Fate/Knight of King   作:やかんEX

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16 Into the Dark Forest(II)

 現在の森の空気は、先程までの不気味さと打って変わって、驚くほど静謐に美しく澄みきっていた。

 微かに聞こえるのは虫の羽音と小鳥のさえずり。

 木々の合間から降りる陽光は、地面に生える草木を穏やかに照らしていた。

 

 

「その心当たりの場所までは、後どれくらい進むんだ?」

「そうですね……」

 俺の問いに、ベディヴィエールは太陽の位置をちらりと確認しながら答える。

「日が暮れる前には、優にたどり着けると思いますが」

「え〜〜、ベディヴィエール様、それってまだまだってコトですよね……」 

 反応を返す前に横歩くガンが遮る。思わず目を遣って見たそいつといえば、腰を丸く折り曲げて屈み、ともすれば腰に佩いた剣を杖にして歩きださんばかりに気怠げなもの。……でもって、そんなそいつへと白騎士がギロリと視線を送り、それにギクリとしたガンが腰をピンと伸ばすまでがワンセットの遣り取りだった。

「……はは」

 俺は相変わらずの二人に苦笑を浮かべながらも、同意見だな、と心の中で呟いた。

 

 

 ガウェインの(力技の)おかげで、森を覆っていた何らかの結界魔術を解いた俺たち。

 次の行動指針として挙げられた『呪刻を敷いた魔術師を探し出す』という目的を果たすため、塞がれていた路を行こうとしたのだったけれど、この森の広さの前にはしらみ潰しに歩いて行くという考えは捨てざるを得なかった。

 ただ幸いにも、ベディヴィエールには『心当たりの場所』が一つあるらしく、それを目的地として進もうという段になったのだけど……さすがに、これからまた四・五時間以上歩かなければならないと言われたら、ガンでなくても気が滅入ってしまうのは仕方ない。

 

 

「そういや、その心当たりの場所っていうのは、前にここへ来た時に見つけたものなのか?」

 道中の暇つぶしがてら、改めて尋ねてみる。

「はい。先刻ガウェイン卿も言っていた、かつての戦いに用いられた城跡のことです」

「……そういえば」

 俺はそこで、森に入る前に白騎士が言っていたコトを今更ながら思い出した。

 この森で行われたと言う、アーサー王と他の諸侯たちの戦い。

「……なぁ、ガウェイン。もしよかったらなんだけど、その以前の戦いについて教えてもらっていいか?」

 ついで俺は前を歩く白騎士に、半ば興味本位でそう問いかけていた。

「ええ勿論。しかし折角なら、実際に戦を体験したベディヴィエールからの方が良いかと思いますが、どうです?」

「俺はどっちでもいいけど……えっと、ベディヴィエール、いいか?」

 

 ガウェインの返事からもう一度振り返り窺った俺に、彼は暫し押し黙って口元に手をやった。どうやら、深く考えない程度に自分の意見を纏めているようだ。

 しかし、やがて顔を上げた彼は、常通りにまっすぐ目を合わせて頷いてくれたのだった。

 

 歩きながら静かに語り出した騎士の話に、暫く耳を傾けることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選定の剣を引き抜いたアーサー王。

 その血筋と剣に選ばれたという事実に、ブリテンの新たな王としての正当性を疑うべくはなかった。

 年若き身ながらも、公正明大を貫く少年王。

 長い戦乱の時代を耐え抜いていた民草が待ち望んだ、その理想の姿。 

 

 しかし、その時分、己が力によって国を分けていた『潜主達』にとって、その王の存在は疎ましいものでしかなかった。

 

 彼らは自分たちの権力が脅かされる事を恐れ、勝手な理由を付けてその王位を否定した。

 或る者は、王のその若すぎる風貌から、ブリテン全土の王となるには未熟過ぎると言葉を発し。

 或る者は、前王の嫡子であるというその血筋を偽りだと断じ、若き王のことを私生児と蔑んだ。

 

 そうして、彼らは同じ様に不満を持った各地の王と諸侯を集い、新王へと反乱を起こす事に決める。

 それに対してアーサー王は、付き従ってくれる家臣と海を挟んだ大陸の兄弟王を味方に引き入れ、ブリテン島中央に位置する大森林にて布陣を張った。

 

 叛軍である十一人の王と諸侯連合軍の、総勢六万の兵士達。

 アーサー王と大陸の兄弟王連合軍の、総勢二万の兵士達。

 

 ────ここに、後に言う、ベドグレインの戦いが始まったのだ。 

 

 

 

■■

 

 

 

 決戦の幕が切って落とされてから暫く。

 兵数でアーサー王軍を上回っていた反乱軍は、大凡の予想通りその戦いを優位に進めていた。

 

 戦の開始当初こそ、アーサー王軍の情報戦の上手さから兵力を徐々に削られていった反乱軍だったが、地力で大幅に勝るがゆえに平原戦で圧倒できる事は自明の理。敵軍の二万のうち既に一万の兵を打ち破り、相手方が使っていた城をも攻め落とした彼らの間では、既に勝敗に関して楽観的な気配すら漂っていた。

 

「ふんっ。我らが力を持ってすれば、あの様な私生児の軍など赤子の腕を捻るよりも容易な事よ」

「然り。このまま全軍を持って彼奴等を押し込み、諸共討ち滅ぼしてくれよう!」

 

 最早、彼らには『如何に自分達が華やかな勝利を挙げるか』という考えしか頭にない。敵軍の使用していた立派な城塞の中で、楽しげな彼らの会話がよく響いていた。 

 

「それにしてもロト王よ。貴殿の戦運びたるや、正に並び立つ者が居ないばかりのもの。戦いを通して確信しました。貴殿こそ、このブリテンの新たなる王として相応しい!」

「…………」

 

 周りの王達に話を振られた一人の王は、しかし、黙したまま決して応えなかった。その王といえば、既に齢五十を超えつつも筋骨逞しい風貌たるや、正に歴戦の勇士としての姿のまま。そして彼は、その鋭い瞳をただ静かに、戦地たる森林の奥へと向けて佇んでいるのだった。

 

「────君達、その様な不敬を云うものではないよ」

 

 そんな時、不意にそんな声が場に通った。

 

 誰もが驚きを持って目をやると、そこには外套を纏った老魔術師の姿。

 いつの間に、と多くの者達が一瞬思ったのだが、すぐに彼らも気を取り直した。魔術師マーリンと言えば、その姿を自由に変えられる事でも有名だったのだ。きっと今回も、どこぞの人間に紛れて這い寄ってきたのだろう。

 そうやって意気を取り戻した王達は、こぞって目の前の老魔術師に喰ってかかった。

 

「貴様ッ、何用にて我らの元に参ったのか!」

「何って、そりゃ、私はアーサー王様の使者だからね。この前と同様、正当なブリテンの王たるあの方に向けて反乱を起こす君達を諌めに来たのさ。さて、もうこんな無駄な事は止めにしませんかな?」

「黙れッ! この卑賤な魔術師風情がッ!!」

 

 取りつく島もない王達に、マーリンはやれやれと肩を竦め、そうして、何気なく敵陣の中央でぐるりと周りを見渡して────ふと、静観を決め込んでいた一人の王の姿を視界に入れると、彼は心底不思議そうに、小首を傾げて問いを投げ掛けたのだった。

 

「ロト王。世界に於いて並ぶ者のない騎士である君が、どうしてこんな所に居るのだい?」

 

 問いを投げられた王は、依然として口を開かなかった。老魔術師はそれを気にせず、再度辺りを見渡しながら言葉を続けた。

 

「ましてや、ウーサー様の元で有名を馳せていた君にとって、その嫡子たるアーサー王は臣下として支えるべき御方だろうに。どうしてこんな者達と、こんな反乱なんて事をしているのだろうか?」

「貴様ッ!!」

 

 老魔術師の発言に言葉を上げたのは、周りに控えていた王達だった。それも仕方がないだろう。彼の言葉はロト王に向けられていながら、他の王達を馬鹿にする様にして発せられた物だったのだ。

 だがここで、瞳を閉じて静かに聴いていたロト王が、やおら、ゆっくりと顔を上げて、老魔術師に対して厳かに答えた。

 

「────私でさえ、ウーサー様の元に世継ぎがいるとは聞いたことがなかった。

 また、その様な事はとうに些細な話だ。異民族との戦いが待つこの国にとって、重要なのは血筋ではなく武力。漸くこのブリテン島各地の王が、形はともあれ、連合軍として集まったのだ。どちらにせよ、この戦いに勝った方がこの国の平定を大きく進める事になるだろう」

 

 その言葉に、周りに集った王達は激しく賛同して湧き上がった。

 当時の彼らにとって、ロト王の言葉は『この戦いに自分たちが勝利し、ブリテンの地を自分たちで治める』という風にしか聞こえなかったからだ。

 

 しかし、この場で唯一、老魔術師だけがその言葉を違う風に捉えていた。

 

「……ロト王、君は」

 

 それは、目の前の人物が誇り高き、そして何よりも国を想う王だと知ってるが故。

 正しく意図を読んだ老魔術師は、しかし、その王自身の言葉によってこの場を去る事になってしまう。

 

「────マーリンよ。ウーサー様の宮廷における、昔日のよしみだ。疾くこの場を去るが良い。

 試みてどうこうできるとも思わんが、我らも自陣に於いて敵を討とうとせぬ理由はない」

「…………それじゃあ、失礼するよ」

 

 一喝を受けた老魔術師は、まるで元からその場に居なかったかのように、いつの間にか忽然と姿を消しているのだった。

 

 

 

■■

 

 

 

 一人の年若い男が、王の座する天幕に駆け込んできた。

 

「伝令! エクター卿が敵軍、百騎王に討ち取られたりッ! 指揮官を失った右軍、敗走中でございます!」

 

 その内容に、アーサー王陣営に震撼が走る。

 それは兄のルーカンの従騎士として本陣に控えていたベディヴィエールも例外ではなかった。

 

 エクター卿と言えば、経験の浅いアーサー王軍の中でも歴戦の騎士。

 その機を読む能力はこの統一戦に置いても卓越し、数に劣る自軍を持って叛軍と互角に渡り合っていたのは、彼の人の功も大きくあったのは言うまでもなかったのだ。

 

 伝令を受け止めたアーサー王は、ほんの僅かに瞠目して瞼を閉じた後、すぐに顔を上げ、いつもの冷静な声色で年若い男に問うた。

 

「了解しました。それで、ケイ卿が率いている別働隊の動きは? 敵軍に悟られてはいないだろうか」

「は、はいッ、敵軍、崩された右軍を追撃するために前がかりになっている模様! 背後に回りこんだ別働隊には気付いていないと思われます!」

「……そうですか、ならばよし。では自軍中央の兵を幾らか右翼に回し、左軍の兵を中央に寄せよ」

「し、しかし、アーサー王! 右軍撃破により敵軍の士気は極めて高く、この様な状態で兵を動かせば全軍諸共中央に押し込まれ得るかとっ!」

「いえ、それは此方の思惑通り。厳しい状況でしたが、エクター卿はよく持ちこたえてくれた。彼が命を落としたことは無念極まりないことだが……敵の百騎王といえば、以前エクター卿に打ち負かされた者。執拗に付けねらうあの者を抑えるためにも、彼は自身の命を賭して出なければならなかったのだろう。

 ────その様なことより、左軍への伝令を急ぐのだ。貴公が逡巡しているその一刻が、我らの命運を左右するのだと心得よ」

「御、御意にございますっ!!」

 

 王の言葉に、伝令の若い男は弾かれたように走り去っていった。言われた通り、目まぐるしく変わる戦場のなか、王の命を自軍の将へと伝えに行ったのだろう。

 

 凶報にも毅然とした王の態度に、下りかけたアーサー王軍の士気は即座に立ち直った。つい先程まで浮き足立っていた者たちも、今ではもう落ち着いたもの。誰もが、王にはこの絶望的な戦況を覆す策があるのだと、そう信じることができたのだ。

 それが偏に、この不安な状況の中で、ただ誰かに縋りつきたかったが故だったとしても。

 

 一方、陣営の隅に佇んでいたベディヴィエールは、別のことが気になって仕方がなかった。

 その気持ちから彼はアーサー王の顔を横から盗み見たのだが……そこにあったのは相も変わらず、悠然として揺らぐことのない王としての表情だった。

 その常の通りの表情が、年若いベディヴィエールには、ひどく状況にそぐわない様に思えたのだ。

 なぜなら、先ほど連絡されてきた事実は、王にとって総指揮官としての一情報以上な筈なのだから。

 

 ────討ち取られたエクター卿は、アーサー王の育ての親であった。

 

 騎士にとって、いや、人間にとって、親というものは須らく尊敬し、無償の愛を捧げるもの。

 もしもその親が命を落とし、ましてやそれが他者に殺されたものだったとしたのなら、騎士は何にも置いてその仇を討つため、全てを投げやっても許すことができない存在の筈なのだ。

 ……だというにも関わらず、目の前の年若い、いっそ少女のような風貌を持つ少年王は、養父の訃報を前に、まるで盤上の駒を一つ失ったに過ぎないかのように、ただ淡々と戦況を俯瞰している。

 

 ベディヴィエールはそれを目の前にし、場違いにも物悲しい気持ちに覆われた。

 もしも、この少年王の表情が、周りの騎士たちを動揺させないため、若しくは戦況を見誤らないためが故に隠されたものであるのなら、この理想の姿を貫く王は、いま一体、どのような気持ちでこの場に立っているのだろうかと──。

 

「マーリン、戻りましたか」

 不意に、アーサー王が言った。

「ええ。しかし状況に合わず、こちらの陣は存外落ち着いていますな」

 王の背後には、いつの間にか、目深く外套を纏った老魔術師が飄々と佇立していた。

 

「なにを今更。どうせ、全て見ていたのでしょう。────それで、役目は既に終えたのですか?」

「その手筈は然りと。ただ残念なことに、彼らが止まることはもうないでしょうが」

「仕方のないことです。しかし、よくやってくれました、マーリン。これで全ての条件は整った。これより我が軍は反撃に転じます」

「…………出るんだね(・・・・・)?」

「ええ、決めたことです。それに今こそ、我が威を示す時」

 

 王は魔術師に一瞥をくれた後、身を翻し、陣営にいる騎士全員に向かって高らかに告げた。

 

「総員、これより進軍する! 剣を持って騎乗し、我が背に続け!!」

 

 

 

■■

 

 

 

 アーサー王軍の右翼を破った反乱軍は、陣形を崩した敵を前へ前へと押し込んでいた。

 その相手を攻め立てる勢いは、人のものではない、獣の如き獰猛さを携えている。

 

 ────否。事実、この場に居る誰もが、半ば獣と化して狂っていたのだ。

 

 そも、この戦いを繰り広げている両軍の者達は、同じ信仰を胸に持つ誇り高き騎士達。

 己が主として仰ぐ者が異なるだけで、この島を、そして自分たちの友や家族を脅かす蛮族が敵ではないのだ。

 

 故に、両軍の兵士達は互いに戦いつつも、内心では似たような懸念を抱えていた。

『自分たちが今戦っている間にも、故郷の土地は異教徒に荒らされ、貪られ、蹂躙されているかもしれない。それなのに何故、自分たちは同じ土地を守るべき者を相手に戦っているのだろうか』と。

 

 そうして、攻める方も耐える方も、ただ目の前の人間を薙ぎ払い、自らの陣営の勝利を目的とすることでしか、己が正気を保てなくなっていた──。

 

 

 ────その時、極大の光が戦場に溢れた。

 

  

 戦地一帯を覆い包むその光。

 それは広大な森の中にあっても、両軍の一兵士に至るまでを輝き照らしている。

 その眩い光に誰もが目を奪われ、その発生源を求めて視線を送ると、そこには輝ける黄金の剣を掲げた若き王の姿があった。

 

「聞け! 誇り高きブリテンの騎士達よ!!」

 

 王は両軍の兵士達の視線が集まる事を確認し、鷹揚として言葉を続けた。

 

「我が名はアーサー。前王ウーサー・ペンドラゴンの嫡子たる、ブリテンの王。

 反逆の徒よ、汝らが私を王として認めようとしない事はようようと理解した。

 だが、この光を見よ! これこそが我が引き抜けし選定の剣、王の証たる黄金の輝きである!!」

 

 王の持つ剣から一層強い輝きが発せられる。その神聖な輝きを前に、反乱軍に於いて咄嗟に異を唱えられる者は一人としていなかった。

 そうして、静寂が降りる場を尻目に、アーサー王は高らかに言葉を継いだ。

 

「私はこの光を持ってブリテンを統一し、誇り高き白亜の国を再建する。

 ────大義は我らに有り! 総員、剣と盾を持って立ち上がれ!! そして黄金の勝利をこの手に掴み取るのだ!!!」

 

 戦場に怒号が溢れた。

 大義名分の在り処。それは戦場を構成する兵士達の士気を一変させる事になったのだ。

 

 劣勢に在ったアーサー王軍。彼らは王の光を持って自分たちの剣の正当性を再認識し、この国の明日を掴み取るのだと力強い雄叫びを挙げた。

 一方、優勢に在った反乱軍。彼らは神聖なる選定の剣の光とアーサー王軍の戦気の急上昇、それを前にして自身の剣と槍に迷いを生じさせた。

 

 反転する士気に俄かに浮き足立った叛軍へ、畳み掛ける様に凶報が告げられる。

 

「で、伝令ッ! 本陣において突発的に暴風が巻き起こり、自陣内の城塞全てが倒壊!! 加え、自軍後方より土煙が巻き起こっている模様! 恐らく敵軍伏兵の出現に依るものだと思われます!!」

 

 魔術師マーリンによる大魔術と、騎士ケイ率いる別働隊の奇襲。

 戦地中央に躍り出た王に気を取られていた叛軍にとって、それは寝耳に水な出来事だっただろう。

 今の地に足をつけられていない兵士達が、その困惑の感情を大きくしたことは想像に難くない。

 

 ────こうなってしまえば、戦況は逆転する。

 

 数では勝る筈なのに、多対一の戦いで討ち取られていく反乱軍の兵士達。

 その有様に一人、また一人と、未熟な歩兵たちから相手に体を背けて逃走を開始してしまう。

 そして、そんな彼らを、また彼らを庇う敵の騎士達を、アーサー王軍は前後から挟み撃ちに次々と撃破していくのだ。

 

 ここに大勢は決した。

 残るは逃げ惑う反乱軍を一網打尽にしようと、アーサー王軍が追撃戦を開始しようとして。

 しかし──。

 

 

 ────唐突に、獅子の如き咆哮が響き渡った。

 

 

 数多の叫びが蔓延る戦場において、しかしその力強い雄叫びは一線を画していた。

 乗せられるのは強い意志。己が存在を誇示せんとする覇気の発露。

 その誰もが注目した哮りの源は、金髪の偉丈夫──反乱軍の総大将たるロト王に他ならなかった。

 

「まさか、ロト王自ら殿に立つというのか!?」

 

 アーサー王軍の騎士が驚愕の声を上げる。

 それもその筈。戦場の最前線に立つロト王の背では、先と変わらず全軍の撤退が行われていたのだ。

 それ即ち、最も危険である筈の殿軍に、指揮官である王自身が残ることを意味していた。

 

 馬鹿げている。

 誰もがそう思って唖然と動けない場を余所に、ロト王は自身の剣を高々と上げて言葉を発した。

 

「若き者を残し、背を向ける騎士が何処にあろう!

 汝ら、この剣を掲げたるは如何なる理由か! この戦で突き通すは如何なる信念か!」

 

 哮りが向けられたのは王の背に侍る騎士達。

 彼らの装いたるは、いと貴き身分の物に違いなかった。

 撤退を続ける未熟な、そして若き兵士達を背に、彼らも一斉に剣を掲げて王に雄叫びを返す。

 

「我ら、この剣を捧げしは弱き者を守る為! 我ら、突き通すべきは騎士の誇りなり!」

 

 その士気は著しく高く、通常の敗軍のそれとはまるで掛け離れていた。

 敗れながらも同じく誇りを有する殿軍に、追撃を躊躇するアーサー王軍。

 

 そんな戦況を静かに見据えていたアーサー王に、側に控えていた老魔術師が何事か耳打ちをする。

 そしてそれに厳かに頷いた若き王は、選定の剣の輝きを収めると、全軍に向けて朗々と己が命令を響き渡らせた。

 

「総員! もはやこの地での戦いは我らの勝利なり! 徒らに我が国の同輩を追わずともよい! 傷ついた味方の兵士達を介抱し、より多くの人命を明日へと繋ぐのだ!!」

 

 その宣告に安堵したのは、一体どちらの陣営だったのか。

 王命の通りに重傷者の救助を開始するアーサー王軍と、敗北を背に撤退していく反乱軍。

 

 そんな中、黒馬に跨るアーサー王と白馬に跨るロト王。その二人だけが、争いの終えた敵と味方という間柄で、静かに黙して視線を交わしていた。

 

「…………」

 

 二人がその合間に何を伝え合ったのかは、余人には分かり得ないことだ。

 ただ、両人ともが偉大なる王だということ。誰も言葉にはせずとも、それは両軍の全ての者たちが胸に刻んだことだろう。

 

 やがて、二人の王は同時に背を向けてその場を後にする。

 

 ────こうして、ベドグレインの戦いは終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 語りを終えたベディヴィエールに、俺は暫し口をじっと噤む。時折、何かを感じ入る様にして話す彼の姿が印象的だった。

 すると、横で同じく静かに聴いていたガウェインが、彼の話を引き継ぐ様にして口を開いた。

 

「この森での戦い以後も諸侯達との争いは続きましたが、結果的に、ブリテン島は我が君によって平定されました。要因としては諸侯達の領土が蛮族達に荒され、その力を落としていったこともそうですが……何より、我が父ロトの反乱軍離脱が決め手だったと思われます」

「……えっと、でも一応ガウェインの親父さんは敵側の総大将だったんだよな?」

「ええ。しかし、父はこの森での戦い以降、決して我が君に反抗しようしませんでした。黄金の光を携えた王に忠誠を誓った父は、その命が絶えるまでこの国を北の地から支えたのです。それに加え、我らオークニーの騎士達がアーサー王の宮廷に多くあることは、我が父の命に依るところが大きい」

「……立派な親父さんだったんだな」

「ええ、私も誇りに思っています。

 ────ただ、同時に私たちが忘れてはならないのは、父の真意がどうであったとしても、彼の行動によって多くの命がこの森で失われたということ」

「……」

 俺は白騎士の言葉に、思わずきつく拳を握りしめていた。それはベディヴィエールの話を聞いていた時にも、ずっと俺の胸奥で引っ掛かっていた事だったのだ。

 思わず黙り込む俺たちの横で、見習い騎士のガンもまた口を開いた。

「……そういや俺も、ロト王様には口を酸っぱくして何度も言われたな。『この国は多くの命が礎として成り立っている。それを決して忘れるでない』って」

「……」

 その言葉を、俺は顔を俯けてよくよくと噛み締めた。それは俺自身、幼い頃から何度も考えてきたことだったからだ。

 ────失われた命は決して戻りはしない。人が出来るのは、それを胸の内に抱えながら、それでも前に進むということ。だから俺は、多くの人達の命を振り切って生き延びた俺は──。

 

「シロウ?」

「────あ、いや、なんでもない」

 いつの間にかこっちを覗き込んでいたガンを咄嗟に手を振って誤魔化す。

 依然訝しげに俺を見てくるガンだったが、そんな時、横で周りを見渡していた白騎士が口を開いた。

「やはり、この森で多くの命が失われたのでしょう。この辺りの空気は『他界』のそれにひどく近づいている」

「……そういやさっきも言ってたよな、ガウェイン。その『他界』って、一体なんのことなんだ?」

 ガンの言及から逃れるために尋ねたことだったが、わりかし本気で気になっていることだった。ああ、と質問に頷いてくれる白騎士に、俺は黙って続きを待つことにした。

 

「先ほども述べましたが、私たちケルトの民は古来より『他界』という概念に重きを置いてきました。それは、深い海の底や高い崖の下、深い森の中などに現れると言われています」

「……深い森って、たとえばこの森みたいにか?」

「ええ、まさしく。『他界』とは、死後に我らが赴くべき場所。そこでは死者たちも生前と同じ様に形を持って生き、ただ、その世界では時間という概念がなく、老いも死も、病気も労働もあり得ない。季節は常に夏であり、雨も降らず風も吹かず、ただ木々に果実をつけてある不滅の楽園。────故に、多くの命が失われたこの森では、失われた死者の命が行くべき『他界』が現れ易いと言っていいでしょう」

「……そして、それを利用する奴らもいるってことか」

 俺の推察に、白騎士は神妙な表情をして頷いた。

「ええ、それが私にとって非常に気掛かりなことでした。この奥に居るであろう魔術師も、恐らくそれに目を着けてこの場を選んだのでしょう。

 それにしてもシロウ。貴方は存外に頭の回転が良いのですね。ええ、正直言って感服致しました」

「……」

 一瞬馬鹿にされたのかと思った俺だったが、ガウェインはそんなことをする奴ではない。きっと自分が思った事を素直に発しているだけなのだろう。……まぁ、本気だからこそ余計タチが悪いことに違いはないのだが。

 俺は白騎士に無言を持って返答としながら、代わりに周りの風景を見渡すことにした。

 

 チチチ、チチ、と姿の見えない虫の音に、いつの間にか再び鬱蒼としてきた森の木々。肌寒い初冬の風が、ざああぁ、と草花を揺らして吹き通っていく。辺りは曇ってきた空模様と相まって、どこかまた奇妙な様相を呈しつつあった。

 

「……確かに、なんか変な空気な気がする」

 

 どこか経験したことあるような、温度のない寒々とした嫌な感覚。

 そう思って呟いた俺の言葉に、しかし、何故か白騎士が感心したように頷きを繰り返した。

 

「そうであれば、シロウには資質があるのかもしれませんね」

「は? 何のだ?」

「────英雄の資質が、ですよ。古来よりケルトの英雄には、生きながらにして他界を感じ取る能力が備わっていました。であれば、この空気感を感じ取れるシロウにもその素質があるのかもしれない。ええ、それは実に喜ばしいことだ」

 

 それに唖然として応えれない俺の横で、傍らの見習い騎士が慌てた様に声を上げた。

 

「はい、はいっ!! 俺も実は感じ取ってましたガウェイン様!!!」

「……偽りを口にするとは、これまた騎士として減点せざるを得ませんね、ガン」

「うっ、本当ですよ! 俺はいつか伝説のアヴァロンにも行くんですから!!」

「さて、それでは先を急ぎましょうか」

「なんで無視するんですか!?」

「……はは」

 また出現したお馴染みの空気感に、俺はどこか安堵しながら前を見据えて──。

 

 

「────────うわっ!!??」

 

 

 心底びっくりすることになった俺は、思わずのぞけって尻餅をついていた。

 

 

「だ、大丈夫ですかシロウ殿?」

「あ、あぁ、大丈夫」

 ベディヴィエールが気遣わしげに差し伸ばしてくれる手を掴みながら、驚きの原因となった物体を見遣る。

 ソイツ(・・・)は高い木の枝に飛び乗ったまま、俺の方をじっと見つめている様だった。

 それにむむっと眉根を寄せて睨み返す俺に対し、ガンがからかいの言葉を掛けてくる。

 

「ははっ。シロウ、お前慌てすぎだろ。たかがカラスじゃないか」

 

 ────そう。

 先ほど俺に向かって羽ばたいてきたのは、真っ黒な羽をした一羽のカラスだった。

 

 

「……仕方ないだろ、突然だったし」

「くくっ。だからって、尻餅をつくことないだろお前」

 そっぽを向いて憮然とする俺に、耐えきれずゲラゲラと笑いだすガン。

 俺は敢えてそいつの態度を無視し、話を逸らす為にも口を開くことにした。

 

「……それにしても、なんだかカラスって不吉だな」

 真っ黒だし、なんかじっとこっちを見てきてるし。そんな風にそいつを眺める俺に、しかし、横から白騎士が意外そうな声色で問い掛けてくる。

「シロウの国ではそうなのですか?」

「え、いや、わからないけど、縁起が良いって話は聞かないかな」

「なるほど。ですが、我が国でカラスは特に悪いものではありません。どちらかと言えば神話などにもよく出てくる、むしろ神聖な生き物であるかと。もしかすると、これから何か良いことが待っているかもしれない」

「……だといいけどな」

 白騎士の言葉にピンとこなかった俺は、つい生返事で済ませてしまった。

 いや、だって、真っ黒のカラスと言えば戦場跡で死体を漁るってのがなんとなくのイメージだし、何よりあいつら、早朝に出したゴミ袋を漁ってぐちゃぐちゃにしちまうんだもんな……あ、いつの間にか居なくなってるし。

 

 

「────見えてきましたね」

 

 不意に、ベディヴィエールがそんな言葉を口にした。

 ふと意識を戻して彼と同じ方角を見遣ると、視界の奥、それまで生い茂っていた木々の流れの間隔が開き始め、自然が人によって切り開かれた形跡がそこに見えた。

 気づけば歩き出していた騎士に、俺もその背に続いて歩き出す。

 

 そうして、少しだけ進んでいったところ。

 視界が開けた先には、絵に描いたように典型的な廃墟があった。

 ベディヴィエールが『城跡』と言っていたが、確かに控えめに言っても、これはもう城と呼べる物ではないだろう。

 

 それは、まるで強大な台風に曝されたかのように、一階より上の部分は全て倒壊し、所々穴が空いた石壁で周りが覆われているだけのもの。

 騎士の話通りこの残状をもたらしたのがマーリンの魔術によるだとしたら、やはりあの老魔術師は伝説のそれと相違ない力を持っているのだろう。それだけの破壊の跡を、この廃墟は残していた。

 

 

「……」

 

 

 そのまま俺たちは喋らずに、その廃墟に更に近づいていった。

 沈黙を保っているのは、警戒しているから……とは、少し理由が違う。

 

 

 臭い(・・)がするのだ。

 香を焚いたように立ち込めた

 ねっとりと身体に纏わりつく、濃厚なその臭い。

 肺を犯していくその空気に、強い既視感と共に、次第に思考が歪んでいきそうになる。

 

 

 俺は、先程のガウェインの言葉とは真逆の、どこか身を焦がす嫌な予感を胸に抱きながらも、ゆっくりとその場に近づき、視界を遮る石壁の向こうを覗き混んで────

 

 

 

 

 俺はその場で立ち止まって、一瞬どこか他人事の様に、やっぱりか、と、心の中で呟いた。   

 

 

 

 

 ────俺たちの目の前には、いつか何処かで見たことがあるように、固まってしまってもう動かない、夥しい量の人間の屍が、転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回のベドグレインでの戦いの話は、ロト王の撤退時のエピソードとジェフリーのブリタニア列王史での姿から。

 そして、アーサー王物語に詳しい方は分かるかと思いますし再三の注意となりますが、この創作は私の捏造設定が多分に含まれています。例えばエクター卿は物語でここでは死にませんし、ロト王も反乱軍を離脱しません。(Hollowで言及している様にリエンス王も後に出てくるようなので、もしかしたらFateでもロト王含めて屈服させられていたのかもしれません)

 あと、これからの展開的にも、次話は二〜三話の英語をラテン語に修正してから投稿することになるかと思います。
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