「────投影、終了」
呟くと共に、閉じていた目をゆっくりと開く。
手の内に重みとして存在するのは、昨日も投影したグラディウスという剣。
それを固く握ったまま真っ直ぐ右手を伸ばし、その出来をじっくりと検分する。
「────うん」
昨日よりも幾分精度が上がったそれにひとつ頷いて、切先から樋、樋から鍔、鍔から柄頭へと順番に意識を逸らしつつ、段々薄めて行くようにして魔力を霧散させていく。
「……消せるようになったのも、進歩だよな」
投影するって事は、自分のイメージを現実に降ろすという事。だったらそれを消すという事は、そのイメージを消去すればいいって事で。その発想に基づきながら投影物に意識をあてると、呆気なくそれは消えてくれた。
昨日出来なかった事が出来るようになる。そして、それがまた一つ目標へと近づけたという実感に変わり、俺は無意識の内に拳を強く握り締めていた。
────とは言え、午前中丸々を鍛錬に費やせばそれなりの疲労感もあるワケで。
このまま鍛錬を続けてもいいのだけど、それだけで一日を終わらせるのも何か違う。違うと思うんだけど、じゃあ何をするかと考えてもぱっとは思いつかない。
……何故かひどく調子が狂ってる。
順調に魔術を習熟させられている今。本当ならもっとやらなきゃいけない筈なのに、どうにもそれに専念できていない自分が居た。
「……ダメだダメだ」
胡坐を解いて立ち上がり、座りっぱなしで痺れた足を引き摺ったまま外へと向かう。
時刻はおそらく昼過ぎぐらい。扉を開ければ燦然と輝く陽光が薄目に突き刺さった。薄暗い部屋で瞑想みたいな事をしていた俺には、眩しい光だ。
思えば、今日は自室で鍛錬してばかりで、まだ日の元に立っていなかった。太陽の光を浴びなきゃ人間はダメだって言うし、もしかしたらそれが俺の精神にも影響していたのかもしれない。
……うん、明日からは気をつけよう。
俺は自分にそう言い聞かせながら、両手を思いっきり突き上げて伸びをした。
「────よし」
そのまま腕を降ろす勢いでパシンと頬を叩いた俺は、気分をガラリと変える為に散歩をする事にした。左右に首を振って、長い通路のどっちの方向に進もうか少し考える。
「右……かな」
なんとなくの気分だけど、そうと決まれば後は進むだけ。道行く兵士達の姿も今は見えなくて、周りの目を気にせずいられそうだ。
そうすればこのもやもやした気分も晴れるだろうと、若干上向きになった心持ちで歩み出した。
まぁ、予定がないことには変わらないんだけど。
◇
部屋を出て右にまっすぐ行くと二筋道にさしかかる。その分かれ道から左に行けば玉座の間だったので、とりあえず右に曲がった。
そして暫く歩けば正門と城の内側へ続く通路に出会い、そこは昨日とは逆に正門じゃない方向へと進んだ。そうして右に進んでまっすぐ進み、右に曲がってひたすら進み……と何度か繰り返したところで、最初の二筋道に戻ってきた。
要するに、この城の通路は大きな長方形の様にひとつなぎになっていて、俺はそれを、ぐるりと一周してきたということになる。
「……さて」
道中、気になる部屋は所々あった。
例えば、鋼鉄が擦り合う音で喧しい場所。
例えば、美しい賛美歌が響いている場所。
例えば、芳ばしい匂いが誘うような場所。
けど、どれもが大勢の人の気配と共に在って、無遠慮に俺が入れるような場所ではなかった。
だから、俺はどこにも寄らず元居た場所へとこうして戻ってきたワケで、散歩が終わったなら部屋へと戻ればいいだけな筈なんだけど。
「……なんだろうな」
どうにも未だに心は本調子とは言えず、正直、まったく気分を変えられた気がしなかった。
「……うーん」
だからなんとなしに扉の前で突っ立って、首を捻っていた
────その時
「────そこで何をしている?」
不意に、そんな問いが背に掛かった。
そのどこかで聞いた低い声に振り返り、問いを投げかけた人影を認識する。
「あんたは……」
少し煤けた様な薄黒の髪に、深い黒の瞳。
細めながら縦によく伸びたその体には、硬質な銀の騎士甲冑はピッタリ嵌っていた。
────サー・ケイ
俺がアーサー王の前に連れられた二度目の時、ベディヴィエールと共に居た騎士の一人だ。
「もう一度問う────貴様はそこで、一体何をしている?」
そんな、確認にするような俺の呟きを完璧に無視して、騎士はもう一度同じ問いを投げかけた。研ぎ澄まされた刃みたいに冷ややかなその声と、強い隔意を隠そうともしない澆薄な態度に、真上から無理やり押さえつけられる様なプレッシャーを感じる。
「……何って、ただ散歩を止めて戻って来ただけさ」
それでも、俺はそいつの目を真っ直ぐに見返して、正直に答えを返してやった。
だって、疚しいことなんて何もない。
たしかに散策の途中でも怪しげにみられる事はあった。でも世話になっている人たちに感謝こそすれ、害になるような事なんてする訳ないだろう。
「────散歩、だと?」
しかし、そんな俺を揶揄するかのように、そいつはあからさまな嘲笑を洩らした。
くぐもった嗤いと共に出る、心底こっちを馬鹿にした、その表情。
「……なんだよ」
もちろん、そんな応対をされればムカつくのは当たり前な訳で。
俺は目の前の騎士が嫌な奴な予感がし、むっと眉根を寄せた。
騎士はそんな俺を見て、一層滑稽だと言いたげにして言葉を続ける。
「貴様は、あの魔術師に師事していたのではなかったのか?」
「……今日はマーリンに用事があったんだ。
それに、これでも朝のうちは自主練に全部費やしたんだから、お前に言われるまでもない」
「ふっ、それで満足し散策に出たと?」
「…………なんだよ」
「────いや、なに。随分いい身分だと思っただけだ。
余程生ぬるい環境にてぬくぬくと過ごしてきたのだな。何故貴様のような胡散臭い輩が、ここキャメロットにて無事に過ごすことができているのか、その意味を考えずよくのうのうと居られるものよ」
「……」
「聖書に『働かざる者食うべからず』とあるが、今貴様が着ている服・飢えを凌ぐ為に与えられている食物、その対価に貴様は何をもたらしていると言うのか」
「────」
「あれを見ろ」
騎士はそう言い、通路の奥に目を遣った。
続いて視線を移すと、背中の丸い歳のいった女性が通路脇にしゃがみ、欠け落ちた小石を拾って籠に入れている様子が見てとれた。
背後より、騎士は言葉を続ける。
「あの者の仕事はこの城の景観を保つ事。そうして整備されたその城にて他の者は存分に自分の仕事を行うことができる。────人間は各々がそれぞれの『責務』を果たすことにより、他者より対価を得ることができる。故に、それを果たさない者には与えられるべくもないと思うのだが……」
「────さて、貴様はそこで、一体何をしている?」
騎士は、全く同じ問いを、あえて再三繰り返した。
顔には隠す気のない見下した様な表情が浮かんでいて、尋ねながらも返答など期待していないかの様だった。
「そうして歩き回るのが貴様の責務だと考えているのなら、救いようのない愚か者だ。犬を追い掛け回しているそこらの子供の方がまだ良い。あれらはあれで、自らの責務を果たしているからな」
「…………」
「────ああ、命じられなければ出来ないというのなら、それは申し訳ない事をした。
よもや、貴様の様な立場の人間が、ただ与えられるだけで居れば良いと考えているとは思わなかったのだ」
騎士は言葉を紡ぐ事を止めない。
それはきっと俺を馬鹿にしているからだろうし、俺が反論できない事を分かっているからだろう。そうぼんやりと考える。
「そうだな、魔術を師事する前にまずはあの者に師事すればどうだ? 清掃から始め、洗濯・炊事、まずは自分の糧を得れるようにし──」
だけど、そんな騎士の言葉に──
「────確かに、そうだ」
────俺はハッとして、思わず相槌を打ってしまっていた。
「……何?」
その俺の反応に、騎士が眉を顰めるのに気づいた。
「あ、いや、本当にあんたの言う通りだと思ったんだ。
考えなくても、俺はもう色んな事を世話してもらっている。それなのに、俺はそれに対して何も報いる事ができていない。そんな事……あっちゃいけないのに」
「……」
「あぁくそ、本当にどうかしてるぞ、俺」
自分のあまりの能天気さに、頭を掻きむしった。言葉に出すと、どんだけ厚顔無恥な事をしていたか思い知ったのだ。
────だけど、朝からあった、どこかボタンを掛け間違えた様な気持ち悪さはなくなっていた。
それはおそらく、いつもの自分と全然違うことをしていたと気づいたからだろう。
「そうだ、まずはアンタの言う通りあの人を手伝うよ。……えっと、いいんだよな?」
目の前の男は冗談のように言っていた事だったけれど、それが今一番正しいような気がした。この騎士に許可を取る必要があるのかは分からないけれど、発案者に一応聞いても損はないはずだ。
そんな俺の問い掛けに、眉を顰めたまま俺の顔を見ていた騎士は、一つ溜息を零し、口を開いた。
「…………好きにするがいい。働きに応じて対価は与えよう。
生憎、お前のような者につける薬は持ち合わせていないが」
「…………なんか引っかかる言い方だけど、ありがとう。あんたも、何かあったら言ってくれ」
「────俺は、馬鹿の相手だけは得意ではない。要らぬ気を回す必要はない」
騎士は話は終わりだとばかりにそれきり口を閉ざすと、背を返して去っていってしまう。反駁する間もなかった俺がどうも納得のいかない感情を抱いてしまうのは、仕方ない事だろう。
どこか憮然としながら、もう振り返りもせず歩いていくその背を見送った。
「────そうだ、決めたんだからさっそく」
気を戻した俺は、自分も同じようにくるりと振り返って歩き出す。向かうのは、手伝うと決めた老婆の元だ。
黙々と作業を続けるその人に、後ろから軽く声をかける。
「あの、すみません。俺も手伝ってもいいですか?」
「うん?────ヒッ」
俺の呼びかけに身を起こし振り返ったおばあさんは、何故か引きつったような声と表情を浮かべた。
……いや、なんでさ。
その人の反応に俺もまた顔を引きつらせながら、「あの──」と、もう一度尋ねる。
「へ、へぇ。なにか、ご不明がございましたでしょうか御客人さまっ」
しかし、彼女は顔を伏せてしまい、そのまま怯えたように言葉を返す。
……辛いけども、既に慣れてしまった様な対応だから、こういう時はめげずに誠意を持って向き合えばいいと俺は知っている。嫌な慣れだ。
「い、いや、別にそういう事じゃないですっ……! 掃除をしてそうだったから、何か俺も手伝える事がないかと思って」
「────と、とんでもありませんっ。それは、私どもの役目でございますっ。 どうかご容赦をっ!」
「そ、そんなに畏まらないでくだ──」
「────どうかご容赦をご容赦をッ」
「あ、あのさ……」
嫌がられてると言うより、どちらかと言うと怖がられている様に見える。どうしてこんなに頑ななのかは分からないけれど、このまま引き下がるのは嫌だった。
「えっと、ケイって奴にも言われたんです。色々仕事を教えてもらえって」
苦し紛れに先ほどの騎士の名前を出す。
「……騎士ケイ様が、でございましょうか……?」
予想以上に相手がその言葉に食いついた。
「────そうです。俺はこの城で厄介になってる身だから、俺もできることはしたいと思ってるんです。よければ教えてもらえると、すごく助かります」
そのポイントを見逃さず、ここぞとばかりに畳み掛けた。
「へ、へぇ……」
「はい、あなたの仕事を俺にも手伝わせてくれれば十分なんで。宜しくお願いします」
「……へぇ、わかりました。では……」
そう言って任されたのは、通路の端の一区画の埃取り。おばあさんが掃除していた場所全体と比べると、明らかにほんの狭い僅かな部分。
「えっと、もっと任せてもらっても……」
「い、いえ、とんでもありません」
やっぱり無理に頼んだからか。どうやら遠慮しているみたいで、負担が軽いものを回そうとしてくれているみたいだ。
どうしようかな、と一旦考えて、簡単な解決策を思いつく。
「────よし」
要するに、本気を出せばいいってコトなんだろう。
◇
「────次、何をすればいいですか?」
汲んできた水を通路に撒き、汚れ落としの仕上げをしたところで訊ねる。
「へ、へぇ。今日やろうと思っていましたのは、これで最後でこざいます」
おばあさんは目を軽く瞬かせ、俺の質問に答えた。
「そうですか、よかった」
言って、辺りを見渡した。
長い通路は、一目見て整備がされていると言えるくらいには綺麗な状態になってると思う。そう実感して得た満足感に、俺は思わず頷いた。
あれから俺が何をしたかっていうと、それは単純で。
自分に充てられた仕事を全速でこなして、終わったら次の仕事をただ次々ともらっただけだった。
埃取りから始まり、掃き掃除や拭き掃除、そして高齢者には辛いだろう重たい物の運搬や水汲みを手伝わせてもらった。
幸いにもこういった作業には慣れていたし、多分この人の助けにもなれたと思う。
「あの……ありがとうございます」
そうしていると、後ろからそんな言葉が掛かった。まだ少し、恐る恐るといった様子だ。
「あ、えっと、気にしないでください。俺が好きでさせてもらったことだし。
また手伝わせてもらおうと思ってるから、次もよろしくお願いします」
だけど本当になんでもない事だったし、当然やるべき事だと思うから、そのままの気持ちで言葉を返した。
「へぇ、しかし、騎士ケイ様の許しがなければ、御客人様にそのような事をさせる訳には……」
「……? えっと、なんであいつが?」
想像していなかった理由が返ってきた。
どうしてあの騎士と俺の頼んだ事が関係あるのだろうか。
「ケイ様は騎士の立場であられると共に、ここキャメロットの執事長でございます。
ですので、あのお方のご指示がない限り、私どもからは……」
────執事って、あの執事だろうか。
あの皮肉ぶった慇懃無礼な男とその物珍しいワードが結びつかなくて、ちょっと考え込んでしまった。
あの長身の背で、燕尾服を着ているあの騎士の姿を思い浮かべる。人を食ったような表情をして人に指示を出し、取り仕切っている男の姿が目に浮かんだ。
……ああ、意外と似合っちまうのかもしれない。
────さて、取り留めのないことを考えたけれど、それならそれで話は簡単だ。
「じゃあ、俺の方から許可をもらっておきます」
あいつが取り仕切っているというなら、きっと大丈夫だろう。さっきも半ばあちらの方から言われて思いついたことだし。そう考えて一人納得していた俺を、目の前の老婆は変なものを見るような目をして眺めてきた。
「えっと、どうしましたか?」
「へ、へぇ、いや、すみません。変わったお方だと思いまして」
「……はぁ」
やっと警戒を解いてもらえた感じがして嬉しかったけれど、あんまりな言葉に溜息を漏らした。
「い、いぇっ! 悪い意味ではございません!」
「あ、いや」
「むしろ、私どもの考えていたよりも、ずっと親しみやすい方だと……」
「……ん?」
”私どもの”と、目前の人物は言った。
そういえば、散策している時や清掃作業をしている時にもチラチラと視線を感じていた。どれも遠目に見られている様な視線だったから気にしない様にしていたけれど、村の人たちだけじゃなく、もしかして城に居る人たちにも怪しまれていたのだろうか。
「へ、へぇ。近頃、魔術師様のお気に入りのお弟子様がいらっしゃるとの噂がありまして……
どんなに変わったお方だろうかと」
ああなるほど、と、もはや納得の域に達している俺がいた。
「……どうりで、いろんな人に見られていると思った」
「へ、へぇ。よろしければ、私が使用人達のうちで誤解を解いておきましょうか」
「────本当ですか!」
「へ、へぇ」
それはすごい助かる。
人に見られる事って慣れていないから、この時代に来てから地味にストレスが溜まっていっている気がする。外見が明らかに違うから見られる事は避けられないかもしれないけれど、視線の質が変わるだけでもだいぶマシになるだろう。
おばあさんの申し出を素直に有難いと感じ、ふぅ、と安堵の息をついたところで──
「────って、じゃあ、あの女の子も嫌々やってくれてたのか……」
──── 一人の少女の事が頭に浮かんだ。
「女の子、でございましょうか?」
「あ、えっと、今俺に食事を届けてくれたりしてる女の子がいるんですけど、あの白い髪の子。……その子も嫌々やってくれてたのかな〜って思ってしまって」
どちらかというとなんとも思ってないかのような、そんな風な感じではなかったけれど、あれはもしかして、無理矢理嫌な感情を掻き消していたのだろうか。
「────ああ、あの子でございますか」
思い当てたのだろう。老婆が納得のいったように頷いた。
「そういえば、あんな子も働いているんですね」
「へぇ、どういう意味でございましょうか?」
「いや、俺が住んでた所からしたら、あんな幼い子がこんなお城で働いているって、なんだか不思議な感じかして……」
だって、絶対に彼女の外見はいいとこ十歳いくかどうかだ。日本の常識を持っている俺からしたら、考えられない。
……って、あ。よく考えたらこの質問ってマズイんじゃ……
つい口についてしまったけれど、この時代の常識を知らない事がばれてしまうのではないだろうか。
ギクリとしながら女性の方をゆっくり伺う。
「────ああ、あの幼子は特例の類でございます」
だけど、彼女は特に気にしない風に軽く言葉を返した。
「あ、そうなんですか?」
「へぇ、あの幼子はアーサー様のご配慮によりここキャメロット城にて働いております。あの歳頃の幼子がここにて働く事があるのは、後は騎士見習いの御方達くらいでしょうか」
「へ〜、なるほど……って、”配慮”?」
なんで働く事が配慮なんだろう。ふと、そんな事が引っかかり質問してしまっていた。
そんな俺の疑問に老婆は少し眉を顰め──
「へぇ、あの子は戦争にて親を失っておりますので」
────心なし意気低い声で、そう口を開いた。
「────え?」
「……異民族との一つ前の戦の時分にて、一つの村が犠牲になったのです。
ここキャメロットから暫く北に行った所にあった村の事でございます。丘麓に在ったその村は、とてもとてもよく栄えておりました。豊かな信徒が多く住み、吟遊詩人達の通り道としても有名だったその村には、日々明るい笑い声が絶える事はございませんでした。しかしある霧の深い日、野蛮なピクト人共の侵攻に遭ったその村は、村人たちの抵抗虚しく、三日三晩食い散らかされたと聞いております。
また、挙句の果てには奴らはその村に火を放ち、その炎は赤黒く、アーサー様率いる騎士様方がその村に向かうまでひたすら燃え続けていたとの話でございます」
「────」
「結局、騎士様方の御力にて蛮民共は放逐されましたが、その村の生き残りは十にも満たなかったとの事」
「……もし、かして」
「へぇ、あの幼子もその村の民でございます。
アーサー様は戦争が起こる度、戦争の残し人達をここキャメロットの都に招き入れる事を厭いません。成人している者や家族が生きている者達は城下の村に、そして、幼く親類知人も失った者はここキャメロット城にて召抱えられるのでございます」
────その話に
「……でも、じゃあ今はあの子はきちんと保護されているんですね」
「へぇ。ただ、あの幼子は、少々不気味でございます」
────俺は一体
「……?」
「元からそうだったのかは知れませぬが、私どもが知る限り、あの幼子が感情の色を見せた事がございません……人間らしくないと言えばよろしいでしょうか。
御客人様の部屋の担当をする事を皆が避けるなか、あの幼子のみが特に気にせず、ケイ様の差配に粛々と役目を受託しておりました。正直ホッとしていたのが我らでございましたが、その心情が読めず、皆色々と噂話をしたものです」
────何を思い浮かべたのか
「────あ、へ、へぇっ! ご、ご無礼を口にいたしました……!!」
「…………いや、ありがとうございました」
ぶっきら棒に返事をしてしまう。
その俺の様子に老婆は慌ただしく体を揺らし、視線を下げて謝罪の言葉を口にした。
……別に、機嫌が悪くなったってワケじゃない。
ただ、なんだか話を聞きつつ、少し頭がぼんやりしてしまっていたのだ。
掃除で疲れてしまっていたのだろうか、これ以上喋っていても話半分で聞いてしまいそうだった。
一つ老婆に別れの挨拶をして、部屋に戻る事にした。
◇
部屋に入ると、いつもの様に食事と明るく点けられた燭台が用意されていた。
既に掃除も済ませてくれたのだろう。火に照らされて見える床に埃は目立たず、寝台の上に畳んで出かけたはずの掛け布は几帳面に伸ばされて敷かれていた。正直ベッドの上に寝転びたい気分だったけど、よく整えられたそれをしわくちゃにするのがなんだか嫌で、俺はボスンと音を立ててその上に腰掛けた。
未だ曖昧な気分だったけれど、そこで一息吐く事で、少しは頭も冴えてきた気がする。
戦争孤児──よくある話なんだろう。そんな事を考える。
人々が各々の主張を守り押し通すため戦い、その過程で犠牲になった大人達に置き去りにされるのが彼らだ。戦争なんてもんがある限り、その言葉は付いて回る。
なんせ、この時代は戦乱の世だ。
ここに来てから見る人の多くは武器を持っていて、誰しもが戦いという物を意識していた。俺はまだこの目で見た事はないけれど、きっと、元の時代では考えられないくらいの戦いや、その跡に残されるものが────そこまで考えて、俺は、それは違うな、と、間違った思考を切って捨てた。
きっと、元の時代にだって、そんな景色はありふれた物だったのだろう。
俺が住んでいた所では殆どはあり得ないものだったけれど、俺の知らないところでは、きっとそういう事は行われていたのだろう。そして向けるべき視点を外へと向ければ、今いる時代よりも余程規模の大きい戦争や紛争が行われていた筈だ。
じゃあなんで俺は、その事をすぐに考えなかったのか。
それは、テレビのリモコンを握っていた藤ねえが明るいものを好んだと言うのも一つの理由だけれども、それはきっと、俺自身もそのような景色を見る事を無意識のうちに避けていたからだ。
だって、それを見たところで、俺には何もすることができなかったから。
────昔、一度、そんな風景を一日中テレビで見ていた事があった。
あれは切嗣が死んで、暫くの頃だったか。
正義の味方になるにはまず世界で何が起こっているのか知る事が必要だ、なんて子供心に考えて、休日に藤ねえがいない時を見計らって居間のテレビ前に陣取ったのだ。
そうして無知な子供が見たのは、近代兵器に荒らされ、粉々のガラスが道路に撒き散らされた街。罅割れた大地は痩せぼえ、その上を飢餓する子供達が裸足で歩いていた。明日の生活も保証されていない子達、そんなナレーションが流れていたことを覚えている。
俺は、その景色をテレビの前で固唾を飲んで見ながら、ただぎりぎりと拳を強く握っていた。
何も食べずに何も準備せずに、気づけば夜になっていて、夕食を食べにやってきた藤ねえがそんな俺をみて雷を落としたっけ。
思い返せばそれ以来、そういうニュースを避けていたのかもしれない。
ただ毎日、目の前で自分が出来る限り人の為になる事をして、毎朝毎晩、いつか自分の目指すものになる為に鍛錬を続けた。
……きっとそれは、無理やりにでも目の前の事に目を向けなければ、何もできない自分のまま飛び出してしまいそうだったから。
「────飯、食わなきゃな」
ふと思い起こし、首を振って、つらつらと無為な事を考えていた頭を現実に戻す。
どれくらいぼうっとしていたかは分からないけど、手に持った料理は冷たく固まっていて、それなりの時間が経ってしまった事を感じさせた。
俺が今さっきみたいな事を考えても、何にもならない事は分かっていた。今もどこかで起こっている争いは無くならないし、それを止める力が俺にあるわけでもない。
それでも、長々とそんな事を考えてしまったのは、自分とあの少女を重ねてしまったからなのだろうか。幼い頃に大きな事故に巻き込まれ何もかもを失ってしまった自分と、戦乱によって何もかもを失ったのかもしれない少女。
それとも、あるいは──
俺は、いつの間にかまた考えに耽りながら、冷めきった食事を口にしつつ、ゆらりゆらりと揺れる燭台の火を眺め続けていた。
ケイ兄さんは執事長という肩書きもあったらしいので。
ちなみに、Garden of Avalonを読めていないので兄さんのキャラはほぼ創作です。あしからず。。