験?」
「その前に段取り確認。昨日の測定で少しずれた」
「うわ、研究室って感じ」
陽介がそう言って味噌汁を飲む。
その声には感心と、自分とは別種の忙しさに対する実感が半分ずつ混じっていた。
鳴上の四年春は、研究だけに沈んでいられる時期ではなかった。
卒研の実験、データ取り、装置予約、指導教員との確認。
その合間に、研究室でも選考状況の話が自然に混ざる。
研究をどこまでやるかと、どこで働くかは、今の時期だと切り離せなかった。
陽介の方はもっと露骨に外の世界と接続している。
ES提出、面接、移動、待機時間、他の学生との会話。
立っている場所が、毎日少しずつ違う。
食事をしながら、陽介がスマートフォンの画面を見た。
新着メールを流し読みして、必要なものにだけ印をつけている。
四月の頭は通知が来るたびに面倒そうな顔をしていたが、今は処理がずいぶん早い。
「今日も増えてるか」
鳴上が聞く。
「増えてる。面接の案内と、結果連絡と、説明会のリマインド」
「悪い方は」
「今んとこなし」
陽介はそう答えてから、スマートフォンを伏せた。
淡々と言ったが、手応えがある時の落ち着き方だった。
全勝ではないにせよ、かなり戦えている。
それは陽介自身も分かっているし、鳴上から見ても明らかだった。
「大学の方、どうなんだ」
鳴上が尋ねる。
「どうって」
「空気」
「あー」
陽介は少し笑って、卵焼きを箸で割った。
「大学での会話が普通に就活の話ばっかでさ」
「そうだろうな」
「何社出したとか、面接どうだったとか、説明会で誰と会ったとか。講義の感想よりそっちの方が多い」
「研究室でも今の時期は、面接がどうとか、どこまで進んだとかいう話は多いな」
「そっちもなんだ」
「研究だけやっていればいい時期ではないらしい」
鳴上がそう言うと、陽介が苦笑した。
学内の空気全体が、もうかなり就活へ寄っている。
四年春の大学は、授業の場所であると同時に、選考状況を持ち寄る場でもあった。
陽介はご飯を食べ終えると、書類を順に鞄へ入れた。
クリアファイル、履歴書の控え、筆記具、ハンカチ、財布、学生証。
その確認の速さも、この数週間でかなり変わった。
鳴上はその様子を見ながら、自分のノートと予約票を鞄へ入れる。
装置予約の時間を一度見返し、必要な鍵の受け取り場所まで頭の中でたどる。
研究室での忙しさは外へ向けて顔を作るものではない。
代わりに、一つの遅れが後ろへ全部響く種類の緊張があった。
それを陽介は感覚で分かっているらしい。
靴を履く前、鳴上の手元を見て言った。
「今日、昼ちゃんと食えそう?」
「たぶん」
「たぶんって顔してる」
「測定がずれなければ食える」
「ずれたら?」
「終わってから食う」
「よし、じゃあそれ見越して多めに入れといて正解か」
陽介は台所の袋に入ったおにぎりを軽く持ち上げた。
自分の分だけでなく、鳴上の昼の量も見ていたらしい。
「陽介は」
鳴上が聞く。
「面接の間が空くから、そのへんで食う。遅れたら移動しながら」
「食べ損ねるな」
「分かってる」
短い会話だったが、それで十分だった。
相手の進み具合だけでなく、どこで負荷がかかるかまで互いに把握している。
そういう確認が、今の二人にはもう自然だった。
朝の光の中で並ぶと、服装の違いがよく分かる。
陽介は企業の面接へ向かう顔で、鳴上は研究室へ籠もる前提の顔をしている。
同じ部屋から出るのに、役割が違う。
その違いが、もうはっきり生活の中に入り込んでいた。
玄関を出て、駅までの道を一緒に歩く。
通りには同じようにスーツ姿の学生が増え、学内へ向かう人間より、どこか別の場所へ向かう顔が目立った。
四月の頭にあった新しさは少し落ち着き、代わりに疲れと慣れが混じり始めている。
「今日、帰りはどっちが遅いかな」
陽介が聞く。
「そっちじゃないか」
「二社目が長引かなきゃ同じくらいかも」
「連絡は入れろ」
「悠もな」
それで一度別れた。
改札を抜ける時点で、もう向かう先が違う。
鳴上は研究室へ、陽介は学内を経由して面接会場へ向かう。
研究室に入ると、空気はすでに朝の速度で動いていた。
装置の予約表に赤字の書き込みが増え、実験台の上には昨日の測定結果が広げられている。
先輩に声をかけ、測定条件のずれを確認し、必要な修正をその場で決める。
こういう忙しさは表に出にくい。
だが一つひとつは具体的で、気を抜く場所が少ない。
データが一つずれれば、その日の予定だけでなく次の予約にも響く。
鳴上は午前のうちに必要な段取りを詰め、装置の空く時間に合わせて動いた。
昼前、研究室の隅で簡単に食事を取っていると、近くで先輩たちが面接の話をしていた。
どこの企業がどんな質問をしたか、研究内容をどこまで聞かれるか、次の選考はいつか。
研究室でも今の時期は面接の話が普通に混ざる。
実験だけやっていればよかった時期では、もうなかった。
スマートフォンを見ると、陽介から短いメッセージが来ていた。
一本目終了。思ったより手応えあり。
それだけだったが、十分だった。
鳴上は返信を短く打った。
次もそのまま行け。
余計な言葉はいらない。
陽介はそういう返しの方が受け取りやすい。
午後、進捗確認を終えた頃には肩が少し重かった。
だが悪い疲れではない。
実験もデータ取りも、今のところ大きくは崩れていない。
この積み重ねは、そのまま先の選択肢につながっていく。
一方で陽介の疲れ方は、もっと人に削られる種類のものだろうと鳴上は思う。
待機、会話、質問、自己紹介、笑顔、移動。
何時間も外へ向けて自分を調整し続ける消耗は、研究室の疲れとは別物だった。
夜、鳴上が先に帰宅すると、部屋の中はまだ静かだった。
鞄を置き、冷蔵庫を開ける。
今日はきちんと作り込むより、すぐ食べられるものの方がいい。
うどんを茹で、残り物を温め、簡単な汁物だけ足すことにした。
湯を沸かしていると、鍵の音がした。
陽介が帰ってくる。
ドアを開けた顔は疲れていたが、沈んではいなかった。
「おかえり」
「ただいま。うわ、助かる」
「今日は簡単なやつだ」
「十分すぎる」
陽介は鞄を下ろし、ソファに一度だけ深く座った。
ネクタイを緩める動きに、今日一日の長さが出ている。
「どうだった」
鳴上が聞く。
「疲れた。でも、まあ、かなりいい感じ」
「そうか」
「一次はだいたい戦えてる。今日の二社目も、たぶん悪くねえ」
その言い方なら、感触は本当に悪くない。
陽介は見込みの薄い時ほど、もう少し曖昧に濁す。
逆に、手応えがある日は疲れていても声が前を向いていた。
「大学の方は?」
「今日も就活の話ばっか。食堂でも廊下でも、普通に面接どうだったって話してるし」
「こっちも似たようなものだ」
「研究室でも?」
「先輩が面接の話をしてた。研究の話だけで一日終わる時期じゃないらしい」
「だよなあ」
陽介はそう言って、ソファの背にもたれた。
疲れてはいるが、負けた顔ではない。
一日じゅう外へ向けて自分を調整してきた顔だった。
それでも、手応えのない日の帰り方ではなかった。
鳴上は器にうどんをよそった。
夕食とも夜食ともつかない時間だったが、食べないよりいい。
帰宅時間がずれても、食べることと明日の準備だけは外さないようにしている。
「明日は」
鳴上が器を置きながら言う。
「午前にES一本出して、午後は学内。鳴上は?」
「午前から実験。午後はデータ整理と確認」
「じゃあ、明日もオレの方が少し遅いかも」
「分かった」
「持ち帰りはこれ」
陽介が鞄からパンフレットとメモを取り出す。
「あと、明後日の面接案内」
「机の左に置け」
「はいはい」
言われた通りに置く動きが自然だった。
どちらが何時に戻るか、何を持ち帰るか、翌日の予定がどうか。
いちいち大仰に確認しなくても、必要なことはもう自然に共有されていく。
二人で簡単な食事を取りながら、その日の空気を短く話す。
研究室の予約の詰まり方。
面接会場の待合室の妙な静けさ。
学内で交わされる就活の会話。
ESの設問の癖。
装置の機嫌。
どちらの話も種類は違うが、今の生活の中心にしっかり入り込んでいた。
忙しい。
だが、その忙しさに押されているだけではない。
鳴上も陽介も、それぞれの場所で思っていたよりずっと戦えている。
将来への不安がまったくないわけではないが、今はそれより手応えの方が強かった。
食後、陽介が明日の書類を机の上で揃え、鳴上は研究ノートを開いて次の実験の確認をする。
同じ部屋の中で、やっていることは違う。
それでも生活の流れは一つに繋がっていた。
来年の春が今と同じ形かどうかは、まだ決まっていない。
だが、その話を現実の予定として机の上へ置けるところまでは、もう来ていた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)
二人して四年生を大変ながらも過ごしているようです。
次回もよろしくお願いいたします。