二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


14

 ステージ奥の大型モニターから白さが引き、画面全体に湿った暗さが差していく。周囲の小さなモニターも一斉には点かない。遅れて光ったり、先に消えたりしながら、ばらばらの明滅を繰り返していた。

 

 鳴上は陽介を支える腕に力を入れた。

 次に来るものは、もう分かっている。

 コニシ商店。

 陽介が自分自身と向き合った場所。

 同時に、今ここで剥がされれば、何が起こるか読めない場所だった。

 陽介はまだ、鳴上に半分もたれている。意識は完全に落ちていない。目は開いていた。だが体に力は入りきらず、支えを外せばそのまま崩れるだろう。

 それでも、指だけは鳴上の袖を掴んでいた。

 さっきよりも強い。しがみつくというより、そこにいることを確かめている力だった。

「陽介。聞こえるなら、そのまま掴んでいろ」

 返事はない。

 けれど、指先がわずかに布を握り直した。

 

 モニターに、夜の商店街が映る。

 低い照明。濡れたガラスのような反射。閉じた店先。人の気配が残っているのに、人だけ抜け落ちた通り。

 ジュネスの屋上にいるはずなのに、足元のコンクリートの下へ、もっと古い湿り気が重なる。秋の夜気とは違う、あの時の商店街の重さが、映像の外まで染み出してきた。

 モニターの中では、逆再生が続いている。

 店先に集まった人影が、後ろ向きにほどける。ざわめきが意味を失った音の束へ戻る。黄色い規制線のようなものが、張られる前へ吸い込まれていく。

 

 だが、ここから先が違った。

 映像が、引っかかる。

 ガラス戸の反射が一瞬だけ止まり、同じ光が三度、短く跳ねた。人影が戻りかけて、また同じ位置へ引き戻される。音も遅れる。足音が先に戻り、そのあとから誰かの息を呑む気配だけが刺さる。

 逆再生の流れが、そこで噛み合わなくなっていた。

 今までの映像は異常でも、順番だけは守っていた。

 アメノサギリから始まり、菜々子、直斗、久保、りせとクマ、完二、雪子、千枝へと遡ってきた。外側から特捜隊の経験を巻き戻し、陽介の魂に積み上がったものを剥がそうとしていた。

 だが、コニシ商店で詰まっている。

 ここを剥がせばいいはずなのに、術式のほうが同じ場所を何度も踏み外している。

 鳴上は陽介の横顔を見た。

 焦点の合いにくい目が、それでもモニターから離れない。苦しげなのに、抜けていく反応ではなかった。奥から何かを押し返そうとしている。

 

 鳴上の胸元で、守りがさらに熱を持った。

 じりじりと焼けるような熱が、布越しに肌へ伝わる。効いている。だが、逸らしきれてはいない。削られるのを防ぎながら、ぎりぎりで陽介をこちら側へ留めている。

 

 その間にも、モニターの映像はさらに乱れた。

 コニシ商店の店先が左右にずれる。

 夜の商店街が裂ける。

 その裂け目の奥に、別の暗さが貼りつく。

 次の瞬間、画面が大きく揺れた。

 逆再生が止まる。

 壊れたビデオのように、同じ場面が何度も繰り返された。

 店先。暗がり。影。

 誰かが立っている。

 巻き戻ろうとして、戻らない。

 戻るはずの声が、喉へ吸い込まれる手前で止まる。歪んだ走査線が何本も横切り、画面の端が白く飛んだ。周囲の小さなモニターも同期を失い、あるものは真っ黒に沈み、あるものは同じ一瞬だけを繰り返している。

「陽介」

 鳴上が呼ぶ。

 陽介の喉が、小さく震えた。

 返事ではない。だが、何かがそこまで上がってきている。鳴上は肩を支え直し、陽介の体を自分のほうへ預けさせた。

 立たせるにはまだ早い。

 だが、沈ませるわけにもいかない。

 モニターのノイズが一度、縦に裂けた。

 そこに、陽介のシャドウが映った。

 

 昔のままだった。

 あの場所で、あの姿で、こちらを見る。けれど映像の流れはまだ定まらない。逆再生に引き戻され、巻き戻され、同じ動きへ戻されかける。

 そのたびに、走査線が激しく乱れた。

 まるで、削ろうとする力と、そこから出てこようとするものが同じ場所でぶつかっているようだった。

 鳴上は息を止めた。

 陽介のシャドウが口を開く。

 最初は音にならない。

 逆向きに戻されるはずの言葉が、喉の奥で何度も折れる。映像が止まり、戻り、また止まる。

 そして、ある瞬間。

 逆再生が破綻した。

 

 コニシ商店の場面が、通常の向きへ流れ始めた。

 シャドウ陽介の言葉が、戻されるのではなく、前へ進む。

 受け入れたはずの記憶が、消されるのではなく、もう一度そこに置かれていく。

 鳴上は理解した。

 ここは、剥がす場所ではない。

 陽介がペルソナを得た場所だ。

 花村陽介が、自分自身を認めた場所だ。

 術式はそこを外そうとした。だが、深く掘りすぎた。剥がそうとした場所に触れたことで、逆にその奥から、陽介の原点がこちらへ返ってきている。

 陽介の指が、鳴上の袖を強く掴んだ。

 今までで一番はっきりした力だった。

 

「……ようやっと」

 掠れた声が落ちる。鳴上は陽介の顔を見た。

 陽介の目はまだモニターを向いている。意識は完全には戻っていない。それでも、言葉は沈まなかった。

「……整ったって、やつ?」

 声は弱い。

 だが、その言い方だけは陽介だった。

 鳴上が何か返すより早く、モニターの中のシャドウ陽介が吠えた。

 

『オレを呼べ、陽介!』

 

 屋上の空気が裂けた。

 声はモニターから響いたのではない。場そのものが、その声を通した。ジュネス屋上の床も、フェンスも、ステージも、霧も、全部がその一言に引かれて震えた。

 陽介の体が跳ねる。

 完全に回復したわけではない。膝はまだ震えている。呼吸も荒い。だが、さっきまでのように力が抜けたままではなかった。

 抜け落ちかけていた芯が、戻った。

 鳴上はそう判断した。

 体力が戻ったのではない。剥がされかけていたものが、そこで噛み合い直したのだ。

 

 モニターから伸びていた白い糸が、陽介の周囲で見える。

 胸元、肩、腕、指先へ絡んでいた細い光。

 それが、一斉に風を受けた。

 鋭い疾風が屋上を走る。

 白い糸が切れる。

 音はなかった。

 ただ、切れた瞬間に、空気が急に軽くなった。陽介を画面へ引いていた力が外れ、代わりに陽介の足元から風が立ち上がる。

 その風の中へ、淡く白い光が落ちてきた。

 アルカナカードだった。

 

 逆再生に押し出されたものではない。

 陽介の内側から返ってきたものが、現実の形を取ったように見えた。

 カードはゆっくりと回転しながら降り、陽介の手の中へ収まる。

 陽介の指が、それを掴んだ。

 半覚醒のままだった身体に、そこだけ明確な意志が戻っている。

「陽介」

 鳴上が呼ぶと、陽介は返事をしなかった。

 代わりに、カードを握り込む。

 指の骨がきしむほど強く。

 そして、そのまま握り潰した。

 硬質な破裂音が鳴る。

 砕けた光が散るより早く、屋上全体へ疾風が走った。

 

 吹き上がった風は荒い。

 コンクリートの上の埃も、途切れた紙片も、一斉に巻き上げる。周囲のモニターが大きく揺れ、ステージの床が低く軋んだ。

 

 だが、陽介の周囲だけが違う。

 鳴上の頬を裂くように吹き抜けた風が、陽介の横では角度を変え、倒れかける身体を支えていた。外からかかる圧だけを剥がし、陽介の中に戻った芯を、ぎりぎりのところで立たせている。

 陽介が、膝をついたまま息を吸う。

 そして、鳴上の腕を借りながら、ゆっくり立ち上がった。

 足元はまだおぼつかない。

 立てているというより、風に支えられている。片足が少し滑り、鳴上は反射でその肘を掴んだ。

「無理するな」

「……してねえ、って言いたいけど、してるな、これ」

 掠れた声だった。

 だが、戻ってきている。

 鳴上は短く息を吐いた。

 その陽介の背後で、影が立ち上がる。

 最初に見えたのは、金色の瞳だった。

 モニターに映っていた陽介のシャドウと同じ、鋭く、強い視線。

 次に、輪郭が現れる。

 それは、完全なスサノオの姿ではなかった。

 陽介のシャドウの姿をまとっている。

 高校の頃、コニシ商店で向き合った、あの影の輪郭を残している。だが、ただのシャドウではない。風が従っていた。荒々しいまま一つの意志へ束ねられ、顕現した存在の周囲を巡っている。

 ジライヤなのか、スサノオなのか。

 その境界を、鳴上は一瞬だけ考えた。

 だがすぐに、今は名で切り分ける段階ではないと分かる。

 陽介の原点から出てきたものだ。

 シャドウを受け入れ、ペルソナを得て、戦い続け、スサノオへ至った時間が、一つの線になって現実側へ滲み出している。

 シャドウの姿をまとった神格。

 花村陽介の奥から、風を連れて立ち上がったもの。

 それが今、陽介の背後にいる。

 

 鳴上はようやく息を吸った。

 だが、安堵するには早すぎた。

 ステージ奥の大型モニターが、まだ動いている。

 陽介の顕現で壊れたはずの逆再生は、止まらなかった。

 ノイズの層が深く沈み、今度は別の景色が浮かび上がる。

 どこかの団地。

 建物の影が高く重なり、公園だけが妙に白く浮いている。

 ブランコが揺れていた。

 誰も乗っていないのに、鎖だけが細かく震える。シーソーは片側へ傾いたまま止まっている。ジャングルジムの角は暗く、夜の色を余計に深くしていた。

 鳴上は、その景色を知っていた。

 初めてペルソナとともに戦った場所だった。

 忘れていたわけではない。

 ただ、あの時は状況に押され、細部まで見返す余裕がなかった。

 モニターの中で、かつての鳴上が球体のシャドウと向かい合っている。

 そのそばに、イザナギが立っていた。

 逆再生は、なお続いている。

 攻撃が戻る。雷が走る前へ巻き戻る。シャドウの崩壊が組み直される。高校生の鳴上の呼吸が、過去の流れへ引き戻されていく。

 

 だが、そこでまた異常が起きた。

 イザナギだけに、ブロックノイズが走った。

 背景ではない。

 高校生の鳴上でもない。

 イザナギの輪郭だけが、四角いノイズに削られていく。

 金色の瞳が乱れ、腕の線が欠け、黒い影が角ばった粒子へ崩れる。映像の規格がそこだけ違うように、神の姿だけが別のものへ置き換わろうとしていた。

 鳴上は目を逸らさなかった。

 壊れているのではない。

 変わろうとしている。

 イザナギの輪郭が崩れる。

 その奥から、高校生の鳴上悠によく似た影が現れた。

 鳴上自身のシャドウだった。

 同じ顔をしている。

 けれど、同じではない。

 制服を着た少年の姿。静かな立ち方。本人よりも少しだけ影が濃く、存在の輪郭が異様に澄んでいる。

 画面の中のシャドウ鳴上が、今の鳴上を見た。

 視線が合う。相手の金色の瞳の光がまぶしく感じる。

 その瞬間、鳴上の中へ、昔聞いた言葉が戻ってきた。

 

 魂の奥底では、すべてのものがつながっている。

 ベルベットルームで聞いた言葉だった。

 あの時は、抽象的な言葉として受け取っていた。

 今は違う。

 陽介の魂を掘り返しているはずの術式が、鳴上の原点へまで触れている。

 それは、単なる巻き添えではない。

 陽介が積み上げてきたものの中に、鳴上がいる。

 鳴上の中にも、陽介がいる。

 共に戦った時間がある。

 互いを相棒と呼んだ一年がある。

 

 敵は陽介を剥がすために、深く掘りすぎた。

 魂と現実の境目を、陽介を中心に壊しすぎた。

 テレビの中でしか曖昧にならなかったはずのものが、ここで曖昧になっている。

 だから、届く。

 だから、呼べる。

 鳴上の手の中に、硬い感触が現れた。

 

 見下ろすより先に分かった。

 アルカナカードだ。

 落ちてきたのではなかった。

 最初からそこにあったものが、ようやく形を得たように、鳴上の手の中へ収まっていた。

 陽介の時のような荒い勢いはない。

 もっと静かで、順番を違えず手渡される感覚だった。

 

 モニターの中のシャドウ鳴上が、静かに口を開く。

『ようやく会えたな、主よ』

 声は穏やかだった。

 だが、逃がさない響きがあった。

 陽介を呼んだ声は、叫びだった。

 鳴上へ向けられた声は、視線と同じだけ静かだった。

 

 鳴上はカードを握り込む。

 これは、剥がされるものではない。

 自分から奪われる過去でもない。

 最初から連れていたものだ。

 あの時、通過したまま向き合わなかった原点が、今ここで形を持っている。

 鳴上は息を吸った。

 

「イザナギ」

 名前だけを呼ぶ。

 そして、カードを握り潰した。

 掌の内側で光が割れる。

 

 雷気が走った。

 画面の向こうではない。

 モニターの中でもない。

 鳴上のすぐ近くの空気が、細く、鋭く裂ける。

 シャドウ鳴上の輪郭に、再びノイズが走った。

 今度は壊れるためではない。

 重なるためだった。

 高校生の鳴上悠の影。

 初めて呼んだ神の姿。

 現在の鳴上の立つ位置。

 その三つが一瞬だけ同じ線で結ばれる。

 

 次の瞬間、鳴上の背後に、金色の瞳が開いた。

 イザナギが、そこに立っていた。

 ただし、それもまた完全に昔の姿そのものではなかった。

 鳴上のシャドウの姿をまとっている。

 高校生の鳴上悠の影を原像として帯びながら、その内側に、イザナギの神格が重なっている。人の姿に近いのに、人の尺度で測れるものではない。

 

 静かな雷気が周囲を満たす。

 風のように荒くはない。

 だが、一度張られた線は揺らがない。屋上の空気が、鳴上を中心に組み替わっていく。

 鳴上は右へ視線を動かした。

 風の中心に、陽介がいる。

 陽介も立っていた。

 完全に安定しているわけではない。膝は少し震えているし、肩で息をしている。けれど倒れてはいない。背後には、陽介のシャドウの姿をまとった風の神格が立っている。

 

 フェンスの外、ジュネスの大看板の上で、霧が大きくうねる。

 白い無貌の頭。

 幾重にも重なる白い装束。

 衣にも、拘束具にも見えるその輪郭が、霧とノイズを従えながら定着していく。

 イザナミノミコトに似た巨大な形代。

 虚無の姿のまま、霧の奥から引きずり出されたもの。誰かが途中で覗き見た神の輪郭を、術式で無理やり現実側へ押し込んだもの。

 だが、偽物だから弱いわけではない。

 むしろ、現実に近いぶん重い。

 日下部の執着と、花村家への呪いと、陽介を器にしようとした意志が、白い形代へ縫い込まれている。

 

 看板の鉄骨が低く軋んだ。

 霧の明度が落ち、敵の輪郭だけが逆にはっきりする。

 位置関係が定まった瞬間、屋上の空気が決着直前の硬さへ変わった。

 

 ここから壊す。

 そう判断するだけの配置が、ようやく揃っていた。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生。高校の時に出会えなかった自分のシャドウと出会う)
花村陽介(M大在学中大学四年生。スサノオはいつもの通りである)

やっとペルソナ出せたぞやったね(助走が長すぎ問題)

次回もよろしくお願いいたします。
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