スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
同居の話がまとまってから最初の週末、鳴上は朝から陽介の部屋に来ていた。
引っ越しというほど大げさな距離ではないが、生活の拠点を移すとなれば、荷物の整理と選別にはそれなりに時間がかかる。
陽介はまだ、納得したようなしていないような顔で部屋の真ん中に立っていた。
「本当にやるんだな……」
積み上がった段ボール箱を見ながら、陽介がぼそりと言う。
鳴上は床に置いた紙袋の中身を確かめながら、短く返した。
もう条件は整理済みで、陽一おじさんとユリ子おばさんおばさんにも話は通っている。
ここまで来て止まる理由は、少なくとも鳴上には思いつかなかった。
「今さら何だ」
「いや、分かってたけど、実際荷物まとめ始めるとなんかさ」
「実感が出たか」
「他人事みたいに言うなよ。お前んちに俺が住み込むんだぞ」
「それは前から分かっている」
鳴上がそう言うと、陽介は露骨に不服そうな顔をした。
だが、そのわりに荷物をまとめる手は止めなかった。
文句は言うが、やること自体はやる。
そういうところは、昔から意外と素直だった。
部屋の中には、一人暮らしを始めたばかりの名残がまだ色濃く残っていた。
家具の位置は仮置きのまま固まったような配置で、収納もまだ中途半端だった。
生活が始まる勢いだけで並べたものを、そのまま使い続けていたのだろう。
鳴上はその様子を見渡しながら、持っていく物と置いていく物を頭の中で分ける。
「衣類は全部持っていく必要はない」
「え、なんで」
「季節が変わればまた入れ替える」
「もう運用の話に入ってるんだよな……」
「当然だろう」
陽介は深く息をついて、クローゼットを開けた。
ハンガーにかかった服を眺める横顔には、まだ少しだけ落ち着かなさがある。
それでも拒否ではない。自分の生活が変わることに、ようやく現実感が追いついてきただけなのだと鳴上には見えた。
鳴上は机の上に積まれた教科書と雑誌を手に取り、要る物をより分けていく。
読みかけの本、大学でもらった資料、よく分からないメモ、使いかけのノートと、ほとんど開かれていないファイル。
陽介の生活圏は、見た目以上に雑然としていた。
「これ、要るのか」
「どれ?」
「先月号のゲーム雑誌」
「要る」
「こっちは」
「要る」
「その基準で荷物は減るのか」
鳴上がそう言うと、陽介はわざとらしく口を尖らせた。
だが、その表情には少し笑いも混じっている。
あまり深刻な空気にならないのは助かった。
引っ越しの作業は、必要以上に感傷的になると進まない。
おじさんとおばさんは午後に顔を出す予定になっていた。
完全に任せきりにするつもりはないのだろうが、大枠の整理は鳴上と陽介でやっておくことになっている。
そういうところにも、二人に任せる信頼が感じられた。
荷物を詰める作業は、始めてしまえば思ったより淡々と進んだ。
服、本、大学関係の書類、最低限の生活用品。
大型の家具や家電を全部動かすわけではないので、当座の生活に必要なものを運び込めれば十分だった。
とはいえ、陽介の私物が箱の中へ収まっていくのを見ると、この部屋から生活の痕跡が少しずつ抜けていくのが分かる。
短い間とはいえ一人暮らしを始めたばかりの場所だから、陽介にも思うところがないわけではないのだろう。
「ちょっと寂しい?」
不意にそう聞かれて、鳴上は手を止めた。
見れば、陽介が段ボールを抱えたままこちらを見ている。
冗談のようでいて、半分は本気で聞いている顔だった。
鳴上はその意味を少しだけ考えてから、荷物へ視線を戻す。
「何がだ」
「いや、この部屋から出てく俺がじゃなくて、お前が」
「意味が分からない」
「俺の荷物、お前んとこに増えるわけじゃん」
たしかに増える。
衣類も本も生活用品も、今よりずっと陽介の気配が濃くなるだろう。
だが、そのことを負担として考えたことは、鳴上には一度もなかった。
むしろ、そこへ違和感がないことの方が少し不思議なくらいだった。
「別に問題ない」
「出た、その万能ワード」
「事実だ」
「お前、ほんとそういう顔で言うよな……」
陽介は呆れたように言って、また手元の箱へ視線を戻した。
その耳が少しだけ赤いように見えたのは気のせいではないと思う。
鳴上は余計なことを言わず、箱の蓋を閉じてテープを貼った。
そういう反応にいちいち言葉を足す必要はない。
昼前になる頃には、部屋の中の箱が目に見えて増えていた。
逆に家具と大きな荷物だけが残り、生活感は少しずつ薄れていく。
鳴上は荷物の数を確認し、今日中に運べる量であることを計算する。
何往復かすれば、必要なものは十分移動できるはずだった。
「昼、どうする」
「適当に買ってくるか?」
「食べてから運ぶ方がいい」
「もう家事運用目線なんだよなあ」
「空腹で効率が落ちる」
陽介が苦笑しながら財布を取りに行く。
その背中を見ていると、もうかなり自然に思えた。
部屋の中を一緒に整理し、生活の中身を一緒に運び出す。
それは他人の手伝いというより、共同作業に近かった。
簡単に昼食を済ませて戻ると、程なくしておじさんとおばさんもやって来た。
おじさんは部屋に入るなり、「思ったよりちゃんと片づいてるな」と笑い、おばさんは箱の積み方を見て「悠くんがいると本当に早いわね」と感心した。
陽介だけが、なぜか少し不服そうな顔で靴を脱いでいた。
「なんでみんなして悠基準で褒めるんだよ」
「だって、実際そうじゃない?」
「そうだけどさあ」
「お前一人だと、今日じゅうに終わるか怪しいだろ」
「親父、さらっとひどくない?」
おじさんの言葉に、鳴上は何も返さなかった。
否定する理由がなかったからだ。
おばさんはそんな二人を見て、やれやれというように笑っている。
その笑い方には、不安より安心の方がずっと多く混じっていた。
荷物の運び出し自体は、親が加わるとさらに早かった。
おじさんが重い箱を持ち、おばさんが細かい袋物をまとめ、鳴上は順番を組み、陽介はその間を行き来して抜けを埋める。
四人で動くと、作業は思った以上に無駄なく回った。
ある程度片づいたところで、おばさんが部屋を見回して小さく息をつく。
その表情には、息子の生活が移っていくことへの感慨もあるのだろう。
ただしそれは寂しさ一色ではなく、任せられる場所へ移す安堵に近かった。
鳴上はその横顔を見てから、手元の箱を持ち上げる。
「悠くん」
「はい」
「陽介のこと、よろしくね」
おばさんの声は静かだった。
だが、その一言に込められた重さは軽くない。
大学入学時点の同居に、親が正式に頷くということは、生活のかなり深い部分を他人へ預けるのとほとんど同じだった。
「任せてください」
鳴上は迷わずそう返した。
自分でも驚くほど、返事は自然に出た。
任せてほしいと、どこかでずっと思っていたような気さえした。
その感覚を深く掘り下げる前に、陽介の声が横から飛んでくる。
「いや、なんでそこでそんなに迷いなく言えるんだよ」
「迷う理由がない」
「そういうとこだって」
「陽介、もうその台詞何回目?」
おばさんにたしなめられて、陽介が口を閉じる。
だが耳の先がまた少し赤くなっていて、鳴上は視線を逸らした。
これ以上見ていると、気づかれる気がしたからだった。
別にやましいことがあるわけではないのに、その反応が妙に気になる。
最後の荷物を車へ積み込むころには、部屋の中はすっかり広くなっていた。
最初に来た時より、ずっと生活音の少ない空間に見える。
この部屋で陽介が一人の朝を迎えることは、しばらくなくなるのだろう。
鳴上はそう考えて、鍵のかかったドアを一度だけ振り返った。
移動の車中、陽介は後部座席でやや所在なさげに窓の外を見ていた。
箱に詰められた自分の荷物が隣に積まれ、その向こうに鳴上が座っている。
これまでの一人暮らしとも、八十稲羽の家とも違う場所へ向かっているのだと、
本人にもようやく実感が追いついてきたのかもしれなかった。
「今さらだけどさ」
不意に陽介が口を開く。
運転席のおじさんと助手席のおばさんは、あえて口を挟まない。
この問いがどちらへ向けられているか、分かっているのだろう。
鳴上は短く返事をした。
「何だ」
「ほんとに、俺いて平気なんだよな」
「平気だ」
「即答だな……」
「前にも言った」
陽介はそれきり黙って、再び窓の外を見た。
だがその横顔には、最初の頃ほどの警戒心は残っていなかった。
不安がないわけではないのだろう。
それでも、鳴上の返答を一応は受け取っている顔だった。
家へ着いて荷物を運び込むと、今度は空間の見え方が変わる。
もともと鳴上一人で使っていた部屋に、陽介の服や本が加わるだけで、同じ床も壁も、少しだけ別の場所のように見えた。
生活の輪郭そのものが、目に見えて変わり始めていた。
「うわ、俺の荷物、思ったより邪魔だな」
「配置を決めれば問題ない」
「またその言い方」
「収納は空けてある」
「そこまで準備してたのかよ……」
鳴上は答えずに箱を一つ持ち上げ、空けておいた棚の前へ置いた。
実際、同居の話が決まった時点で、置き場所の整理はしてある。
そのことを説明すると、たぶんまた呆れられるだけだった。
陽介が暮らし始めた後に困らないようにした。それだけのことだ。
荷物を一通り運び終えるころには、外はもう夕方に近づいていた。
おじさんとおばさんは最後まで手伝ってくれたあと、「あとよろしく」と陽介に向けて笑い、鳴上には改めて礼を言って帰っていく。
ドアが閉まると、部屋の中には二人きりの静けさが残った。
箱の積まれた床、半分開いたクローゼット、机の上に置かれた二人分の鍵。
どこもまだ途中で、完全には整っていない。
だが、その中途半端さが嫌ではなかった。
生活がこれから形になる途中に、自分もちゃんといるのだと分かるからだった。
「……始まっちゃったな」
陽介が、少し力の抜けた声で言う。
鳴上はその言葉を聞いて、箱の上に置いたガムテープを手元へ戻した。
たしかに始まったのだろう。
おためしという建前ではあっても、ここから先は、同じ場所で朝を迎える日々になる。
「ああ」
「なんか、もっと大げさな感じするかと思ってた」
「実際は荷物を移しただけだ」
「いや、そこなんだよ。そうなんだけどさ」
陽介は言葉を探すように笑ってから、箱の一つへ手をかけた。
それを見て、鳴上も自分の分の箱を持ち上げる。
まだ片づけは終わっていない。
生活はもう始まっているのに、部屋はまだ途中のままだった。
その中途半端さごと、しばらく二人で回していくのだろう。
そう考えても、鳴上の中には不安より先に、ようやく当然の場所へ収まったような感覚の方が強く残った。
その理由を、今はまだ深く考えないことにした。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生(入学式の日二寝坊したため鳴上と同居することに))
花村陽一(花村の父:ジュネス本部の地域開発本部の本部長に昇進している。東京に単身赴任中)
花村ユリ子(花村の母:ジュネス八十稲羽店で経理担当している)
次回もよろしくお願いします