スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
ニュース番組の地方枠は、同じ映像を何度か使い回すことがある。
それ自体は珍しいことではなかった。
店の外観、駐車場の車列、買い物袋を提げた住民の足元。街頭インタビューの横顔。正面入り口を映す、少し引いたカメラの画。
画面の切り替わりに合わせて、アナウンサーが淡々と原稿を読む。
『ジュネス八十稲羽店売却へ。地元住民の間には、戸惑いの声も広がっています』
テレビの下に流れる帯テロップを、鳴上は一度見た。
文面は、さっきからほとんど変わっていない。
ローテーブルには、途中まで飲んだ紅茶のカップが二つ置かれていた。夕食の片付けは済んでいる。洗い籠の皿はもう乾き始めていて、キッチンには薄い洗剤の匂いだけが残っていた。
生活の中に収まる夜だった。
少なくとも、このニュースが流れるまでは。
陽介は、一度実家へ電話を入れていた。
ユリ子おばさんの声は、受話口越しでも落ち着いていたらしい。こっちは大丈夫。お父さんがこっちへ向かっている。そう聞いてから、陽介は短く返事をして電話を切った。
それでもテレビは消さなかった。
続報が気になるからだ。
陽介はソファに浅く座ったまま、画面を見ている。背中は背もたれから離れていた。膝の上に置いた手は動いていない。
鳴上も隣でテレビを見ていた。
地方局の素材は多くないのだろう。同じカットが、少し順番を変えてまた流れる。建物の外観。正面入口。街頭でマイクを向けられる年配の女性。
『急すぎてねえ。困る人も多いんじゃないですか』
音声は自然だった。
だが女性の口が閉じてから、最後の語尾だけがわずかに遅れた。
鳴上はすぐにリモコンの位置を確認した。テーブルの端、自分の手から届く場所にある。
テレビの通信状態かとも思ったが、画面右上の時刻表示は乱れていない。これは配信ではなく地上波だ。回線の問題ではない。
次のカットで、店の正面入口が映る。
夕方に撮られた映像らしく、ガラスに薄く空が映り込んでいた。自動ドアの向こうを、買い物客らしい影が横切る。
その映像が、ほんの一拍だけ長かった。
切り替わるはずのところで画像が止まり、音声だけが先へ進む。
『今後の雇用への影響も、地域では懸念されており』
アナウンサーの声が流れたあとで、遅れて画面が切り替わる。
若い母親へのインタビュー。横で揺れる子供の帽子。背景に映るジュネスの看板。
陽介が、ゆっくりと前へ身を乗り出した。
鳴上はその横顔を見る。
強い緊張があるわけではない。だが、目が動かない。画面の手前ではなく、もっと奥の一点を見ている。
「陽介」
呼びかける。
返事はない。
聞こえていないわけではない。だが声が届いた場所から、こちらへ戻ってくるまでの道が途切れているようだった。
テレビでは、惣菜売り場の映像が流れていた。
見慣れた蛍光灯の白さ。陳列棚。値札の小さな文字。夕方の買い物客の肩。
そこへ、ざらりとノイズが走る。
棚の輪郭が滲み、画面の奥に別の色が重なった。
灰色の床。 金網のフェンス。
屋上のフードコートに置かれた、大きなテーブル。
鳴上は目を細める。
映像はすぐに街頭インタビューへ戻った。だが、もう見間違いではなかった。
ジュネスの屋上。
あの場所だ。
「陽介」
今度は、少し強く呼んだ。
陽介の指先が膝の上でわずかに動く。だが視線はテレビから切れない。
テレビの音が、一瞬二重になった。
『売却の方針を受け……受けて、住民からは……』
アナウンサーの声に、遅れた同じ文が重なる。
音はすぐに戻った。
だが、画面は戻らなかった。
地方ニュースの映像の奥に、ジュネスの屋上が透けている。フードコートのテーブル。色の褪せたパラソル。フェンスの向こうへ抜ける空。
そのテーブルを囲む影があった。
高校生が七人。
派手な着ぐるみが一体。
鳴上は一瞬、呼吸を忘れた。
高校の制服。見覚えのある髪型。見慣れた並び。テーブルを囲んで、何かを話している。
それは、かつての自分たちだった。
自称特別捜査隊。
八十稲羽で起きた連続殺人事件の謎を追っていた頃の姿が、テレビの向こうに映っている。
「な、……あれ、……」
陽介の声が落ちた。
ひどく薄い声だった。自分が何を見ているのか、自分でも追いついていない響きだった。
鳴上はその声ではっとする。
映像に意識を取られたのは一瞬だった。だが、その一瞬で陽介の体はさらにテレビへ近づいていた。
ソファの縁に重心が移っている。
立ち上がる。
そう判断した瞬間、鳴上は手を伸ばした。
「陽介、こっちを見ろ」
命令に近い声だった。
陽介は反応しない。
ゆっくりと立ち上がる。勢いはない。糸で吊られたような、不自然に静かな動きだった。
目線はテレビの画面に固定されている。
鳴上はソファから腰を浮かせ、その腕を掴んだ。
そこで初めて見えた。
テレビの画面から、白く光る糸のようなものが伸びている。
一本ではない。無数に。
細く、淡く、けれど確かな力を持った光が、陽介の胸元や肩、腕、指先へ絡んでいる。肌に触れているというより、存在そのものへ縫いつけられているようだった。
「陽介!」
鳴上は腕を引いた。
だが陽介の体は止まらない。
自分の意思で歩いているのではない。足が床を踏むたび、テレビの向こうから引き寄せられる。裸足の足裏がラグを擦り、ローテーブルの角をかすめる。
鳴上は手を離さなかった。
腕を掴み、肩へ手を回し、引き戻そうとする。だが引く力は、画面の側から来る力に追いつかない。
テレビの中で、かつての自分たちがテーブルを囲んでいる。
高校生の陽介が笑っている。
高校生の自分が、その隣にいる。
クマが大きく身振りをし、里中が何かを言い、天城が口元に手を添える。巽が腕を組み、久慈川が身を乗り出し、白鐘がノートのようなものへ視線を落としている。
記憶の中の光景に似ている。
だが、こんな映像が残っているはずがない。
テレビの画面に、あの頃の自分たちが映るはずがない。
「陽介、こっちを──」
叫びかけた瞬間、白い糸が強く光った。
陽介の体が、テレビへめり込んだ。
画面にぶつかるのではない。
薄い水面を抜けるように、肩から先が吸い込まれる。リビングの照明が陽介の輪郭を白く縁取り、そのまま画面の奥へ引き込んでいく。
鳴上は掴んだ腕を離さなかった。
離せば終わる。
その判断だけが、頭の中でやけにはっきりしていた。
次の瞬間、足元が消えた。
テレビの縁が広がる。部屋の床が遠のく。ローテーブル、麦茶のグラス、ソファ、乾きかけの皿、点けっぱなしのリビングの明かりが、全部まとめて背後へ流れていく。
落ちる。
そう理解するより先に、体が下へ持っていかれた。
感触は、覚えているものに似ていた。
かつてテレビの中へ入った時の、胃の奥が浮くような落下感。現実の重さを一度外されて、別の場所へ放り込まれる感覚。
ただし、あの時よりひどく乱暴だった。
ニュースの音声が、切れ切れに耳へ刺さる。
『……八十稲羽……売……却……じゅ……み……』
その奥で、屋上の風の音が混じる。
さらに深いところで、古い記憶の残骸のようなざわめきがした。笑い声なのか、店内放送なのか、判別できない。
鳴上は陽介の腕を抱え込むように掴み直した。
一人なら受け身を取れた。
だが今は、陽介を離さないことが先だった。
視界が何度も切り替わる。
リビングの天井。地方ニュースのテロップ。ジュネスの看板。フードコートのテーブル。白い糸。ノイズの走る空。
次の瞬間、硬い床が来た。
鳴上は膝と肩で衝撃を受けた。
完全には受け身を取れなかった。片肘が床を擦り、鈍い痛みが走る。だが腕の中に、陽介の重さは残っている。
離していない。
それだけを確認してから、鳴上はすぐに体を起こした。
陽介はすぐ横に倒れていた。
落下の直前、かろうじて身を捻ったのだろう。まともに頭から落ちたわけではない。肩と背中で受けている。けれど、そのまま床に倒れたまま、すぐには起き上がらなかった。
目は開いている。
だが焦点が定まっていない。
呼吸はある。胸が浅く上下している。速いが、途切れてはいない。
「陽介」
鳴上はまず肩と首の角度を見た。
変な曲がり方はしていない。額に大きな傷もない。口元に血も見えない。
次に腕と手首を見る。さっき掴んでいた場所が赤くなっているが、骨に異常があるようには見えない。
「聞こえるか」
鳴上は陽介の肩を軽く叩いた。
強く揺さぶることはしない。意識の戻り方を見たかった。
陽介のまぶたがわずかに震える。
「……っ」
息とも声ともつかない音が漏れた。
完全に意識を失ってはいない。
だが、体に力が入っていない。目を開けているのに、こちらへ戻りきれていない。テレビに引かれていた時の接続が、まだどこかに残っている。
鳴上は陽介の背中へ腕を差し入れ、上体を少しだけ抱き起こした。
「立つな。まだ動くな」
返事はない。
それでも、言葉を置く。
陽介の体は支えを抜けばそのまま倒れる重さだった。鳴上は片腕で背中を支え、もう片方の手で肩を押さえながら、周囲を確認する。
床は冷たいコンクリートだった。
リビングのラグも、木目のフローリングもない。靴下越しに、硬さと冷えがはっきり返ってくる。
ここは部屋ではない。
目の前に広がっていたのは、ジュネスの屋上フードコートによく似た空間だった。
低い柵。色褪せたテーブル。どこか見覚えのある床の広さ。
中央には、かつて人が集まっていた場所を思わせる空白がある。フードコートの椅子やテーブルは並んでいるのに、全体が奇妙に古びていた。営業を終えたあと何年も放置された場所のように、使われた記憶だけが残っている。
だが、記憶の中の屋上とは違うものがあった。
フードコートの端に、イベント用の低いステージが設けられている。
床より数段だけ高い、簡易な舞台だった。休日の販促イベントや、地元の催しで使われそうな広さがある。だが、そこに人の気配はない。マイクスタンドも、椅子も、飾りつけもなく、ただ中央へ向けて開かれた空間だけが残っていた。
その奥に、大きなモニターが立っている。
黒い画面はまだ何も映していない。けれど、電源が落ちているだけの機械には見えなかった。表面がわずかに濡れたように光り、霧の色を鈍く反射している。
鳴上はそのモニターを見た瞬間、喉の奥が冷えた。
テレビに引き込まれた先に、また画面がある。
それは偶然の配置ではない。
フードコートのさらに奥、フェンスに近い位置には、大きなジュネスの看板が掲げられていた。
現実の屋上にもあったはずのものに似ている。けれど大きすぎる。文字の輪郭も、色も、どこか歪んでいた。見慣れたロゴのはずなのに、遠近感だけが合わない。近くにあるようにも、霧の向こうに浮いているようにも見える。
看板の背後には、八十稲羽の町並みはなかった。
あるのは、濃い霧だけだ。
白とも灰色ともつかない霧が、周囲を覆っている。ときどき、その中に色ノイズが走る。町の輪郭らしいものが一瞬だけ浮かび、すぐに崩れる。
空もない。
雲も、太陽も、月もない。
明るいのに光源が分からない。薄い膜の内側に閉じ込められているようだった。
鳴上は息を整える。
異常だ。
あまりに異常すぎる。
だからこそ、感情より先に確認事項が並んだ。
陽介の呼吸。意識。外傷。足場。逃げ道。敵影。テレビから伸びていた白い糸の有無。
まず陽介を動かさない。
立たせない。
ここがどこであれ、今の陽介は自力で歩ける状態ではない。
鳴上は陽介の肩を支え直し、背中を自分の胸元へ預けさせる。体温はある。呼吸もある。目は開いているが、焦点はまだ揺れている。
「陽介、俺の声だけ聞け」
短く言う。
返事はなかった。
だが陽介の指が、わずかに鳴上の袖を掴んだ。
それで十分だった。
鳴上はその手を見てから、もう一度周囲へ視線を戻した。
風が吹いている。
ジュネスの屋上に似た風だった。けれど匂いがない。遠くの車の音も、店内放送も、町の気配もない。ただ、空間だけが屋上の形を真似ている。
見覚えのある場所に似せている。
しかも、ただ再現しただけではない。
フードコート。ステージ。大型モニター。ジュネスの看板。
配置に意味がありすぎる。
ここは、誰かを座らせて休ませる場所ではない。
見せるための場所だ。晒すための場所だ。
鳴上はそう判断した。
正面のフードコートには、かつて自分たちが座っていた大きなテーブルに似たものがある。
テレビの中で見た高校生の自分たちは、もうそこにはいなかった。
だが、いないことのほうがかえって不気味だった。映像だけを先に見せられ、本人たちだけが消えた舞台に落とされたようだった。
鳴上は陽介を抱えたまま、床へ膝をつける位置を変えた。
すぐに動ける姿勢を保つ。
陽介を背に庇える角度を探す。
テレビはない。
戻る入口も見えない。
スマホを確認したかったが、今は片手を離すほうが危ない。陽介の状態が安定するまでは、優先順位を変えない。
大型モニターの黒い面が、わずかに明るくなった気がした。
鳴上はそこへ視線を向ける。
まだ何も映っていない。だが、画面の奥で何かが待っている。そう思わせるだけの深さがあった。
さらに奥のジュネスの看板の向こうで、霧が一度、大きくうねった。
看板の輪郭が揺れる。
ロゴの色が、霧の中で少しだけ滲む。
鳴上は陽介の肩をさらに強く支えた。
ここがジュネス屋上のフードコートを模した場所なら、偶然ここへ落とされたわけではない。
陽介を引いたものは、陽介にこの場所を見せようとしている。
あるいは、ここで何かを始めようとしている。
鳴上は冷たい床の感触を膝で受けながら、ゆっくり息を吸った。
まずは陽介を守る。
その次に、この場所の意味を探る。
順番はそれだけでいい。
ステージの奥で、黒いモニターにノイズが走った。
そして、ジュネスの看板の向こうで、霧がもう一度、深く揺れた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)
テレビに落ちたらジュネスのフードコート?に落ちたでござるという回
次回もよろしくお願いいたします。