二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


11

 十月に入っても、東京の昼はまだ少しだけ夏を引いていた。

 窓を閉め切るほどではないが、開けたままにしておくと夕方には空気が冷える。

 鳴上は講義から戻ると、先に部屋の窓を半分だけ開けた。

 机の上を片づけ、流しに伏せてあった食器の水気を切る。

 炊飯器の残りを見て、夕飯をどう回すかを頭の中で組み直した。

 

 善國寺の一件以来、生活の見た目はなるべく変えないまま、帰宅時間と動線だけは前より細かく合わせるようになっていた。

 足りないと分かっても、そこで手を離す理由にはならない。

 今日は陽介の方が少し早く戻っている。

 午前から学内へ出て、そのまま資料の受け取りだけ済ませて帰ると聞いていた。

 鳴上はそれに合わせて、先に米を研いである。

 味噌汁の具も切ってあった。

 帰ってきてから火を入れれば十分間に合う。

 

 その陽介は、ソファの端で携帯を見ていた。

 九月の終わりに比べれば、顔色はもうかなり戻っている。

 だが、帰宅時間の確認に以前より素直に応じることや、駅から部屋までの導線を曖昧にしないことは、そのまま習慣として残っていた。

「今日、こっちで何か見る?」

 陽介が画面から目を上げずに言った。

「地方の新店舗情報が上がってるっぽい」

「八十稲羽の件か」

「いや、そっちはたぶん出ねえだろ。出たら逆に嫌だけど」

 陽介はそう言って、短く笑うような息を漏らした。

 その軽さは、完全に油断している時のものではない。

 何も起きていない時間を、なるべく普通に扱おうとする時の調子だった。

 鳴上は台所へ立ち、冷蔵庫を開けた。

 豆腐の残りと、小松菜、味噌の残量。

 必要なものを確認している間も、背後で流れるテレビの音は耳の端に入っている。

 ニュース番組は夕方の情報枠へ移り変わりつつあった。

 全国の見出しが流れ、そのあと地方の話題へ切り替わる。

 普段なら意識の外へ流してしまう速度だった。

 

 だが、画面下に出た文字で、鳴上の手が止まった。

『ジュネス八十稲羽店 売却へ』

 

 数秒遅れて、陽介の方でも息が止まる音がした。

 鳴上は冷蔵庫の扉を開けたまま振り返った。

 地方ニュースの枠だった。

 全国ネットの大きな見出しではない。

 だが、だから軽いとも思えなかった。

 

 むしろ逆だった。

 こういう形で流れた時点で、地元には一気に広がる。

 八十稲羽の規模なら、夕方のこの時間に流れたニュースは、そのまま食卓や店先の会話へ落ちる。

 画面の中では、八十稲羽店の外観と駐車場が映っていた。

 聞き覚えのある店名が、聞き覚えのない話し方で読まれていく。

 

 売却方針。

 再開発。

 住民説明の見通しは不透明。

 地域への影響。

 言葉の並び方が妙に整いすぎていた。

 

「は?」

 陽介が立ち上がった。

 怒鳴る形にはならなかったが、その短い一音だけで十分だった。

「ちょ、待てよ」

 画面はすぐ次の話題へ移った。

 ほんの数十秒だった。

 だが、その短さがかえって地方ニュースらしかった。

 短く、しかし確実に、必要なところだけが地域へ落とされる。

 

 陽介はすでに携帯を手にしていた。

 躊躇う時間がない。

 まず事実確認へ向かう速さだった。

「母さん」

 呼び出し音の間に、陽介の顔からさっきまでの生活の緩みが消えた。

 鳴上はその横顔を見たまま、八十稲羽の反応を先に思い浮かべていた。

 

 あの店は、ただの大型店ではない。

 買い物をする場所である以上に、地元の導線そのものだった。

 食料品、日用品、待ち合わせ、暇つぶし、学校帰り、親子連れ。

 生活がそこを通ることに慣れきっている町で、「売却へ」の一言は想像以上に重い。

 

 店がなくなるのか。

 次は何になるのか。

 雇用はどうなるのか。

 周辺の店は持つのか。

 花村家は知っていたのか。

 そういう問いが、一度に走る。

 

「母さん?」

 陽介の声が少しだけ低くなった。

 繋がったらしい。

「今の、見た?」

 鳴上はテレビの音量を落とした。

 必要以上に近づかず、それでも陽介の声が聞き取れる位置に立つ。

「……うん」

 陽介は短く頷いた。

「いや、見たじゃなくて、あれ何。ほんとに出る話なのかって聞いてる」

 返ってくる声は聞こえない。

 だが、陽介の表情がそこでほんの少しだけ変わった。

 意外そうな硬さが、次の瞬間には別の重さへ変わる。

「親父が?」

 間を置いて、もう一度。

「今、向かってる?」

 鳴上はそこで目を細めた。

 ユリ子おばさんの返答は、陽介をなだめるようなものだったのだろう。

 陽介は問いを重ねるより、まず聞く側へ回った。

「……うん」

「分かった」

「いや、オレはまだこっち。うん」

「母さんは?」

 受け答えは落ち着いていた。

 陽介も取り乱してはいない。

 それが逆に重かった。

 ユリ子おばさんが冷静でいられるのは、事態を甘く見ているからではない。

 確認すべき場所と順番が、もうはっきりしているからだ。

 陽介はしばらく黙って聞き、最後に短く言った。

「分かった。こっちも待つ」

 それから、少しだけ声を落とした。

「……うん。気をつけて」

 

 通話が切れるまでの数秒、部屋は妙に静かだった。

 テレビの中では別の地方ニュースが流れている。

 画面の明るさだけがさっきと同じなのに、部屋の空気はもう違っていた。

「親父、八十稲羽へ向かってるって」

 陽介は携帯を見たまま言った。

「今、確認のために出たらしい」

「確認のために」

「うん。母さんも詳しいことはまだ分かんねえって」

 鳴上はそこで、さっきの画面に流れた情報を思い返した。

 詳しすぎた。

 陽一おじさんが確認のために向かっている段階なら、社内でも完全には整理できていないはずだ。

 少なくとも現場責任者が自分で動く程度には急だ。

 それなのに、報道はすでに店名も方針も影響も並べていた。

 ただ漏れた、ではない。

 その認識は、鳴上の中でほとんど一瞬で切り替わった。

 誰かが、今このタイミングで、こういう形で地域へ知らしめる必要があって出した。

 そう考える方が自然だった。

「……どうした」

 陽介がようやく鳴上を見た。

 鳴上は冷蔵庫の扉を閉め、短く答えた。

「早すぎる」

「何が」

「報道だ。陽一おじさんが確認に向かうぐらい急な話なのに、内容が揃いすぎてる」

 陽介の眉が寄った。

 怒りというより、理解を急ぐ時の顔だった。

「でも、どっかから漏れたとか」

「漏れた話なら、もっと曖昧になる」

 鳴上は言った。

「見出しだけ先に出るか、逆に店側のコメント待ちになる。あれは整理された情報が先に置かれすぎてる」

 陽介は黙った。

 その沈黙の中で、ニュースの重さが少しずつ別の形に変わっていくのが分かった。

 家の問題が表へ出た、というだけではない。

 誰かが、公の形で燃えやすいように火をつけたのだ。

「……わざとか」

 陽介が低く言った。

「ああ」

「最悪」

 短い言葉だったが、それ以上に続かなかった。

 陽介はソファへ座り直したものの、さっきまでのように深く背を預けることはできていなかった。

 膝の上で携帯を握ったまま、次の連絡を待つ側の姿勢になっている。

 

 鳴上はローテーブルの上を片づけながら、八十稲羽に帰省した時に特捜隊から共有された地元の空気を思い出していた。

 住民の違和感。

 店のまわりに滲んでいた不安。

 花村家が伏せていた硬さ。

 ユリ子おばさんの警戒。

 九月の帰宅導線の崩れ。

 それぞれ別の形をしていたものが、今は同じ方向を向き始めている。

 表の問題と裏の狙いが、ここで噛み始めた。

 

 まだ派手な異常は起きていない。

 部屋の中も変わらず、照明も、食器の位置も、夕飯の段取りもそのままだ。

 だが、八十稲羽の方では、もうそれでは済まない規模で人が動く。

 地方ニュース枠で流れた、という一点だけで十分だった。

 地元では誰かが見ている。

 見ていなくても、見た誰かがすぐ話す。

 その広がりは速い。

 八十稲羽店の売却話は、ただの経営判断としては受け取られない。

 周辺住民の不安は、今日のうちに花村家の名と結びつく。

 店の従業員は落ち着かない。

 近隣の商店もざわつく。

 

「母さん、落ち着いてた」

 陽介がぽつりと言った。

「ああ」

「落ち着いてるの、ありがたいんだけどさ。逆にやなんだよな」

 鳴上はその言葉に頷いた。

 ユリ子おばさんの落ち着きは、まだ何とかなるという意味ではない。

 急ぐべき時に急ぎ、確認すべきものが決まっている人の声だった。

「親父が向かうってことは、マジで急なんだろうし」

「そうだな」

「なのにニュースだけ先って、ほんと何なんだよ」

 陽介はそこで言葉を切った。

 怒鳴りたいわけではない。

 だが、怒りを向ける先がまだきれいな形になっていない。

 そのせいで、文の終わりだけが短く落ちた。

 

 鳴上はケトルを持ち上げ、水を入れた。

 今すぐ食事にする流れではない。

 それでも、何か温かいものを置いておいた方がいい。

 待つ時間が長くなるほど、生活の手順が切れる方がきつい。

「飲むか」

「……ああ」

「甘くない方でいいな」

「うん」

 湯気が立ちのぼり、部屋の空気に少しだけ湿り気が足される。

 鳴上はカップを二つ出し、茶葉を入れた。

 手はいつもの順で動く。

 だが、思考の方は別のところを見ていた。

 

 これは偶然の暴露ではない。

 誰かが、今日この形で、八十稲羽全体へ知らしめる必要があって起こした。

 そこまでは、もう疑いようがなかった。

 カップを机へ置くと、陽介がようやく一つ受け取った。

「ありがと」

「熱いから気をつけろ」

「ん」

 陽介は一口だけ飲んだ。

 それから、しばらく何も言わなかった。

 その沈黙が、鳴上には一番重かった。

 泣くでも怒鳴るでもなく、次に何を聞くべきかを探す時間。

 自分の家のことが、地域全体へ晒されたと受けるまでの間。

 どうにもできない公の騒ぎとして認識が切り替わる、その短い空白だった。

「……戻れって言われても、今すぐは無理だよな」

 陽介が言った。

「向こうもまだ確認中だ」

「ああ」

「でも、もうこれで済まねえよな」

 鳴上はすぐには答えなかった。

 問いの形をしているが、陽介も答えを求めてはいない。

 それでも、返すべき言葉はある。

「済まないな」

 鳴上は言った。

「今日の報道で、もう町全体が知る」

「だよな」

 

 陽介はカップを置き、両手を組んだ。

「ほんと最悪だ」

「うん」

「店のことだけでもきついのに」

「分かってる」

 鳴上はそれ以上先を言葉にしなかった。

 偶然ではない。

 あの報道は、誰かがこの順番で火をつける必要があって流したものだ。

 それだけで十分だった。

 

 携帯を机の上へ伏せて置く。

 次の連絡が鳴るまでのわずかな時間さえ、もう以前と同じ待ち方ではいられなかった。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)

ここまで引っ張ってきたけど、主題になるエピソードはここから。

次回もよろしくお願いします
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