二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
ちょっと鳴上→→→→→→→→→→花村ってぐらいです。




 ホテルのラウンジは、昼を少し回った時間の静けさに包まれていた。

 大きな窓から入る光はやわらかく、磨かれた床やテーブルの縁に淡く反射している。

 入学式を終えた直後の解放感もあってか、周囲の客の声もどこか落ち着いていた。

 花村家と鳴上は、ロビー脇のソファ席に腰を下ろしていた。

 

 ユリ子おばさんが運ばれてきた紅茶へ手を伸ばし、陽一おじさんはコーヒーカップを持ち上げる。

 陽介だけはまだ、背もたれに浅くもたれたまま落ち着かない顔をしていた。

 式に間に合った安堵はあっても、今朝の寝坊が消えるわけではない。

 その気まずさが、本人の肩のあたりにまだ少し残って見えた。

 

「ほんと、今日は悪かったって」

 

 陽介がそう言って、紙コップの水を指先で回す。

 さっきから何度目か分からない謝罪だった。

 軽く流そうとしているようで、その実きちんと引っかかっている声だった。

 鳴上は向かいの席からそれを聞きながら、膝の上で指を組む。

 

「間に合ったんだから、まずはよかったわ」

 おばさんが穏やかな声でそう返す。

 責めるでもなく、甘やかすでもない言い方だった。

 その隣でおじさんも、小さく肩を竦めて笑う。

「まあ、見事にやったなとは思うけどな」

 

「いや、ほんとに……」

「でも、悠くんがいてくれて助かったよ」

 

 陽一の視線が自然に鳴上に向く。

 ユリ子も頷いていて、その言葉に社交辞令の軽さはなかった。

 今朝の一件を、単なる笑い話で済ませるつもりはないのだろう。

 鳴上はその視線を受け止めながら、短く返した。

 

「間に合ってよかったです」

 

 口にしたのはそれだけだった。

 だが、今朝のことを思い返すと、それで済ませていい気はしなかった。

 陽介の部屋へ入り、眠り込んでいる姿を見つけ、叩き起こし、連れ出した。

 それは緊急対応としては正しかったが、同時に少しだけ遅いとも思った。

 

 あの部屋の空気が、まだ頭のどこかに残っている。

 起きる者のいない朝、誰にも気づかれずに過ぎていく時間、無防備な寝顔。

 生活の内側に、自分だけが踏み込んでしまったような感覚があった。

 それを一度の失敗として片づけるには、印象が少し強すぎた。

 

 今のうちに形を変えた方がいい。

 そう考えた時には、もう結論に近いものが鳴上の中にできていた。

 感情だけで決めているつもりはなかった。

 だが、合理性だけでここまで即断できるかと問われれば、答えに詰まる気もした。

 

「陽介」

 

 鳴上が名前を呼ぶと、陽介が顔を上げた。

 反射的に身構えるような目つきだった。

 そこに、おばさんとおじさんの視線も自然と集まる。

 軽口ではないと伝わったのだろう。

 

「一つ、提案があります」

 

 そう言った瞬間、陽介の眉がわずかに寄った。

 嫌な予感を隠していない顔だった。

 おじさんはコーヒーカップをテーブルへ戻し、おばさんも静かに姿勢を整える。

 鳴上はそこで言葉を選び直さず、そのまま口にした。

 

「同居した方がいいと思います」

 

 数秒、場の音が一段遠のいたように感じた。

 最初に表情を大きく動かしたのは陽介だった。

 理解するまでに一拍遅れ、それから目を見開く。

 予想通りの反応ではあった。

 

「は?」

「だから、同居だ」

「いや、聞こえなかったわけじゃねえけど!」

「聞こえているなら話は早い」

 

 鳴上がそう返すと、陽介は胡乱なものを見る顔になった。

 それが冗談か本気かを測ろうとして、すぐに本気だと気づいたらしい。

 おじさんとおばさんはまだ口を挟まない。

 まず鳴上が何をどこまで考えているのかを見ているのだろう。

 

「なんでそうなるんだよ」

「今回の件で、お前の生活基盤がまだ安定していないことは確認できた」

「言い方がでかいんだよ」

「事実だ」

 

 鳴上は声を荒げなかった。

 ただ順番に論点を置くように言葉を重ねる。

 こういう話は勢いで押すより、事実を並べた方が崩れにくい。

 陽介相手ならなおさらだった。

 

「一回寝坊しただけだろ」

「一回で済む保証がない」

「いや、それは……」

「高校の頃から傾向はあった」

 

 陽介が口をつぐむ。

 疲れた翌日や、生活が揺れた日の朝に危うくなることは、八十稲羽にいた頃からあった。

 本人はそのたびに偶然だと言っていたが、偶然で済む回数ではない。

 鳴上の中では、今朝の件でその認識が完全に確定した。

 

「疲れが出た時、環境が変わった時、お前の朝は乱れやすい」

「でも今日は初日で、さすがにちょっと気が抜けただけで」

「そのちょっとが入学式当日なら十分問題だ」

 

 そこまで言うと、陽介は露骨に嫌そうな顔をした。

 反発したい気持ちは強いのだろうが、内容そのものは否定しづらい。

 入学式当日の寝坊という前例が、あまりにも重い。

 おばさんがそのやり取りを静かに聞いているのが見えた。

 

「問題は寝坊だけじゃない」

 鳴上はそこで言葉を継いだ。

 陽介がうんざりしたようにこちらを見る。

 それでも目を逸らさないのは、話を切れないと分かっているからだろう。

 鳴上はその視線を受けながら続ける。

 

「一人暮らしを始めたばかりで、生活全体がまだ不安定だ」

「部屋見ただけでそこまで言う?」

「部屋だけではない」

「じゃあ何」

「起床、持ち物、食事、戸締まり、疲労管理」

 

 並べるごとに、陽介の顔が少しずつ曇っていく。

 図星を一つずつ机の上へ置かれている時の反応だった。

 鳴上は気にせず続けた。

 途中で緩めると、この手の話はすぐに冗談へ逃がされる。

 

「大学一年目は、まず安定して通うことが重要だ」

「分かってるけどさ」

「T大は駒場で、M大は船橋だ。どちらも気楽に通える距離とは言い切れない」

「だから余計に、自分の部屋から行った方がよくない?」

「通学時間だけで住まいを決める話ではない」

 

 陽介が額に手を当てる。

 その反応は、反論というより頭痛に近かった。

 鳴上の言葉が完全に無茶ではないことは、本人にも分かっているのだろう。

 だからこそ、勢いだけで切り返しづらい。

 

「生活リズムが崩れないことの方が、今は優先順位が高い」

「いやでも、同居って飛びすぎだろ」

「飛んではいない」

「飛んでるって!」

 

 陽介の声が少しだけ大きくなり、ラウンジの静けさを思い出したように慌てて抑えられる。

 その落ち着かなさを見ていると、ますます放ってはおけない気がした。

 鳴上はその感覚を表には出さず、言葉だけを整える。

 感情を先に出せば、話の形が崩れる。

 

「今朝は間に合った」

「うん」

「だが、毎回同じように間に合う保証はない」

「……」

「何かあった時に駆けつけるより、最初から同じ場所にいた方が確実だ」

 

 その言葉を口にした瞬間、今朝の光景が短く頭をよぎった。

 薄暗い部屋、掛け布団から覗く寝顔、起こしてもすぐには浮上しない意識。

 無防備だったと思う。

 そして、その無防備さをまた自分が最初に見つけたいと思ってしまう感情が、どこかにあった。

 

 鳴上はそこで意識的に思考を切った。

 対処が早いという言葉に、必要以上の意味を持たせないようにする。

 今ここで話しているのは生活の話だ。

 少なくとも表向きは、それで通すべきだった。

 

「今のまま放っておく方が面倒だ」

「そこまで言うかあ……」

 

 陽介がソファの背へ大きく体を預ける。

 抵抗しているが、話自体を打ち切る気配はない。

 そこでようやく、おばさんが小さく口を開いた。

 その声は穏やかだったが、内容はかなり現実的だった。

 

「最初の一年だけでも、というのはありかもしれないわね」

 

 陽介がばっとおばさんを見る。

 完全に予想外だったのだろう。

 おじさんもすぐ隣で、ああ、という顔をした。

 反対というより、考えてもいい選択肢として受け取っている顔だった。

 

「母さんまで!?」

「だって、今日みたいなことがまたあったら心配だもの」

「もうしないって!」

「今の時点だと、ちょっと説得力が足りないかな」

 

 おばさんの言い方はあくまで柔らかい。

 だが、その分だけ逃げ道を塞ぐ。

 感情的に責めているわけではないから、陽介も強く反発しづらいのだろう。

 おじさんもそれに続くように頷いた。

 

「まあ、今日のあれ見たあとだと反対しにくいな」

「親父まで乗るのかよ」

「乗るっていうか、悠くんが近くにいてくれるなら安心なのは事実だし」

「安心の方向がおかしいって……」

 

 陽介は不本意そうに言うが、その声も少しずつ弱くなっていた。

 勢いで押し返せる段階を越えつつあることを、自分でも感じているのだろう。

 鳴上はそこへさらに条件を整えるように言葉を足す。

 最初から永久の話にしない方が通りやすい。

 

「期間を区切ってもいい」

「期間?」

「一年目、……前期だけでもいい。生活が安定したら見直せばいい」

「う……」

「最初から恒久的に決める必要はない」

 

 そこまで言うと、陽介の抵抗が一瞬だけ鈍った。

 完全な同居ではなく、お試しに近い提案。

 それは反射的に拒むには少し現実的すぎる。

 鳴上も、そのあたりが落としどころになることは分かっていた。

 

「……お試しってこと?」

「そう考えてもいい」

「いや、でもそれ、始める気満々だろ」

「始めなければ分からない」

「理屈が強いんだよほんとに!」

 

 陽介が頭を抱える。

 その様子を見て、おじさんがこらえきれないように笑った。

 おばさんも口元に指を当てている。

 鳴上としては笑わせる意図はなかったが、真顔で押すほど妙な絵面になるらしい。

 

「そもそも、悠の方はいいのかよ」

 

 少し間を置いて、陽介がそう言った。

 声音がそれまでとは少し違っていた。

 ただ反発するだけの調子ではなく、本気で確かめる声だった。

 鳴上はその問いに、一拍だけ返答を遅らせる。

 

「何がだ」

「いや、俺と一緒で」

「……」

「生活とか、たぶん楽じゃねえだろ」

 

 意味は十分に分かった。

 朝が危ういこと、部屋が整いきらないこと、放っておくと綻びが出やすいこと。

 そういう相手と暮らすことを、本当に引き受けるのかという確認だった。

 鳴上は視線を外さず、短く答える。

 

「問題ない」

 

 それだけ言ってから、自分の声が思ったより迷いなく出たことに気づく。

 問題ない、というのは実務上の可否だけではなかった。

 陽介と生活を共にすることそのものを、自分は拒みたくない。

 むしろそうしたいと思っている部分が、確かにあった。

 

 だが、その意味までは口にしない。

 今ここで言葉にすれば、話の輪郭が変わる。

 陽介も、おじさんもおばさんも、まだそこを求めてはいない。

 だから鳴上は、その短い返答の中へ全部押し込めた。

 

 陽介はその返事を聞いて、少しだけ目を細めた。

 納得したのか、納得しかけて慌てたのかは分からない。

 ただ、さっきまでのような勢いだけの拒絶はそこから少し薄れた。

 その変化を、鳴上は表情に出さずに受け止める。

 

「悠くんの方も不都合ではないなら、現実的ではあるわね」

 おばさんがそう言う。

 母親としての心配と、状況整理の冷静さがうまく混じった声だった。

 感情だけで押していないからこそ、余計に説得力がある。

 おじさんもすぐにそれへ乗った。

 

「場所と費用と期間、そのへんをちゃんと詰めればありだな」

「ちょ、待てって、なんで条件整理の段階に入ってんの!?」

「まだ決定ではない」

「そう言いながらほぼ決める流れじゃん!」

 

 陽介の抗議はまだ続いていた。

 だが、話し合いそのものを拒んではいない。

 その時点で、入口はもう開いたようなものだった。

 鳴上はそこで初めて、わずかな手応えを内側で確かめる。

 

 今朝の寝坊ひとつで、ここまで話が進むとは思っていなかった。

 だが考えてみれば、ただの寝坊ではない。

 陽介の生活の脆さと、自分がそこへ踏み込める立場にあることが、いっぺんに可視化された出来事だった。

 それを見た以上、何も変えない方が不自然に思えた。

 

「……俺の部屋、そんなにやばかった?」

 陽介がぼそりと言う。

 おばさんが笑いそうになるのをこらえ、おじさんが視線を逸らした。

 鳴上はそこで言葉を濁さなかった。

 濁しても意味がないと思ったからだ。

 

「入学式の朝としては十分やばかった」

「うわ、否定がねえ」

「寝ていたお前も含めて評価している」

「それ余計ひどくない?」

 

 陽介が肩を落とす。

 その様子に、おばさんが小さく笑った。

 笑っていても、目の奥にはやはり本気の心配が残っている。

 母親としては、今日の一件を忘れるつもりはないのだろう。

 

「とりあえず、一回ちゃんと条件を整理してみましょうか」

 おばさんがそうまとめるように言った。

 おじさんも頷き、陽介だけが不服そうに口を尖らせる。

 だが、その不服ももう最初ほど勢いはない。

 押し返しきれないと分かった時の顔だった。

 

「まだ決定じゃないからな」

「決定ではない」

「でもお前、もう半分決まった顔してる」

「していない」

「してるんだよなあ……」

 

 陽介が深く息を吐く。

 その声を聞きながら、鳴上は次に必要な論点を頭の中へ並べる。

 住む場所、費用、大学までの経路、期間設定。

 考えるべきことはいくつもある。

 

 けれど、もうそれは“するかしないか”の話ではなく、どうするかの話に近づいていた。

 そこまで持っていけたことに、鳴上は静かな満足を覚える。

 今朝、陽介の部屋で見た朝の光景が、ふいにもう一度脳裏をよぎった。

 あの部屋へ駆けつけるのではなく、同じ場所で朝を迎える形へ話が動いている。

 

 それが自分にとって都合がよすぎることを、鳴上は認めないままにはいられなかった。

 生活の安定のため、という理屈は間違っていない。

 花村家の安心材料になるのも本当だ。

 だがそれだけなら、ここまで迷いなく押し切れたかどうかは分からない。

 

「陽介」

 

 鳴上がもう一度名前を呼ぶと、陽介がむっとしたまま顔を上げた。

 その表情がどこか諦め半分になっているのを見て、鳴上は少しだけ息を抜く。

 完全に拒まれてはいない。

 それで今は十分だった。

 

「少なくとも、今のままよりはましになる」

「……断言するなあ」

「する」

「そういうとこだよ」

 

 陽介は苦笑のような、ため息のような顔をした。

 その反応に、おじさんとおばさんがまた小さく笑う。

 ラウンジの静かな空気の中で、その卓だけが少しだけあたたかかった。

 鳴上はその空気を受け止めながら、内心で一つ結論を固める。

 

 何かあった時に駆けつけるのでは遅い。

 そう思った時点で、もう答えは出ていたのだろう。

 陽介がどう抗議しようと、花村家がどう条件を出そうと、ここから先は形にしていくだけだ。

 鳴上は表情を変えないまま、次に詰めるべき順番を静かに頭の中へ並べ始めた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学する大学生(入学式に寝坊して遅刻しかけた))

花村陽一(花村の父:ジュネス本部の地域開発本部の本部長に昇進している。東京に単身赴任中)
花村ユリ子(花村の母:ジュネス八十稲羽店で経理担当している)


次回もよろしくお願いします
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