リゼロif 少年と魔女   作:まんはんたん

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その8

「──聖域クリア、おっめぇっでっとうっ──!!」

 

 パ────ンッ!!! 

 夢の城と呼ばれる、果てしなく続く緑の草原。静寂が支配するはずのその精神世界に、鼓膜を破らんばかりの盛大な爆裂音が響き渡った。

「うおっ!?」

 唐突な大音響に、ナツキ・スバルは情けない悲鳴を上げて飛び退いた。

 視界を覆い尽くすほどの、色とりどりの紙吹雪。金や銀のキラキラとしたテープが宙を舞い、草原の上に降り注いでいく。

 その紙吹雪の向こう側から、巨大なクラッカーを手にした漆黒のドレスの美女──「強欲の魔女」エキドナが、満面の笑みを浮かべて姿を現した。

 

「やぁ、スバル! 見事な采配だったよ。君の勇姿、この特等席から余すところなく見せてもらったとも!」

 

 エキドナはクラッカーを放り投げると、パチパチと上品に拍手を送りながらスバルに歩み寄ってくる。

 

 現実世界において、スバルを縛り付けていた幾つもの死の運命。

 ガーフィールの妨害、ロズワールの狂気、エルザとメィリィによる屋敷の襲撃、そして大兎の襲来。普通であれば、数百回死に戻っても突破できないであろう絶望的な盤面を──スバルは、たったの数度の死に戻りで、すべて完全に解決し、聖域を解放することに成功していた。

 

 感情を殺し、盤面のすべてを駒として利用する冷徹な計算。そして何より、エキドナの膨大な知識と「最善のナビゲート」という反則級のサポートがあってこその、異常なまでの最短クリア劇だった。

 

「……おや? ボクと君の初めての共同作業が、こうして見事に最高の結末を迎えたというのに、なにをそんなしけた顔をしてるんだい?」

 

 エキドナは小首を傾げ、覗き込むようにスバルの顔を見た。

 たった数回の死で済んだとはいえ、スバルの精神的疲労は極限に達していた。血を吐くような交渉と、冷酷な決断の連続。ようやくすべてが終わり、魂の休息を求めてこの夢の城を訪れたというのに、出迎えがこのテンションである。

 

「誤解を生みかねない言い方をすんな! 共同作業ってなんだよ、ケーキでも入刀したのか俺たちは!」

 

「ふふっ、ケーキ入刀どころか、運命の糸を二人で紡ぎ直したのだから、それ以上の深い結びつきだろう? ボクとしては、このまま新婚旅行(ハネムーン)にでも出かけたい気分だよ」

 

「誰が行くか! 行き先が地獄の底しか見えねえわ!」

 

 スバルは頭を抱え、深いため息をついた。契約上、彼女のナビゲートが完璧であったことは認めざるを得ないが、この無駄に高いテンションとセクハラじみた距離感だけは、どうしても慣れることができない。

 

「まあまあ、そう照れなさんな。こういうおめでたい日には、あれだろう? お酒を飲み、焚き火を囲んで夜通し躍り明かすのが、君の故郷の『祝い方』なんだろう?」

 

「は? いや、まあ……キャンプファイヤー的なものなら、林間学校とかであったけど……」

 

「よしきた! なら、さっそく準備しようじゃないか!」

 

 エキドナが、嬉々としてパチン、と指を鳴らした。

 その瞬間。

 ゴォォォォォォォォォォォォッ!!!! 

 

「どわぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!?」

 

 スバルの目の前に、突如として地獄の業火が顕現した。

 燃え上がる薪……などという可愛らしいものではない。直径十メートルはあろうかという巨大な炎の竜巻が、草原を焼き焦がし、夢の城の空を突き破らんばかりの勢いで天高く立ち昇っていた。

 すさまじい熱波がスバルの全身を打ち据え、髪の毛がチリチリと焦げる嫌な臭いが漂う。

 

「あ、熱っ! 熱い熱い熱い! 焼け死ぬだろバカ!! キャンプファイヤーってレベルじゃねえ! どこの邪神の降臨儀式だよ!!」

 

 スバルは顔を手で覆いながら、悲鳴を上げて地面を転げ回った。

 

「おや? 火力が少し強すぎたかな? でも安心するといい、あの炎の熱さはあくまでも君の脳が錯覚している『演出』だからね。実際に君がローストポークになることはないよ」

 

「錯覚でも熱いもんは熱いんだよ!! 今すぐ火を弱めろ!!」

 

 エキドナが再び指を鳴らすと、炎の竜巻はシュルシュルと縮み、スバルが知っている一般的な「キャンプファイヤー」のサイズへと落ち着いた。

 ゼェゼェと肩で息をするスバルを見下ろし、エキドナは不思議そうに目をパチパチと瞬かせる。

 

「おかしいな。ボクの記憶検索の精度に間違いはないはずなのだが……あぁ、そうか」

 

 エキドナはポンと手を打ち、どこか同情するような、ひどく慈愛に満ちた(そして最高に腹立たしい)眼差しをスバルに向けた。

 

「故郷での君は、なぜかずっと地面に座って、膝を抱えながら、楽しそうに踊り狂う同級生たちを遠くから『ずっと眺めていた』だけだったからね。実際の火の熱さや、踊りの熱気を、肌で感じたことがなかったんだね」

 

「────ッ!!」

 

 スバルの胸に、見えない巨大な槍が深々と突き刺さった。

 物理的なダメージなど比ではない、魂を直接抉るような精神的致命傷。

 

「や、やめろぉ……! そこに触れんじゃねえ……!」

 

「あぁ、可哀想なボクの契約者殿。大丈夫、もう君は一人ぼっちじゃない。輪に入れずに、火の粉を見つめながら『早く終わんねーかな』と強がっていたあの日の孤独な少年の魂を、今夜、ボクが救済してあげよう」

 

「詳細に読み取ってんじゃねえよ! 俺の黒歴史フォルダを勝手に開くな!!」

 

 顔を真っ赤にして抗議するスバルに、エキドナは優雅に手を差し伸べた。

 

「さぁさぁ、ボクの手を取りたまえ。今日は存分に歌い、踊り明かそうじゃないか。ボクはこう見えても、歌にも踊りにも自信があるからね。愛しい契約者殿の『拙い部分』を、ボクが完璧にリードしてサポートしてみせるともさ!」

 

「あのなぁ! 俺の記憶を読み取った割に、毎回どうしてそんなに解釈の精度が悪いんだよ! いつの時代だよ、キャンプファイヤーで手を取って踊るって! マイムマイムなんて今どき……」

 

 スバルがツッコミを入れた途端、エキドナの動きがピタリと止まった。

 

「……おや? 何か間違っていたかい?」

 

 差し出した手をそのままに、エキドナは不思議そうに小首を傾げた。その表情は、本気で理由がわからないといった様子だ。

 

「間違ってるも何も、そもそもキャンプファイヤーの踊りってのは、そういうロマンチックなもんじゃなくて……」

 

「──ああっ! そうか!」

 

 スバルの言葉を遮り、エキドナが突然、天啓でも得たかのように大声を上げた。

 彼女の漆黒の瞳が、爛々と、いや、ギラギラとした異常な熱を帯びて輝き始める。

 

「ボクとしたことが、君の深層心理の最も重要な『願望』を見落としていたよ! そうだよ、二人きりだと、あの『キャンプファイヤーの喧騒から、こっそりと森の中へと抜け出す男女』の場面を演出できないね!」

 

「……は?」

 

「確かに、あのドキドキするシチュエーションは、ボクたち二人だけでは物理的に不可能だ! 周囲のモブの視線を盗んで抜け出すからこそ、背徳感と吊り橋効果で燃え上がるというのに!」

 

「いや、ちょっと待て。俺の深層心理にそんなリア充のテンプレ願望はないぞ」

 

「はぁ……わかったよ。スバル」

 

 エキドナは、ひどく重々しい、決意に満ちたため息をついた。

 そして、自身の喪服の襟元に手をかけると、スバルに向かって熱っぽい視線を送った。

 

「君が、そんなに『人の目に付く環境で、それを隠れてコソコソすること』でないと興奮できないと言うのなら……愛しい契約者である君の特殊な性癖のために、ボクも人肌脱ごう!!」

 

「脱ぐな! 脱ぐな!! それが比喩的なものか、物理的なものかはともかく、絶対に脱ぐな!!」

 

 襟元をはだけさせようとするエキドナを、スバルは全力で制止した。

 しかし、暴走機関車と化した強欲の魔女の妄想は、もはやスバルの制止など意に介さない次元へと突入していた。

 

「今から、他の魔女たちをこの夢の城に呼び出して、周囲で踊らせておくよ! そして、その喧騒を縫って、ボクと君が手を取り合い、暗い森の中へと消えていく場面を見せつけてやるんだ!」

 

「魔女をモブ扱いすんな! 被害規模がでかすぎる!!」

 

「そして、ミネルヴァやカーミラたちにこう言わせてやろう! 『あれ? あの二人、いつの間にかいなくない?』『そういえば、さっき、二人でこっそり手を繋いで、あっちの暗い森の方に行ったけど……まさか』ってね!」

 

 エキドナは両手で頬を包み込み、身をよじりながら一人で激しく興奮している。

 

「あぁ、なんて背徳的! なんてスリリング! そして誰もいなくなった暗闇の森の中で、君の抑えきれない『若い獣』を、ボクの体に向けて存分に解き放つんだ!」

 

「放たねえよ! 俺の中の獣は今、オマエの暴走にドン引きして冬眠の準備に入ったわ!!」

 

「なーに、心配はいらない! ボクは毎日ちゃんとお風呂に入っているし、体の隅々まで磨き上げているから、準備はいつでも万端さ! 太い木の幹にボクの両腕をつかせて背後から責めるも良し、柔らかい草の上にボクを乱暴に押し倒して上から組み敷くもよし! さあ、君の好きなシチュエーションを選びたまえ!!」

 

「選ぶかボケェ!!」

 

 スバルは頭を抱え、絶望的な顔で天を仰いだ。

 

「だぁぁぁっ! 大体そんなことしたら、絶対に見つかるだろうが! あの脳筋のミネルヴァ辺りが『不純異性交遊は許さないわ!』とか言って、文字通り山を砕きながら追い回してくる未来しか見えねえよ!!」

 

 怒りの魔女ミネルヴァ。彼女がその怪力で森の木々を薙ぎ倒し、大地を割りながら「破廉恥よ!」と叫んで突進してくる光景が、スバルの脳裏にありありと浮かんだ。それはもはやラブコメの逃避行などではなく、パニックホラー映画の逃走劇だ。

 

 スバルのその至極真っ当で、現実的(?)なツッコミに対し。

 エキドナは一瞬だけ目を丸くして硬直したかと思うと──次の瞬間、その唇の端を吊り上げ、最高に邪悪で、最高に歪んだ笑顔を浮かべた。

 

「なるほど……!!」

 

 エキドナの漆黒の瞳が、極限の悦楽に打ち震える。

 

「見つかるかもしれない恐怖……迫り来る追跡者……その極限状態の中で、焦りと興奮を交差させながら肌を重ねる……!! それは、ボクのシミュレーションにはなかった、素晴らしい追加オプションだね!!」

 

「……は?」

 

「ただの野外プレイに留まらず、命の危険というスパイスが加わることで、感覚はより鋭敏になり、快感は何倍にも跳ね上がる! さらなる極上のスリリングが、ボクたちを待っているよ、スバル!!」

 

「だァァァァァァァァァァッ!! もう勝手にしろォォォォォ!!」

 

 スバルの悲鳴に似たツッコミが、誰もいない夢の城の空に虚しく響き渡る。

 強欲の魔女は、鼻息を荒くして「さあ、まずは誰から召喚しようか」と虚空に魔法陣を描き始めていた。

 盤面上のすべての死の運命をねじ伏せ、見事な勝利を収めたはずのナツキ・スバルであったが──この底なしの妄想癖と変態性を併せ持つポンコツ魔女との「契約の代償」を払い終える日は、まだまだ永遠に来そうになかった。

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