二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


13

 黒い面の奥で白い光が滲み、薄い膜を何枚も重ねるように像が立ち上がっていく。周囲に設置された小さなモニターも、遅れて一つずつ明滅した。フェンスの金網にまで反射が走り、屋上全体が上映装置へ変わっていく。

 

 鳴上は陽介の背を支え直した。

 陽介は地面に座り込んだまま、鳴上の体へ半分もたれている。完全に意識を失ってはいない。目は開いている。だが体に力が入らないらしく、支えを外せばそのまま床へ倒れる状態だった。

 それでも、視線だけはモニターへ向いている。

 瞳の焦点は定まりきらず、細かく揺れている。鳴上の声を拾っている気配はあるが、意識の大半は画面の奥へ引き寄せられているようだった。

 

 陽介の指が、鳴上の服の裾を弱く掴む。

 しがみつくというほどの力はない。そこにあるものを確かめるような、かすかな触れ方だった。

「陽介。聞こえるなら、そのまま掴んでいろ」

 返事はなかった。

 だが指先が、ほんの少しだけ布を握り直した。

 鳴上はそれを確認してから、モニターへ視線を戻した。

 

 最初に映ったのは、白く濁った光の層だった。

 

 霧。

 次いで、巨大な眼のようなものが、画面の奥で歪む。

 アメノサギリ。

 それが分かるまでに時間は要らなかった。頭で考えるより先に、体が覚えている。息の詰まるような白。世界ごと飲み込まれるような圧。あの時、皆で戦った相手だ。

 だが、映像の流れがおかしい。

 崩れていくはずの光が、散るのではなく戻っていく。

 霧が晴れるのではない。晴れた霧が、もう一度中心へ集められている。砕けた輪郭が、破片の順番を逆に辿って組み上がる。攻撃の光も、足元を走った衝撃も、全部が後ろ向きに巻き戻されていた。

 

 逆再生だ。

 鳴上は陽介の肩を支えたまま、奥歯を噛んだ。

 あの日の戦いが、終わりから始まりへ向けて戻されている。

 巨大モニターだけではない。周囲の小さな画面にも、別角度の光景が走っていた。ある画面では霧が逆向きに濃くなり、別の画面では誰かの足元が後ろへ滑る。フェンスの反射まで白く染まり、屋上そのものが記憶の中へ引きずり込まれていく。

 しかし、そこにかすかな違和感もある。

 

 陽介の呼吸が浅くなった。

 胸の上下が小さく、速くなる。視線はモニターから動かない。意識を奪われているというより、画面の向こうにあるものを直接引きずり出されているようだった。

 鳴上は片手を陽介の胸元に添え、呼吸の動きを確かめる。

「息は止めるな。ゆっくりでいい」

 陽介の喉が震える。

 声にはならない。だが、数秒遅れて胸が一度だけ深く上下した。

 そのとき、鳴上の胸元で小さな熱が跳ねた。 お守りだ。

 服の内側に入れていたそれが、じり、と焼けるような熱を持つ。鳴上は一瞬だけ顔をしかめた。

 効いている。そう判断する。

 だが、すべてを逸らしきれてはいない。

 そもそも、ここへ落ちた時点で削られている。

 テレビに引き込まれ、こちら側の空間へ落とされ、今こうして魂の奥へ触れる映像を見せられている。

 お守りは、それを完全に弾いているのではない。致命的なものをかろうじて逸らし、陽介が全部持っていかれないように引っかけているだけだ。

 熱は、悲鳴に近かった。

 

 モニターの白が一度沈む。

 次に映ったのは、夜の川縁だった。

 乱れた灯り。救急車の赤。病院へ向かう慌ただしい気配。

 菜々子だ。

 鳴上の背筋が冷える。

 担架が進むのではなく、戻っていく。閉じたはずの救急車の扉が開き、叫びの残響が喉の奥へ吸い戻される。病院の白い廊下が、伸びて、縮み、時間の流れを逆向きに引き裂いていく。

 鳴上は長く見なかった。

 見れば引かれる。

 その自覚があった。だから映像の正体だけを拾い、すぐに陽介へ意識を戻す。

 

 陽介はまだモニターを見ていた。

 目は開いている。だが、見えているものを理解しているのか、ただ引きずられているのかが分からない。指先が鳴上の服をまた掴む。今度は少しだけ強い。

「陽介」

 呼ぶと、薄く開いた唇が震えた。

「……おれ、の……」

 それだけだった。

 鳴上は息を止めかけた。

 俺の、何だ。

 記憶か。経験か。傷か。あるいは、それよりもっと奥にあるものか。

 問い返す前に、モニターの映像が切り替わる。

 金属の壁。閉じた空間。赤と黒の色味。

 直斗のダンジョンだった。

 その奥で、直斗のシャドウが逆向きに形を変えていく。異様な機械仕掛けの輪郭が、人の姿へ戻っていく。歯車めいた音が後ろ向きに鳴り、照明が逆に明滅する。

 

 鳴上は映像を見ながら、違和感を一つずつ拾っていた。

 なぜ、アメノサギリから始まった。

 あれは事件の終盤だ。なぜ、そこから逆に辿っている。

 自称特別捜査隊として戦ってきた記憶を、最後から最初へ向けて戻している。戦闘だけではない。菜々子の誘拐や、ダンジョンの記憶まで含めている。

 

 目的は何だ。

 思い出を見せて揺さぶるだけなら、順番はもっと選べる。

 陽介にとって痛い場所を直接抉ればいい。

 だが、これは違う。感情を選んでいるのではない。順序を剥がしている。

 積み上げた順番を、逆にほどいている。

 

 鳴上の胸元で、お守りがさらに熱を持った。

 じりじりと、布越しでも肌が焼けそうになる。音が聞こえる気がした。実際に鳴っているのか、削られている感覚がそう聞こえるのか分からない。

 陽介の肩がぐらりと揺れる。

 鳴上はすぐに腕へ力を込めた。

「倒れるな。俺に預けろ」

 陽介は返事をしない。

 だが体重が、少しだけ鳴上の側へ戻ってくる。完全にこちらへ戻ったわけではない。それでも、声を拾っている。

 

 直斗の場面が遠ざかり、久保のダンジョンが映る。

 安っぽい色面。張りぼてのような壁。偽物めいた奥行き。映像そのものが乱れているような、不快な空間だった。

 それもまた、逆向きに進んでいく。

 決着の場面が崩れ、戦いの途中へ戻り、さらに前へ巻き戻る。声らしい音が意味を失い、叫びとも笑いともつかないものがノイズへ混ざる。

 鳴上は目を細めた。

 画面の内容そのものより、流れのほうを見る。

 

 アメノサギリ。

 菜々子。

 直斗。

 久保。

 次に来るものを考えれば、順番は読める。

 だが、それが分かったところで止める手段がない。

 

 霧の向こうで、ふいに影が落ちた。

 最初は、モニターの光が遮られたのかと思った。

 違う。上だ。

 鳴上は反射で顔を上げる。

 

 ジュネスの大きな看板の向こうに、巨大なものが形を取り始めていた。

 白い頭部。そこに顔はない。

 幾重にも重なる白い装束は、衣にも見えるし、拘束具にも見える。

 長く垂れた布のような輪郭が、霧とノイズの中でゆっくり揺れている。

 イザナミノミコト。

 高校二年の最後に戦った、あの虚無の姿。

 鳴上の喉が冷えた。

「なぜ、お前がそこにいる」

 声は低く出た。

 巨大な形代は答えない。

 まだ完全には顕現していない。看板の背後から、少しずつ輪郭をこちら側へ押し出している。霧が白い装束の形に引き伸ばされ、ノイズが頭部の輪郭へ縫い込まれていく。

 ゆっくりだ。だが、確実に形作られている。

 鳴上は睨みながら、さらに強い違和感を覚えた。

 なぜ、虚無の姿なのか。

 自分たちが最後に見たのは、その先にある禍々しい真実の姿だったはずだ。

 ならば、ここで形作られているものは何だ。

 イザナミそのものではない。

 イザナミノミコトに似せた形代。

 それも、あの時の最後まで辿った姿ではなく、虚無として立ちはだかった段階の姿。

 逆再生される記憶。

 最後から最初へ剥がされる経験。

 虚無の姿で顕現しようとする形代。

 鳴上の頭の中で、いくつもの線が繋がりかける。

 だが、答えには届かない。

 

 モニターは容赦なく次へ進んだ。

 りせのステージ。

 光沢のある照明。場違いなほど鮮やかな色。歓声の残骸が逆向きに吸い戻され、スポットライトが点くのではなく消えていく。

 続いて、クマの輪郭が白く揺れた。

 はっきりした形ではない。柔らかな着ぐるみの残像だけが、別のモニターへ遅れて映る。りせとクマ、それぞれのシャドウとの戦いが、同じ流れの中で逆に折り畳まれていく。

 陽介の呼吸がまた乱れる。

 鳴上は顎の角度を少し上げ、気道を塞がないようにする。

「吸え。吐け。そうだ」

 陽介の胸が不安定に上下する。

 目はモニターから外れない。

 その瞳の奥に、映像の光とは違うものがちらついた気がした。

 金色。鳴上は息を呑む。

 

 その瞬間、陽介の唇がわずかに動いた。

『鳴上』

 声が二重に重なった。

 陽介の声であって、陽介の声ではなかった。

 鳴上は体を強張らせる。

「陽介?」

『これは、魂の経験を、剥がす、ものだ』

 言葉は途切れ途切れだった。

 陽介はモニターから目を離していない。口元だけがかすかに動き、声だけが別の深さを伴って出てくる。

「何を、言っている」

 鳴上は陽介の顔を見た。瞳に、また金の光が揺れる。

 高校の時に見た、あのペルソナの気配とは違う。だが無関係でもない。陽介の輪郭の内側から、別のものが薄く浮いている。

『だが、これは行幸とも、……いえる』

「……お前は、誰だ」

 問いながらも、答えは半分分かっていた。それでも聞かずにはいられなかった。

「陽介は、どうなっている」

 陽介のシャドウらしき声は、すぐには返ってこない。

 

 モニターでは、完二のダンジョンが立ち上がっていた。

 サウナの熱気が、冷えた屋上の空気に重なる。赤と桃色に近い異様な色調。汗をかいた全員が、完二のシャドウと対峙している。

 それもまた、逆再生されていた。

 攻撃は放たれる前へ戻り、挑発めいた声は意味を失って喉へ戻る。異様な熱と露骨な痛みが、戦いの終わりから始まりへ向けて剥がされていく。

 

『どうなるか、は、まだ、わからない』

 しばらくして、陽介から声が落ちる。

『だが、……保っている』

「答えになっていない」

 鳴上の声が硬くなる。

「何が起きている。なぜ陽介だけがこんな状態になっている。なぜ、お前が話している」

 陽介が一つ、ゆっくり瞬きをした。

 瞳の金色が、ちらちらと不安定に揺れる。

 そして、薄く笑った。それは陽介の表情だった。

 けれど、いつもの陽介そのものではない。もっと奥にいる何かが、陽介の口元だけを借りているように見えた。

『……鳴上、おまえさ……』

 声に、かすかな呆れが混じる。

『聞いて、ばっかだな……』

「なっ」

『待て、もできねえのかよ』

 言い返しかけて、鳴上は言葉を飲み込む。

 その言い方は、あまりにも陽介に近かった。

 だが鳴上と呼ぶ。

 そこだけが決定的に違う。

 陽介なら、こんな場面で鳴上とは呼ばない。

 だからこれは、陽介そのものではない。

 けれど、陽介ではない何かが、外から入り込んでいるわけでもない。声は陽介の喉から出ている。言葉の選び方にも、ところどころ陽介の癖が混じる。

 

 鳴上は、その違和感を飲み込まずに拾った。

 ペルソナか。

 ジライヤなのか、スサノオなのか。あるいは、そのどちらかと名を切り分けられる段階ですらないのか。

 今の陽介は、魂の奥を掘り返されている。ならば、そこから滲み出てきた声も、普段の意識とペルソナの境目が曖昧になったものだと考えたほうがいい。

 断定はできない。だが、少なくとも一つだけは分かる。

 これは、陽介を剥がされる側から食い止めようとしている声だ。

 

 モニターの光が変わる。

 大きな鳥かごが吊るされた、王の間。

 雪子城だ。

 赤い絨毯。高く伸びる階段。閉じ込めるために作られたような豪奢な空間。その中央に、雪子のシャドウが立っている。

 映像はやはり逆再生だった。

 笑いが閉じていく。誇張された仕草が、始まる前へ戻される。届いたはずの言葉も、受け入れたはずの痛みも、そこへ辿り着く前へ押し返されていく。

 

 鳴上はモニターを見ながら、必死に考えた。

 魂の経験を剥がす。そいつはそう言った。

 ならばこれは、記憶の再生ではない。

 見せているのではなく、剥がしている。

 陽介が特捜隊として積み上げてきた経験を、最後から最初へ逆に辿り、身についたものを一枚ずつ外そうとしている。

 戦ったこと。受け入れたこと。誰かを助けたこと。誰かに助けられたこと。

 相棒として隣に立ったこと。

 その順番を逆にほどけば、何が残る。

 

 鳴上の胸元で、お守りが焼けるように熱くなった。

 肌が痛い。

 だが、鳴上は手を離せない。陽介を支える腕も、裾を掴む指を受け止める手も、どちらも緩められない。

 

 雪子城の光が落ちる。

 次に映ったのは、まだ序盤のざらついた映像だった。

 千枝のシャドウ。

 異形が、多くの人間たちの上でふんぞり返っている。戦っているのは、鳴上と陽介だけだった。まだ全員が揃っていない頃の、最初に近い戦い。

 それも、いびつに逆再生されていく。

 攻撃が戻り、足取りが後ろへ滑り、叫びが喉へ吸い込まれる。シャドウの形も、言葉になる前の感情へほどけていく。

 

 鳴上はそこで、ようやく気づいた。

 この逆再生は、間違っている。

 そして、ずっと陽介が画面に出ないのだ。

 

 特捜隊の戦いを最後から最初へ戻しているだけなら、次がコニシ商店であること自体は正しい。

 だが、陽介の魂を剥がすのなら、話は違う。

 コニシ商店は、ただの始点ではない。

 陽介がペルソナを得た場所だ。

 花村陽介が、自分自身を受け入れた場所だ。

 そこを最後に置くということは、最初へ戻すためではない。

 そこを外すためだ。

 本来であれば、そこで剥がれるはずだった。

 だが、そもそも起点が違う。

 この逆再生は、陽介個人の記憶から始まっていない。

 アメノサギリから始まり、自称特捜隊の戦いを外側から遡っている。

 それがコニシ商店へ届いたとき、何が剥がれ、何が残るのか。

 

 そして、画面上には自分──鳴上悠が焦りながらも前を向いている姿が映し出されている。

 ずっと、自分の背中が映っている。

 ダンジョンでシャドウと対峙するとき、陽介はただ、自分を見ていた。

 背中越しに自分が欲しいときにずっと助けてくれていた。

 仲間が増えてもそれは変わらず、自分の目が届かないところをすべて拾っていた。

 事件が発生して、一緒にテレビの世界に入ったときから俺たちはともに並び立っていたのだ。 

 

 鳴上は陽介の体をさらに強く抱き寄せた。

 ステージ奥のモニターが、千枝のシャドウの像を暗く沈めていく。

 

 ジュネスの看板の向こうでは、イザナミノミコトに似た巨大な形代が、さらに輪郭を濃くしていた。

 白い無貌の頭が、こちらを見下ろしている。

 顔はない。

 それなのに、視線だけがある。

 鳴上はその気配を背中で受けながら、モニターから目を逸らさなかった。

 

「行かせない」

 声は低かった。

 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 

 モニターの奥で、暗い商店街の色が滲み始めた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生。打開策をずっと考えているが……?)
花村陽介(M大在学中大学四年生。ちょっとシオシオになっているところ)

テレビにはなんか逆再生の何かが映ってるし上からはイザナミノミコト(あえてこう書く)が覗いてきているという回です

次回もよろしくお願いいたします。

(P4Rの発売日が確定したのでそこまでは生きなきゃ……!)
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