二人の食卓、二人の空   作:erupon

62 / 64
こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


12

 ニュース番組の地方枠は、同じ映像を何度か使い回すことがある。

 それ自体は珍しいことではなかった。

 店の外観、駐車場の車列、買い物袋を提げた住民の足元。街頭インタビューの横顔。正面入り口を映す、少し引いたカメラの画。

 画面の切り替わりに合わせて、アナウンサーが淡々と原稿を読む。

 

『ジュネス八十稲羽店売却へ。地元住民の間には、戸惑いの声も広がっています』

 テレビの下に流れる帯テロップを、鳴上は一度見た。

 文面は、さっきからほとんど変わっていない。

 

 ローテーブルには、途中まで飲んだ紅茶のカップが二つ置かれていた。夕食の片付けは済んでいる。洗い籠の皿はもう乾き始めていて、キッチンには薄い洗剤の匂いだけが残っていた。

 生活の中に収まる夜だった。

 少なくとも、このニュースが流れるまでは。

 

 陽介は、一度実家へ電話を入れていた。

 ユリ子おばさんの声は、受話口越しでも落ち着いていたらしい。こっちは大丈夫。お父さんがこっちへ向かっている。そう聞いてから、陽介は短く返事をして電話を切った。

 それでもテレビは消さなかった。

 続報が気になるからだ。

 陽介はソファに浅く座ったまま、画面を見ている。背中は背もたれから離れていた。膝の上に置いた手は動いていない。

 鳴上も隣でテレビを見ていた。

 

 地方局の素材は多くないのだろう。同じカットが、少し順番を変えてまた流れる。建物の外観。正面入口。街頭でマイクを向けられる年配の女性。

『急すぎてねえ。困る人も多いんじゃないですか』

 音声は自然だった。

 だが女性の口が閉じてから、最後の語尾だけがわずかに遅れた。

 鳴上はすぐにリモコンの位置を確認した。テーブルの端、自分の手から届く場所にある。

 テレビの通信状態かとも思ったが、画面右上の時刻表示は乱れていない。これは配信ではなく地上波だ。回線の問題ではない。

 次のカットで、店の正面入口が映る。

 夕方に撮られた映像らしく、ガラスに薄く空が映り込んでいた。自動ドアの向こうを、買い物客らしい影が横切る。

 その映像が、ほんの一拍だけ長かった。

 切り替わるはずのところで画像が止まり、音声だけが先へ進む。

『今後の雇用への影響も、地域では懸念されており』

 アナウンサーの声が流れたあとで、遅れて画面が切り替わる。

 若い母親へのインタビュー。横で揺れる子供の帽子。背景に映るジュネスの看板。

 

 陽介が、ゆっくりと前へ身を乗り出した。

 鳴上はその横顔を見る。

 強い緊張があるわけではない。だが、目が動かない。画面の手前ではなく、もっと奥の一点を見ている。

「陽介」

 呼びかける。

 返事はない。

 聞こえていないわけではない。だが声が届いた場所から、こちらへ戻ってくるまでの道が途切れているようだった。

 

 テレビでは、惣菜売り場の映像が流れていた。

 見慣れた蛍光灯の白さ。陳列棚。値札の小さな文字。夕方の買い物客の肩。

 そこへ、ざらりとノイズが走る。

 棚の輪郭が滲み、画面の奥に別の色が重なった。

 灰色の床。 金網のフェンス。

 屋上のフードコートに置かれた、大きなテーブル。

 

 鳴上は目を細める。

 映像はすぐに街頭インタビューへ戻った。だが、もう見間違いではなかった。

 ジュネスの屋上。

 あの場所だ。

 

「陽介」

 今度は、少し強く呼んだ。

 陽介の指先が膝の上でわずかに動く。だが視線はテレビから切れない。

 テレビの音が、一瞬二重になった。

『売却の方針を受け……受けて、住民からは……』

 アナウンサーの声に、遅れた同じ文が重なる。

 音はすぐに戻った。

 だが、画面は戻らなかった。

 地方ニュースの映像の奥に、ジュネスの屋上が透けている。フードコートのテーブル。色の褪せたパラソル。フェンスの向こうへ抜ける空。

 そのテーブルを囲む影があった。

 高校生が七人。

 派手な着ぐるみが一体。

 鳴上は一瞬、呼吸を忘れた。

 

 高校の制服。見覚えのある髪型。見慣れた並び。テーブルを囲んで、何かを話している。

 それは、かつての自分たちだった。

 自称特別捜査隊。

 八十稲羽で起きた連続殺人事件の謎を追っていた頃の姿が、テレビの向こうに映っている。

 

「な、……あれ、……」

 陽介の声が落ちた。

 ひどく薄い声だった。自分が何を見ているのか、自分でも追いついていない響きだった。

 鳴上はその声ではっとする。

 映像に意識を取られたのは一瞬だった。だが、その一瞬で陽介の体はさらにテレビへ近づいていた。

 ソファの縁に重心が移っている。

 立ち上がる。

 そう判断した瞬間、鳴上は手を伸ばした。

「陽介、こっちを見ろ」

 命令に近い声だった。

 陽介は反応しない。

 ゆっくりと立ち上がる。勢いはない。糸で吊られたような、不自然に静かな動きだった。

 目線はテレビの画面に固定されている。

 鳴上はソファから腰を浮かせ、その腕を掴んだ。

 そこで初めて見えた。

 テレビの画面から、白く光る糸のようなものが伸びている。

 一本ではない。無数に。

 細く、淡く、けれど確かな力を持った光が、陽介の胸元や肩、腕、指先へ絡んでいる。肌に触れているというより、存在そのものへ縫いつけられているようだった。

「陽介!」

 鳴上は腕を引いた。

 だが陽介の体は止まらない。

 自分の意思で歩いているのではない。足が床を踏むたび、テレビの向こうから引き寄せられる。裸足の足裏がラグを擦り、ローテーブルの角をかすめる。

 鳴上は手を離さなかった。

 腕を掴み、肩へ手を回し、引き戻そうとする。だが引く力は、画面の側から来る力に追いつかない。

 

 テレビの中で、かつての自分たちがテーブルを囲んでいる。

 高校生の陽介が笑っている。

 高校生の自分が、その隣にいる。

 クマが大きく身振りをし、里中が何かを言い、天城が口元に手を添える。巽が腕を組み、久慈川が身を乗り出し、白鐘がノートのようなものへ視線を落としている。

 記憶の中の光景に似ている。

 だが、こんな映像が残っているはずがない。

 テレビの画面に、あの頃の自分たちが映るはずがない。

「陽介、こっちを──」

 叫びかけた瞬間、白い糸が強く光った。

 陽介の体が、テレビへめり込んだ。

 画面にぶつかるのではない。

 薄い水面を抜けるように、肩から先が吸い込まれる。リビングの照明が陽介の輪郭を白く縁取り、そのまま画面の奥へ引き込んでいく。

 鳴上は掴んだ腕を離さなかった。

 離せば終わる。

 その判断だけが、頭の中でやけにはっきりしていた。

 

 次の瞬間、足元が消えた。

 テレビの縁が広がる。部屋の床が遠のく。ローテーブル、麦茶のグラス、ソファ、乾きかけの皿、点けっぱなしのリビングの明かりが、全部まとめて背後へ流れていく。

 落ちる。

 そう理解するより先に、体が下へ持っていかれた。

 感触は、覚えているものに似ていた。

 かつてテレビの中へ入った時の、胃の奥が浮くような落下感。現実の重さを一度外されて、別の場所へ放り込まれる感覚。

 ただし、あの時よりひどく乱暴だった。

 

 ニュースの音声が、切れ切れに耳へ刺さる。

『……八十稲羽……売……却……じゅ……み……』

 その奥で、屋上の風の音が混じる。

 さらに深いところで、古い記憶の残骸のようなざわめきがした。笑い声なのか、店内放送なのか、判別できない。

 

 鳴上は陽介の腕を抱え込むように掴み直した。

 一人なら受け身を取れた。

 だが今は、陽介を離さないことが先だった。

 視界が何度も切り替わる。

 リビングの天井。地方ニュースのテロップ。ジュネスの看板。フードコートのテーブル。白い糸。ノイズの走る空。

 

 次の瞬間、硬い床が来た。

 鳴上は膝と肩で衝撃を受けた。

 完全には受け身を取れなかった。片肘が床を擦り、鈍い痛みが走る。だが腕の中に、陽介の重さは残っている。

 離していない。

 それだけを確認してから、鳴上はすぐに体を起こした。

 陽介はすぐ横に倒れていた。

 落下の直前、かろうじて身を捻ったのだろう。まともに頭から落ちたわけではない。肩と背中で受けている。けれど、そのまま床に倒れたまま、すぐには起き上がらなかった。

 目は開いている。

 だが焦点が定まっていない。

 呼吸はある。胸が浅く上下している。速いが、途切れてはいない。

「陽介」

 鳴上はまず肩と首の角度を見た。

 変な曲がり方はしていない。額に大きな傷もない。口元に血も見えない。

 次に腕と手首を見る。さっき掴んでいた場所が赤くなっているが、骨に異常があるようには見えない。

「聞こえるか」

 鳴上は陽介の肩を軽く叩いた。

 強く揺さぶることはしない。意識の戻り方を見たかった。

 陽介のまぶたがわずかに震える。

「……っ」

 息とも声ともつかない音が漏れた。

 完全に意識を失ってはいない。

 だが、体に力が入っていない。目を開けているのに、こちらへ戻りきれていない。テレビに引かれていた時の接続が、まだどこかに残っている。

 

 鳴上は陽介の背中へ腕を差し入れ、上体を少しだけ抱き起こした。

「立つな。まだ動くな」

 返事はない。

 それでも、言葉を置く。

 陽介の体は支えを抜けばそのまま倒れる重さだった。鳴上は片腕で背中を支え、もう片方の手で肩を押さえながら、周囲を確認する。

 

 床は冷たいコンクリートだった。

 リビングのラグも、木目のフローリングもない。靴下越しに、硬さと冷えがはっきり返ってくる。

 

 ここは部屋ではない。

 目の前に広がっていたのは、ジュネスの屋上フードコートによく似た空間だった。

 低い柵。色褪せたテーブル。どこか見覚えのある床の広さ。

 中央には、かつて人が集まっていた場所を思わせる空白がある。フードコートの椅子やテーブルは並んでいるのに、全体が奇妙に古びていた。営業を終えたあと何年も放置された場所のように、使われた記憶だけが残っている。

 だが、記憶の中の屋上とは違うものがあった。

 フードコートの端に、イベント用の低いステージが設けられている。

 床より数段だけ高い、簡易な舞台だった。休日の販促イベントや、地元の催しで使われそうな広さがある。だが、そこに人の気配はない。マイクスタンドも、椅子も、飾りつけもなく、ただ中央へ向けて開かれた空間だけが残っていた。

 その奥に、大きなモニターが立っている。

 黒い画面はまだ何も映していない。けれど、電源が落ちているだけの機械には見えなかった。表面がわずかに濡れたように光り、霧の色を鈍く反射している。

 鳴上はそのモニターを見た瞬間、喉の奥が冷えた。

 テレビに引き込まれた先に、また画面がある。

 それは偶然の配置ではない。

 

 フードコートのさらに奥、フェンスに近い位置には、大きなジュネスの看板が掲げられていた。

 現実の屋上にもあったはずのものに似ている。けれど大きすぎる。文字の輪郭も、色も、どこか歪んでいた。見慣れたロゴのはずなのに、遠近感だけが合わない。近くにあるようにも、霧の向こうに浮いているようにも見える。

 看板の背後には、八十稲羽の町並みはなかった。

 あるのは、濃い霧だけだ。

 白とも灰色ともつかない霧が、周囲を覆っている。ときどき、その中に色ノイズが走る。町の輪郭らしいものが一瞬だけ浮かび、すぐに崩れる。

 空もない。

 雲も、太陽も、月もない。

 明るいのに光源が分からない。薄い膜の内側に閉じ込められているようだった。

 

 鳴上は息を整える。

 異常だ。

 あまりに異常すぎる。

 だからこそ、感情より先に確認事項が並んだ。

 陽介の呼吸。意識。外傷。足場。逃げ道。敵影。テレビから伸びていた白い糸の有無。

 まず陽介を動かさない。

 立たせない。

 ここがどこであれ、今の陽介は自力で歩ける状態ではない。

 鳴上は陽介の肩を支え直し、背中を自分の胸元へ預けさせる。体温はある。呼吸もある。目は開いているが、焦点はまだ揺れている。

「陽介、俺の声だけ聞け」

 短く言う。

 返事はなかった。

 だが陽介の指が、わずかに鳴上の袖を掴んだ。

 それで十分だった。

 

 鳴上はその手を見てから、もう一度周囲へ視線を戻した。

 風が吹いている。

 ジュネスの屋上に似た風だった。けれど匂いがない。遠くの車の音も、店内放送も、町の気配もない。ただ、空間だけが屋上の形を真似ている。

 見覚えのある場所に似せている。

 しかも、ただ再現しただけではない。

 フードコート。ステージ。大型モニター。ジュネスの看板。

 配置に意味がありすぎる。

 ここは、誰かを座らせて休ませる場所ではない。

 見せるための場所だ。晒すための場所だ。

 鳴上はそう判断した。

 

 正面のフードコートには、かつて自分たちが座っていた大きなテーブルに似たものがある。

 テレビの中で見た高校生の自分たちは、もうそこにはいなかった。

 だが、いないことのほうがかえって不気味だった。映像だけを先に見せられ、本人たちだけが消えた舞台に落とされたようだった。

 

 鳴上は陽介を抱えたまま、床へ膝をつける位置を変えた。

 すぐに動ける姿勢を保つ。

 陽介を背に庇える角度を探す。

 

 テレビはない。

 戻る入口も見えない。

 

 スマホを確認したかったが、今は片手を離すほうが危ない。陽介の状態が安定するまでは、優先順位を変えない。

 大型モニターの黒い面が、わずかに明るくなった気がした。

 鳴上はそこへ視線を向ける。

 まだ何も映っていない。だが、画面の奥で何かが待っている。そう思わせるだけの深さがあった。

 さらに奥のジュネスの看板の向こうで、霧が一度、大きくうねった。

 看板の輪郭が揺れる。

 ロゴの色が、霧の中で少しだけ滲む。

 鳴上は陽介の肩をさらに強く支えた。

 ここがジュネス屋上のフードコートを模した場所なら、偶然ここへ落とされたわけではない。

 陽介を引いたものは、陽介にこの場所を見せようとしている。

 あるいは、ここで何かを始めようとしている。

 鳴上は冷たい床の感触を膝で受けながら、ゆっくり息を吸った。

 

 まずは陽介を守る。

 その次に、この場所の意味を探る。

 順番はそれだけでいい。

 ステージの奥で、黒いモニターにノイズが走った。

 そして、ジュネスの看板の向こうで、霧がもう一度、深く揺れた。

 

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)

テレビに落ちたらジュネスのフードコート?に落ちたでござるという回

次回もよろしくお願いいたします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。