二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 八十稲羽から戻るローカル線の中で、陽介は珍しくよく寝ていた。

 窓にもたれすぎないように頭を引いているつもりらしいが、首の角度だけが少し無理をしている。

 深く眠っているというより、緩める場所を間違えたまま落ちているように見えた。

 鳴上は時刻表アプリと講義予定を見比べながら、乗り換えの時間を確認した。

 東京へ戻ったら買い足す物と、今週の帰宅時間のずれも頭の中で組み直す。

 それでも、指先で画面を送るたび、八十稲羽で聞いた言葉が途中へ差し込んだ。

 不知火。

 日下部家。

 器として狙われている、という言い方。

 

 意味をまだ十分に掴みきれてはいない。

 だが、陽介自身へ向いた危険だということだけは、もう予定表のどこへ書き込んでも薄まらなかった。

 鳴上は一度だけ陽介の寝顔を見て、折ったタオルを首の後ろへ差し入れた。

 起こさないように位置を直すと、陽介は目を覚まさないまま小さく息を吐いた。

 

 東京へ戻ってから、鳴上は生活の流れを少しずつ組み替えた。

 見た目はほとんど変えないまま、帰宅までの導線だけを詰める。

 大げさに囲えば陽介は気づくし、気づけば余計に消耗する。

 だから、いつもの形を崩さずに手数だけを増やした。

 鍵の置き場所を少し変えた。

 玄関脇のトレーから、棚の上の小皿へ移す。

 陽介が帰ってきた時、鍵を置くついでに一度だけ視線が上がる位置だった。

 冷蔵庫の中身も組み直した。

 簡単に食べられるものを増やし、温め直しやすいものを手前へ寄せる。

 帰宅がずれても食事の流れが崩れないようにしておく。

 予定共有は前より一段だけ細かくなった。

 講義の終わり、学内で寄る場所、帰宅が遅れるならその理由。

 もともと二人ともある程度は共有していたが、鳴上の確認は以前より少し粘るようになった。

「今日、ゼミのあとちょっと寄る」

「どこに」

「学内のラウンジ。資料受け取るだけ」

「終わったら連絡」

「はいはい」

 陽介は軽く返したが、嫌がってはいなかった。

 八十稲羽から持ち帰った家の空気が、まだ抜けきっていないのだろう。

 帰宅時間を伝えることにも、以前より素直に応じた。

 お守りの所在確認も、生活の動きへ混ぜた。

 財布、学生証、鍵、携帯。

 その並びに、お守りを加える。

 出かける前、鳴上は自分の鞄へ入っていることを一度だけ確かめる。

 陽介の分は見せろと言わず、玄関を出る前の動きで目を追う。

「ある?」

「あるある」

「落とすなよ」

「おまえ最近そればっかだな」

「そうだな」

「否定しねえのかよ」

 軽口の形にしておけば、陽介もそれ以上は引っかからない。

 鳴上はそういう範囲で手を増やした。

 帰宅時間に合わせて食事を整える回数も増えた。

 先に炊飯器の時間を合わせ、味噌汁は仕上げの手前で止める。

 焼き物は帰宅予想の十分前に火へかければ、だいたいずれない。

 以前なら、それで十分だった。

 

 九月も半ばを過ぎたある日、夕方の空気は少しだけ軽くなっていた。

 窓を少し開けておけば、熱のこもり方も夏ほどではない。

 鳴上は先に帰宅し、米を研いで炊飯器をセットした。

 冷蔵庫から下ごしらえ済みの食材を出し、鍋へ水を張る。

 その頃、携帯が短く震えた。

『すぐ帰る』

 陽介からだった。

 講義終わりの時間を考えれば、そこから三十分強で戻る計算になる。

 寄り道がなければ、もう少し早いこともある。

 鳴上はそれを見て、鍋へ火を入れた。

 炊き上がりまでの時間を逆算し、野菜を切る。

 味噌汁は具だけ先に煮て、味噌はまだ入れない。

 魚を出すには少し早い。

 陽介が駅を出る頃に焼き始めれば丁度いい。

 

 三十分が過ぎても、インターホンは鳴らなかった。

 鳴上は包丁を置き、携帯の画面を見た。

 追加の連絡はない。

 学内で何かあったのかもしれない。

 電車が少し遅れているのかもしれない。

 帰る直前に呼び止められた可能性もある。

 その程度なら、まだ普通だった。

 鳴上は魚を冷蔵庫へ戻し、味噌汁の火を弱めた。

 先にできるところまで済ませておく。

 帰ってきた時にすぐ出せるようにしておけばいい。

 

 四十分。

 五十分。

 時間のずれ方が、いつもの遅れと少し違った。

 陽介は遅れる時、短くても一言入れることが多い。

 意識してそうしているわけではないが、生活が長ければその癖は読める。

 鳴上は一度だけ携帯へ連絡を入れた。

 呼び出しは続く。

 切られもしないが、出もしない。

 鍋の火を止め、炊飯器を保温へ切り替える。

 部屋の中は整っているのに、帰ってくるはずの一人分だけが抜けたまま時間が進んだ。

 

 一時間を越えた頃、鳴上はようやく座って待つのをやめた。

 鞄を取り、財布と鍵と携帯を入れる。

 その時、内ポケットへ触れた指先に妙な感触があった。

 熱い、というほどではない。

 だが、チリ、と刺すような熱が布越しに走った。

 鳴上は手を止め、守りを取り出した。

 木札の角が、指先へ細く乾いた熱を返してくる。

 体温で温まったのとは違うと、触れた瞬間に分かった。

 遠くの異変を知らせるような反応ではなかった。

 むしろ、何かを引きずったままこちらへ近づいてきているような熱だった。

 鳴上は鍋の蓋を閉め、火元をもう一度確認した。

 

 財布と携帯を持ち、玄関で靴を履く。

 確認しに行くというより、迎えに行く方が近かった。

 部屋を出た時、意識したのはまず牛込神楽坂駅の側だった。

 陽介が普段の導線で戻るなら、そちらから上がってくる可能性が高い。

 だが、外へ出て数歩進んだところで、守りの熱がじわりと増した。

 鳴上は立ち止まり、呼吸だけを整えた。

 牛込神楽坂の入口へ向かうまっすぐな感覚ではない。

 もっと曖昧に、しかし確かにずれた位置へ引かれる。

 そのまま少し歩き、角を曲がる。

 熱は消えない。

 むしろ、地下へ潜る方ではなく、地上の神楽坂へ抜ける方へ細く続いていた。

 鳴上はそこで足の向きを変えた。

 理由は説明できない。

 だが、陽介の帰宅導線がそのまま残っているなら、こんな反応にはならない。

 坂へ出ると、周囲の音が少し変わった。

 飲食店の灯り、行き交う人の声、夜へ沈みきらない路面の熱。

 その中で、善國寺の門前だけがわずかに空気を切り分けているように見えた。

 門の前の階段に、一人座りこんでいる影があった。

 陽介だった。

 

 すぐに分かったが、一瞬だけ足が止まった。

 表情が半ば抜け落ちていたからだ。

 焦点が合っていないわけではない。

 目は前を向いている。

 だが、その顔へ乗るはずの反応だけが薄い。

 疲れているとも、眠いとも違う。

 何かをやり過ごしたあと、中身だけ遅れて戻ってくるような顔だった。

 額に汗が浮いている。

 手は膝の上に置かれていたが、指先だけがわずかに震えていた。

「陽介」

 鳴上が声をかけると、陽介の視線がゆっくり持ち上がった。

 こちらを見た瞬間にだけ、薄かった焦点が少し戻る。

「……悠」

 その声に引かれるように、抜けていた表情の一部がようやく動いた。

 戻った分だけ、今度は顔色の悪さがはっきり見えた。

「立てるか」

「いや……ちょっと待って」

 陽介はそう言ってから、片手で口元を押さえた。

「ごめ、なんか、急に……気持ち悪……」

 鳴上はすぐ隣へしゃがみこんだ。

 まず肩へ手を置き、体勢だけ崩れないように支える。

「吐きそうか」

「そこまでは、たぶん……でも、ちょっとやばい」

「分かった。呼吸だけ整えろ」

 陽介は頷いたが、頷き方も少し遅かった。

 善國寺の門前だけ、妙に空気が静かだった。

 駅前からのざわつきが少し遠くなる。

 鳴上のポケットの中で、守りがはっきり熱を帯びていた。

 近づいたことで反応が強くなっている。

 陽介自身が何かを引いて、ここまで来たのだと感覚の方が先に告げた。

「何があった」

 鳴上は声を低く保った。

「学校を出たところまでは覚えてるか」

「……うん」

 陽介はこめかみを押さえた。

「講義終わって、帰るつもりで出たんだよ。そこまでは普通」

「連絡も入れたな」

「入れた。すぐ帰るって」

 そこで言葉が切れた。

 陽介は眉を寄せるが、記憶を辿るたび気分の悪さが強まるらしかった。

「地下鉄の駅、行こうとしたんだけど」

「うん」

「入口が、見つかんなくて」

 鳴上は先を促さず待った。

 陽介は息を整えてから、断片を拾い直すように言った。

「見えてんだよ。人もいるし、いつもの道っぽいのも分かるんだけど、なんか、そこ行っても違うっていうか」

「……」

「で、気づいたらJRの、御茶ノ水にいた」

 鳴上は表情を変えなかった。

「自分でも意味わかんねえんだけど、駅入った記憶が曖昧でさ」

 陽介は続けた。

「本来乗るやつじゃなくて、なんでかそっちに吸われるみたいに……気づいたら、もう電車の中で」

「それで」

「三鷹まで行ってた」

 陽介はそこで乾いた笑いを漏らしかけたが、うまく形にならなかった。

「さすがに、は?ってなって。あ、やべえって思って、すぐ折り返したんだよ」

「そこから戻ってきた」

「戻った。たぶん、戻ったんだけど……」

 また言葉が途切れた。

 自分で話しながら、自分の記憶の辻褄が合っていないのを分かっている顔だった。

「降りるべき駅も、なんか変で」

「変」

「名前が、うまく掴めないんだよ。分かってるはずなのに、引っかかんなくて」

 陽介は片手で額を押さえた。

「でも、神楽坂、だけは分かった。そこだけ妙に残ってて」

 鳴上はその言葉を覚えた。

 地下の導線は掴めないのに、地上の地名だけが残る。

 帰宅の線が、途中から別の形へずらされている。

「だから飯田橋で降りたのか」

「たぶん。そこは、できた」

 陽介は浅い息を繰り返した。

「でもさ、地下の入口が、なんか全部違って見えて。そこ通るとまたどっか行きそうで」

 そこで鳴上は善國寺の門前へ視線を上げた。

 陽介は神楽坂という地上の記憶だけを頼りに、知っている場所へ自分を寄せたのだ。

「それで地上を来た」

「うん。神楽坂なら、上歩けば分かるかなって」

 陽介は目を閉じ、少しだけ背を丸めた。

「で、ここ来たら、急にちょっと戻った感じしてさ」

 戻った。

 その言い方だけで十分だった。

「善國寺の前で」

「うん。なんか、一瞬だけ、頭がはっきりした」

 陽介は苦く息を吐いた。

「そしたら逆に気持ち悪くなって、膝抜けて、ここ座った」

 鳴上は陽介の横顔を見た。

 何が起きたのかを細かく説明できなくても、陽介が自分で戻ろうとしていたことだけは分かる。

 だから余計に消耗している。

「歩けるか」

「……たぶん」

「たぶんじゃ足りない。立つ時は支える」

「うん」

 鳴上は持っていた小さい水筒を出し、蓋を開けて陽介へ渡した。

 陽介は受け取るのに一拍遅れたが、こぼさず飲んだ。

「もう少し」

「ん」

「飲め」

「はい」

 二口、三口と飲ませると、陽介の喉がやっと動き方を思い出したように見えた。

 鳴上は空いた手で陽介の手首へ触れた。

 脈は早いが、崩れてはいない。

「立つぞ」

「……オッケー」

 実際には、あまりオッケーではなかった。

 陽介は立ち上がる瞬間に膝を取られかけ、鳴上が肩と肘を支えてようやく体勢を戻した。

 顔色はまだ悪い。

 だが、さっきよりは目が合う。

「悪い」

「いいから、足元だけ見ろ」

「はいはい」

 軽口の形だけは残っていた。

 それで十分だった。

 

 帰り道、鳴上は必要以上に話しかけなかった。

 歩幅を合わせ、車道側へ寄り、陽介がふらつけばすぐ支えられる位置を取る。

 守りはポケットの中でまだ熱かったが、善國寺を離れてから少しずつ弱まっていった。

 

 部屋へ着くと、鳴上は先に鍵を開け、陽介を中へ入れた。

「靴、脱げるか」

「うん」

「壁使え」

「……はい」

 玄関で一度つかまらせ、きちんと靴を脱がせる。

 そのまま居間の椅子ではなく、背を預けやすいソファへ座らせた。

 クッションを腰へ入れ、水をもう一度渡す。

「吐きそうなら先に言え」

「今は大丈夫……たぶん」

「たぶんが多いな」

「今日のオレに厳しくね?」

「甘くしてないだけだ」

 陽介はそこでほんの少しだけ笑った。

 その笑いが形になったことで、鳴上はようやく呼吸を一つ深くした。

 鳴上は陽介の鞄を受け取り、いつもの位置へ置いた。

 内ポケットに入ったままのお守りを確認し、数秒だけ視線を止める。

 効いていなかったわけではない。

 だが、そのことを今ここで言葉にする必要はなかった。

 

 台所へ戻り、味噌汁を温め直す。

 胃へ負担の少ない量だけ椀によそい、塩気も強くしすぎない。

 食べられなければ無理に食わせないが、水だけで終わらせるのも良くない。

「少しだけ食えるか」

「……ちょっとなら」

「じゃあそれでいい」

 陽介の前に椀を置き、熱すぎないのを確かめる。

 持ちやすい向きへ直し、そのまま手の届く位置に座る。

 陽介は二口ほど飲んだところで、ようやく肩の力を落とした。

「学校出たとこまでは、ほんと普通だったんだけどな」

「うん」

「疲れてんのかと思った。でも、なんか違う」

「そうだな」

 鳴上はそこでそれ以上追わなかった。

 説明させるより先に、陽介を落ち着かせる方が優先だった。

 部屋の中は、いつもの夜と大きく変わらなかった。

 炊飯器の保温ランプが点き、鍋の蓋が小さく鳴る。

 洗ったコップの水滴が流しへ落ちる。

 生活の形そのものは残っている。

 けれど、その生活へ辿り着くまでの線は、もう無事ではなかった。

 

 鳴上は自分の守りを机の上へ置いた。

 さっきまでの熱は、かなり引いている。

 陽介はソファにもたれたまま、少しずつ呼吸を整えていた。

 水を飲ませ、座らせ、温かいものを口に入れる。

 今できることは一通りやった。

 だが今日は、その全部が届かなかったあとで、ようやく間に合っただけだった。

 

 東京へ戻れば、少なくとも普段の生活の中では持ちこたえられるかもしれない。

 鳴上はどこかでそう考えていた。

 その見立ては、今日で終わった。

 守りは働いていた。

 善國寺の前で一瞬だけ陽介が戻ったことも、ここまで辿り着けたことも、それが無関係だとは思えない。

 それでも、生活を整えるだけでは足りない。

 

 東京に戻っても、終わっていなかった。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)

多分何が起こっているのか描写が足りてない(入れれなかった)ので補足。

・悠と陽介は「牛込神楽坂」が最寄り駅の中古マンションに住んでいます。
・「牛込神楽坂」から御茶ノ水へ向かうルートはいくつかありますが、悠がT大に通っている関係上、陽介は「牛込神楽坂」<都営大江戸線>「本郷三丁目」<営団丸の内線>「御茶ノ水」という定期券を持っています。
 ※なおT大の最寄り駅が本郷三丁目です。
・本来なら丸の内線(地下鉄)に乗りたかったのに、なんでかJRに乗って、しかもうまいこと飯田橋で降りれず三鷹(終点)まで乗ってしまっているのがヤバい、という話でした。

東京の交通事情の描写むずい……

次回もよろしくお願いいたします。
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