二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。




 同居の話がまとまってから最初の週末、鳴上は朝から陽介の部屋に来ていた。

 引っ越しというほど大げさな距離ではないが、生活の拠点を移すとなれば、荷物の整理と選別にはそれなりに時間がかかる。

 陽介はまだ、納得したようなしていないような顔で部屋の真ん中に立っていた。

 

「本当にやるんだな……」

 

 積み上がった段ボール箱を見ながら、陽介がぼそりと言う。

 鳴上は床に置いた紙袋の中身を確かめながら、短く返した。

 もう条件は整理済みで、陽一おじさんとユリ子おばさんおばさんにも話は通っている。

 ここまで来て止まる理由は、少なくとも鳴上には思いつかなかった。

 

「今さら何だ」

「いや、分かってたけど、実際荷物まとめ始めるとなんかさ」

「実感が出たか」

「他人事みたいに言うなよ。お前んちに俺が住み込むんだぞ」

「それは前から分かっている」

 

 鳴上がそう言うと、陽介は露骨に不服そうな顔をした。

 だが、そのわりに荷物をまとめる手は止めなかった。

 文句は言うが、やること自体はやる。

 そういうところは、昔から意外と素直だった。

 

 部屋の中には、一人暮らしを始めたばかりの名残がまだ色濃く残っていた。

 家具の位置は仮置きのまま固まったような配置で、収納もまだ中途半端だった。

 生活が始まる勢いだけで並べたものを、そのまま使い続けていたのだろう。

 鳴上はその様子を見渡しながら、持っていく物と置いていく物を頭の中で分ける。

 

「衣類は全部持っていく必要はない」

「え、なんで」

「季節が変わればまた入れ替える」

「もう運用の話に入ってるんだよな……」

「当然だろう」

 

 陽介は深く息をついて、クローゼットを開けた。

 ハンガーにかかった服を眺める横顔には、まだ少しだけ落ち着かなさがある。

 それでも拒否ではない。自分の生活が変わることに、ようやく現実感が追いついてきただけなのだと鳴上には見えた。

 

 鳴上は机の上に積まれた教科書と雑誌を手に取り、要る物をより分けていく。

 読みかけの本、大学でもらった資料、よく分からないメモ、使いかけのノートと、ほとんど開かれていないファイル。

 陽介の生活圏は、見た目以上に雑然としていた。

 

「これ、要るのか」

「どれ?」

「先月号のゲーム雑誌」

「要る」

「こっちは」

「要る」

「その基準で荷物は減るのか」

 

 鳴上がそう言うと、陽介はわざとらしく口を尖らせた。

 だが、その表情には少し笑いも混じっている。

 あまり深刻な空気にならないのは助かった。

 引っ越しの作業は、必要以上に感傷的になると進まない。

 

 おじさんとおばさんは午後に顔を出す予定になっていた。

 完全に任せきりにするつもりはないのだろうが、大枠の整理は鳴上と陽介でやっておくことになっている。

 そういうところにも、二人に任せる信頼が感じられた。

 

 荷物を詰める作業は、始めてしまえば思ったより淡々と進んだ。

 服、本、大学関係の書類、最低限の生活用品。

 大型の家具や家電を全部動かすわけではないので、当座の生活に必要なものを運び込めれば十分だった。

 

 とはいえ、陽介の私物が箱の中へ収まっていくのを見ると、この部屋から生活の痕跡が少しずつ抜けていくのが分かる。

 短い間とはいえ一人暮らしを始めたばかりの場所だから、陽介にも思うところがないわけではないのだろう。

 

「ちょっと寂しい?」

 

 不意にそう聞かれて、鳴上は手を止めた。

 見れば、陽介が段ボールを抱えたままこちらを見ている。

 冗談のようでいて、半分は本気で聞いている顔だった。

 鳴上はその意味を少しだけ考えてから、荷物へ視線を戻す。

 

「何がだ」

「いや、この部屋から出てく俺がじゃなくて、お前が」

「意味が分からない」

「俺の荷物、お前んとこに増えるわけじゃん」

 

 たしかに増える。

 衣類も本も生活用品も、今よりずっと陽介の気配が濃くなるだろう。

 だが、そのことを負担として考えたことは、鳴上には一度もなかった。

 むしろ、そこへ違和感がないことの方が少し不思議なくらいだった。

 

「別に問題ない」

「出た、その万能ワード」

「事実だ」

「お前、ほんとそういう顔で言うよな……」

 

 陽介は呆れたように言って、また手元の箱へ視線を戻した。

 その耳が少しだけ赤いように見えたのは気のせいではないと思う。

 鳴上は余計なことを言わず、箱の蓋を閉じてテープを貼った。

 そういう反応にいちいち言葉を足す必要はない。

 

 昼前になる頃には、部屋の中の箱が目に見えて増えていた。

 逆に家具と大きな荷物だけが残り、生活感は少しずつ薄れていく。

 鳴上は荷物の数を確認し、今日中に運べる量であることを計算する。

 何往復かすれば、必要なものは十分移動できるはずだった。

 

「昼、どうする」

「適当に買ってくるか?」

「食べてから運ぶ方がいい」

「もう家事運用目線なんだよなあ」

「空腹で効率が落ちる」

 

 陽介が苦笑しながら財布を取りに行く。

 その背中を見ていると、もうかなり自然に思えた。

 部屋の中を一緒に整理し、生活の中身を一緒に運び出す。

 それは他人の手伝いというより、共同作業に近かった。

 

 簡単に昼食を済ませて戻ると、程なくしておじさんとおばさんもやって来た。

 おじさんは部屋に入るなり、「思ったよりちゃんと片づいてるな」と笑い、おばさんは箱の積み方を見て「悠くんがいると本当に早いわね」と感心した。

 陽介だけが、なぜか少し不服そうな顔で靴を脱いでいた。

 

「なんでみんなして悠基準で褒めるんだよ」

「だって、実際そうじゃない?」

「そうだけどさあ」

「お前一人だと、今日じゅうに終わるか怪しいだろ」

「親父、さらっとひどくない?」

 

 おじさんの言葉に、鳴上は何も返さなかった。

 否定する理由がなかったからだ。

 おばさんはそんな二人を見て、やれやれというように笑っている。

 その笑い方には、不安より安心の方がずっと多く混じっていた。

 

 荷物の運び出し自体は、親が加わるとさらに早かった。

 おじさんが重い箱を持ち、おばさんが細かい袋物をまとめ、鳴上は順番を組み、陽介はその間を行き来して抜けを埋める。

 四人で動くと、作業は思った以上に無駄なく回った。

 

 ある程度片づいたところで、おばさんが部屋を見回して小さく息をつく。

 その表情には、息子の生活が移っていくことへの感慨もあるのだろう。

 ただしそれは寂しさ一色ではなく、任せられる場所へ移す安堵に近かった。

 鳴上はその横顔を見てから、手元の箱を持ち上げる。

 

「悠くん」

「はい」

「陽介のこと、よろしくね」

 

 おばさんの声は静かだった。

 だが、その一言に込められた重さは軽くない。

 大学入学時点の同居に、親が正式に頷くということは、生活のかなり深い部分を他人へ預けるのとほとんど同じだった。

 

「任せてください」

 

 鳴上は迷わずそう返した。

 自分でも驚くほど、返事は自然に出た。

 任せてほしいと、どこかでずっと思っていたような気さえした。

 その感覚を深く掘り下げる前に、陽介の声が横から飛んでくる。

 

「いや、なんでそこでそんなに迷いなく言えるんだよ」

「迷う理由がない」

「そういうとこだって」

「陽介、もうその台詞何回目?」

 

 おばさんにたしなめられて、陽介が口を閉じる。

 だが耳の先がまた少し赤くなっていて、鳴上は視線を逸らした。

 これ以上見ていると、気づかれる気がしたからだった。

 別にやましいことがあるわけではないのに、その反応が妙に気になる。

 

 最後の荷物を車へ積み込むころには、部屋の中はすっかり広くなっていた。

 最初に来た時より、ずっと生活音の少ない空間に見える。

 この部屋で陽介が一人の朝を迎えることは、しばらくなくなるのだろう。

 鳴上はそう考えて、鍵のかかったドアを一度だけ振り返った。

 

 移動の車中、陽介は後部座席でやや所在なさげに窓の外を見ていた。

 箱に詰められた自分の荷物が隣に積まれ、その向こうに鳴上が座っている。

 これまでの一人暮らしとも、八十稲羽の家とも違う場所へ向かっているのだと、

 本人にもようやく実感が追いついてきたのかもしれなかった。

 

「今さらだけどさ」

 不意に陽介が口を開く。

 運転席のおじさんと助手席のおばさんは、あえて口を挟まない。

 この問いがどちらへ向けられているか、分かっているのだろう。

 鳴上は短く返事をした。

 

「何だ」

「ほんとに、俺いて平気なんだよな」

「平気だ」

「即答だな……」

「前にも言った」

 

 陽介はそれきり黙って、再び窓の外を見た。

 だがその横顔には、最初の頃ほどの警戒心は残っていなかった。

 不安がないわけではないのだろう。

 それでも、鳴上の返答を一応は受け取っている顔だった。

 

 家へ着いて荷物を運び込むと、今度は空間の見え方が変わる。

 もともと鳴上一人で使っていた部屋に、陽介の服や本が加わるだけで、同じ床も壁も、少しだけ別の場所のように見えた。

 生活の輪郭そのものが、目に見えて変わり始めていた。

 

「うわ、俺の荷物、思ったより邪魔だな」

「配置を決めれば問題ない」

「またその言い方」

「収納は空けてある」

「そこまで準備してたのかよ……」

 

 鳴上は答えずに箱を一つ持ち上げ、空けておいた棚の前へ置いた。

 実際、同居の話が決まった時点で、置き場所の整理はしてある。

 そのことを説明すると、たぶんまた呆れられるだけだった。

 陽介が暮らし始めた後に困らないようにした。それだけのことだ。

 

 荷物を一通り運び終えるころには、外はもう夕方に近づいていた。

 おじさんとおばさんは最後まで手伝ってくれたあと、「あとよろしく」と陽介に向けて笑い、鳴上には改めて礼を言って帰っていく。

 ドアが閉まると、部屋の中には二人きりの静けさが残った。

 

 箱の積まれた床、半分開いたクローゼット、机の上に置かれた二人分の鍵。

 どこもまだ途中で、完全には整っていない。

 だが、その中途半端さが嫌ではなかった。

 生活がこれから形になる途中に、自分もちゃんといるのだと分かるからだった。

 

「……始まっちゃったな」

 

 陽介が、少し力の抜けた声で言う。

 鳴上はその言葉を聞いて、箱の上に置いたガムテープを手元へ戻した。

 たしかに始まったのだろう。

 おためしという建前ではあっても、ここから先は、同じ場所で朝を迎える日々になる。

 

「ああ」

「なんか、もっと大げさな感じするかと思ってた」

「実際は荷物を移しただけだ」

「いや、そこなんだよ。そうなんだけどさ」

 

 陽介は言葉を探すように笑ってから、箱の一つへ手をかけた。

 それを見て、鳴上も自分の分の箱を持ち上げる。

 まだ片づけは終わっていない。

 生活はもう始まっているのに、部屋はまだ途中のままだった。

 

 その中途半端さごと、しばらく二人で回していくのだろう。

 そう考えても、鳴上の中には不安より先に、ようやく当然の場所へ収まったような感覚の方が強く残った。

 その理由を、今はまだ深く考えないことにした。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生(入学式の日二寝坊したため鳴上と同居することに))

花村陽一(花村の父:ジュネス本部の地域開発本部の本部長に昇進している。東京に単身赴任中)
花村ユリ子(花村の母:ジュネス八十稲羽店で経理担当している)


次回もよろしくお願いします
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