二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 六月の半ば、週末の朝はもうかなり明るかった。

 鳴上はいつもの時間に部屋を出る支度をしながら、鍵と買い置きの消耗品の袋を確認した。

 洗剤、ゴミ袋、台所用の布巾。

 鳴上家で足りなくなりかけていたものを、昨夜のうちにまとめてある。

 陽介はソファの脇で、ペットボトルの水を鞄に入れていた。

 週ごとの鳴上家のメンテは、もう特別な予定ではない。

 掃除、換気、補充、簡単な点検。

 その流れはすでに生活の中へ組み込まれていて、わざわざ相談しなくても手順が決まっている。

「今日は洗面所のストックも見るんだっけ」

 陽介が聞く。

「見る。台所のラップも少ない」

「了解。じゃあオレ、先に水回り入るわ」

 その返事もいつも通りだった。

 何がどこにどれだけあるかは、二人ともだいたい把握している。

 鳴上家の整い方も静けさも、今さら身構えるようなものではない。

 もう慣れた生活圏の一つだった。

 

 駅を降りて家まで歩く間に、鳴上は空を見上げた。

 梅雨に入る前の重い湿気が少しだけ混じっている。

 こういう時期は、窓を開ける順番と時間を間違えると家の空気が鈍る。

 鳴上は玄関の鍵を開けながら、まずどの部屋から風を通すかを頭の中で並べた。

 

 中へ入ると、家はいつも通り静かだった。

 人が長く住んでいない家特有の空虚さではなく、手入れされた静けさがある。

 鳴上は靴を揃え、すぐに廊下の窓を開けた。

 陽介はその間にリビング側のカーテンを引き、水回りの換気扇を入れる。

 分担は決まっていないようでいて、だいたい同じだった。

 鳴上が棚や在庫を見る間に、陽介は先に人の動線にある場所を整える。

 掃除道具の置き場所も、雑巾を絞る順番も、確認しなくていい。

「やっぱこの時期、ちょっと空気重いな」

 陽介が洗面所の方から言った。

「換気長めにする」

「了解」

 鳴上は台所の戸棚を開け、消耗品の残りを見た。

 ラップは一つ、キッチンペーパーは半分、洗剤は補充分で足りる。

 数字にするほどではないが、手に取れば分かる程度には覚えている。

 この家を週ごとに見ていると、置き場所だけでなく減り方まで体に入る。

 

 今日はそれだけで終わらないことを、鳴上は玄関を入った時点で察していた。

 母さんの靴がある。

 一時帰国していることは聞いていたが、週末まで家にいるとは昨夜の連絡で初めて分かった。

 父は海外に残ったままで、今回は戻らない。

 だから家の空気にあるわずかな人の気配は、春奈一人分だった。

 

 リビングを一通り整えたところで、奥の部屋の扉が開いた。

 母さんが顔を出す。

 家の中にいる時の服装は静かで、動きやすいものだった。

 外で仕事をしている時と同じく、余計な飾りがない。

「おはよう、悠、陽介くん」

「おはよう」

「おはようございます」

 母さんは二人を見て、いつものように小さく笑った。

 その表情は穏やかだったが、今日は頼みたいことがあるとすぐに言った。

「いつものメンテのあとで、少し手を貸してもらえるかしら」

「仕事の方か」

「ええ。保管の場所を少し見直したいの。資材も一部、包み直したいものがあるから」

 その言い方で、鳴上は今日の優先順位を組み替えた。

 普段のメンテに加えて、春奈の仕事の手伝いが入る。

 しかも、ただ箱を動かす程度ではない。

 保管場所の見直しと包み直しまでやるなら、いつもの延長では済まない。

 陽介は最初、いつもの流れに少し足し算される程度だと思ったらしい。

 気軽に頷いてから、鳴上の方を一瞬見た。

 鳴上がすでに掃除の順番を変えたのを見て、陽介も余計なことは言わずに動線を合わせる。

 

 午前のうちに、換気と表の掃除だけ先に片づけた。

 埃を取り、床を拭き、補充を済ませ、ゴミをまとめる。

 いつも通りの流れを崩さないまま、仕事部屋兼資料保管室へ入る前の家全体を整える。

 その方が後で余計なものを持ち込まずに済む。

 仕事部屋の前に立った時、鳴上は無意識に息を浅くした。

 この部屋に入る時は、普段からそうしている。

 春奈の指示がある時だけ陽介も入るが、触れていい範囲とそうでない範囲は明確だった。

 

 中には箱、布、保存用の紙、封緘材、小さな道具類がきちんと並んでいた。

 文化財修復や資料保管に使うものとして見れば、それで通る。

 実際、その役割も本当なのだろう。

 ただ、この部屋では置き方と順番そのものに意味があることを、鳴上は知っていた。

「今日はこの棚の下二段と、手前の箱から先にやるわ」

 母さんが言う。

「順番は私が言うから、その通りにお願い」

「分かった」

「はい」

 母さんの口調は柔らかい。

 だが曖昧さがない。

 どれをどこへ置くか、何を先に動かすか、どの順で包み直すかを、一つずつ正確に区切っていく。

 鳴上は説明が終わる前から、必要な布と新しい保存紙を手元へ寄せた。

 この部屋の在庫も普段からある程度見ているので、必要なものはすぐに分かる。

 最近増えた箱の数も、使われる紙の量も、鳴上には頭に入っていた。

 陽介は最初、小さく肩を竦めながら箱を持ち上げた。

「なんか今日、いつもの整理よりだいぶ細かいっすね」

 そう言いかけたところで、鳴上が箱の置き方を指先で直したのを見て黙る。

「そのまま。向きだけ変えないで」

 母さんが静かに言う。

「ごめんなさい。そこは最初の位置を保ったままで」

「すみません」

 陽介はすぐに置き直した。

 母さんは叱るような声を出さない。

 だが、それだけで十分だった。

 陽介もそこから先は、箱を持ち上げる手つきまで変えた。

 

 包み布を外し、新しい紙へ入れ替え、紐を結び直す。

 どの角を先に折るか、重ねる位置をどこで揃えるかまで決まっていた。

 鳴上はその順番を見て、母が昔から守っている手順と同じだと分かる。

 意味を全部説明されたことはないが、守るべき工程として体に入っている。

 一つ目の箱を移した時、部屋の空気がわずかに変わった。

 風が動いたのとは違う鈍さが、肩の後ろを掠める。

 重いというほどではないが、何かが引っかかったような感覚だけが一瞬残る。

 母さんはすぐにその箱の下へ薄い布を差し入れ、位置を半寸ほど戻した。

 その途端、空気が元へ戻る。

 鳴上は何も言わず、次に渡す保存紙を手元へ揃えた。

 陽介も何か感じたらしい。

 箱を持つ指先を見てから、小さく首を傾げる。

 だが意味を問う前に、鳴上が次の紐を差し出したので、そのまま受け取った。

「これ、順番逆だとまずい?」

 陽介が低い声で聞く。

「まずいというより、違う」

 鳴上が答える。

 それ以上は言わなかった。

 説明を増やすより、手順を乱さない方が先だった。

 母さんは台帳を確認しながら、箱の番号と中身を照合していく。

 

 その途中で、一つの保存箱の前で手を止めた。

 鳴上もすぐに気づく。

 内張りの色が、普段よりわずかに鈍い。

 よく見なければ見落とす程度の変色だった。

「ここ、先にやりましょう」

 母さんが言った。

「少し早いわね」

 声は穏やかなままだった。

 だが、予定を変えたこと自体が鳴上には重い。

 この場所の順番は、本来なら後だったはずだ。

 箱を開けると、封の糸が一本だけほんのわずかに傷んでいた。

 切れているわけではない。

 緩んでもいない。

 ただ、張りが少し鈍っている。

 陽介がそれを見て、声を潜める。

「……これ、普通に傷んだって感じじゃないんすか」

 母さんは糸を指で受け、しばらく見てから新しい封緘材を用意した。

「湿気もあるし、時期の影響もあるわ」

 そう言って、糸を外し、位置を整え、結び直し、その上から薄い紙を一枚足す。

 順番も力の入れ方も、少しの無駄もなかった。

 鳴上はその横で、必要なものを迷わず差し出した。

 紙一枚、紐一本、位置の修正一つ。

 どれも小さい。

 だが、母さんが予定を変えてまで手を入れる以上、軽い補修では済まないのだと分かる。

 

 作業を続けているうちに、肩の周りの重さが少しずつ抜けていくのを鳴上は感じた。

 朝からあった鈍い疲れとは違う。

 部屋の中で包み直しや置き直しが進むたび、体の奥に溜まっていたざらつきが静かに逃げる。

 大げさに言うほどではないが、整えられた配置の中にいると余計な張りだけが剥がれていくようだった。

 陽介も途中から肩を回すような仕草を見せた。

「……なんか、ちょっと楽になるな」

 小さく言う。

 母さんは手を止めずに答えた。

「置き場所が落ち着くと、部屋も落ち着くのよ」

「そういうもんですか」

「そういうもの」

 それ以上の説明はなかった。

 だが、その言い方で十分だった。

 母さんは多くを語らず、必要なことだけを残す。

 

 作業の終盤、保管棚の一角を丸ごと見直した。

 本来の並びからすると微調整程度だが、母さんは一つずつ位置を詰める。

 箱の間隔、布の重なり、封の向き。

 ほんの少しの差なのに、整え終わると部屋の空気がすっと均一になる。

 鳴上はその変化を黙って受け取った。

 この家が何もせず保たれているわけではないことを、こういう時に思い出す。

 掃除や換気だけでは届かない層を、母さんはずっと手入れしてきた。

 鳴上もまた、その一端を手順として担っている。

 陽介は完全に意味を掴んではいない。

 だが、もう普段の整理とは違うことは分かっていた。

 布を置く手つきも、最初よりずっと丁寧になっている。

 分からないなりに扱いを改めるのが、陽介だった。

 

 全部終わった頃には、日がだいぶ傾いていた。

 母さんは何事もなかったように道具を片づけ、リビングに茶を用意した。

 湯呑みを置く手つきまで静かで、さっきまでの厳密さがそのまま残っている。

「助かったわ。二人とも、ありがとう」

「いつものより、だいぶ本格的でしたね」

 陽介が言う。

「少し見直しておきたかったの」

 母さんはそう答えて、湯を注いだ。

「置いてあるものには意味があるから、順番を違えない方がいいのよ。今のうちに整えておきたかったの」

 言葉はそれだけだった。

 だが鳴上には十分だった。

 今のうちに、という言い方だけが静かに残る。

 先送りにせず、今ここでやる必要があったということだ。

 茶を飲みながら、鳴上はさっきの糸と内張りの変色を思い返した。

 母さんは大げさにしなかった。

 だからこそ、あの小さなほころびが重く残る。

 

 家を出る頃には、外の空気は少し湿っていた。

 駅までの帰り道、陽介はしばらく黙って歩いていたが、途中で小さく言った。

「おばさんの仕事って、あれ普通の整理じゃないだろ」

 鳴上は少しだけ歩幅を緩めた。

 否定するつもりはなかった。

「置き方にも扱い方にも意味はある」

「だよな」

 陽介はそれ以上追及しなかった。

 分からないまま流せるほど軽くもないが、今ここで聞き出す気もないらしい。

 その温度が、鳴上にはありがたかった。

 駅のホームで電車を待ちながら、鳴上は今日の作業を順に思い返した。

 普段のメンテの延長に見えて、今日は途中から明らかに手順が変わっていた。

  

 ホームに湿った風が抜ける。

 鳴上は指先に残った紙の感触を思い出したまま、線路の向こうから近づいてくる電車の音を待った。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)

鳴上春奈(悠の母。文化財修復のスペシャリスト。得意分野は古書・稀覯本など紙タイプのもの)

次回もよろしくお願いします~
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