Fate/Knight of King   作:やかんEX

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3 Old Magus

 ───キング、アーサー……?

 

 現実味のない名前が、呆然としている頭に刻まれる。

 

 魅入られている。

 気高さを湛えた清浄な瞳に、俺はどうしようもなく虜われている。

 美しいその色。果てしなく透き通っている、翡翠の瞳。

 その視線は真っ直ぐ、まるで俺の存在そのものを見定めているかのようで、

 瞬きはおろか、呼吸をすることさえ忘れた。

 

 身体を動かすことも、頭を働かせることもできなくて、

 もはや視線を返すことしかできない、

 そんな俺を再起動させたのは──

 

 

「Respond quickly, scum」 

 

 

 ──必然的に、自分たち以外の第三者の存在だった。

 

 

「ガッ────」

 

 矢庭に首筋へ衝撃が走る。

 鎧の男が痺れを切らし、俺を殴りつけたのだ。

 背後の警戒なんて完全に意識の外であった俺は、腕をつくことさえ出来ずにうつ伏せに倒れこむ。

 

「────う、ぁ」

「Get up and respond to king quickly!」

  

 男が苛立ったように吐き捨てた。

 ……腹が立つのはこっちの方だ。こいつ、事あるごとに人をサンドバックみたいに殴りやがって。こっちはお前の言ってることなんて、何一つ解んないんだよ……!!

 

 だがここで、

 男の理不尽に対する怒りが腹の底からぐつぐつと煮えだってきた、そんな俺を鎮めたのは──

  

 

「────Do not oppress him unnecessarily」

 

 

 ──聞こえるのが二度目となる、清冽とした響きだった。

 

 その人はついと俺から男へと視線を移し、眉を軽く顰めて言った。

 凛とした性質はそのままに、どこか抗しがたい色を加えた声が響く。

 

「But, my lord, this man is──」

「──I said stop」

「……I understood, King Arthur」

 

 リスニング能力がそんな短時間で改善するでもなく、相変わらず二人のやり取りを正確に把握することはできない。しかし、『アーサー王』と呼ばれる人に男が押し切られている所を見るに、もしかして男の行為を咎めてくれたのかもしれない。

 何はともあれ、こいつもこれ以上は無闇に手を出してこないだろう。

 

 さて────アーサー王。

 いい加減に、その名前について本格的に考えるべきなのかもしれない。

 たしかアーサー王といえば、遥か昔の古代イングランドの王様の名称ではなかったか。

 物語だとか歴史だとかに敏くない俺でも知っているその存在は、日本でもあり余るほど有名だ。

 

 ……もちろん、偶然名前が一緒で王様だからといって、目前の人物と伝説の王を結びつけるのは馬鹿げているのだろう。

 

 だけど、その頓珍漢な考えを即座に否定する事が、俺にはできなかった。

 なぜかって、そう考えるとかっちし辻妻が合ってしまうのだ。

 

 明らかに異国風な建築様式のこの建物と庭園。

 近代科学を欠片も感じない、胡乱に揺れる松明の灯。

 ギネヴィアとの会話で時折感じた、あの噛み合わなさ。

 男たちの、剣を携え鎧を纏うという時代錯誤なその出で立ち。

 そして何よりも、この人が纏うその何者をも超越するような神聖さが、目前の人物こそが彼の伝説の王であると主張していた。

 

 ────タイムトリップって、なんの冗談だよ。

 まさか、と笑い飛ばしたくなる。だけど、嫌な予感は止まらない。

 

 

「──You? Can you answer my question?」

「──あ、え?」

 

 いつの間にか、アーサー王が俺に問いかけていた。

 

「……I will ask you once more. How and why did you come into this castle? Who are you? Where are you from? For what did you accost Guinevere?」

「え、ちょ、無理だそんなの!! マイ、ネィム イズ エミヤ・シロウ!!!」

 

 もうやけくそだ。とりあえず自分の名前を全力で叫んだ。 

 その返答に王の動作が一瞬止まる。それから気持ちゆっくり、言葉を続けた。

 

「──I understood. You do not understand me, right?」

「えーと、イエス。アイ、ドント アンダァスタンド ユー」

「? ……Ah, I get it」

「……?」

 

 なんだか、微妙に意図が噛み合っていない気がする。

 

「…………」

 

 静寂が辺りに降りる。パチパチと、松明の火が弾ける音がやけに目立った。

 その沈黙の中で王は何かを思案しているのか、俺の顔を見つめ動きを止めたままだ。

 

 身じろぎする。居心地が悪かった。

 それでも、俺は既に何の断りもなく王をじろじろと見つめてしまった後なのだ。無意識だったとはいえ、自分だけ顔を見るのを辞めてくれと言うのはきまりが悪い。

 ……それに、英語でどう言ったらいいかなんて分からないし。

 嗚呼。せめて時間よ早く流れてくれ、と投げ遣りに俺は祈っていた。

 

 

「────Your Majesty, this man can't be a big deal」

 

 そこに、しばしの間沈黙を保っていた男が、不意に自らの主君へ問いかけた。

 先程までの俺に対する時とは全く別の、無感情で冷静な声が沈黙を破る。

 

 出会ってから唯の一度さえこの男に好感を抱いた事はなかったが、今回だけは正直助かった。

 王は視線を俺から外し、鎧の男へ目を向ける。

 男は王の注目を受け、更に言葉を続けた。

 

「This man is feeble and with no weapons.

 King, you need not care about him. Could you let me execute him?」

 

 ──いいぞいいぞ、今回ばかりはコイツの味方だ。全力であの人の意識を俺から逸らしてくれ!

 

 遣り取りをする二人を、期待を胸に抱きつつ見やる。

 王は二三秒ほどじっと男の目を見つめていたが、ややあって、瞼を下げてかぶりを振り、嘆息した。

 

「Hmm……We'd better wait for Merlin to come back. Even if you are right, something wrong could happen without hearing from him」

「……Your Majesty but now, shall I throw this man into the dungeon?」

 

 男がこちらをちらりと瞥見する。

 その瞳は明らかに俺の事を見下していて、少し上向きかけた男への評価は即座に頓挫した。

 

「……Do as you say」

 王が目を開き、呟く。

 

「────Yes, sir」

「────わっ、やめろ! なにすんだ!!」

 

 男が俺の腕を掴み、背中に回して羈束した。

 ──なんだか、ものすごい既視感。

 

「Your Majesty I am leaving now」

「……」

「ばかっ、離せ! まだ何にも説明してもらってな────っぁ」

 

 男の無理矢理な拘束に言い募ろうとすると、もはや慣れてしまった衝撃を背中に叩き込まれる。

 今度は王も特に干渉する事なく、そのまま高御座に座し静観していた。

 

 ぐるりと身体を半回転させられ、男に背を押し出される。どうやらこの部屋から離れるらしい。

 その横柄な指示に従うことを強制され、元来た道を戻りだす。

 

 されるが儘の俺の様子をじっと見つめていた王は、やがて静かに、その瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひたひたと、脚を踏み出すごとに気味の悪い音が鳴り響く。

 

 あれからあの部屋を退出した後、男に連れられて長い通路を再び進んだ俺達。

 やがて辿り着いたのが、真っ暗闇が広がる地下へとつながる階段。

 また暗い場所に入るのは嫌だったけど、男のもの言わぬ視線を感じ、結局降りる事になった。

 そして今は、何も見えない道をひたすら歩いている真っ最中だ。

 

 つーん、とカビ臭い匂いが鼻を刺す。

 当たり前のように電灯一つもないその空間は、あまり手入れもされていないようだった。

 

 そのまま少し歩いた所で、男の足が止まる。

 

「────ガッ、は」

 

 握り潰すかのように肩を掴まれ、そのまま力一杯横に放り出された。

 受身なんてとることはできず、冷たい床に肩からぶつかる。

 

「……Hah」

 

 男は倒れこむ俺を一瞥すらせず、鼻を鳴らして去っていく。

 後ろでガチャリと無機質な音が聞こえた。

 

「────っつ……。あいつ、乱暴すぎるだろっ。いちいち人をぞんざいに扱いやがって」

 

 身を起こそうとして、固い床に打つかり擦り剥けた右肩がひりつく。

 咄嗟に左手で患部を抑え、ぐつぐつと湧いてくる不満を独りごちた。

 

 

「……ここ、は……?」

 

 ほぼほぼ光の差さない闇の中では、自分が座り込む地面さえはっきりとは見えない。

 ビューっ、と冷たい風が頬を撫でた。

 どこから吹いているのだろう、と辺りを見渡すと、空間の上方からうっすらとした光の糸が伝うのに気付く。どうやら、老朽化した天井から外の月明かりが漏れ出ているようだ。

 

「……とりあえず、この部屋はなんなんだろう。……これ、檻か?」

 

 立ち上がり、暗闇に手を伸ばしながら辺りを探索する。

 そうすると、ひんやりとした鉄の柵が行く手を阻んでいるのを見つけた。

 ……考えたくなかったが、もしやこれは、牢屋というやつなのではなかろうか。

 

 それから暫く部屋を歩き回ったが、状況を好転させるような手掛りは何一つ見つからなかった。

 もし推測が正しいとしたら、ここはただ罪人を押し込んでおくためだけの空間だ。秘密の出口なんて用意されている訳がない。

 

「──くそっ! 何がなんだってんだいったい……」

 

 探索を諦め、固い石床に座り込む。

 現状にまいりながらも一息つくと、ドッと疲れが押し寄せてきた。

 続けて空腹に堪える腹がぐうと鳴る。

 学校で弁当を食って以来、何も口にする暇がなかったのだ。そりゃ腹も減る。

 

「今日は魚料理で攻めようと思ってたんだけどな……」

 

 今は遠くなった冬木の家を思い浮かべる。

 学校帰りに買物して料理を始め、桜が途中からそれを手伝ってくれて、藤ねえが腹をすかして帰ってくる。騒がしい食卓ではたわいの無い冗談が飛び交って、大皿の料理を三人でつまむ────そんな、日常。

 

「……疲れたな」

 

 口に出すと、瞼が重くなってくる。

 今まで緊張と弛緩を繰り返してばかりだったのだ、加速度的に身体には疲労が溜まっていた。

 今は緩んでいる状態。

 だけど、もう限界だ。今度なにか緊張を強いられるような事が起こっても、もはや集中力を保つ自信は無い。

 

 再び何かが起こる前に、意識は黒い混沌に飲まれて沈んでいった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────赤い太陽が、燦々と宙に浮いている。

 

 炎の中で横たわっている俺は、ただその存在を呆然と眺め続けた。

 まるで地獄で業火の釜に煮えられているかの如く、猛烈にひりついて汗ばむ肌が気色悪い。

 

 あぁ、またこの夢か。

 

 10年前の大火災。

 大量の死傷者を出したそれは、未だ冬木の街に傷痕を残している。 

 熱くて、辛くて、死にかけて、そして──助けられた。衛宮士郎の原初の記憶。

 

 ……運が悪い。昨日の夜も同じ夢を見た。

 二日連続この陰鬱な夢を見させられるのは、馴れたからといって気分のいいものではない。

 

 

 ───タスケテ

 誰かの叫び声が耳をつんざく。

 ───アツイヨ

 言いつつも、黒の熱核に炙られ、既に温覚など正常に働いていないのだろう。

 ───オカアサン

 掠れた声が届く。もはや助からないと知りつつも、ただその名を呼ぶのだ。

 

 

 この地獄の中で、俺は切嗣に助けられ生き残った。生き残って、しまった。

 もちろん、助けられなかった方がよかった、なんて言うつもりはない。

 切嗣は俺にとって英雄(ヒーロー)だ。紛れも無い、目指すべき正義の味方そのものなんだ。

 

 だけど、俺だけが助けられてよかったのか。

 その疑問は常に胸に秘めている。

 

 時折思い出させるようにこの夢を見るのは、たぶんそのせいだろう。

 ──忘れるな。お前にそんな資格なぞない。無数の骸を踏みにじり生き延びたお前は、のうのうと生きていい存在ではないのだ。

 夢に見る度にこの光景は、俺にそう語りかける。

 

 

 ────あれから10年が過ぎた今になっても、黒の太陽は、俺の中に居着いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ん」

 

 目を覚ます。

 風呂に入っていない上に灼熱の炎の夢を見ていたためか、体はじっとりと嫌な汗をかいていた。

 視界は相も変わらず真暗闇。

 天井から微かに漏れていた光は、時間を経て月が沈んだからだろうか、その僅かな明るささえもはや差し込まれていなかった。

 

「……目、覚めちまったな」

 

 時計なんて持っていない。

 だけど自分の体を信じるならば、今は恐らく朝の五時半くらいだろう。

 俺は元々早起きだ。時折寝坊してしまうこともあるけれど、疲れていてもだいたい同じ時間に目が覚める。

 いつもなら太陽も出てきていい頃合いだが、ここは冬木じゃない。日の出の時刻も違うのかもしれない。

 

「────よし、日課でもするか」

 

 腹はますます減っている。固い床で眠ったからだろうか、疲労も充分にはとれていなかった。

 そんな身体で、居る場所は地下牢。日課という名の鍛錬を行うべきでないのは明らかだ。

 ……されど、日課は毎日やるから日課であるのであって、

 なによりこのとんでも状況やつまらない夢を忘れるために、何か日常を思い出すような事をしたかった。

 

「よっ、と……一っ、二、三───」

 

 両手で後頭部を支え身体をくの字に曲げる。いつもの腹筋運動だ。

 この肉体鍛錬は、魔術を切嗣に教わりだした頃、

 『まず身体を頑丈にしないとね』

 と言われて始めたものだ。

 そして殴り合うためとかじゃなくて、自分の無茶を通せるくらいになるよう鍛え続けてきた。

 

 ……そう。戦うためだとか、そういう意図で鍛えてきた訳ではないのだ。

 だけど、今だけは、昨日の事を思い出してしまう。

 ──校庭で見たあの赤と青の男。そして、ものすごい力で俺を叩き付けたあのムカつく鎧の男。

 今までやっていた日課は何だったんだ、そんなことを少し思ってしまうのはしょうがないじゃないか。

 

 俺の目標は、正義の味方。

 なにも、敵を倒して人々を救うと言ったものを目指しているわけじゃないけど、もしもあんな奴らが無力な一般人を襲ったとしたら、俺は止める事ができないだろう。

 昨日のギネヴィアと居たときだって、もしもあの男が彼女を襲おうとする奴だったら……

 

 ──呆気なく倒される俺。間髪を容れず男の凶刃が向かうのは彼女の──

 

 ──そこまで考えて、はっと我に返る。

 

「……百四十九っ、百五十、……ハァっ────ふぅ」

 

 そんなことを考えて無意識に力を込めていたのか、いつもよりも回数を多めに運動を終える。

 たかだか数十回程度増やしたところで、急に力がつかないことは分かっている。

 だけど、そうせずにはいられなかった。

 

「……だめだ。どうしても考えちまう」

 

 いつものように朝の日課をしたところで、思考はちっとも正常に戻ってやいない。

 それどころかいやに具体的に想像してしまって、むしろ動揺を助長させた。

 

 少しずつ、暗闇一面だった風景が白じんできてきたような気がする。

 隙間から微かな輝きが顔を出し始めたのだ。

 鍛錬を終えても気分はちっとも良くなっていなかったが、今昇ってきているだろう日天の綺麗な陽光に、少しだけ心が洗われるような気がした。

 

「……そうだ、もう一個の方も済ませちまうか」

  

 ふと思いつく。

 太陽が昇ってきたといったって、まだ朝は早い。

 それに、未だ気持ちを完全に切り替えられた訳ではない。

 俺にとって魔術は精神鍛錬みたいなもんだ。もう一つの日課を済ませるついでに、もう少し心を落ち着かせよう。

 

「昨日はサボっちまったもんな。出来る時にしておく方がいい、か」

 

 地面に腰を降ろして胡座をかき、深く息を吸う。

 それだけで、ある程度の雑念は晴れていく気がした。

 

「すぅ────ふっ」

 

 呼吸を整えて日課を始める。

 目を瞑り意識を体の奥に沈めていくと、脳裏にいつもの剣の幻影が現れた。昨日思い浮かべた、黄金ではない。

 

「──────」

 

 それを無視して、その奥。意識の更に深淵へと自身を潜り込ませる。

 今だけはこの場所も冬木の事も、全てを頭の隅に追いやり、ただ修練に没頭していく。

 

「──────同調、開始(トレース オン)

 

 自己暗示の詠唱を呟いた。

 肉体、精神、神経、全てを統括するために集中力を高めていく。

 本来人間にない、魔力を通すための疑似神経──魔術回路を作り出すため、自身を変革させていく。

 

「────がっ────は」

 

 激痛。だが、なんてことはない。いつものことだと歯牙にもかけない。

 集中。一瞬でも気を外にやれば、それは内側から俺を喰い破るだろう。

 

 魔術回路の生成という基本的な作業でさえ、衛宮士郎にとっては命がけだ。

 針に糸を通すような真剣さで一心に体を支配し、やっとの思いで魔術回路を作り出す。

 

「────基本骨子、解明」

 目前に落ちている小石を拾い、意識を集中させていく。

「────構成材質、解明」

 手に持ったそれに、魔力をゆっくりと通す。 

「────基本骨子、変更」

 形有るものに変化を加える、いわゆる強化の魔術。 

「────、────っ、構成材質、補強」

 それを行使しようとして、だがそれは、 

 

「──────ガッ」

 現実に形ある変化を起こすことは、なかった。

 

 魔力が霧散する。

 ──今日も、俺の魔術は失敗に終わった。

 

「は────ぁ、はぁ、あ────」

 

 鍛錬に没頭しすぎて限界まで止めていた呼吸を再開した。

 脳は酸素を求めて、ただひたすら息を吸えと命令を下す。

 心臓はバクバクと大きく拍動し、血液は異常な速度で循環する。

  

「すぅ、ハァ──────」

 

 大きく息を吐いて、過剰気味なほど吸い込んだ空気を吐き出す。

 滝のように流れ出た汗は、頭を振って弾き飛ばした。

 

「────はぁ」

 

 溜息を吐く。

 いつものことだが、特に此れと言った進歩はなく、今日の鍛錬も終わりを告げた。

 

「まぁ、気晴らしにはなったかな」

 

 失敗したという点には気落ちするが、鍛錬に熱中することで気分転換にはなった。

 いつのまにか、時間が経つのも忘れていて、

 隙間から差す太陽の光が、いっそう明るくなってきた──

 

 

 

 

 

 ──そのとき

 

 

 

 

 

 

「──────ふむ。ずいぶんと、面白い事をしている」

 

 

 背後から、聞こえるはずのない声が届いた。

 

 

「────なっ」

 

 颯と視線を走らせる。

 俺が居る場所と同じ、牢屋の内側。そこに、一人の老人が佇んでいた。差し込む陽光は、狙いを定めたかのように老人を照らす。

 

 真っ白な口髭を湛え、ローブで目元を隠したその老人。

 頬に大量の皺を刻むその人物の声は、見掛けとは真逆にどこか若々しかった。

 だが、そんなことよりも──

 

「その不自然に開いた魔術回路の状態──回路をその度に作り出しているのか。

 ふむ、今日だけが特別というわけではなさそうだ。回路が神経と癒着し、同化してしまっている。どれほどの年月それを繰り返せば、そのような歪な状態になるのか……少年よ。よく、今まで生きてこられたね」

 

 ────俺は、この老人の話す言葉を理解できる。

 

 老人は朗々と語りかけてくる。

 動揺した。話しかけてくる内容は頭に入ってこない。

 いつの間にこの地下牢に居たのか。なんでこの人物は俺を日本人と知り、その言葉で話しかけてこれるのか。

 そんなことを考えて、頭は驚愕の二文字に包まれる。

 

 

 

「────あんた、いったい……?」

 

 

 

 呆然と呟いた、その言葉に──

  

 

 

「────ただの、年老いた魔法使いだよ。少年」

 

 

 老人は楽しげに答え、笑った。

 

 

 

 

 

 




今回は衛宮士郎にとって必要なcharacter development回ですね。
個人的に士郎にはあまり感情移入できませんが、とても好きなキャラクターです。

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