二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


10

 部屋へ戻ってからもしばらく、陽介の呼吸は少し浅かった。

 ソファに背を預けたまま、目は閉じていない。

 だが、焦点の合い方がまだ普段より遅い。

 善國寺の前で戻った分だけ、逆に消耗が表へ出ているように見えた。

 

 鳴上は味噌汁の椀を受け取り、ローテーブルの端へ下げた。

「もう少しいけるか」

「……いや、今日はこのへんで勘弁」

「分かった」

 無理に食わせても意味がない。

 椀の中身は半分近く残っていたが、二口でも入っただけで十分だった。

 鳴上は台所へ立ち、火の始末をもう一度見た。

 炊飯器は保温のままにして、鍋の蓋を少しずらす。

 流しへ置いたコップに新しく水を汲み、ついでに濡らした布巾も持って戻った。

「顔、拭くか」

「ん……悪い」

「いい」

 陽介は自分で受け取ろうとしたが、途中で手が少し鈍った。

 鳴上はそのまま布巾を渡し、コップを手元へ置く。

 手順を増やしすぎない方がいい。

 今は、やることが少ない方が陽介の負担にならない。

 

 部屋の中はいつも通り整っていた。

 洗った皿は水切りかごへ伏せてあり、机の上にも余計な物はない。

 窓際に置いた小さな時計の秒針だけが、一定の速さで夜を進めていた。

 その整い方の上にだけ、今日の遅れが残っている。

 

「気持ち悪いの、まだあるか」

「さっきよりはマシ」

 陽介は濡れた額を押さえながら言った。

「でも、なんつーか……頭の奥が、まだ気持ち悪い」

「痛いのとは違うか」

「違う。ずっと変なとこ押されてる感じ」

 鳴上はそれ以上聞かなかった。

 言葉にさせても整理が進む種類の不調ではないと分かっていた。

「風呂はやめとけ」

「だよなあ」

「汗だけ拭いて、今日は寝ろ」

「はいはい」

 返事の形はいつも通りだったが、言い終わってから小さく息を吐いた。

 軽口を挟むだけの余力はある。

 だが、それで普段通りに戻ったわけではない。

 

 鳴上は陽介の鞄を足元へ寄せ、内ポケットを開いた。

 お守りはそこに入ったままだった。

 帰り道で確認した時と同じ位置にある。

「出すぞ」

「……うん」

 鳴上は自分の分も机の上へ置いた。

 二つ並べると、どちらも無傷ではなかった。

 紐の一部が毛羽立っている。

 木札の表面には、薄く曇ったような白い擦れが入っていた。

 陽介の方は、角の傷みが少し深い。

 削れたというほどではないが、乾いた紙やすりで何度も撫でられたような荒れ方だった。

 鳴上は指先で触れ、すぐに手を止めた。

 さっきの熱はもうかなり引いている。

 それでも、ただの古び方ではないように見えた。

「……派手に割れたりはしねえのな」

 陽介が横から言った。

「その方が分かりやすいんだけど」

「分かりやすい方がいいとは限らない」

「いや、それはそうだけどさ」

 陽介の声はまだ少し掠れていた。

 鳴上はお守りから目を離さずに答えた。

「ユリ子おばさんは、傷んではいても、すぐどうこうという感じではないと言ってた」

「前に見てもらった時の話?」

「ああ」

 鳴上は陽介の分へ視線を移した。

 今こうして見て分かるのは、見た目の傷みだけだ。

 守りの基準は知らない。

 だが、知らないなりに、今日起きたこととこの痕が無関係には思えなかった。

 守りは確かに反応していた。

 部屋で待っている時、鳴上の分が先に熱を持ち始めた。

 近づくにつれて熱は増した。

 善國寺の前で陽介を見つけた時がいちばん強く、連れ帰る途中で少しずつ引いた。

 それを理屈として説明はできない。

 だが、何もなかったものではないと、手のひらの感覚が覚えている。

「これ、効いてはいたんだろうな」

 鳴上が言うと、陽介がゆっくりこちらを見た。

「……だろうな」

「じゃなきゃ、もっとひどかった」

「それも、たぶん」

 陽介はそこで目を伏せた。

 肯定しながらも、想像したくないものを一度飲みこんだ顔だった。

 鳴上はその表情を見て、言葉を足さなかった。

 効いていたことと、安全だったことは同じではない。

 しかし、今日の陽介は、戻ってきた。

 

 鳴上は自分の分のお守りを持ち上げた。

 木札の角を見ているうちに、母の仕事部屋が頭に浮かんだ。

 母は細かい工程を、面倒がることなく必ず守る。

 資材整理を手伝った時も、鳴上には違いの分からない手順を一つずつ崩さなかった。

 あの厳密さは、ただの几帳面さだけではなかったのかもしれない。

 今日、陽介がここまで戻れたことと、お守りが傷みながらも形を保っていることを並べると、あの手順も無関係ではない気がした。

 ただ、それをここで断定するにはまだ足りない。

 

 鳴上はお守りを置き直した。

「悠」

「ん」

「今日さ」

 陽介は天井を見るような角度で言った。

「御茶ノ水にいた時も、三鷹にいた時も、なんかずっと変だったんだけど」

「うん」

「ここ来た時だけ、一瞬だけ戻ったんだよな」

 善國寺の前での顔を思い出す。

 抜け落ちた表情のまま階段に座っていたのに、鳴上が声をかけた瞬間だけ、確かに焦点が合った。

「覚えてるのは、そこまでか」

「細かくは無理。思い出そうとすると、まだちょっと気持ち悪い」

「もういい」

「悪い」

「悪くない」

 鳴上は短く切った。

 説明の精度は今は重要ではない。

 足りない部分を無理に埋めさせても、陽介の負担になるだけだった。

「しばらく一人で動くな」

「……はい」

「帰りも合わせる」

「うん」

「連絡は今までより細かく入れろ」

「了解」

 陽介は素直に返した。

 反論する気力がないからではなく、今日のことで、自分でも線を越えたと分かっている声だった。

 

 鳴上は立ち上がり、押し入れから薄い毛布を出した。

 陽介の膝へかけ、空のコップを取り上げる。

「もう少し飲めるか」

「ぬるいのなら」

「待ってろ」

 台所で新しく水を汲み、少しだけ常温へ寄せて戻る。

 氷は入れない。

 胃がひっくり返っている時に冷たすぎるものはよくない。

 コップを受け取る陽介の手つきは、帰ってきた直後より安定していた。

 それでも、完全に普段の速さではない。

「寝室行けそうか」

「……もうちょいしたら」

「分かった」

 鳴上はそれ以上急かさず、机の上を片づけた。

 お守りはすぐ手の届く場所へ残す。

 何か起きた時、探す時間が無駄になる。

 

 窓の外では、遅い時間の車の音がたまに通った。

 部屋の照明はいつもと同じ明るさなのに、今日だけは白く感じる。

 整った部屋が落ち着く場所であることに変わりはない。

 だが、その内側へ戻ってきたことを、もう当然とは思えなかった。

 陽介は水を飲み終えてから、毛布の端を指でつまんだ。

「……オレさ」

「うん」

「疲れてた、とかで済ませたくねえな、これ」

 鳴上はそこで初めて陽介の方を正面から見た。

 陽介の顔色はまだ悪い。

 目の下にも薄く影が落ちている。

 けれど、その言葉を口にできる程度には、今は自分で自分の状態を見られていた。

「済ませなくていい」

 鳴上は言った。

「今日のは、そういう遅れ方じゃなかった」

「だよな」

「ああ」

 それだけで十分だった。

 疲労や寝不足ではないと、二人とももう分かっている。

 その先の理屈はまだいらない。

 

 生活の手順も同じだった。

 帰宅時間を合わせ、食事を整え、移動を気にし、連絡を取る。

 それを崩す気はない。

 足りないからこそ、むしろ崩せなかった。

 

 鳴上は時計を見て、寝る時間を逆算した。

 まず陽介を寝かせる。

 明日の予定を組み替える。

 必要なら自分の方も削る。

 生活の形は保ったまま、警戒だけをもう一段深くする。

 

 机の上のお守りを手の届く位置へ寄せ直してから、鳴上は陽介のコップに残った水の量を見た。

 今夜はまだ終わっていない。

 それでも、ここに戻ってきている限り、次の手は打てる。

 その事実だけを、鳴上は静かに受け取った。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)

次回もよろしくお願いします
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