Fate/Knight of King   作:やかんEX

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14 Rumor

「────と。ったく、イド、お前少しは大人しくしろよな?」

 

 はぁ、と形だけの溜息を吐きながらも思わず顔には笑みが浮かぶ。その原因は、ブラッシングに気持ち良さげに嘶きながら、しかし喜びが過ぎて頭をこっちに擦り付けてきてくるそいつに違いなかった。

 

 呼び名をイド。

 略さない正式名は『イドリス』と言う、ベディヴィエールが俺に与えてくれた月毛のそいつだ。

 

 名前を付けてくれという、始めにベディヴィエールに言われた依頼。アーサー王に引き続きその騎士までにもそんな事を言われた俺は、心の底から頭を抱えたもんだった。

 ……だって、俺だぞ? あの、自分にしては結構愛着を持って使い分けてた自転車達に、各々、一号・二号・三号なんて名前を付けてしまうのが俺で。自虐する位なら名前なんて付けなきゃ良いと思うのに、だけどなんとなくそれが嫌で、延々と悩んだ末に結局そんな感じに落ち着かせちまうのが、衛宮士郎という男だった。

 

 さりとて、そんな俺だって周りから意見を貰うぐらいの事はできるというもので。

 

 幸い、俺の周りには円卓の騎士とその従騎士という、数々の馬に触れ合ってきた顔ぶれが揃っていた。よって、案に行き詰まった俺はそいつらにアイデアをもらう事にしたのだ。

 もちろん中には、どんどん案を出してくる癖にその意味が『豊満な』だとか『年下の』だとか完全に自分の趣味を反映したセンスの欠片もない名前ばかりを推してくるやけに俗っぽい役立たず(ここまで一つなぎ)も約一名居たりもしたが、安定に力になってくれるベディヴィエールと意外にセンスの良いガンのおかげで、俺は自分でも結構納得のいく名前を絞り出す事ができたのだった。

 

 二人曰く、イドリスとは、この国のある言語で『勇敢な』っていう意味があるらしい。

 正直、俺が乗る馬にこんなに格好良い名前を付けるのはかなり躊躇したのだけど、コイツの親父さんはあのアーサー王の愛馬だっていうし、それなら親に負けないぐらいの立派な名前を付けてやりたかった。

 

 ────で、結果。

 それ以来、イドも自分の名前を認識しているみたいに振る舞うようになったワケで。

 ベディヴィエールも言っていたけど、本当に馬って賢いんだなぁ、なんて感心しちまう俺だった。

 

 

「そろそろ明るくなってきましたし、それでは行きましょうか」

 そんな事を考えてる俺の背に、ベディヴィエールの声が掛かる。

「ん、了解」

 それに短く答え、最後に川の水で手を洗ってからイドに跨った。

 

 

 実は、この旅が始まってから既に十日目の朝となる。

 そしてこれまで危険も特になくやって来れた俺たちだったが、しかし、その道なりは決して平坦な物ではなかった。

 

 それは主に、この島の気候が原因だ。

 

 俺がこの時代に来てしばらくは晴れの日が続いたが、ガン達曰くあれは珍しい事らしい。

 そもそも、このブリテン島は普段は霧が多く、一年を通して雨量が多いのが特徴なのだそうだ。

 そして、今日こそ天気良く晴れているのだが、ここ数日は例に漏れず、日が照りついているかと思えば急に雨が降り出したり、雨が降り出したと思えば気温が急に冷え下がったりと、それはもう散々な様相だったのだ。

 加え、そうやって毎日のように雨が降っているとすれば、道がぬかるむのというのもお約束という物で。この時代に舗装された道路なんてありはしない。『道で溺れ死ぬ』とまで言う人々がいるのが、この時代の旅だった。

 

 ……だから、俺たちも四苦八苦しながら、ここまでなんとかやってきたわけなのだが。

 

「あ〜、なんっもないな〜〜〜〜〜」

「……そうだな」

 

 ダラけるそいつの言葉に思わず同調してしまう。

 だって、斥候という本来の目的の上では、『何も特に起こっていない』と言えるのがこれまでの道中だったのだ。

 しかし、そんな俺たち……いや、ガンに対して、いつものように白騎士の咎めの言葉が入る。

 

「ガン、その様な姿勢は改めよと何度言いましたか」

「え〜……でもガウェイン様、本当になんにも見つかんないじゃないですか。こちとら話題も尽きて暇で暇でしょうがないですよ〜」

「何を言っているのですか。私たちがここに来ているのは王命故です。そのような様ではいざと言う時に目的を達す事はできぬと知りなさい」

「……はーい」

 

 前を並んで行く二人の会話。

 確かにガウェインの言う事ももっともなのだが、ガンの言いたい事も分かってしまうのが心情だ。

 そもそもこの旅自体が『魔術行使がこの辺りであったから偵察する』なんて曖昧な理由を元に始めたもの。

 何もないならそれに越した事はないのだろうけれど、何時何処まで旅を続ければ目的を果たせるか分からないってのは相当に辛いものだと、そう痛感する俺だった。

 

「はー……なぁシロウ、なんか話題出して」

「……む、ちょっと待ってくれ」

 

 気まぐれにガンがそんな事を俺に言ってくるが、もうそれにとやかく言う事もない。この遣り取りだってもう十回以上となる。今のこいつの言動なんて暇つぶしでしかないのだから、疑問に思うだけ無駄ってもんだろう。

 

「……そういえば、お前も言ってた気がするけどさ、キャメロットではどうして最近俺みたいな新人騎士見習いが珍しいんだ? そんなの幾らでもいそうなもんだけれど、なんか理由があるのか?」

 

 だから俺が思いついたこの疑問も、気まぐれ以上の理由なんてない。ただなんとなく、他の騎士やガンが言っていた事を思い出しただけだった。

 なので、まぁ一応聞いておくかなぁ、ぐらいの軽い気持ちから出た質問だったのだけど。

 

「あ、ばかっ」

「え?」

「「…………」」

 

 途端。

 奇妙な沈黙が、場に降りる。 

 その原因は急に変な雰囲気を纏った二人の騎士。

 片方のベディヴィエールはどこか神妙な顔をして口を噤み、もう一方のガウェインに至っては微妙に怒気みたいなものも放っているような。

 

「ちょっと来いっ」

「えっ、お、おう」

 

 馬を下がらせたガンが俺の跨るイドの手綱を引っ掴んで後ろへと操る。自然、ベディヴィエールとガウェインが先に進み、俺とガンが少し後ろを二人で歩む様な形になった。

 そうしてヘンな様子の二人から距離を取って安心したガンは、俺に向かって呆れたような目線を送り口を開いた。

 

「はぁ〜、お前たまに突拍子もない事言うよな。ちょっとはさぁ、場の空気ってヤツを読んでくれよ?」

「む」

 

 それに何か悪い事をしたとはわかったが、コイツだけには言われたくない俺だった。

 ……まぁ、今はそんなコトはどうでもいい。

 

「で、あの二人、なんで急にあんな感じになったんだよ?」

「う〜ん、なんって言うかな……あの二人にとって、あの質問は今が旬?ってヤツだったんだよ」

「……それ、絶対に使い方間違ってるから」

 そもそもどういう言い回しが翻訳されてるんだ? 

 そんな俺の疑問はさておき、一方ガンは静かに話を切り出す。

 

「まぁ要するにだ。お前がさっきした質問が、アーサー様に関係するものだったんだよ」

「……」

 

 その遠回りな言い回しに加え、何回出てきても思わずドキッとしていまうその名前の出現に、俺は少し息を飲んで続きを待った。そんな俺に対し、ガンがなんとも似合わない真剣さを持って言葉を続ける。

 

「まぁ、俺も唯の見習い騎士に過ぎないから詳しくは知らないんだけど……最近、アーサー様に悪い噂が付き纏っててな」

「……悪い、噂?」

「ああ。で、その噂ってのがこれまた酷くてな。

『軍備を充足させるために、小さな村を干からびさせて蓄えるように命じた』だとか、

『蛮族共に襲われている村があるのに、敢えてそれをしばらく放置していた』だとか、

 ……ま、そんな感じだ」

「────な」

 

 俺はガンのその説明に、ガツンと頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。

 なんでかってその内容自体の壮絶さもそうだけど、あのアーサー王がそんな事をするなんて、俺には到底考えられなかったのだ。

 思い出すのは、常に真直ぐに佇むアーサー王。

 伝承通り。いや、それ以上に洗練潔白な理想の王を体現しているかに見える、あの神聖な姿。

 ……会ってから間もない俺がそう思ってしまうのだ。そんな噂があるなんて到底信じる事が出来ない。

 そんな事を考えて知らず憮然としてしまう俺に、ガンが肩をすくめながら口を挟んだ。

 

「ま、本当の事は分かんないんけどな。

 ……だけど、噂ってのは一度出ると広がっちまうもんだ。そもそも見習い騎士なんて、今居る騎士の話を聞いてやって来るのが普通だしな。キャメロットの騎士様方の間でそんな噂が出てる今じゃ、来たがる奴の方が稀ってもんだ。……って、そういや士郎はなんで今の時期に来たんだよ?」

「────え、あ、えっと……そ、そんなことよりガンはその噂に関してどう思ってるんだよ!」

 

 ……く、苦しいか?

 そう思う俺だったが、しかしガンは特に疑問を抱かず返事を返してくる。

 

「ん? まぁ、俺はガウェイン様の意見に賛成してるしな。あの人いっつも言ってるぜ。『騎士とは主君の剣となって生き、主君の道と共に滅びる。そこに一切の懐疑も、不満もあってはならない』ってな。小さい頃からガウェイン様に憧れてたからってのもあるんだけど、俺も理想の騎士ってのはそういうもんだと思うんだ。一度主と決めた方には、それを絶対に疑ってはいけないってな」

 

 まっすぐに、そして気負いせず語るガン。

 見習いとは言えコイツのことだ。騎士の心得を何度も顧みて来たのだろう。その姿勢は素直に尊敬できるもんだと、心からそう思う。

 

「……」

 だけど、なんなんだろうか。

 俺は今のこいつの発言に、どこか奇妙な違和感を感じていた。

 

「ん? どうしたんだよ、シロウ?」

「あ、いや」

「……もしかして、なんか俺ヘンな事言ったか?」

「……いや、そんな事ないぞ。うん、俺もそんな噂信じられないってのは本当だ」

「? ま、そっか。……はぁ、にしても、暇だなぁ〜」

「はは、そうだな」

 これで話は終わりという事なんだろう。

 また再び馬の背につっ伏せになるガンに、思わず苦笑して同調してしまう俺だった。

 

 そして、ガウェインに気付かれたらまた怒られるんだろうなぁ、なんて事を考えながらもうかなり前を行く騎士達を見て──

 

「────ん?」

 

 さらにその二人の前方から、幾つかの人影が走ってくるのを視界に捉えた。しかも、その彼らはどこか騒がしい、ひどく慌てた様な足取りで。

 ……とりあえず、目をうつろにさせているガンに気付けをして、ベディヴィエール達に追い着く事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────っと、ベディヴィエール、どうしたんだ?」

「シロウ殿」

 

 俺たちが軽く拍車を掛けて追いついた時、ちょうど前方からやってきていた人影も二人の前にたどり着き跪いていた。どうやらその彼らに対してはガウェインが相手をしているようで、俺はその隣に馬上で佇むベディヴィエールに尋ねる事にしたのだった。

 

「いえ、どうやら彼らはこの辺りに住まう農奴のようでして」

「……農奴って」

 

 呟きながらその言葉を反芻する。

 それは中世ヨーロッパにおける、所謂土地に縛られた『奴隷』の事だ。

 そんな風に意味を確認しながらふと眉根を寄せて────だけどすぐに深呼吸をし、荒くれ立ちそうだった気持ちを落ち着かせる事にした。

 

 奴隷と言えば聞こえは悪いが、俺の元居た時代と違い、これは一般の多くを占める身分。それに、実は以前にマーリンにも話を聞いていたのだけど、キャメロットの村に住む住民の殆どもその農奴なのだという。

 初めてその言葉を耳にした時にはつい咄嗟に抗議の言葉を上げたものだったが、実際に充実した生活を送る彼らを目にした俺は、そんな無責任な反感情を抱く事が出来なくなっていた。俺の考えはこの時代では常識ではない。そういった制度が横行するにも理由があるのだろうし、なによりあのアーサー王や目の前の騎士達が、奴隷だからといって彼らをぞんざいに扱うとは思えなかったのだ。

 

 心を落ち着かせ、とりあえず目の前の遣り取りを追う事にしよう。

 

「おぉ、おおぉ、騎士さま方、どうかしばしお立ち止まり我らの話をお聞きくださいぃ」

 跪ついている三つの人影のうち、中央の年老いた男性が頭を地にこすりつけて懇願した。

「どうしたと言うのです、ご老人。まずはこの手をお取りなさい」

 相棒の白馬から降りたガウェインが、そう言ってその翁を援け起こした。

「な、なんと勿体のない。平に感謝いたしまする」 

 感謝を繰り返しつつ身を起こしたその翁。粗い麻布を膝下までに伸ばした衣と底の低いサンダルを身に付け、大きな鉄の環を首に下げていた。

「さて、この辺りに住まう者達だと見受けますが」

「は、はい騎士さま方。我らはこの地に住まう領主さまの元、卑しき身分の者でございます。失礼ながら、騎士さま方の纏われていらっしゃる立派な鎧。さぞ高名な御方に仕えていらっしゃるものだと存じますが……」

「ええ、我らは彼のアーサー王に奉ずる者。そして私の名をガウェインと言います」

「お、おおぉ、あの名高き円卓の騎士のお一人、ガウェインさまだとは! 恐れ多くも、お噂の通りなんとお優しくご立派な事か……」

「……」

 なんなんだろうか、このやけに芝居掛かったような会話は。

 いや、真面目なのはわかるんだ。彼らからしたら円卓の騎士の一人であるガウェインなんてそれこそ雲の上の身分だろうし、言葉通り話しかける事すら許可が必要な事なんだろう。それは俺にもなんとなくわかる。……ただ……うん。まだ慣れていないだけなんだ。

 どこか遠い目をしてしまう俺を尻目に、白騎士は鷹揚と頷いて本題を切り出した。

 

「さて、ご老人。如何なる用向きにて私達を引き止めたのかお伺いしても?」

「は、はぃ勿論でございまする。実は、恐れ多くも我ら、騎士さま方にお願い申し上げたい事があるのです」

「ええ、続きを伺いましょう」

「は、はい。先ほど述べさせて頂きました通り、我らこの付近の土地にて農作や狩猟を営んでいるのですが、今まではその為に特に近くの森へと頻繁に出入りしていたのです」

「……この辺りの森といえば、彼の大森林の事でしょうか?」

「そ、その通りでございまする」

 

 何かを察したガウェインに、何度も大げさに頷くその老人。

 一方、彼らの話を横で聞きながら、理解が全く追いついていない俺だった。……あの森って何処のことだ?

 そんな風に疑問を浮かべる俺を他所に、彼らの会話は続いていく。

 

「……ちょうどひと月前の事でしょうか。我らがいつものように森へ狩りに出かけた時、どうにも奇妙な事が何度も起こったのです」

「奇妙な事、でしょうか?」

「は、はぃ。森の奥に仕掛けた罠を確認する為、常の道を歩んでおりましたのですが……気づけば、いつの間にか森の入口へと戻ってしまうという事が続いたのでございます」

「なんと」

 

 ……確かに奇妙な事だ。話の通りなら彼らにとってその森は生活の一部なんだろう。慣れた道を間違う、なんて事は普通ない筈だ。

 

「そ、それ以来何度森を訪れようと、何度道行きを変えようと、いつの間にか元の場所に戻ると言う事が起こるようになったのでございます。不気味なことゆえ、我らもその森に近づけなくなってしまいました……ど、どうか勇敢なる騎士さま方! 我らに代わり、あの森に潜む『悪魔』を追い払ってはいただけないでしょうかっ」

「……ふむ」

 

 老人の願いに、ガウェインが顎に手を当てて思案する。そんでもって後ろの俺に送ってきた、白騎士風に言うと「どうしますか?」といった風な目線に、俺は無意識に残りのベディヴィエールとガンと視線を走らせると────二人もどうやら、俺の『魔術師』としての意見を待っているようにじっとしていて……正直、そんな技能のない俺には全く正しい判断はつかなかったけれど……衛宮士郎としての俺が、いつの間にか答えを口にしていた。

 

 

「────行こう、ガウェイン」

「シロウ?」

 迷いのない俺の言葉に、白騎士が軽く目を丸くする。

 だけどそれを気にせず、俺は当たり前な自分の言葉を続けていた。

 

 

「だって、その人たち困ってるじゃないか。その森に入れなくなったら、今までの生活に支障だってきっとある。それに、俺たちはここまで斥候にやってきたんだ。なら、そんな怪しい話は放っておけないだろう?」

「……その通りです、シロウ殿」

 横で俺の言葉を聞いていたベディヴィエールが賛同する。

「そうだな! それにやっと暇じゃなくなりそうだ!」

 いつの間にか元気になったガンも応えた。

「…………そうですね」

 そんな俺たち三人に対し、最後に頷いた白騎士が翻って翁へと向き合った。

 

「よろしいでしょう、ご老人。我らアーサー王に仕える騎士、確かに貴方のその申し出を諾いました」

「お、おぉ、ありがとうございまする……騎士さま方、どうか、どうか宜しくお願い申し上げます」

「ええ、神かけて果たしましょう」

 

 その遣り取りのあと平伏したまま動かなくなった老人とその他の人を背に、愛馬のグリンガレットに跨り直したガウェインが先に歩み出す。俺たち三人もその背に続いて歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして暫く。

 元居た河川に沿った林を抜け、滑らかに隆起した丘を俺たちは進んでいた。

 どうやらガウェインは目的地にあてがあるようで、どんどん先に先にへと馬を歩ませる、そんな迷いのない足取りだった。

 

 ……それにしても

 

「一体どうしたんだ、ガウェイン」

 そんな白騎士の背に、俺は漠然として問いかける。

「? 何がですか、シロウ」

 それに白騎士は振り向き、質問の意図が判らないとばかりに小首を傾げた。

 

「いやだって、お前なんか迷ってそうだったじゃないか。いつもなら嬉々として即答しそうなのに、何がそんなに気がかりだったんだ?」

 そう。俺は先ほどのこの廉直な騎士らしくない、何か奥歯に引っかかるような振る舞いが気になっていたのだった。

 

 白騎士はそれに、ああ、と納得の頷きを零し、俺の疑問に答えるために口を開いた。

「いえ、少々気になる事があったので」

「気になること?」

「ええ、あのご老人が言っていた森の事です」

「……そういや、なんか心当たりありそうな感じだったな」

 ええ、と、頷きを深くしたガウェインが前に向き直しつつ言葉を続ける。

「あの森は私……と言うより、私の父、そして我が王に関する因縁が少々ありまして」

「ええと、ガウェインの親父さんって言えばロト王って人だよな。その人とアーサー王が?」

「……ええ。かつて、我が君がブリテンの王となられた時分、それに反目した十一人の王と諸侯がいました。その内の一人が我が父であり────そして、その決戦の舞台となったのが、あそこに見える大森林なのです」

 

 不意に小高い丘の上で白騎士が馬を止め、前を指差す。

 そうして、俺も少し遅れて彼に追いつき、丘の向こうを遠く見遣り────そこで開けた光景に、俺は瞠目して言葉を零した。

 

「……これは」

 

 時刻はおそらく九時近く。日が昇り出し、地上が明明と照らし出される時間帯。

 だがしかし、目の前の高い木々に阻まれた地面には、一筋の光すら降りてきていなかった。

 

 季節は初冬にも関わらず、地上に生い茂る草花の蓊鬱たるは、仮にあそこへ足を踏み入れたら最後、まるで別の世界に引き摺り込まれるのではないかという、そんなおぞましい予感を胸に去来させた。

 

 

 ────そう。今まで見たことないような、暗い、深い森がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 伝承でのガウェイン卿は王に忠義を立てながらも命令に異を唱えることも多くあったりと、アーサー王に対し盲目的ではなかったと思いますが、Fateに準拠します。
 なんだか文章がなかなか出てこなかったので色々省略して書きました。そうしないとまた更新を止めてしまいそうだったので.......。後数話程旅が続く予定です。
 

 また、今話最後に出てきたのは物語に出てくるベドグレインの森です。ついでにロト王も反乱した設定。ただ、この森はシャーウッドの森だとかリンカンにあった森じゃないかという話ですが、この創作ではロッキンガムの森だと想定して書いています。Rockingham Forest Trustのサイトを見て『開拓が次第に進んでいってたんだろうけど、アーサー王物語の時代にはもっともっと(常緑樹の)森が深かったんじゃないかなぁ』と妄想している作者です。

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