Fate/Knight of King   作:やかんEX

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4 What's your name?

 

『僕はね、魔法使いなんだ』

 

 幼い頃の記憶。

 大火災で天涯孤独となって一緒に着いていくと言った俺に、切嗣は笑いながらそう言った。

 『すごい!』と子供だてらに興奮していた事を、よく聞かされたものだ。

 

 とは言え、魔術の修練を始めた後で知ったのだけど、定義的には切嗣は「魔法使い」ではなく「魔術師」と呼ばれる存在らしい。

 ここで魔法とは、その時代の文明の力ではいかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な「結果」をもたらすものを総称してそう呼ばれ、魔術とは、魔力を使った一見ありえない奇跡のように見えても「結果」という一点において別の方法で代用ができるものを指して言われる。

分かりやすく言うと、死者の完全な蘇生なんかは「魔法」で、魔力でとんでもない爆発を起こすみたいなことは「魔術」の枠組みの中だ。

 当然、魔法使いなんて世界でもそういないらしく、切嗣はもちろん魔法なんて使えなかった。

 それでも、切嗣が俺にとって魔法使いみたいな存在だった事には変わらなかったけれど。

 

 

「……魔法、使い……」

 

 呆然と、鸚鵡返しに呟く。

 この目前の人物は、それを分かった上でその言葉を用いたのだろうか。

 

「ふむ、まぁそれはどうでもいいんだがね。では今度はこちらの側だ」

 

 老人は自分の先程の発言等もはやどうでもいいのか、飄々と続ける。

 

「少年よ、君は一体何者だい?」

 

 自分は何者か。ここ二日で何度も耳にしたことだ。

 本当は、こっちがお前たちは一体なんなんだって聞きたいところだけれど、明らかにこの場所で異質なのは俺の方で、だから答えるべきなのもこっちの側なんだろう。

 

「──俺は……衛宮、士郎。日本の冬木に住んでる、高校生だ」

「ふむ。日本、冬木、高校生……見知らぬ言葉だ。それに、君は多くの点で私の知りうる人間とは異なっているね。その顔に肌の色、トンと見ない装い。いやはや、なかなか興味深い」

 

 今着ているのは穂群原学園の制服。

 飴色の布地をシンプルに縫っているこの制服だけど、老人の珍妙な紫のローブやギネヴィアの白いドレス、男たちの甲冑なんかと比べるとすごく浮いている。

 

「君は、何故この場所に居るか分かっているのかい?」

「……分からない。てんで分からないんだよ。変な魔法陣を起動させちまったと思ったら、この建物に飛ばされた。混乱している時にギネヴィアと会って話してたら今度は変な男に捕まって、玉座に連れてかれたと思ったら、今度はここに放り込まれたんだ……もういっぱいいっぱいなんだ、こっちは───!」

 

 今までの事を説明していると、改めて現状が如何に意味不明か思い知る。

 意味がないとは百も承知だけど、溜まりに溜まった鬱憤が漏れだすことは止められなかった。

 

「…………魔法陣、か」

「それに俺は唯の学生なんだ。こんな変な所に一人放り出されたって、何を理解しろっていうんだ。だいたい、会う人会う人の言葉すら理解できないのに──」

 

 ちょっと、待て。

 そういえば、先程俺は何に一番驚いていたのか。

 魔法使いという言葉に惑わされて、ついつい当たり前のようにこの老人と話してしまっていた。

 

「──そういえば。あんた、なんで日本語を話せるんだ?」

「うん? あぁ、君の用いている言語は日本語というのだね」

「……」

「まぁ、それはどうとでもと答えておこうか。それより、もう少しいいかい?」

「……ああ、いいけどさ」

 

 相変わらず何処に意識を裂いているのか、老人は問いに対していい加減に答える。

 目の前に居るはずなのにこちらを見ていないような、そんな浮世離れした感覚。

 これ以上追求したところで、きっと真面目な返答なんて期待できないだろう。

 

「君は魔法陣で飛ばされたと言っていたが、意図してその術式に囚われた訳ではないと。 そして、元居たのは日本の冬木という土地でいいのかな?」

「……あぁ、そうだ。いろいろと動転してたけど、あんなものを起動させられるとは思っていなかった。飛ばされる前には冬木の家に居て、魔法陣があったのは家の土蔵の中だ」

「ふむ。では日本、それに冬木とはいったい何処なんだい?」

 

 あえて考えないようにしていた事を思い出させられる。

 冬木が一体何処なのか、それはまだ分かる。けれど、日本を知らないなんて事は滅多に無いんじゃないだろうか。

 ───そう、本当に、今俺の居るココが『現代』だとすれば。

 

「……馬鹿げているように思うかもしれないけれど、俺は、未来から来たのかもしれない」

「───ほぅ」

 

 老人の雰囲気が変わった。

 ローブの陰に隠れた瞳が、すぅっと細められたような気がする。

 

「俺だってふざけてると思う。だけどそう考えると、今までの事もある程度納得できちまうんだ」

「……」

「俺の住んでいる所ではみんな俺みたいな服──とは言わないけれど、ローブや鎧を着てる奴なんていなかったし、松明なんて使わずにもっと手軽で明るくなる装置を使ってた。

 なにより、アーサー王って呼ばれる人は、俺の居た時代から随分昔の外国の王様の名前なんだ」

「──なるほど、なるほど」 

 

 話を聞いて、老人は愉快そうに二度頷いた。

 

「……あんまし、驚かないんだな」

「いやいや、そんなことはないよ。ただ、それ以上に興味を引かれただけなんだ」

「……」

「うむ。そうか、そうか」

 

 何を独り納得しているのか知らないが、老人はただ頷きを繰り返す。

 ……普通なら、話している人間が「未来から来たんだよ」なんて言ったところで、ソイツの頭を心配するか、そうじゃなくてもより詳細な話を聞こうと言及するだろう。

 しかし、この人物は俺のことなんて気にも留めず、ひたすら楽しげに肩を震わしている。

  

「……あのさ。いったいここは何処なんだ。本当に大昔のイギリス、なのか? 

 ……俺は、ここから出ることができるのか?」

 

 いい加減に痺れを切らす。

 ようやく言葉が通じる人間に出会えたと思ったら、よりにもよってこんな変な奴なんて。

 

「ふむ。イギリスというものかどうかは知らないが、前者の解は後に分かるだろう。後者は、そうだね。今から出ようか」

 

 老人はゆっくりと歩き出す。

 その方向に目を向けると、いつの間にか閉じられていた柵の入り口は開かれていた。

 

「なっ、あんた、どうやって────そんなことより、俺はここに放り込まれたんだッ! 勝手に出ちまうとまたアイツが──」

「なぁに、心配はいらないよ。既に王には話はついている」

「……それを、信頼する根拠は?」

「まぁ、どちらでも構わないよ。このまま一生この牢獄で暮らすというのも君の自由だ」

 

 …………くそっ! こうなったら何処まででも着いていってやる! こちとら、散々ハチャメチャな出来事を体験したんだ、もうちょっとやそっとじゃ動じてやるもんか!!

 

 一抹の不安を振り切り、老人の背に続く。

 立ち止まっていて少し空いた距離を詰めるように、小走りで駆け出した。

 

「なぁ、そういや、あんたの名前は?」

「──あぁ、ついと忘れていたね。私の名前はマーリンだよ、少年」

 

 既に遠くなった牢屋では、一層輝きを強めた陽光がその暗闇を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カビ臭い通路を進み階段を上った所で、先程までとは比じゃない位の光を浴びた。

 明かりが漏れていたといったって、随分久しぶりに思える力強い日射しに、思わず目を細める。

 

 閉塞的な空間から出た開放感からか、身体も自然に伸びをしていた。

 辺りを吹く風がその身体を叩き付ける。

 お天道様からの輝きは眩いくらいだったけど、押し寄せてくるその風は逆に冷ややかで身体をブルリと震わせ、上げた踵は即座に地面に着地した。

 

「少年よ。置いていくが、いいかね?」

 

 一連の動きを見ていたからか、呆れたような声でマーリンは呟いた。

 そちらに振り向くと返事なんて聞く気はないのか、背を向けて既に歩き出している姿が見える。

 

「まっ、待ってくれ!」

 

 焦ったように声を出し、急いで距離を詰める。

 なんだか少し気恥ずかしくて、誤摩化すように大げさに腕を振った。

 

 それからは暫く長い廊下を歩いた。

 横目で見える太陽の傾きからすると、おそらく時刻は八時くらい。

 だけど奇妙なことに、前を歩く人物以外の人影を見ることはない。

 そろそろ人が活動し始める時間帯のはずなのだけど、まるでこの空間だけ現実と隔離されているかのような静けさだ。

 

 歩きつつも、昨日はよく見えなかった建物を観察する。

 夜に燃えていた松明の灯火は、太陽の火に役目を任せるように静けさを保っていた。

 建物の壁は煉瓦造で作られていて、その上に漆喰で丁寧に仕上げが行われている。

 それでも昨日あれほど荘厳に見えたこの建物は所々手入れを欠いており、上塗りが剥がれて煤けた赤褐色が顔を出していた。

 こんな状況だから微妙だけど、全然見慣れない物を観察するのは意外と楽しい。

 

 そんなこんなで、ちょっとした距離を歩いただろうか。

 不意に、前から聞こえる足音が止む。それにつられるように俺もまた立ち止まり、前を見た。

 

「───うわっ」

 

 いつの間にか廊下は終わっており、視界は広がっていた。

 だけどそこに広がる光景を見て、思わず声を上げてしまう。

 

 昨日の庭園より雑多に生えた草は全く手入れされていないのか、その丈は腰程も伸びている。

 しかし、その長い草も、ある建造物へと続く曲がり路を跨ぐようには一切生えていなかった。

 そしてその建造物とは巨大な塔であり、長い蔦を周囲に巻き付け、錆浅葱色のクスんだそれはどこから見ても不気味だった。

 

 …………率直に言えば、悪趣味ってヤツだ。

 

「着いてくるといいよ」

「あっ、ああ」

 

 マーリンはそう俺に呼びかけると、再び歩き出しその奇怪な塔へと入って行く。

 ……さっき何処にでもと心の中で言った手前、たかだかこのくらいで躊躇していられない。

 頭上の蔦を手で抑えながら扉の内側へと進む。

 

「野卑で気味が悪い、とでも思ったかい?」

 マーリンが階段を上りつつ言う。 

 

「いっ、いや、そんなことは……」

 嘘だ。正直かなり引いた。

 

「なぁに、いいさ。魔術師の工房とは、他者を隔絶するべく作られるべきなのだからね」

 

 ……なるほど、そういうことか。合点がいった。

 俺は魔術師として未熟もいいところで自分の工房なんて無きに等しいけれど、一流の魔術師にもなると、そういった魔術師然とした自分の陣地を持っているのかもしれない。

 

「───まぁ、半分は趣味なのだけどね」

「…………」

 

 こいつ、やっぱり変な奴だ。

 相手にしてるだけで、非常に疲れがくる。

 

 

「さて、着いたよ」

 

 

 階段を上るのをやめて入ったのは、この薄暗い塔とお似合いの乱雑な部屋。

 床には無数の羊皮紙が無造作に広がっており、紙面は見慣れない文字で埋められている。

 目立つ家具は部屋の真ん中にある大きなテーブルくらいで、後はタンスとそこに並べられた沢山の草花や動物の毛皮があるだけだった。

 

「さて、と。どこにやったかな───」

「……なに、してるんだ?」

 

 マーリンが何かを探すようにタンスの上を調べ出した。

 動くたびに、薬草か何かの擦り潰された匂いが舞う。

 

「ちょっと、君へのプレゼント探しだよ。……あぁ、これでも食べているといい」

「わっ、うわ!」

 

 何かを投げて寄越すマーリン。

 

「───これ、は」

 

 食───糧。俺の手の中に収まっているのは、紛れもない食糧だ。

 それは仄かに磯の塩の匂いを撒き散らし、しばらく放置して変色したのか、赤黒くなっている。

 干し肉。そうだ、これは干し肉だ。

 約一日ぶりに目にする食物に、思い出したように腹が鳴った。……現金な胃だ。

 

「いいのか?」

「ああ、気にせずともいいよ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 我慢なんてできない。空腹はもはや限界だ。

 あーんとばかりに大きく口を開けて、一齧りで三分の一ほども口に入れる。

 そして口の中に、赤肉のまだ熟れていない動物性タンパク質の味わいが───

 

「──────ってこれ、半生だぞ!!?!? なんでちゃんと干してないんだ!!!」

 

 そう。

 塩がちゃんとまぶしてあり更に空腹なせいで騙されたが、これは干し肉の調理工程を二三ぶっ飛ばしてあるものだった。

 おまけにこれは豚肉じゃないか。生でなんか食べると、胃腸を下して大変なことになる。

 

「ふむ。そういえば、忘れていた。少年よ、ちょっとこちらへ来なさい」

「……今度はなんだよ。もう、こんな肉はいらないぞ」

 手招きされる。

 これまでの言動から見て油断できないと判断し、念入りに警戒しながら歩み寄る。

 

 

「───Ut animalis gustabunt」

 

 

 マーリンは俺の額に二本指を突き、全く聞き覚えのない詠唱を呟いた。

 

「…………何をしたんだ?」

「いいから、もう一度食べて見なさい」

「……」

 

 訝しむ。

 先程うっかり食べてしまったコレは、どう見てもまだ半生だ。

 それにも関わらず、目前の老いぼれはさぁさぁとこちらを急き立てる。

 

「…………それじゃ、もう一口だけ……」

 

 俺が食べるまで探し物を始める気はないのか、延々とこちらを促している老人は、後一度くらい食べる素振りをしないと納得しないだろう。

 意を決し、「保ってくれよ、俺の身体───」とばかりに控えめにもう一口。

 だが、しかしそれは

 

「──────美味しい」

 

 先程とは比べ物にならないくらい、美味しかったのだ。そのお肉は。

 口に入れた瞬間広がる生臭さはそのままなのに、どうしてかいっそう食欲をそそる。

 ぷにゃっとした柔らかい食感は気持ち悪いはずなのに、今だけはどうしようもなく癖になる。

 

「あんた、いったい何をしたんだ」

 言いつつも、もう一口。

「なぁに、簡単なことだよ」

 マーリンは再び捜し物を始めた。

 

「君の味覚を人間から獣に変化させた。今の君はたとえ血の滴る生肉であろうと、御馳走のように感じるだろうさ」

「……すごく便利じゃないか、それ」

 

 マーリンはなんてことないように言うけれど、割とすごいんじゃないだろうか。

 少なくとも俺は、魔術でそんなことができるなんて思いもしなかった。

 何はともあれ、もう一口。

 

「そんな魔術があるんだったら、マーリンは何時でも美味しいもの食べられるな」

「……まぁ、一概にはそうと言えないがね」

 

 ……なんでさ?

 だって生肉さえ美味しく感じられるのなら、料理する暇のない非常事態でも美味しいご飯が食べられるじゃないか。

 疑問に思いつつ、惜しみながらも最後の一口。

 

「まず、味覚を獣に変えると言ったが、消化器官が変わるとは言っていないこと」

「──────な」

 

 ごくり。

 最後の生の一片が、喉元を通過する。

 

「また、この魔術は馴れていない人間に使いすぎると正常に戻らなくなってしまうこと。つまり、不味い物を美味く感じるとともに、美味い物を美味く感じられなくなってしまう。ただ甘い、辛い、酸い、苦い位の判別しかつかなくなり、他者と美味いものを分かち合う喜びも味わえなくなるだろう」

「──────に」

 

 力の出る物を食べたはずなのに、血の気がすぅっと引いていった。

 

「まぁ、気にすることはない。一度程度ではどうともならないよ」

「…………」

 

 確信する。

 こいつ、嫌な奴だ。

 

「───おっと、あったあった」

 

 ようやくお目当ての物を見つけ出したのか、拳くらいの容器を片手にこちらを振り向く老魔術師。

 

「……なんだ、それ?」

「意思疎通の秘薬だよ。これがなければ、困るだろう?」

 

 ……たしかに、今までのトラブルを招いた一因として間違いなくそれがあるだろう。

 だけど、この奇人の持ってくる薬を信用しろと言われても、容易ではない。

  

「今度は大丈夫さ。……あぁ、少し待ちなさい」

「…………」

 

 マーリンは俺に渡そうとしたそれをもう一度抱え直すと、何事か呟く。

 

「───さぁ、これで大丈夫だよ」

「いや、明らかに怪しいだろ、今の行動」

 

 絶対に何か良からぬことを企んでる。 

 

「ふむ。この後、王に君を連れてくるよう命じられているのだけど、君はそのままでいいのかい?」

「…………」

  

 それを言われると、もはや残された選択肢は一つしかなくて。

 観念して差し出されるそれを手にとり、一気に飲み干した。

 

「味は、しないな」

「秘薬だって、その風味がいつも奇妙なものとは限らないよ。それでは行こうか」

「───あ、あぁ」

 

 なんだか拍子抜けだった。

 呆気に取られる俺の横を通り抜けた老魔術師に続き部屋の出口に向かう。

 おそらく、これからあの王のもとへと向かうのだろう。

 

 もしかしてさっきのマーリンの行動は、秘薬の味を消してくれていたのかもしれない。

 そんなあり得ないことを考えながら、魔術師の塔を後にした。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉がギギギ、と軋む。

 開いた先に広がる部屋には、頭上から白い光が差していた。

 

 歩き出したマーリンの向かう先には、昨夜と同様に玉座に座す王の存在。

 違っているのは、その玉座の両隣に二人の騎士が控えていること。

 

 片方に佇むのは、長身で長い薄金髪の男。

 顔つきは優男っぽい感じだけど、その目と口は生真面目そうに一文字に閉じられている。

 首まで覆った銀の全身鎧に白と紺の外套。 

 胸元には小さな十字架が二つほど下げられていた。

 

 もう一方の男はクスんだ黒の髪を後ろに流した、これまた嫌みなほど長身の騎士で、隣の男と似たような装いをして佇んでいる。

 こちらの男も口はピシッと閉じられていたけれど、目は開いて俺を値踏みするかのようにこちらを見据えている。

 

「───マーリン。やっと来ましたか」

 

 王がこちらの存在を認め、隣の老人へと話しかける。

 その凛とした声が今度は日本語で聞こえて、本当にちゃんとした秘薬だったんだと驚く。

 

「王よ。この老体を左様に急かすことはどうかご容赦頂けませんかな」

「……よく言う。それで、そちらの少年はもう?」

「ええ。しかし、少々込み入っているので、そちらで先に事情を話させていただきましょう。

 少年よ、しばらくそこで待つといい」

 

 マーリンは俺を一瞥してそう言うと、王の傍へと歩み寄る。

  

「──────」

「──────」

 

 二人が何やら遣り取りを始め、手持ち無沙汰になる。

 言葉が分かるようになったからって、声が聞こえなければその効果はない。

 ただ、呆っとその光景を眺めた。

  

 昨夜は神秘的な雰囲気にただただ圧倒されていたけれど、注意がマーリンに傾いている今なら落ち着いて観察することができる。

 そうして分かるのは、実は王の身体がすごく華奢だということ。

 たしかに遠目に見ても明らかに分かるその王気なのだが、有り余るほど端正な顔と合わさって、どこか可憐な少女のようにも見える。

 ……一度そう考えると、そうとしか見えなくなるから不思議だ。

 普通に考えて、あのアーサー王だとしたら少女であるはずがないのに。

 

「──────かもしれませんな」

「──────なるほど、道理で」

 

 王がこちらに視線を向け頷く。

 気の抜けた様に見つめていた視線とぶつかって、心臓がドキリと跳ねた。

 

「貴方は、未来から来たのかもしれないのですね?」

「──あ、えっと、はい、そうです」

 

 慣れない敬語を使う。 

 そのぎこちなさが気に障ったのだろうか、後ろに控える騎士達が眉根を寄せた。

 

「……なるほど。それでは、貴方はその知識を何か役立てることができますか?」

「い、いやっ、そんな急に言われても、俺は向こうじゃ唯の学生だったし……」

「……そうですか」

 

 王の声が少しだけ気落ちしたような気もするが、その表情に変化は無かった。

 ……しょうがないじゃないか。

 そんな薮から棒に言われたって、俺ができるのはガラクタ弄りと料理くらいだ。

 

「では、未来から来たという情報は伏せておく方がいいでしょう。外敵を呼び寄せる種になる」

「そう、ですね」

 

 あまりイメージは湧かないけれど、吹聴してわざわざ注目を浴びる必要はないだろう。

 

「……差し当たり、この国に滞在するというのはどうでしょうか? そうすれば、そこのマーリンが貴方の時代に戻る手助けを行えるかもしれない」

「それは、願ってもないことです、けど……」

 

 こんな都合のいい話があってもいいのだろうか。

 ここは大昔かもしれないのだ。俺一人分の食糧でさえ貴重な物であるのは想像できる。

 

「──もちろん、見返りは相応に要求します」

「……俺に、できることなら」

 

 俺だって、ただ助けてもらうなんて嫌だ。

 自分にできる範囲でなら、何だってする。

 

「いいでしょう。では貴方は──戦うことが、できますか?」

「────え?」

 

 全然予想していなかったその言葉に、思わず締まりのない声を上げた。

 たたか、う? 

 いったい何と、何のために?

 

「我が国は長年、戦乱の時代を耐え抜いてきました。しかし最近、一際不穏な気配がこの国を取り巻いています。それ故にマーリンには此度、様子見に出かけてもらっていました。

 ……予想以上に、時間が掛かったようですが」

「王よ、老体に更なる鞭を入れるのはやめて頂けませんかね?」

「……貴方のことだ。どうせ、湖の姫に不埒な真似でもしていたのでしょう」

「──いやはや、この老いぼれの唯一の愉しみですから」 

「……まったく」

 

 二人の会話が遠く響く。

 現実味の無い先程の問いかけに、意識は完璧にとらわれた。 

 戦乱。戦争。たしかにここは平和な日本ではないのだ、そういうこともあるのだろう。

 だけれど、自分がそこに関わっていくっていうのは、全くの予想外ってヤツだった。

  

「俺が、できること……」

「マーリンによると貴方は魔術師らしいですね。

 ……此度の外敵は恐らく魔術を用いる。出来れば、こちらの側にもより多くの魔術師が欲しい」

「……魔術師って言ったって、俺にできることはてんでたいしたことじゃない、です。力になれるかどうか……」

「そこのマーリンは甚だ遺憾ですが、優れたメイガスです。教えを乞うのも一つの手段でしょう。それに魔術でなくても、気づいた時に貴方の知識を用いてくれればいい」

「…………」

 

 自分の知識が役に立つのは、何が出来るのか分からないけれど、俺にとっても嬉しいことだ。

 魔術を学ぶことだって願ってもないこと。

 ……だけど、戦争に手を貸すってことは違う。

 その結果自分の命が失われることが嫌なのではない。自分が見知らぬ人の命を奪うことが、到底容認できないのだ。

 

「……もしも貴方が嫌なのなら、無理強いはしない。

 だが私としては、国を守るために使い得る力は何であろうと用いたい」

「───守、る?」

 

 国を守る。つまり人々を助けるということ。

 もしかして、俺が手を貸さないことによって命を失う人がいるということなのだろうか。

 脳裏にギネヴィアや目の前の王、見知らぬ人々の顔が浮かぶ。

 

「───いや、手を貸す。俺に出来ることなら何でもっ……します。」

 

 それは、嫌だ。 

 人を殺す手伝いなんて絶対にしたくないし、するつもりもない。

 だけど、守ることができるかもしれない人を失って自分だけ素知らぬ顔で生きているなんて、耐えられない。

 俺は誓ったのだ──あの日、あの夜。

 切嗣に向かって、絶対に『正義の味方』になるんだって。

 

「──良い覚悟です。それでは、大事なことを先にしておかないと」

「え?」

 

 王がそう言って腰を上げる。

 上方から差す陽光がその金色に反射して、瞳を眇めた。

 

 

 

 

 

「───我が名は、アーサー。ウーサー=ペンドラゴンの嫡子たる、ブリテンの王。

 ───問おう。貴方の名は?」

 

 

 ……俺はこの光景を、恐らく一生忘れないだろう。

 

 毅然としたその声は、広大なこの部屋にもよく響く

 突き刺さる光が一層強まった気がした。

 日輪が照らすその人は、この高峻な空間に完璧に決まっていて、

 俺はその絵画みたいな場景を、ひたすら眺め続けた。

 

  

 

「俺、は、士郎。俺の名前は、衛宮、士郎……です」

 

 呆然と呟く俺の姿は、きっと無様で、

 どう考えても不釣り合いだなと、他人事のように考えた──

 

 

 

 

 ────そのとき

 

 

 

 

「───もう、我慢できません。王よ、この無礼者に処罰を──!」

 

 ──側に仕える金髪の騎士が、腰の長剣を抜きつつ、叫びを上げた。 

 

 

「え、えっ、えええ!?!??」

 

 何がなんだか分からない。

 さっきからずっと不機嫌そうだったけれど、もしかしてずっと我慢してたのだろうか。

 全く心辺りのないはずなんだけど、こちらに詰め寄るその剣幕はもの凄くて、一気に身を退ける。

 

「──この男。先程からの王に向かってのその粗暴な話し方、目に余るものがあります! 

 貴様ッ、王が寛大だからといって調子に乗って──!」

「えええええええ!!!?!? いやいやいやいや!!!!」

 

 もしかして、そんなことでこんなに激怒しているのだろうか。

 いや、もちろん、王様に対する言葉遣いってのが重要なのは分かってる。

 俺の敬語はぎこちなくて、たしかに無礼だったのかもしれないけれど、そんなに怒ることか──!?

 

「──控えろ、サー・ベディヴィエール。彼は異国の出身だ。秘薬を用いたと言っても、こちらの言語には疎いのだろう」

「しかし、王に対しまるで長年連れ添ったかのようなその気安さ──!」

「──そうだ、王よ。こういったことは初めにきっかりしておかなければならない」

「……貴方もですか、サー・ケイ」

 

 もう一人の騎士の方も加わって、三人揃って議論を交わしだす。

 どうやら俺の味方は王しかいないらしく、しかも二人の勢いに押されてしまっているようだ。

 俺はそれをおろおろと見ていることしか出来ず、時折こちらに向けられる金髪の男の鋭い眼光に、おっかなびっくりするしかない。

 

 だから助けを求めて、この場にもう一人俺の仲間になってくれそうな人物に目をやると──

 

 

 

「──ふむ、いらぬ気を回したかな?」

  

 ソイツは、心底不思議そうにそう呟いた。

 

 

 

「──は?」

「いやなに。迅速にとけ込めるように、秘薬にちょっとした魔術をかけて気安い物言いしかできないようにしてやったのだが。どうやら、要らぬ心配だったかな?」

 

 いつのまにか、口論していた三人も静まり、こちらを呆れた様に見ている。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 

「──こッの、くそ野郎ッ──────!!!!」

  

 三対の目はどこか憐れみを湛えている気がして、俺はその視線から逃げる様にそう叫んだ。

 やっぱりコイツ、嫌な奴だ。

 

 




マーリンの一人称を僕にしようとしましたが、どうしても馴染めなくて断念。
士郎の口調は温厚なベディヴィエールさんも怒るほどです。






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