Fate/Knight of King   作:やかんEX

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12-1 準備

 

 円卓の間を出てからしばらく。俺とベディヴィエールは二人して城内を歩き回っていた。遠征に一緒に行く事になった白騎士とは、出立の前に城下の村前で待ち合わせるのだという。今は別れて、各々の支度をしている最中だった。

 そして偏に支度といっても、各々によって用意する物の担当は別だ。俺たちが夜露をしのぐ防寒布などを用意する一方、もう一人の騎士は道中の食料なんかを準備してくれているらしい。……ちょっぴり嫌な予感が脳裏に走ったものの、一番マトモそうなベディヴィエールがその考えに賛同しているのだ。取り立てて心配することもないだろう。

 ────さて

 

「…………重い」

 

 つらつらと振り返った回想を頭の隅に追いやって、俺は独りそうごちた。

 ……何が重いかというと、体を動かすたびにじゃらじゃらと掠れる金属の甲冑がその原因で。無理をすれば動けない事もないが、その場合、纏う鎧の重さですぐにくたばっちまう想像が容易についた。

 そんな俺の様子を傍らでじっと見ていた騎士は、しばし口元に手をやり、眉を軽く潜めて言った。

 

「なるほど、少々シロウ殿には重さが過ぎてしまってるようですね」

「……いや、これって俺が変なのか?」

 どう考えてもこの鎧、40キロ近くはあるように思える。こんな物を纏って人は自由に動けるものだろうか?

「いえ、その鎧は特別な物ではありませんよ。せいぜいが平均程度の守りと重量です。とりわけ我々の自前の物などは、防御を高める為にその二倍近くの重みがありますから」

「……円卓の騎士は化物か」

 思わず本音が出てしまった。

 

 

 さて、なぜ俺がこんな事をしているのかというと。

 『従騎士なのですから、武具を身につけるのも必須ですよ』

 などと宣った騎士に従った結果、まさかの俺専用の鎧を探している最中なのだ。

 だから、ぎしぎしと音を立てる城の地下階段を下り、こうして薄暗い軍備庫の中で装備を物色しているんだけれど……どうしても自分が騎士なんて柄でないと思えてしまい、なんだか不思議な心持ちで為されるがままになってしまっている俺だった。

 

 

「とすると、こちらはいかがでしょうか?」

「ん、ありがとう」

 俺の脱ぎ終わった鎧を受けとったベディヴィエールが、先ほどよりも軽そうな代替品を手渡してくる。その気遣いは素直にありがたいので、礼を言って受け取り素早く身に付けることにした。既に慣れてしまった自分が怖い。

「……ああ、これならなんとか大丈夫そうだ」

 身辺の動作を確認し、ほっと安堵の息を漏らす。

 俺が今身につけているのは、一つ前の物より随分表面積の少なくなったプレートアーマーだった。鈍い銀色の籠手と足具が身体の先から肘と膝までに、同色の板金鎧が上半身から腰周りまでを覆い被している。腰帯をしっかりと固定すれば、キッチリとした装着感をもたらした。先ほどの物と比べると隙間もあるが動作性は随分ましで、こっちなら俺でもある程度自由に動けそうだった。

「そのようですね。……しかし、騎士として習熟していないシロウ殿には本来ならより全身を覆うような物が良いのですが……」

「あー、まぁ、一応魔術師って事でどうかな」

 これ以上重くなって身動きが取れなくなっては本末転倒だ。

「……そうですね。それでは、これをどうぞ」

 妥協したように頷いたベディヴィエールが手に持つ剣を手渡してきた。全長九十センチくらいの、簡素な諸刃の鉄剣。

「あ、そうか……うん、ありがとう」

 それに礼を返し、ぎこちない手付きで剣帯に差し込む。

 一瞬、投影魔術があるから大丈夫かもと思ったけれど、まだ咄嗟に出せるかも分からないし、騎士見習いとしている以上初めから剣を備えておく方がいいだろうと考えたのだ。

「そういえば、ベディヴィエールの剣は随分と長いな」

 ふと気づいて尋ねてみる。彼のそれは刃渡だけで俺の持つ物ぐらいの長さがあった。蒼銀の刺繍の入ったデザインの鞘に収まった、横幅がやけに細いのが特徴的なその剣。

 俺の視線に、腰に下げたそれをこつんと叩いて騎士は答えた。

「そうですね、この剣はロングソードです。私は特に騎乗での戦闘を得意としていますから」

「……そうなのか」

「ええ。では、次の場所に向かいましょうか」

「ああ、うん」

 鞘越しでも非常に質の高そうなその剣に俺はかなり心揺れながらも、歩き出した騎士の背に意識を切り替えた。

 

「……そういや、結局マーリンは何処にも居なかったな」

 騎士の少し後ろに追いついて歩きつつ、ぼそりと一人言のように呟く。

「そうですね……魔術師殿も多忙な方であられますからね」

 生真面目な騎士はそれを耳聡く拾い上げ、宥めるようにして返答した。

「……ったく」

 そんな事は判っていたけれど、こうしてあちこち行ったり来たりしているのがアイツの提案からっていうのに何の説明がないのはどうなんだろうと思ってしまう。あの場にも来なかったし、会議が終わってから城内を探して回ったけれど全く見つからなかったのだ。 

 もちろん、ベディヴィエールに当り散らしたい訳ではないのだけど。

「……そういや、今度は何処に向かってるんだ?」

 ふと胸に湧いた疑問を口に出す。

 皮袋に入れた飲料水に数日分の着替え、雨が降ってきた時用の小天幕や先程の剣鎧。既に思いつく限りの準備は済ませている筈だ。

 そんな思い込みをした俺の問いかけに、騎士は振り返って軽く笑ってみせた。

「ふふっ、シロウ殿は徒行で旅に出られるおつもりですか?」

「……あ」

 そういえばそうだ。今から遠くへ斥候に行くってのに、そんな散歩に行くかのようにのんびりしてていいハズがない。現状が身に覚えが無い事ばかりでそこまで考えが及んでいなかった。

 ……だが、今俺が居るのは元の時代ではない。ウンと昔の中世イギリスだという事も同時に思い至った。

 と、いうことは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、やっぱりそうだよな」

 次にやってきた場所を目にして、俺はある意味納得の声を上げた。

 

「? シロウ殿? どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもない。うん、考えてみりゃ当たり前だと思っただけなんだ」

「……? まぁ、それなら良いのですが……それでは、少々こちらでお待ちください」

「ああ、わかった」

 視線の先に消えゆくベディヴィエールを見送る。彼が入って行ったのは城内にある大きな『厩舎』だった。まぁ、予想通りといえばその通りなのだが、ハッキリ言って意識的に考えないようにしていた自分が居た。だって、廐って事はそれは馬がそこにはいるって事で、その目的はと言うと……。

 そんな事を考えてげんなりとした俺に、戻ってきた騎士が後ろから声を掛ける。

 

「シロウ殿、お待たせしました」

「ん? ああ、ベディヴィ──」

 そのままの陰鬱な気分でのろのろと振り返ろうとして────その途中で、知らず声を失ってしまった。

「……大丈夫ですか、シロウ殿? 先ほどから様子がおかしいままですが」

「…………いや、なんていうか……すごいな」

 本当に、予想外に目にしたモノに、惚けた様に呟いてしまった。

 

 秀麗な栗色の月毛が特徴の、体高が俺の身長以上もある二頭のその馬。

 一頭は黒っぽい鬣で、一方少し小さいもう一頭の方は白っぽい鬣を携えている。

 どちらの馬も、ガッシリした体格を支えるその隆々とした頑強な脚が非常に目立っていた。

 

「これって……」

「はい、この仔がシロウ殿を運んでくれる事になりました」

 ベディヴィエールはそう言って手綱を軽く引き、白い鬣の馬を誘導する。そいつは大人しく従い、ゆっくり俺の目の前に近寄ってきた。……俺はなんだか、先程まで憂鬱になっていた事なんて忘れて目が釘付けになってしまっていた。

「えっと、触ってもいいのか?」

「ええ、構いませんよ。大人しい仔ですが、声を掛けながらゆっくりと近づいてあげてください」

「…………わかった」

 言われた通りに『よーしよし』なんて言いながらそろそろと近づいて鼻先を撫でると、そいつは気持ちよさそうに鼻を鳴らして目を閉じた。なんとも言えない感慨を得る。

「どうやら相性は悪くないみたいですね」

「ああ、そうみたいだ……そっちのヤツは、ベディヴィエールの?」

 もう一頭の黒い鬣の方に目を遣り、騎士に尋ねる。それに彼は頷きを持って応えながらソイツの首元をさすって優しく声を掛け、馬の方もそれを受け入れるように頭を下げ、騎士の動きに合わせるように嬉しげに嘶いた。

「……ベディヴィエール、そいつのことすごく好きなんだな」

「ええ、名をブリガンディアと言いますが、私の大切な相棒です」

「……そっか……そういえばよく似てるけど、もしかして兄弟なのかコイツら?」

 相変わらず、気持ち良さ気に目を閉じるそいつを眺めながら尋ねる。

「仰る通り、その仔たちは同じ馬を親とする兄弟です。彼らの父親は、アーサー王の愛馬の一頭であるドゥン・スタリオンなんですよ」

「へぇ、そうなんだ…………って、えっ!?」

 何事もなく流しそうになってしまったけれど、突飛な名前の出現に驚きの声を上げてしまう。

「そんな……いいのか? 俺なんかがそんなに貴重そうな馬に乗っちまって?」

「ふふっ、王の彼の馬は多くの仔を残していますから気にすることはありませんよ。それにその仔にはまだ正式な名がありませんから、どうぞシロウ殿のお好きなように付けてあげてください」

「…………あのなぁ」

 近頃にも聞いた似たような言葉に、驚きを越して呆れてしまった。

 それでも、ちゃんと頭を働かせてその無理な頼みを固辞しようとして────横から脇腹へと鼻を擦り付けてきたその栗毛の行動に、代わりにため息をついて頷くことにした。

「……わかったけど、今すぐには無理だ」

「ええ、構いませんよ。道中でゆっくりと考えてください。さて、それではそろそろ行きましょうか」

 そう言って騎士は自分の馬に飛び乗り、馬上から俺を促してくる。……だけど、重要なことが一つ。

 

「…………あのさ、俺、馬乗ったことないんだけど」

「…………え?」

 その予想通りの反応に、俺はもう一度だけ溜め息を吐いた。

 

 

 

 

「はぁ、未来にはその様に便利な物があるんですね」

「……まぁ、そういう事だから、できれば最初から乗り方を教えてくれ」

 そうして、何故馬に乗ったことがないかを車や電車なんかを例に挙げて説明し、本当に基本の基本から教えてもらう事にした俺。そして、その頼みに相変わらず几帳面に騎士は一から説明してくれ、晴れて俺は初馬乗りを敢行しようと相成ったワケだが……

「……鞍はあるけど、鐙はないんだな」

「? シロウ殿、鐙とは一体なんですか?」

「ああいや、気にしないでくれ。じゃあ、よろしく頼む」

 ない物はしょうがない。気を取り直して騎士に声を掛け、補助として持ち上げてもらう様に頼んだ。

 ……仕方ないだろう。初めてだし、鎧を着てて身体が重いんだ……。

 誰にともなく言い訳を呟き、浮上する身体と共に白い鬣の後ろに飛び乗った俺は──

 

 

「うわっ、すごいな」

 

 その景色の感動に、思わず感嘆の声を上げてしまっていた。

   

 だって、今の俺の目線は単純に計算して二メートルより上。

 内心自分の身長にコンプレックスを持っている俺としては、こんな視界で世界を見る事が出来るなんて思いもしなかったのだ。正直言って、憧れに届いた気がしてなんだか非常に気分が良い…………って、そんな事を考えててどうするんだ。ええっと、ベディヴィエールに言われた通りにリラックスして背筋を……伸ば、して…………あ、ヤバイこれ鎧でバランスがっ── 

 

 

「──うわっ────痛ッ……!!!!!」

「あ、シロウ殿」

 

 急速に強まった振動に数秒と持たず、俺はその背中から転がり落ちてしまった。

 

 がしゃんと鳴る鎧の音に驚いた馬が甲高く嘶く。その獰猛な声に背中を強く打ち付けながらも危機感を得た俺は──けれど、すぐ側で冷静に様子を見ていた騎士がその手綱を抑えるのを見て、ほっと安堵の息をついた。……というかなんなんだその落ち着きは、ベディヴィエール。コイツひょっとしなくても予想してたな?、なんて、釈然としない気分で痛む背中をさすっていると──

 

 

 

「ははっ。随分不恰好じゃないか、少年」

 

 ────聞き慣れた、心底愉しげな声がその背に掛かった。

 

 

 

「…………って、マーリンッ!」

「うん?」

 

 その声に弾かれて振り返った俺の前に居たのは、さっきから探しまくっていた老魔術師の姿だった。

 驚いて声を荒げて呼んだ俺に、そいつはなんともトボけたように小首を傾げて疑問符を浮かべている。……本当に、全く可愛げなんてないのにどうしてそんな仕草が似合っちまうんだろうか、この老人は。

「……って、そうじゃないっ。何処に居たんだよマーリン! 元はと言えば、今回のこの任務だってお前の発案だっていうじゃないか。それなのにお前が居ないって、いったいどういうことなんだよ?」

「まぁ、私にも用事というものがあるからね」

「いや、それ前にも聞いたぞ」

「ははっ。だが君、『何か言ってくれれば、俺の方こそできるだけ力になるぞ』──ではなかったのかい?」

「……む」

 それは俺が先日マーリンに掛けた言葉だった。それも一言一句間違いなしに、だ。

 ……確かにその言葉に嘘はないし、それを言われれば問題なく思えてしまう。……というか、なんでコイツこんなに人の物真似が上手いんだ? どこの声帯から出したんだよって位俺の声と全く一緒だったぞ。

「……まぁ、じゃあそれは別にいいとしてもさ。でも事前に俺にも伝えるぐらいしてくれよ。アーサー王からの伝言を伝えてくれた時にでも言ってくれれば良かったんじゃないのか?」

「それはそうだけど……でも、そっちの方が面白くなかったかい?」

「まったくッ!」

「そうか。仕方がない、次からは気をつけよう」

「…………そうしてくれ、いや切に」

 分かっているのか分かっていないのか、相変わらず浮世離れしているそいつにゲンナリとする俺。

 一方そんな俺の隣で、馬を完全に落ち着かせた騎士が魔術師に話しかけた。

「魔術師殿、壮健で何よりです」

「うん? ああ、ベディヴィエール卿。そういえば君が行くんだったね。どうだい、この少年は? 先程のを見る限り大変そうだけれど」

「……」

「いえ、シロウ殿は決して悪くはありませんよ」

「え、そうなのか?」

 ムカつく老人を無視して、俺は意外な騎士のフォローに言葉を挟んでしまっていた。その俺の横槍に、しかし、騎士はしっかりと視線を向けて頷きを返す。

「ええ、たしかにシロウ殿の言う通り馬には乗った経験がないのでしょう。不慣れな様子を見ていればそれはわかります。しかし、貴方は彼を全く怖がっていない。それが落馬した直後の今においても。……それは非常に重要な資質なんです。

 馬は非常に臆病で、なおかつ聡い動物です。背に乗る私たちの感情を彼らは全身を通して感じ取ります。故に、恐れずに真摯に彼らと向き合えるシロウ殿なら、すぐに彼らの背に余裕を持って跨がれる様になりますよ。私が保証します」

「……」

 騎士のそのしみじみとした言葉に、なんだかひどく、鼻がつんとした。

 

 そのなんとも言えない表情の俺に、ベディヴィエールは苦笑を浮かべて再度口を開く。

「とは言え、この調子では困ったものだと言うのは間違えないですが」

「うっ」

「……そういえば、シロウ殿は先ほど何らかの案がある様な事を言われていましたね」

「……? ああ、鐙の事か」

「────ほぅ、少年の言うその『鐙』とはなんだい?」

 俺たちの話を興味なさ気に聞いていたマーリンが、未知の響きにここぞとばかりに食いついた。

「ええっと、鐙って言うのは馬に乗るときに補助として使うもので、未来では当たり前の様に使われていた道具なんだ。そうだな……こんな感じの、両端に足を通す輪っかが付いているんだけど」

 正直言って俺もよく分かっていないけれど、手振りを使ってなんとか二人にもわかる様に説明する。

 

「……ふむ、こんな感じのものかい? これがあれば君でも馬に乗れる様になるのかな?」

「ああ、そうそう、そんな感じ。まぁでも、それがあっても素人の俺じゃ乗れないと思うけどな。そりゃあ無いよりは有った方がはるかに良いだろう、け……ど……?」

 

 

 何だろうか。

 今、トンデモなく甚だしい違和感を感じたのだが……。

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

「……って、マーリンお前っ、今それどっから出した!?」

 

 目の前の老魔術師の手には、話題に出したばかりの『鐙』が当たり前の様に突然あった。

 ローブか、ローブなのか!? その外套は◯次元ポケットか何かなのか!?!?

 ……コイツの奇行には良い加減慣れたと思っていたのに、それが全くもって甘い考えだって事を再認識した。

 

 

「ふむ、なら仕方がないか」

「……あ、おい」

 そんな惚けて咄嗟に動けない俺を余所に、マーリンはその鐙を馬上の鞍に固定した。

 

 

「────Assimilatio et equus」

 

 

 そんな、よく判らない呪文をおまけに乗せて。

 

 

「……いまなにしたんだ、マーリン?」

「まぁ、待ちなさい。さて、ベディヴィエール卿、もうしばらくその馬を宥めておいてもらえるかな?」

「は、はぁ」

「さぁ少年、もう一度試しに彼に乗ってみなさい」

「……なんだか、すごい既視感を感じるんだけど」

 そんでもって、ものすごい嫌な予感も。

「ふむ、ではこう返そう。『君はそのままでいいのかい?』」

「……確かに、それもどっかで聞き覚えがあるな……はぁ…………よしっ!」

 覚悟を決め、先ほど教えてもらった通りに馬に近づく。今度は鐙もあるし騎士の手助けもいらないだろう。ゆっくりと左足を鐙に入れ、両手で鞍を持ったまま左足を支えにして跳び上がり、右足を馬の上に回して鞍に座りこんだ。そうして、さっきと同じ様に腰に力を入れて振動に耐えようとして──

「────え、ええ?」

 あまりの乗り心地の良いフィット感に、逆に困惑してしまう自分がいた。それは、まるで熟練の騎手のような、全くぐらつく事のない安定感。

 

「……マーリン、これどういう事なんだ?」

 この現象をもたらしたであろう原因に説明を求める。

「なに、簡単な事だよ」 

 それはどうやら正解だったようで。そいつは何事もないように言葉を継いだ。

「君が使っているその馬具一式を、その彼と同一化するように魔術をかけたのさ。だから君が今使っているその馬具に乗っている限り、君も馬と共にある事ができる。振動等はもちろん、彼と全く同じ呼吸で受けるから違和感はないだろうね。

 それに、同一化というのは何も行動だけの話ではない。身体と同時に精神もある程度通わせられる事で、君はより彼を乗りこなす事ができるようになるだろうさ」

「────」

「…………なんと」

 俺はもう驚いて声も出せなかった。手綱を持ったままの騎士も抑えきれない感嘆を漏らしている。

 本当にコイツ、デタラメな存在だ。そんな事を、今更ながら思い知った。

「……でも、またなんかの不具合があるんじゃないのか?」

 あの勝手に細工されていたが秘薬の時のような。

 例えば、『ずっとこの馬具に乗っていると馬と同化しすぎて最終的には馬になっちまう』みたいな。

 ……想像すると寒気がくる。もうこいつの悪戯に嵌るのはこりごりだった。

 

「ふむ、特には思いつかないかな」

 しかし老魔術師は、珍しく真剣な表情でそう答えた。

 

「……本当か?」

「なに、嘘をつく必要はないよ。……ああそういえば、その魔術が少しずつ解けていく様にはしておいたかな」

「な、なんでそんな事するんだよっ」

「だって、君も馬ぐらい乗れるようになりたいだろう? この遠征中ぐらいはずっと掛けておく事もできるけど、きっとそうしない方が君の為になるだろうさ」

「……」

「ふむ、そうだね。私が感知した魔術反応は、此処より騎馬で日が十度昇る程度の位置だ。……そうだ、十日くらいを目安に徐々に魔術が切れるように調整しておこうじゃないか」

「おお、そうですね。魔術師殿、それはいい考えです」

「……」

 ベディヴィエールがそれに賛同している一方、俺はマーリンの矢継ぎ早の言葉に思わず絶句した。

 そうしてその様子を目敏く視界に入れた老人が、これまた珍しく眉根を寄せて俺に問いかけた。

「……少年? どうしたというのだい?」

「あ……いや」

 なんというか……。

「マーリンって、人のことをちゃんと気遣えたんだな。というか、本当に大丈夫か、お前? なんか変なものでも食ったんじゃないのか?」

「……君の考えはよくわかったよ」

 いや、そんなに不服そうな振りをされても......多分、いや、間違いなく俺のこの感覚の方が正しいぞ。

 マーリンのことだ、俺の考えていることも読み取れたのだろう。こいつにしてはなんともレアな微妙な表情をして俺をしげしげと眺め続けたあと、ふと、視線を逸らして小さな嘆息を一つ漏らし、囁くような声で呟いた。

 

 

「────まぁ、いい。私だって、偶にはそんな気分になるのだよ」

 

 

 ……何なんだろうか。それがやけにその老人に似つかわしくない発言だったから、嫌に調子が狂ってしまった。その、ぽつりと零すように洩らされた言葉に、俺はまじまじと目の前のソイツの顔を見てしまう。まるで、ちょっぴり信じられないものを見てしまった時みたいに。

 ────だがしかし、そんな俺を無視してマーリンはいつの間にか自然と表情に色を戻し、再びいつもの飄々とした調子で口を開いた。

「それにしても、君達。そろそろ時間じゃないのかい?」

「────確かにそうです。シロウ殿っ、そろそろ出立しなければガウェイン卿を待たせてしまっています!」

「……え?」

「何を惚けているのですかっ。……それでは、魔術師殿。これにて失礼いたします」

 確かに、彼の言う通り俺は気を飛ばしていたのだろう。気づけば俺の乗る馬の手綱を引っ張ってその場を離れようとしている騎士がいた。

「あ、ちょっと待ってくれ、ベディヴィエールっ!」

 それをなんとか呼び止めて、一拍。

 騎士が立ち止まってくれた事を確認し、馬上からちょうど真下の位置に来た老魔術師に話しかけた。

 その目的は、ずっと気になっていた疑問を確かめるため。

 

「……マーリン、最後に質問いいか?」

「うん?」

「……どうして、今回の命令をお前がやらないんだ? 元々マーリンが偵察してその問題だって発見したんだろう? さっきの魔術といい、絶対にマーリンが対処した方が楽に事が進むじゃないか」

「まぁ、私にも都合というものがあるからね」

「……」

 またこれだ。きっと、こいつは本当の理由を素直に話したりはしないだろう。長い付き合いではないが、それぐらいの事は読み取れる。……ならば、他の質問をしなくてはならない。

 

「……じゃあさ、どうして……俺をこの命令に推薦したんだ?」

「……」

「自慢じゃないけど、俺の魔術師の腕なんてへっぽこもいい所だ。でも、そんな俺を今回の命令に同行させるよう、あんたが王に提策したんだろう? いつもお前が言ってることじゃないか──『すべての物事には理由がある』って。……一体どういう理由で、俺にそんなに期待を掛けるような事をしてるんだよ?」

「…………」

 俺の疑問に、変わらずそいつは応えない。だけどどこか痼りを残した様なこの妙な感覚がどうしても嫌で、俺も我慢強くその場に粘って返答を待った。

 馬上から覗いていたその目元は、外套に隠れて今は見えない。

 

 

 

 

「……そうだね」

 そうして暫くの時間が沈黙で流れ、やおら、老魔術師はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「正確に言えば、今回の命は私にはできないといったところだろうか。時間がない、というのは本当だよ。私にもするべき事がある。

 それに、君の同行をアーサー王に代わりに申し出たのは、君ならば役割を果たせるかもしれないと思ったからだよ。まぁ、少年が未熟だという点は否定しないが、私は大丈夫だと考えた。………ふむ、そうだね。敢えてその理由を述べるとするなら、それは──」

「……それは?」

 

 

 

 

 

「────魔法使いの、勘と言ったところかな」

 

 そいつはひどく楽しげに、そんな言葉を口にした。

 しかも、いつもの様に人を食った様な笑みでなく、心の底から愉快そうなその声色で。

 

 

 

 

 

「……あのさ、それで納得すると思ってるのか?」

「さて、君が納得しようとしないと関係ないよ。それよりも、そろそろ騎士殿を待たせておくのも限界じゃないかな?」

「え? あ、すまないベディヴィエールっ!」

「……いえいえ、いいんですよ」

「…………いや、本当反省してるから、怒らないでくれ。表情が変わらない分、怖い」

 温厚なヤツほど怒ると恐ろしく見えるってのは、たぶん真実だ。

 

「まぁ、せいぜい気を付けてね。幸運を祈っているよ」

「……ああ」

 マーリンの態度は気にならないわけでもなかったが、無理に口を割らせてまで聞き出すべきことなのかと思うと、どうにも微妙だった。とりあえず、また改めて帰ってきてから尋ねればいいと、そう考えることにしよう。

 

 老魔術師を後ろに残し、俺たちは待ち合わせの場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 




鎧に関しては鎖帷子がこの時代背景で適切だと思うんですが、見た目があれですしFateでもそうなのでプレート式でいきます。また、ベディヴィエール達の鎧は全身鎧より面積少ないですが、もうなんかモノ凄い鎧という事で色々(魔術的なモノ含む)詰まってかなり重いという風にします。

鐙に関してはFate/staynightのアニメでべディヴィエールの馬に付いていましたが、実際的にはあれですしネタ的にも面白いのでこういう風にしました。(鞍等は微妙ですが、あるという都合主義です笑)
ブリテンは黒馬が象徴的だったとの事ですが、士郎とベディさんの馬は親のDun(月毛の馬)からとって栗色でいきます。


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