二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。



18

 三月二十五日。起きたとき、部屋の空気はもう春の朝になっていた。

 遮光カーテンの隙間から入る光がやわらかく、時計を見る前に、今日は遅れない朝だと分かった。鳴上は布団を出て、足音を抑えたままリビングへ向かう。

 

 キッチンに入り、すぐに湯を沸かし始める。

 昨夜のうちに整えておいたシャツとスーツは、椅子の背に順番どおり掛けてある。式次第の案内も、財布も、定期も、封筒も、まとめて端に寄せてあった。

 確認するものが少ない朝は、それだけで助かる。

 冷蔵庫を開け、作り置きの卵焼きと小鉢を出す。炊飯器の保温を切って茶碗を二つ並べたところで、背後の扉が開く音がした。

 

「……おはよ」

 まだ少しだけ寝起きの声だったが、寝坊しかけた気配はない。鳴上は振り返って、陽介の歩き方を一度見てから頷いた。

「おはよう。今日は間に合ってる」

「だから間に合うって言ったじゃん」

 言い返しながら、陽介はあくびを噛み殺して洗面所へ向かう。その背に昨日のうちに出しておいたスーツの一式を思い出し、鳴上はガスの火を弱めた。

 

 四年もあれば、朝の組み方はかなり変わる。

 誰が何を忘れやすいか、どの順で声をかければ崩れないか、どこまで先に整えておけば余計な手間が減るかを、生活の中で少しずつ覚えてきた。

 公安へ進むことも、もう特別な話ではなかった。

 提出書類の期限や呼び出しの入り方と同じように、次の生活に必要な段取りとして、部屋の中へ静かに組み込まれている。構えている暇は、もうない。

 

 今日は、卒業式の朝だった。

 トースターが鳴るころには、陽介もネクタイを手に戻ってきた。

 シャツの襟を立てたまま、鏡の前で結び目を作っている。その手つきが、前より迷わない。鳴上は皿を置きながら、ついそちらを見た。

 ちゃんと締めている。

 しかも曲がっていない。

「なんだよ」

 鏡越しに目が合って、陽介が眉を上げた。

「別に」

「いや、今なんか確認したろ」

「した」

 鳴上がそのまま答えると、陽介は少しだけ肩を揺らした。

「失礼だな。今日は完璧だっつーの」

「見れば分かる」

 近づいて結び目の位置だけ軽く直す。ほんの数ミリのずれだったが、指先で整えると、陽介は文句を言わずそのまま立っていた。

 

 入学式のころなら、ここでたぶん騒いでいた。

 ネクタイを締めるだけで一騒動あって、時間ぎりぎりまで慌ただしくして、それでもどうにか間に合わせる形だったはずだと、鳴上は指を離してから思う。

「はい、完璧」

「最初からほぼそうだったけどな」

「ほぼ、だった」

 陽介は鼻で笑ってから、ようやく椅子に座った。

 朝食の量は多すぎないほうがいい。式の途中で空腹にならない程度に盛り、味噌汁の温度も少しだけ下げてから出す。陽介は何も言わずに箸を取った。

 食べる速度も、今日は揃っていた。

 無理に急がせる必要がないことが、鳴上には地味に大きかった。急がなくていい朝を二人で普通に通せること自体が、半年の積み重ねみたいなものだった。

 

 食事を終え、食器を流しに下げる。

 その間にスマートフォンへ視線を落とすと、未読の通知がいくつか増えていた。研究室の連絡網、特に急ぎではない事務通知、その下に、両親からのメッセージがある。

 昨夜のうちに届いていた短い文面に、写真付きのカード画像が添えられていた。

 

 卒業おめでとう。体に気をつけて。そちらの生活をきちんと続けなさい。

 

 簡潔で、あの二人らしい。鳴上は開いたまま数秒見てから画面を閉じ、財布の横に置いてあった封筒へ目をやった。

 印刷したカードは、そこに入れてある。

「親から?」

 ネクタイの角度を最後に見ていた陽介が、何気ない調子で聞いた。

「ああ。来ないけど、送ってきた」

「そっか」

 それ以上は踏み込まず、陽介は自分のスマートフォンをポケットへしまう。その距離の取り方がちょうどよくて、鳴上は封筒の位置を少しだけ整えた。

 スーツの上着を羽織り、時計をつける。

 鳴上が準備を終えるころには、陽介も靴下まできちんと揃えていた。忘れ物がないかを口に出して確かめる必要も、今日はほとんどない。

「今度は寝坊するなよ」

 玄関で鍵を取る前に言うと、陽介がすぐ顔を上げた。

「しねえって」

「もうしてないけど」

「じゃあ言うなよ」

 軽口の応酬はいつもどおりだったが、今日はそこに引っかかりがなかった。遅れそうな空気を笑いでごまかしているのではなく、ちゃんと間に合う前提で言っている。

 それが少しおかしくて、鳴上は靴べらを戻した。

 自分の卒業式に、陽介が当然の顔で一緒に出る。

 考えてみれば少し妙だった。大学も違うし、式場に入る立場でもない。それでも朝から同じ時間に起きて、同じタイミングで服を整えて、玄関に並んでいる。

 しかも、そのことに今さら説明が要らない。

 鳴上は鍵をかけながら、その妙さを改めて意識した。だが、だから別に一人で行きたいとも思わない。むしろ、いない形のほうが想像しづらかった。

「行くか」

「あいよ。時間、余裕ある?」

「ある。駅までの信号が悪くても間に合う」

「そこまで読んでんのかよ」

「読むだろ」

 陽介は笑って、先にエレベーターのボタンを押した。

 閉まりかけた扉の前で自然に立ち位置が決まり、乗り込む順番も迷わない。そういう細部が、同じ家から出る生活をそのまま形にしていた。

 

 外へ出ると、春先の風はまだ少し冷たい。

 講堂のある方角へ向かう電車は、この時間なら混む。鳴上はホームまでの最短を頭の中でなぞり、隣を歩く陽介の歩幅が乱れていないことを一度だけ確かめた。

 ネクタイは崩れていない。

 寝不足の顔でもない。靴音も軽い。卒業式へ向かう朝としては、それで十分だった。

 駅へ続く道を二人で曲がる。

 大学生活の終わりと言うには、朝の光景は拍子抜けするほどいつもどおりだった。それでも、そのいつもどおりをここまで戻した上で迎える日なのだと、鳴上は歩きながら静かに思った。

 

 今日はちゃんと、通れる。

 そう判断できる朝を、隣の足音と一緒に会場まで持っていけばよかった。

 講堂周辺に着いた時点で、もう人の流れはできていた。

 袴姿の学生、黒いスーツの学生、家族連れ、研究室の仲間同士で固まって歩く集団が、案内の立て看板に沿ってゆっくり分かれていく。春の光は明るいのに、足元の空気はまだ少し冷えていた。

 

 鳴上は案内図を一度見てから、横にいる陽介の位置を確かめた。

 少し後ろへずれるでもなく、勝手に先へ行くでもなく、陽介はちょうど歩幅の合うところにいる。こういう日は人に流されやすいが、今日はその心配がなかった。

「混んでるな」

「卒業式だからな」

「いや、お前の返しが普通すぎてさ」

 言いながら陽介は周囲を見回し、肩がぶつかりそうな相手を一歩だけ避ける。そういう細かい動きが自然で、鳴上はそのまま歩く速度を落とさなかった。

 講堂へ近づくにつれて、会話の量は少しずつ減っていく。

 私語を慎もうとする空気というより、どこで立ち止まるか、誰を待つか、式次第の紙をどこで取り出すかといった判断が、人ごとの手つきとして前に出てくるからだった。

 

 鳴上も受付の位置を確認し、案内の列へ入る。

 学生証の確認、配布物の受け取り、座席の誘導までが滞りなく進む。こういう制度の手順を一つずつ踏んでいくと、卒業という言葉より先に、もう学生ではなくなる側へ身体が押し出されていく感じがあった。

 

 陽介は当然のように同行者の流れへ回り、少し外側で待っている。

 

 その位置取りが妙に板についていて、鳴上は配布物を受け取ったあと、つい一度そちらを見た。目が合うと、陽介が顎で軽く続きを促してくる。

 

 それで十分だった。

 

 式場の中は、外より空気が静かだった。

 席に着くまでのあいだも、壇上の装花や垂れ幕より先に、周囲の服の擦れる音や、配布物をめくる紙の薄い音が耳に入る。誰かがここで今日を区切りにするのだと、そういう細部のほうが先に伝えてきた。

 

 鳴上は指定された席に座り、式次第を開く。

 隣席の学生がスマートフォンをしまい、前列では研究室の先輩らしい集団が小声で言葉を交わしている。どこを見ても、特別な誰かではなく、普通に卒業する学生たちの朝だった。

 その普通の中に、自分も座っている。

 

 それは不思議ではなかったが、簡単でもなかった。途中で外れた道がいくつかあっても、最終的にこうして講堂の椅子へ辿り着いている。その事実だけを、鳴上は式次第の紙越しに静かに受け取った。

 

 開会のアナウンスが入り、場内が少し締まる。

 

 立つ、座る、拍手をする、呼名に耳を向ける。その一つひとつに大きな感傷はない。ただ、何年も通った場所で、決められた順序に従って最後の手続きを受けている感覚はあった。

 

 鳴上は壇上より、時々横手の出入口を見た。

 

 一般の参列者がいる区画までは距離がある。それでも、さっきまで外にいた陽介が今どの辺りにいるかを、何となく見当づけてしまう。見えなくても、いない感じはしなかった。

 

 式は滞りなく進んでいく。

 

 祝辞も送辞も、内容そのものより、節目としての配置のほうが強く残った。大学という時間をきれいな言葉でまとめる場ではあるが、それ以上に、ここで終わりにするための形式がきちんと並べられているのだと鳴上は思う。

 その形式を、自分は今日はちゃんと通っている。

 

 半年かけて生活を立て直してきたことも、次の所属がもう決まっていることも、ここでは誰も知らない。だが知られなくてよかった。外から見れば、普通に卒業式へ来ている学生の一人で足りる日だった。

 

 式の終盤、周囲の空気が少しだけ緩む。

 終わりが見えてきたとき特有の、しかしまだ席を立たない種類のざわめきが、講堂の中を薄く動いた。鳴上は式次第を閉じ、膝の上に重ねる。

 

 これで終わるのだろうと、あらためて思った。

 研究室へ通う日々も、講義に合わせて時間を切る習慣も、学内の掲示を見て予定を調整する生活も、今日を境に少しずつ形を変えていく。終わるというより、もう次の形に組み替わっているものへ、公的な区切りが追いついてくる感じに近かった。

 

 閉会の言葉が終わり、拍手が場内を満たす。

 その音は派手ではないのに、区切りとしては十分だった。鳴上も立ち上がり、周囲の流れに合わせて出口へ向かう。列が詰まるところでは無理に進まず、一歩分の間隔だけを守った。

 

 外へ出ると、さっきより人が増えていた。

 待ち合わせの声、写真を頼む声、学位記の筒を持ち替える仕草が、講堂前の広場に散っている。春の光の下では、そのどれもがよくある卒業式の風景に見えた。

 

 鳴上は一度立ち止まり、人の流れの向こうを探す。

 数秒で、陽介が見つかった。

 少し離れた植え込みのそばに立ち、こちらへ気づくと片手を上げる。待たされて苛立った様子もなく、ただ当然みたいな顔でそこにいた。

 鳴上は人を避けながらそちらへ向かった。

 

「終わった」

「見りゃ分かる。おつかれさん」

 

 近くまで来ると、陽介は鳴上の手元の筒と配布物を見てから、自然な手つきで片方を受け取った。持つのが当たり前みたいな動きで、鳴上は断らなかった。

 

「式、長かったか」

「そうでもない。予定どおりだった」

「そりゃ何より」

 

 陽介は周囲の写真撮影の列を見て、少しだけ肩を引く。

 

「記念撮影ラッシュすげえな」

「巻き込まれる前に動くか」

「賛成」

 

 二人で広場の端へ寄る。人の波から少し外れるだけで、歩きやすさがかなり違った。鳴上はそのまま次の時間を頭の中で並べ直す。

 

 このあとは移動して、夕方には花村家との食事会がある。

 予定は詰まっているが、慌てるほどではない。式が終わった今となっては、その段取りももう今日の生活の一部だった。

 

 鳴上は歩きながら、横の陽介を見た。

 朝に整えたネクタイは、まだ崩れていない。人混みを抜けても襟元はきちんとしていて、それだけで今日が変に乱れず進んでいると分かった。

 

「何」

 視線に気づいて、陽介が口元だけで笑う。

「別に」

「また確認してるだろ」

「してる」

「そんな信用ねえ?」

「今日はある」

 そう言うと、陽介は一瞬だけ目を細めてから、前を向いた。

「じゃあいいや」

 その返しが軽くて、鳴上は少しだけ肩の力を抜く。

 

 大学を卒業した実感が急に押し寄せることはなかった。けれど、講堂を出て、配布物を抱えたまま陽介と並んで歩いているこの形は、十分にその先の生活へ続いていた。

 

 鳴上は駅へ向かう人の流れとは少し違う方向へ足を向ける。

 食事会までの時間と移動経路を頭の中で整えながら、隣の足音が遅れずついてくることを確認して、そのまま講堂の前を離れた。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大卒業しました!)
花村陽介(M大卒業式は翌日)

鳴上春奈(悠の母。ほとんど日本にいれず息子の晴れ姿は見れなかったけれど、筆まめでした)

4年分がんばったので無事に卒業。先に悠が安田講堂で卒業式でした。

次回もよろしくお願いします。
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