スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
同居の話が持ち上がってから数日後。
鳴上は大学のオリエンテーリングを終え、いつものように真っ直ぐ家へ戻る代わりに、都内のホテルへ向かった。
花村家がまだ東京に滞在しているうちに、一度きちんと話を詰める。
それが必要だと判断したのは鳴上であり、陽一おじさんもユリ子おばさんもそれに同意した。
陽介は電話口で最後まで不服そうな声をしていたが、来ないとは言わなかった。
その時点で、少なくとも話し合いの場は成立していると見てよかった。
鳴上はホテルのロビーを抜けながら、今日整理すべき論点を頭の中で辿る。
期間、住む場所、費用、生活上の分担、通学経路、親への説明。
どれも感情ではなく、生活の問題として切り分けるべき内容だった。
案内されたラウンジの奥には、すでに花村家の三人が揃っていた。
おじさんはソファの背に腕をかけ、おばさんはテーブルの上で手を重ねている。
その向かいで陽介だけが、明らかに落ち着かない顔で窓の外を見ていた。
鳴上に気づくと、陽介は一度だけ視線を上げて、すぐに逸らした。
「来たか、悠くん」
「お待たせしました」
「いや、まだ時間前だし大丈夫よ。陽介だけが先にそわそわしてて」
「してねえよ」
おばさんの言葉に、陽介が即座に返す。
反射的に返せるあたり、余裕がないわけではないのだろう。
ただし、今から何を話されるかは十分に分かっている顔だった。
鳴上はその様子を見てから席につき、置かれた水へ手を伸ばした。
飲み物の注文を済ませてしばらくすると、場の空気が自然に整う。
世間話を長く挟むような話題ではないと、全員が分かっていたのだろう。
おじさんが一度だけ鳴上へ目を向け、軽く顎を引く。
先に切り出していい、という意味に受け取ってよかった。
「この前の話の続きですが」
鳴上がそう口を開くと、陽介が小さく肩を強張らせた。
露骨すぎる反応だったが、そこに対して誰も何も言わなかった。
おばさんは穏やかな表情のまま、鳴上の次の言葉を待っている。
おじさんも、面白がる顔は抑えて、かなり真面目にこちらを見ていた。
「同居について、条件を整理しておいた方がいいと思います」
「もう前提が進んでるんだよなあ……」
「まだ決定ではない」
「でも決めるための顔してるだろ、お前」
陽介の抗議はもっともだったが、否定まではしなかった。
鳴上はそれを聞き流し、持ってきたメモをテーブルの端へ置く。
別に紙に起こさなくても話せる内容ではあったが、形にした方が早い。
陽介がその紙を見た瞬間、嫌そうな顔をさらに深めた。
「メモって何だよ」
「論点整理だ」
「本気すぎて怖いんだけど」
「本気で話すべき内容だろう」
その返しに、陽介は言葉を止めた。
ふざけて流して終えるつもりが、鳴上には最初からない。
それは先日のラウンジでも分かっていたはずだが、今日の方が逃げ場は少ない。
形式を整えられると、冗談の顔をしていた話が現実に変わる。
「まず期間ですが、最初から固定する必要はないと思っています」
「固定しない?」
「一年目前期、あるいは少なくとも夏休み前までは様子を見る」
「お試しってことか」
「そう考えてもらって構いません」
おばさんがそこで小さく頷いた。
最初から長期化を前提にしない、その言い方が気に入ったらしい。
おじさんも腕を組み直しながら、現実的だなと呟く。
陽介だけが、まだ納得しきらない顔でメモと鳴上を見比べていた。
「期間限定なら、たしかに話はしやすいわね」
「そうだな。陽介が本当に一人で回せるなら、その時点で見直せばいい」
「親父、その言い方だと今は回せない前提じゃん」
「この前の実績があるからな」
おじさんの言葉に、陽介が明確に顔をしかめる。
反論したいのだろうが、そこだけはどうしても弱い。
入学式当日の寝坊という事実は、あまりにも分かりやすい前例だった。
鳴上はそこで余計な追撃をせず、次の項目へ話を移した。
「住む場所ですが、最適解は一つではありません」
「そこ一番気になってるんだけど」
「通学時間だけで見れば、双方に完全な一点はない」
「うん」
「ただ、今は生活の安定性を優先するべきだと考えています」
陽介が眉を寄せる。
それはもう聞いた、という顔だった。
だが鳴上はそこで話を止めず、さらに具体的に続けた。
抽象論だけでは、最終的に感情論へ押し戻される可能性がある。
「朝の出発を破綻させないこと、帰宅後に生活を立て直せること。その二点を基準にした方がいいと思っています」
「俺の船橋までの距離は?」
「長くなる可能性はある」
「可能性どころか絶対長くなるだろ」
「それでも、毎朝崩れるよりはましだ」
はっきり言うと、陽介は一度だけ口を閉じた。
その沈黙のあとで、おばさんが困ったように笑う。
だがその表情の奥には、やはり反対の色は見えなかった。
母親としては、通学時間より生活崩壊の方が深刻なのだろう。
「少なくとも、起きる人が一人増えるのは大きいわよね」
「それ母さんが言う?」
「言うわよ。この前のことがなかったら、もう少し考えたけど」
「うっ」
陽介が短く詰まる。
同じことを何度も言われているのに、そのたびちゃんと刺さっている。
それを見ながら、鳴上は残る項目を順に片づける。
押し切るつもりはあるが、雑に進める気はなかった。
「費用については、折半を基本にするつもりです」
「そこはちゃんとするんだな……」
「当然だろう」
「家事はどうする?」とおじさんが口を挟む。
「固定せず、先に帰った方を基準に回す方が自然だと思います」
鳴上の返答に、おじさんが感心したように笑った。
おばさんも「その方が実際は回りそうね」と頷いている。
陽介はますます嫌そうな顔をしていたが、内容への反論は出てこない。
自分でも、かなり具体的に生活が見えてしまったのだろう。
「掃除と洗濯は?」
「分担で構いません」
「食事は?」
「毎日きっちり決める必要はありませんが、朝は簡単でも用意した方がいい」
「だから本気なんだよなあ……」
陽介がテーブルに肘をつき、額を押さえる。
その仕草を見ながら、鳴上は一瞬だけ思う。
こうして一つずつ生活の条件を並べていくことに、奇妙な違和感はなかった。
陽介の生活を自分の隣へ引き寄せる話をしているのに、それが不自然だという感覚の方が、もうかなり薄くなっていた。
何かあった時に駆けつけるのでは遅い。
先日ラウンジで口にしたその考えは、今も変わっていない。
だがそれだけなら、ここまで細かく詰める必要は本当はないのかもしれない。
鳴上はその思考をそこで切り、テーブル上のメモへ視線を戻した。
「大学が始まって、実際に生活が落ち着くまでは時間がかかるはずです」
「まあ、それはそうだろうけど」
「その間だけでも、生活拠点を一つにしておいた方が効率がいい」
「効率って言い方やめろよ。なんか物みたいだろ」
「言い方の問題ではない」
鳴上がそう返すと、陽介は深く息を吐いた。
怒っているというより、諦めに近い音だった。
そこでおじさんが、ふっと肩の力を抜いたように口を開く。
親としての判断を、ほぼ固めた顔に見えた。
「俺としては、かなり賛成だな」
「親父」
「悠くんがここまで考えてるなら、預ける側としては安心だ」
「預けるとか言うなよ」
「でも事実、そういう話でもあるだろう」
おじさんの言葉に、陽介はすぐには返せなかった。
おばさんも静かに頷いていて、その表情はかなり穏やかだった。
押しつけではないが、母親としての不安はもう十分に言語化されている。
あとは陽介が、どこまで抵抗を続けるかだけの段階に見えた。
「私は、最初の半年だけでも試してみるのはいいと思うわ」
「おばさんさんもそう思われますか」
「ええ。悠くんなら、甘やかすだけで終わらせないでしょうし」
「なんでみんなして俺を問題児みたいに扱うんだよ……」
問題児とまでは思わない。
だが、放っておいても大丈夫と言い切れる段階ではない。
鳴上がそう考えるのは、今朝の寝坊だけが理由ではなかった。
生活の綻びが出た時に、陽介は意外に脆い。
そしてその脆さを、自分はもう知ってしまっている。
「陽介」
鳴上が名前を呼ぶと、陽介がしぶしぶ顔を上げた。
不服と警戒と、少しばかりの居心地の悪さが混ざった目だった。
だが完全に閉じてはいない。
その視線を受けながら、鳴上は必要なことだけを言う。
「少なくとも、今より悪くはならない」
「断言するんだな」
「する」
「俺と一緒で、お前ほんとに平気なのかよ」
その問いに、鳴上は一拍だけ黙った。
実務上の話をしているようでいて、そこだけは少し違う温度を帯びる。
陽介が気にしているのは、家事や通学時間だけではない。
自分と生活を重ねること自体を、鳴上がどう受け取るかだった。
「問題ない」
短く返すと、陽介は黙ったままこちらを見た。
疑っているというより、測っている目つきだった。
鳴上自身、その返事が嘘ではないことだけは分かっている。
問題ないどころか、そうすることをもう当然に近く感じていた。
その感覚の名前を、今つける必要はない。
生活のため、安定のため、そう言い換えることはいくらでもできる。
だが少なくとも、陽介と暮らすことを負担だと思う発想は、鳴上の中に最初からほとんど存在していなかった。
「……ずるいんだよな、そういう言い方」
陽介が小さく呟く。
何がずるいのか、鳴上には正確には分からなかった。
ただ、その声音には最初ほどの拒絶はなかった。
押し切られかけている自覚と、完全には嫌ではない戸惑いが混ざっている。
「じゃあ、条件としてはこんなところか」
おじさんが場をまとめるように言った。
期間はまず前期まで。費用は折半。生活は実際に回しながら調整。
住む場所は鳴上側の生活拠点を基準にして、陽介の通学ルートは別途最適化を考える。
言葉にされるたび、同居の話が現実へ近づいていくのが分かった。
「まだ決定じゃないからな」
「決定ではない」
「でもほぼ決まりっぽい空気なんだよ!」
「話し合った結果だろう」
「そうだけど、そうなんだけどさ……」
陽介はそこで言葉を失い、ソファへ深く沈み込んだ。
その様子に、おばさんが小さく笑う。
おじさんも、ようやく肩の力を抜いたような顔をしていた。
反対が出ない以上、あとは実際の段取りへ移るだけだった。
鳴上はテーブルの上のメモを見下ろす。
期間限定の同居。表向きはそれで十分だろう。
生活が落ち着くまでの措置としても、親への説明としても筋が通る。
だがその言葉の内側で、自分がどこまで先を見ているのか、
鳴上自身もまだはっきりとは測っていなかった。
ただ一つだけ、確かなことがある。
陽介が別の部屋で一人きりの朝を迎えるより、同じ屋根の下で起きる方がいいと、今は迷いなく思えることだった。
その結論だけを胸の内に留めたまま、鳴上は次の段取りを考え始めた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学する大学生(寝坊したので同居と言われている))
花村陽一(花村の父:ジュネス本部の地域開発本部の本部長に昇進している。東京に単身赴任中)
花村ユリ子(花村の母:ジュネス八十稲羽店で経理担当している)
次回もよろしくお願いします