二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 六月の終わりに入ると、部屋の中に置かれる紙の種類がまた少し変わった。

 説明会の案内や選考中の企業資料が減り、代わりに内々定通知の控えや、配属候補に関する案内、研修日程の概要が机の上へ残るようになる。

 就活が終わったわけではない。

 ただ、先へ進む紙ではなく、先をどう受け取るか考える紙が増えていた。

 

 鳴上は夕食の支度をしながら、テーブルに広げられた資料へ視線を向けた。

 陽介の方は首都圏勤務がかなり濃く、最終の返答も前向きに固まりつつある。

 鳴上の方も研究・技術寄りの進路で話がほぼまとまり、勤務地候補は都内寄りで見えてきていた。

 確定の文言と、まだ仮の文言。

 その線引きも、もう二人とも自然に読める。

 

 台所では鍋の湯が小さく鳴っていた。

 今日は遅くなる日と分かっていたので、夕食は簡単に回せるものにしてある。

 茹でた野菜と、冷蔵庫で味を入れておいた鶏肉をそのまま使い、汁物だけ足す。

 就活や卒研が本格化してから、手を抜くところと抜かないところはかなりはっきりしていた。

 

 鍵の音がして、陽介が帰ってきた。

 スーツの上着を腕に掛け、書類の入った鞄をいつもより丁寧に下ろす。

 疲れてはいるが、足取りは軽い。

 鳴上はそのまま皿を二つ出した。

「おかえり」

「ただいま。うわ、いい匂い」

「今日は早く食えるようにした」

「助かる。なんか今日、妙に腹減ってる」

 陽介はネクタイを緩めながら、テーブルの上の資料を見た。

 鳴上が印をつけておいた通勤候補の路線図と、配属候補の一覧が並んでいる。

 それを見て、小さく笑った。

「やっぱ出た。悠のいつものやつ」

「何が」

「結果が見えたら、すぐ生活動線にするやつ」

 鳴上は鍋の火を止めてから振り返った。

 否定するほどのことではない。

 実際、そうしている。

「決まった部分が増えたなら、先に見た方が早い」

「うん。分かってる。分かってるんだけどさ」

 陽介は椅子を引きながら言う。

「なんか、ほんとにそこまで来たなって感じする」

 その言い方に、鳴上は短く頷いた。

 六月の頭までは、来年の生活は候補として置く程度のものだった。

 今はもう、通勤時間や沿線に変換できるくらいには具体的になっている。

 

 夕食を並べて向かい合って座る。

 陽介は箸を取る前に、内々定先の資料を一度だけ手元へ引き寄せた。

 そこに載っている配属候補は首都圏中心で、研修も都内スタートの可能性が高い。

 鳴上の方も、技術職として入るなら都内かその周辺から始まる見込みだった。

「で」

 陽介が言う。

「今日は何から考えてたわけ」

「今の部屋を続けるかどうか」

「そこからか」

「先だろ」

 鳴上はそう返して、汁物をよそった。

 今の部屋には愛着がある。

 大学生活のかなりの部分をここで回してきたし、二人の生活はこの部屋で形になった。

 だが、好きかどうかと、働き始めてから無理なく回るかどうかは別だった。

「もし陽介の配属が今出てる候補のままなら、東側に寄りすぎると通勤が長くなる」

「うん」

「俺の方も都内寄りなら、今のままでも通えなくはない」

「でも、“なくはない”なんだよな」

「そうだ」

 陽介は笑いながら、鶏肉をひと口食べた。

 その顔は、もう一緒に住むかどうかを確かめる顔ではない。

 どう住むのがいちばん回るかを考える時の顔だった。

「今の部屋、好きなんだけどな」

「俺もだ」

「でも、仕事始まってから朝の出発時間ずれたら、玄関のとこ少し詰まるよな」

「今でもたまに詰まる」

「あるある」

 二人で同じように笑ってから、鳴上はテーブルの上の紙を指で寄せた。

 沿線図の上に、ざっくり通勤時間を書き込んである。

 乗り換え一回で済む場所、朝の混雑が重い場所、遅延の多い路線。

 そういう現実的な条件だけを並べたメモだった。

「今の部屋からだと、お前の方が早出になった時に朝食の流れがずれる」

「それはありそう」

「俺が先に出る日も増える」

「技術職って、やっぱ朝早い?」

「配属先による。だが研究寄りなら、少なくとも今より時間の自由は減る」

 陽介は箸を止めて、少しだけ考えた。

 それから、自分の側の実感を混ぜるように言う。

「朝、片方だけ先に出る日が多くなるならさ、今みたいに毎回きっちり二人分の弁当ってのは、きつい日もあるかもな」

「ある」

「でも、どっちかだけでも持てたらだいぶ違う」

「作り置きの比重は増やせる」

「それはそっちの得意分野」

 鳴上は否定せず、頭の中で冷蔵庫の容量を思い浮かべた。

 今の冷蔵庫でも足りないわけではないが、平日の作り置きを増やすなら少し狭い。

 ただ、買い替えの話を今するほどではない。

 まず部屋をどうするかが先だった。

「収納も少し足りない」

 鳴上が言う。

「スーツが増える」

「あー、それはもう思ってた」

「仕事用の鞄も書類も増える」

「今のクローゼット、正直もうきついよな。大学の鞄と就活用でだいぶ埋まってるし」

 陽介は立ち上がって、今使っているクローゼットの方を見た。

 扉を開けるまでもなく、どこに何が入っているかは二人とも分かっている。

 大学生活の荷物に合わせて回してきた収納に、社会人の荷物がそのまま追加される。

 それで余裕が出るとは思えなかった。

「洗濯も変わる」

 鳴上が続ける。

「今の回し方だと、平日に片づける量が増えたら追いつかない」

「洗濯機の容量、ぎりぎりだもんな」

「スーツのシャツと普段着で分けると回数が増える」

「干す場所も足りない」

 陽介はクローゼットから戻ってきて、湯呑みの位置を少しずらした。

 話の焦点が、もうかなり現実的なところまで来ている。

 部屋の広さ、収納、洗濯機、台所。

 そこに遠慮はない。

 来年も一緒に暮らすこと自体は、もう話し合うまでもない前提になっていた。

「台所はどう思う?」

 陽介が聞く。

「今でも回る」

「うん」

「だが、帰宅時間がずれた日の夕食をもっと柔軟にするなら、少し狭い」

「片方が先に帰って作って、もう片方があとで温める、みたいな日が増えるよな」

「増える」

「その時、今の動線だと二人入ると詰まる」

「片方が風呂、片方が台所ならまだ回る」

「でも毎回それ前提だと疲れそう」

 陽介はそう言って、少しだけ背もたれに寄りかかった。

 仕事が始まったあと、疲れて帰ってきた時の感覚を先に考えている。

 鳴上はその言葉をそのまま受け取った。

 生活が続くかどうかは理屈だけでは決まらない。

 帰宅後にどれだけ無理なく動けるかも、同じくらい重要だった。

 鳴上は沿線図の端に書いた数字を見た。

 今の部屋から通う場合の所要時間。

 引っ越した場合に短くなる見込み。

 朝早い方に合わせた時の起床時刻。

 紙の上に置くと、感情と現実がきれいに分かれる。

「今の部屋を残す選択肢はある」

 鳴上が言う。

「ただ、その場合は通勤時間と収納を別の方法で吸収する必要がある」

「たとえば?」

「俺の方が朝早い前提に寄せる。作り置きを増やす。書類収納を増やす。洗濯は休日寄りに組み直す」

「できなくはない」

「できなくはない」

「でも、それ“頑張れば回る”のラインだよな」

 陽介の言い方は正確だった。

 大学生活の間は、それでもよかった。

 多少無理をしても、講義の空きや休日で調整が利いた。

 だが、仕事が始まったあとの生活は、最初から「頑張れば回る」で組まない方がいい。

「もう少し通勤しやすい場所に動くなら」

 鳴上が紙をめくる。

「この範囲なら、俺もお前も大きく外れない」

「乗り換え一回まで?」

「その方がいい」

「家賃は上がる?」

「少し」

「でも、朝と夜の負担が減るならありか」

 陽介は資料に目を落とし、すぐに現実的な方へ思考を寄せていく。

 感触だけで受け取るのではなく、そこに働く実感を混ぜて返してくるのが今の陽介だった。

「片方だけ先に帰る日、増えるよな」

 陽介が言う。

「たぶん増える」

「そうすると、先に帰った方が風呂と飯のどっち回すか、今より適当でよくなる方がいい」

「分かる」

「疲れて帰ってきて、玄関開けた瞬間に狭いって感じるのは嫌だし」

「それも分かる」

 鳴上はそこで一度、箸を置いた。

 来年の話をしているのに、会話が不安ではなく調整に寄っている。

 それが思っていたより良かった。

 この先も続く前提があるから、どう住むかを静かに詰められる。

「洗濯機は」

 鳴上が言う。

「次の部屋を見るなら、容量も見た方がいい」

「そこ?」

「大事だ」

「分かるけど、やっぱ悠だなあ」

 陽介が笑う。

 からかっているが、否定はしていない。

「スーツ着るようになったら、シャツと普段着の量が増える」

 鳴上は続けた。

「今のままだと、平日一回では足りない可能性がある」

「干す場所も欲しい」

「浴室乾燥があると違う」

「あ、それはめちゃくちゃ違う」

「帰宅時間がずれた日も回しやすい」

「台所より先に洗濯機の話するの、ほんとお前っぽい」

 そう言いながら、陽介は妙に楽しそうだった。

 来年も一緒に暮らす未来がかなり具体的になっている。

 だからこそ、こういう細かい話まで普通にできるのだろう。

 しばらくして、陽介が湯呑みを持ったまま言った。

「でも、ちょっと安心した」

「何が」

「ちゃんとここまで来たなって感じ。頑張って就活したり、卒研やったりして、その先の話ができるとこまで来たんだなって」

 鳴上はその言葉を聞いて、少しだけ視線を落とした。

 感傷に浸るほどではない。

 だが、確かにそうだった。

 去年の自分たちには、まだここまで具体的な話はできなかった。

 来年も一緒に暮らすことを前提に、部屋や通勤や洗濯機の話をする地点まで来た。

「よかったな」

 鳴上が言う。

 陽介は一瞬だけ黙って、それから笑った。

「うん。ほんとにな」

 その返事は軽いのに、軽くなかった。

 鳴上は食器を重ね、明日の朝に回すものと今洗うものを頭の中で分ける。

 こういう時でも、手順の方へ意識が流れる。

 だが今夜は、その手順自体が安心に近かった。

 

 食後、二人で資料をもう一度見直した。

 今の部屋を続ける場合。

 もう少し通勤しやすい場所へ動く場合。

 必要な収納、出発時間、乗り換え、帰宅後の動線。

 家具や家電の詳細までは踏み込まない。

 だが、どんな部屋なら仕事が始まっても回るかは、かなり現実的に話せた。

「一緒に住むこと自体は、もう決まってるみたいに話してんな」

 陽介がふと笑う。

 鳴上は資料から目を上げた。

「違うのか」

「いや、違わないけど」

 陽介は肩を竦める。

「そういう確認じゃなくて、普通に“どう住むのがいちばん回るか”の話になってるのが、なんかいいなと思って」

 鳴上は数秒だけ黙った。

 それから、紙の端を揃えて重ねる。

「その方が現実的だ」

「うん。そこが好き」

 陽介はそう言って、ソファの背にもたれた。

 食後のテーブルには、沿線図と配属候補の紙だけが残っている。

 今の部屋を続けるか、別の場所へ動くかはまだ決まっていない。

 それでも、来年の生活をこうして並べて考えられるところまで来たことは、部屋の静けさだけで十分分かった。

「今の部屋、名残惜しくはなるな」

 陽介が言う。

「まだ決めてない」

「うん。でも、そういう話できるくらいには進んだってことだろ」

 鳴上は短く頷いた。

 七月に近い夜の部屋で、その前提はもう、わざわざ言い直す必要のないところまで来ていた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)

だいぶ就活というより来年どこに住もうかって話ができるのよきですね

次回もよろしくお願いします
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