二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


16

 最後の残響が、遅れて屋上から抜けていった。

 耳の奥に張りついていた高いノイズが消え、代わりに風の音だけが戻ってくる。さっきまで空間そのものを引っかいていた軋みも、もう続いていなかった。

 

 鳴上はまず、陽介の肩へ手を置いた。

 返ってくる重みを確かめてから、指先で腕の位置を直し、立ち方の崩れを見る。陽介は立っていた。立ってはいる。けれど、立てていることと、平気でいることは違った。

 肩はまだ細かく上下している。手の甲には、力を入れすぎたあとのような白さが残っている。呼吸は浅いが、途切れてはいない。視線も浮いてはいなかった。

 顔色は悪い。

 それでも、さっきまでの抜け落ちるような危うさは止まっていた。

 

「陽介」

 呼ぶと、陽介は少し遅れてこちらを見た。

 焦点が合うまでの間が、もう致命的な長さではない。鳴上はそれを先に確認して、ようやく小さく息を吐いた。

「……おう」

 声は掠れていたが、ちゃんと陽介の声だった。

 鳴上は肩から手を離さず、もう一度だけ全身を見る。

 魂の奥を掘られかけた身体が、急に戦闘へ引き戻されたのだ。無理をしていないはずがない。スサノオを呼んだことで芯は戻った。だが、消耗が消えたわけではない。

 そう考えたところで、自分の呼吸も思ったより浅いことに遅れて気づいた。

 大きく息を吸おうとすると、胸の奥にまだ硬いものが残っている。ルシフェルを降ろした時の圧が、身体の内側に沈殿しているようだった。テレビの中で戦っていた頃とは違う。現実に近い場所で力を通すと、反動まで現実の重さを持って返ってくる。

 

 壊れた床材の破片が、夜気に冷えたまま散っている。煤のついた裸足が、場違いなほど生活の途中を引きずっていた。

 屋上は、元の形を辛うじて残しているだけだった。

 フェンスは何枚か外側へ歪み、看板の支柱も途中から捻れている。催事用の簡易ステージがあったらしい跡だけが、妙に四角く床へ残っていた。その中心に近い場所で、自分たちは止まっている。

 どう見ても、ここが一番ひどく壊れていた。

 

 鳴上は視線を動かす。

 陽介の風が通った跡は、細い。

 フェンスの一部に、鋭く裂かれたような線が残っている。看板の支柱にも、一直線に削れた傷が入っていた。余計な場所へ散らず、必要なところだけを抜いた跡だった。

 それに比べて、自分が通した力の跡は広い。

 床のひびは放射状に伸び、ステージの残骸は根元から歪んでいる。モニターのあった位置には、爆ぜたような焦げ跡が残っていた。

 火力は足りた。

 制御は足りなかった。

 鳴上はその事実を、誰に言われるより先に理解した。

 爆ぜた空気の名残だけが薄く漂い、焦げたような匂いがまだ抜けきらない。

 それでも、さっきまでここを満たしていた異様な密度は崩れていた。

 舞台だけが役目を終えて骨組みからほどけ、噛み合っていなかった何かが少しずつ元へ戻り始めている。

 

 フェンスの向こうに、濃い霧ではなく八十稲羽の町並みが見えた。

 閉店後の駐車場に残る車のライト。

 遠くを走る車の音。

 どこかの搬入口で台車が鳴る、かすかな金属音。

 

 風の匂いも変わっていた。

 無臭に近かった異界の風に、山並みの木々の匂いと、夜の町の湿り気が混ざっている。

 景色の輪郭が落ち着き、風の冷たさが皮膚へまともに触れてきた。

「……終わった、のかね」

 陽介がそう言って、壊れたフェンスの向こうを見た。

 軽口に寄せる余裕はまだ薄い。語尾だけが、かろうじて普段に近かった。

「止まった、とは思う」

 鳴上はそう返しながら、陽介の首筋に汗が残っているのを見た。

 汗なのに、熱が引いたあとのような冷え方をしている。この場で立たせたままにするのはよくない。自分も、立ったまま考え続けるには身体の芯が少しずれている。

 そう判断して、鳴上は周囲を見回した。

「ちょ、待て。どこ行く」

「座るものを探す」

「えっ、今?」

「今だ」

「あるのか、この惨状で」

「探す」

 言い切ってから、鳴上は陽介の肩から手を離した。

 離す前に、陽介が自分で立てていることだけは確認した。それでも二歩進んだところで一度振り返る。陽介は渋い顔で肩を回しながら、こちらを見ていた。

 その視線が追えているだけで十分だった。

 少し離れた場所に、ひっくり返った椅子が四脚あった。

 一脚は脚が折れていた。もう一脚は座面が割れている。残った二脚は、どうにか使えそうだった。鳴上は破片をどけ、座面を確かめてから両手で運ぶ。

 

 妙に日常的な重さだった。

 その重さが、逆に屋上の壊れ方を現実へ引き戻す。

 椅子を置くと、陽介が一度だけ吹き出しかけた。

「なんでそんな冷静なんだよ、お前」

「座った方がいい」

「いや、それはそうだけど」

「今の状態で立っていたら倒れる」

「俺が?」

「俺も」

 そう言うと、陽介は少しだけ黙った。

 鳴上は先に陽介を座らせた。背もたれに体重が落ちるのを見てから、自分も隣へ腰を下ろす。

 その瞬間、張っていた力が一段だけ抜けた。

 二人とも同時に肩を落とし、ほとんど同じ間で息を吐いた。

 ため息は深かったが、楽になった音ではなかった。

 ようやく止まれた、というだけの重い呼気だった。

 

「……ジュネスだったら」

 陽介が前を向いたまま言った。

「親父に頼んで、まず靴借りよう」

 鳴上は足元を見た。

 破片と煤で汚れた裸足が、やけに場違いに見える。

「そうだな」

「いや、もっと他にあるだろって感じだけどさ」

「優先度は高い」

「だよなあ……」

 

 そこで、少し離れた上から低い声が落ちてきた。

『靴ないのに気づかねーのおかしくね』

 鳴上は顔を上げた。

 まだ完全にはほどけきっていない気配の奥に、陽介の影が残っている。さっきまで戦っていた名残が、声だけ先に居座っているようだった。

 陽介がすぐに眉をしかめる。

「うるせえな。今気づいたんだよ」

『今って遅えだろ』

「状況見ろっての。こっちは魂ほじくられて、変な神様もどきと戦って、靴までなくしてんだぞ」

『靴はもっと早く気づけただろ』

「そこだけ正論言うな!」

 渋い顔のまま返しながらも、陽介の声は少しだけいつもの調子に近づいていた。

 鳴上はそのやり取りを聞きながら、横顔の強張りが戻りきっていないのを見た。軽く喋れていても、消耗は消えていない。それでも、言い返せるだけの線は戻っている。

 スサノオの声も、陽介を責めているというより、そこにいることを確かめているように聞こえた。

 同じ場に戻ってきた者同士の、粗い確認だった。

 

『主』

 今度は、自分の頭上で声がした。

 鳴上は顔を少しだけ上げる。

 イザナギは姿を明確に取ってはいない。だが、空気の奥に静かな雷気の名残がある。スサノオが風の残響なら、こちらは細く張られた線のようだった。

「イザナギ、助かった」

 言えば、ふふ、という密かな笑いが聞こえた。

『礼を言うのはこちらだ』

「そうか?」

『ようやく、主と並び立てた』

 その声は、陽介とスサノオの軽口とは違っていた。

 静かで、近い。

 鳴上の内側へ直接置かれるような響きだった。

『これからも、よろしく頼むぞ』

「……ああ」

 短く返すと、胸の奥に残っていた硬さが少しだけ形を変えた。

 完全に楽になったわけではない。むしろ、これから何かが始まるのだと分かる。けれど、ひとりでそれを受ける感覚ではなかった。

 屋上の空気は、なおも静かだった。

 静かすぎて、逆に何かが欠けているのが分かる。

 さっきまでここに満ちていた異常が消えたのではない。引き剥がされたあとに残る空白だけが、広く薄く残っている。

 

「……なんか、ごめん」

 陽介が不意に言った。

 鳴上はそちらを向く。

「俺の母さんの実家が、こんなこと」

 言葉の置き方が珍しく鈍かった。

 冗談へ逃がさずに出てきたぶん、余計に疲れが見える。陽介はしばらく言葉を探していたのだろう。軽口に逃げるには屋上が壊れすぎていて、黙り込むには鳴上が隣に座りすぎている。

 だから結局、いちばん不器用な言い方だけが残ったのだと思った。

 鳴上は少しだけ間を置いた。

 今ここで返すべき言葉は、多くない方がいい。

「陽介がテレビに落ちたとき、俺は手を離す選択肢はなかった」

 陽介がこちらを見る。

 鳴上は視線を外さなかった。

「ユリ子おばさんから話も聞いたし、今更だ」

 陽介は一瞬だけ黙って、それから息を漏らした。

 笑いそうで笑えない顔のまま、膝へ肘をつく。

「……今更、か」

「今更だ」

「お前、そういうとこだけ妙に効くんだよな」

 鳴上は答えず、代わりに椅子の位置を少し寄せた。

 

 陽介の肩が触れない程度の距離へ置き直す。それだけで十分だった。今は、離れていないことの確認の方が要る。

 どこの家が始めたことかより、今ここで手を離さなかった事実のほうが、鳴上にはずっと大きかった。

 風が吹くたび、壊れたフェンスがかすかに鳴る。

 遠くで金属の軋む音がして、看板の残骸が微かに揺れた。夜の商業施設の屋上らしい明かりも、まだどこか不安定だった。点いているのに、完全には戻っていない。

 鳴上は視線を巡らせた。

 崩れた床。裂けた跡。焼けた線。倒れた設備。

 終わった場所の形をしているのに、終わっただけでは済まない気配が残る。ここは区切りではなく、何かが次へ繋ぎ直される前の短い空白に近かった。

 

 そのとき、スサノオの気配がわずかに変わった。

 さっきまで陽介へ向いていた粗い軽さが消え、風の残響がひとつの方向へ揃う。

 ジュネスフードコートへの出入り口。

 歪んだドアの向こう。

 鳴上の内側でも、イザナギの気配が静かに張り直される。

『主』

 声は短かった。鳴上はそちらを見た。

 まだ何も来ていない。

 少なくとも、目には見えない。だが、出入り口の向こうで、現実の側の何かが動き始めている。異界の名残ではない。もっと具体的で、もっと人間の足音に近い気配だった。

「陽介」

「ん?」

「多分、まだ終わらない」

 陽介はすぐには返事をしなかった。

 壊れた屋上の向こうを一度見て、それから出入り口の方を見る。そこでようやく、ひどく疲れた顔で息を吐いた。

「えぇ……俺もう疲れたよ」

「俺もだ」

「お前が言うと、割とほんとにまずそうだからやめろ」

「でも来る」

「だよなあ……」

 

 陽介は椅子の背に体重を預けたまま、目だけは出入り口へ向けた。

 鳴上も同じ方向を見る。

 スサノオもイザナギも、もう戦闘中のように現実を押し広げてはいない。それでも、完全には遠ざかっていなかった。風の端と雷気の線として、二人のすぐ近くに残っている。

 

 異界は退いた。

 だが、日常は戻ってこない。

 戻ってくるのは、たぶん別の現実だ。

 

 二人はそのまま椅子に座り、崩れた屋上の真ん中で次を待った。

 風の温度は少しずつ現実へ寄っていく。けれど、その現実はまだ姿を見せず、見えない何かだけが静けさの底で形を取り始めていた。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大在学中大学四年生)
花村陽介(M大在学中大学四年生)

戦闘おわって賢者タイム。よく見たら普通にジュネスの屋上ぶっ壊してんじゃんね

次回もよろしくお願いいたします。
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