「────ぐ、っ」
ぎちり、と嫌な音を立てて亀裂が奔る。
同時に感じる猛烈な、されど馴れているはずの痛みに、今は耐えきれず声を漏らした。
駄目だ。これじゃ、いけない。
数秒先の失敗を確信する。
「────ハァッ────、ぁ」
落ち着け。
失敗する以上、今から考えるのはより良く失敗すること。
息を吐いて心を落ち着かせながら、できるだけ慎重に魔力を霧散させていく。
こうなってしまえば魔術回路なんてもはや不要だ。まだ魔力を保有する、作り出したばかりのそれを消失させる。
「────ふぅ」
気張っていた身体を弛緩させるように、更に深く息を吐き出した。
相変わらず魔術は形にならなかったけれど、どうやら今日も命を拾ったらしい。
「──────ふむ」
真ん前で一部始終を観察していた老人は、得心がいったとばかりに一度頷く。
それから俺の息が整うのをやや待って、丁度話を切り出すタイミングだと思ったのか、おもむろに口を開き、
「────少年。その修練、二度とする必要はないよ」
などと、ふざけたコトを抜かしやがった。
悪戯じじいによる理不尽を断腸の思いで耐え、なんとかかんとか口調の矯正をさせたのも寸刻。
とりあえず、何はともあれ俺の魔術の程度を知る必要があるとの事なので、マーリンと共に再び古びた塔へ戻ってきた。
衣食住他諸々の手配には少し時間がかかるらしく、昼過ぎに誰か使いに遣ってくれるらしい。
使いだとかなんだとかあんまり仰々しい扱いは申し訳ないし、正直居心地のいいものでもないのだけど、こっちは何から何までお世話される身。そんな事をつべこべ言うよりも、自分の出来る事を探す方がいいだろうと思った。
で、だ。
もちろん、俺の魔術が拙いなんてことは分かってる。
そりゃあこちとら今までこの鍛錬は欠かさず、毎日もれなく死にかけてきたのだ。
ああ、十分過ぎるほど自分の未熟さってヤツは理解してる。
「…………どう言う事だよ、それ」
────だからって、今まで続けてきた事を否定されて、ムカつかない訳がない。
「言った通りさ。君が日課と称するその魔術鍛錬は二度とする必要がないという事だよ。ありていに言えば、無駄なんだ」
「────な」
頭が真っ白になった。
──無駄
八年間毎日必死に続けてきたこの鍛錬が、無駄。
「────そんな、バカなッ……!」
「真実だよ。そのような鍛錬に命を賭して毎夜挑むなんて、等価交換の瓦解も甚だしい。
そんなやり方では、いつまで経っても魔術の上達なんて在りはしない」
「そんな、訳──」
嘘だ。聞こえない、認めたくない。
だって、この鍛錬は──
「────この鍛錬は親父に教えられたんだっ!
一日も欠かさず繰り返せって、そう言ったんだッ! だから、間違ってる筈──」
ない。
そう言いたいのに、言い切りたいのに。
老人のふざけた態度は鳴りを潜め、まるで偽らざる事実だと言うかのように、今はただ淡々と言葉を紡ぐ。
「ふむ。それではまず、その魔術鍛錬の内容を確認しておこう」
「…………」
「君が先程行おうとしたのは、基本的な『強化』の魔術。形あるモノに自らの魔力を通し、存在を高め、その物質の属性の強化を成すもの」
「あぁ、そうだ。…………確かに、俺は失敗だらけだけど、だからこうやって毎日──」
「まぁ、それはいいんだ。色々と気になる部分はあるけどね。
問題は、その前段階」
「……?」
「君は魔術行使をするその度、魔術回路を作り出しているね?」
……何を言っているんだろう。当たり前の事じゃないか。
魔術回路とは文字通り生命力を魔力に変換し、生成する疑似神経。これを作り出さなきゃ魔力を生み出せないし、魔術行使なんて不可能だ。
「ああ。そうじゃないと魔術なんて使えないからな」
マーリンは俺の返答を聞き、やっぱりかと言いたげに軽く笑った。
「それが、誤っている認識なのだよ。
たしかに君のやっているように眠った状態にある魔術回路を開く必要はある────ただし、それは初めて魔術を使う時のみ」
「…………」
「いいかね。魔術回路というものは、一度開き、固定すれば、それ以上手を加える必要がないものなんだ。君は身をもって知っているだろうけど、魔術回路を作る、つまり開くことは、多大な痛みを伴う。その過程に於いては僅かでも気の弛みを許した瞬間、神経は内部から喰い破られ、命をいとも簡単に落としうるだろう。
故に、通常の魔術師は初めに回路を開いた状態で固定させることによって、それ以降は自己の意思で魔術回路の切替を容易く出来るようにする」
「────と、まぁ、そう言う訳で君のやっている事は無意味なんだ。
これ以上、毎日多くの労力と時間を費やしてまでそんな事をする必要はないよ」
反論は、なかった。
もとより俺の知識なんて、八年前から親父が死ぬ五年前までの三年ぽっちのものだ。
アーサー王を支え続けたとされる魔術師の知識は、きっと、全くもって正しいのだろう。
だけど──
「それでも…………!」
──切嗣が言った事が、今までやってきた事が、無意味だったなんて認められない。
あんな風になりたかった。
苦しんでいる人を助け、みんなを幸せにできる。そんな、正義の味方に。
だけど、俺は無力で。魔術の才能なんかも全然なくて。
──それでも、努力を続けていればいつか何かに届くと信じて、小さな自分を積んでいく事しか出来なかった。
「──────」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
強く強く、拳も握り締めた。
老魔術師はその間、ただこちらを見澄ましていた。
駄々を捏ねるような俺に嫌気が差しているのかもしれない。なにせ、コイツの言っている事は真っ当だ。正しい事を頭ごなしに否定されれば、苛つくのは当たり前だろう。
そんなことは判っている。
「──────」
それでも、認めたくは────ない。
部屋は無音に包まれている。
マーリンは俺の様子を観察し、何を思ったか。顎を片手で覆い支え、ふむ、と一言呟いたのも束の間。やおら、今まで保っていた沈黙を自ら破り、
「────私は、“これからは"、必要がないと言ったのだよ」
──と、いつもの調子で口にした。
……
……
……
「…………え?」
「たしかに、君が今まで行ってきた事は常軌を逸している沙汰だ。毎晩死にかける事を代償に魔術の失敗を繰り返すなんて馬鹿げている。八年もの長き年月それを貫き通すなど、誰も彼もできることではない。指導者を疑い、そして自らの行いに疑問を持った時、その魔術行使は使用者の身を滅ぼすだろうからね」
「だが、君は生き残った。ならば、それはもはや必然だ。
それは君の精神性故か、無謀な鍛錬による存在の変革故か、はたまた──まぁ、何に因るかは定かではない。
……しかし、成る程。通常神経がもはや魔術回路へと変貌した、その歪さ。本来、魔術回路は純然たる魔力を生成し、それを運用する動源ともなる唯一無二の器官だ。異物が混じったその回路では、もはや精密な一般魔術の行使など望むべくもない。────しかし、それ故に生じる不利益ばかりが目についていたが、ともすればその頑強さは並の魔術回路を優に凌駕する。それは自らの限界を超え、人の領分に余る魔術行使をも可能にしうるかもしれない。そうか、あるいは君の魔術は──」
「──────ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
慌てて言葉を遮る。もう目の前の人物が何を言っているのかサッパリ分からない。
マーリンはもはや誰に伝えるでもなく、ただ自らの思考を口に出して考えを纏めているようだった。
「────要するに、君の今までの行いを否定する訳ではないと言う事だ。
私が言いたいのは、君は既に得るモノは得ているという事。もはやそれ以上その鍛錬を続けたとして、特筆して改善する要素もあるまいよ」
「……それってつまり、今までの事は間違っていないって事……なのか?」
「ああ、そう言ってもいいだろうね」
握り締めた拳を緩める。
ふぅ、と溜め込んだモノが吐き出しされた。知らず、息を深く吸い込んでいたのだ。
身を焼くような焦燥感が、すうっと消えていくのを感じる。
──安心した。
今までの自分が、切嗣の教えが、間違っていなかったと知って、心底ほっとしたのだ。
「──と言う訳で、君には魔術回路の固定化に励んでもらうことにしよう」
「──え?」
唐突に身を乗り出したマーリンが俺の胸に手を突き、何事かを呟いた。
「──────っがぁあああああ!!!!!」
熱い。
熱い。
熱い、熱い、熱い……!
「アッ──────ぐ、っ」
体が燃えるように熱い。
手足の感覚が末端から麻痺していく。
熱は特に背骨に集中し、もはや立っていられない程の痛みとなり体を突き刺してくる。
「─────なに、を……」
知っている。俺はこの感覚を、知っている。
これは、失敗だ。
魔術回路を作り出そうとして失敗した時に起こる、拒絶反応そのものじゃないか───!
「君の閉じている魔術回路を無理矢理開き、その状態を固定化した。要するに、君がいつも魔術を使う時の状態のままにしたんだ」
「な──んだっ、て──」
意識がくらりと揺らめく。
まるで40度を超える猛熱に魘されているのようだ。
もう、自分がどうやって立てているのかさえ覚束無い。
「先程述べたように、一般の魔術師は自らの意思で魔術回路のオンオフを切り替えられる。
君にもその程度は手早く出来るようになってもらわないとね。故に、否が応でも切り替えなければいけない状態にして手間を省かせてもらったよ。
まぁ、死にかけるような目には慣れているだろう?」
嗚呼。すごく、文句を言いたい。
せめて一言あってからこういうコトをするべきじゃないだろうか、普通。
コイツ、ちっとも懲りてない───。
「──────ッガ」
だけど、それも後回しだ。
とにかく今はそんな余裕ない。
余計な事を気にしていると、次の瞬間には体を燃やし尽くされそうだ。
「君がいつもしている事をすればいいのさ。その状態を少しでも楽にする為、己が全てを統括すべく精神を集中させるといい」
捉えどころのないような飄々とした言葉が、今だけは意識を現実に残した。
言われる通り、呼吸を落ち着かせる。
そうすると、手足の神経が少しずつ感覚を取り戻してくるのを感じた
「ふむ。やはりこれも例の鍛錬の恩恵か。君は随分と、自己のコントロールが得意なようだね」
……なんだか褒められている気がするけれど、未だ体は大量の熱を保っていて、とにかく今は気持ち悪い。
「どれ、予想以上に元に戻ってきているようだし、食事にでもしようか」
マーリンが椅子を二つ抱えて手前に置く。
その手には、中くらいの黒っぽいパンが二つ収められていた。
「…………正直、あんまり食欲はないんだけどな」
「なに、食とは生命の源。何か口にする事で一層気分を落ち着かせられるというものだ。それに、食べられる時に食べておかないといけないよ、少年」
「それは……確かに、そうだ」
マーリンの言う通り、気は紛れるかもしれない。
───否。そんな心構えで食事をしてはダメだ。
俺自身料理をする人間。出された物に真剣に向き合わないと、作った人に失礼ってもんだ。
こちらに向けて抛られるそれをなんとかキャッチし、いただきますと呟いて口にする。
「───美味しいぞ、これ」
一欠片咀嚼した瞬間、仄かに芳ばしい薫りが口に広がる。
パンの味自体は簡素だけど、生地に挟まれたクルミのような物が丁度良いアクセントとなっている。歯応えは現代のそれと比すと十分すぎるほど硬質なのだが、それでも丁寧に加減をして作られたのだろう。作り手のパンに対する真剣な意図が感じられた。
「うん、これ本当に美味いな。
この時代の食べ物って、もっと雑なんだと思ってた」
「…………」
「この分じゃあ、イギリス料理が不味いってのも宛にならないな……うん───マーリン? どうしたんだ?」
常に思うがままを成していた老人は、何故か、くっ、と唇を強く噛み締め、明らかに遺憾の意を露にしていた。暫く俯いていたソイツは、そのまま噛み砕いたパンをこくりと飲み込み、小さく小さく呟いた。
「…………嗚呼、君は美食の時代からやって来たのだね」
「……?」
いや、そりゃ色々恵まれてた時代だと思うけどさ。このパンだって全然負けてないぞ。
くしゃり、ともう一欠片噛みいれ、その味を再び楽しむ。
体が熱に包まれている事も相俟って胃も大きく蠕動し、食道を通ったらすぐ消化されるかの勢いだ。
「そのパンは特別だよ。
…………まぁ、夜になれば君も分かるさ」
「…………」
それがあまりにも辛酸をなめるような様相なので、ツッコミたい事は沢山あったけれど、何も口にする事は出来なかった。
くしゃりくしゃり、と、咀嚼音だけが部屋に落ちる。
なんだか変な雰囲気だなぁと思いつつ、気を紛らせるため故郷の街について考えた。
本当だったら、今日は日曜日の休日。
すごい密度な出来事の連続で数日にも感じられるけれど、まだ一日程度しか経っていないのだ。
藤ねえや桜は今日も学校で家には来ないだろうけど、明日になれば、俺が何処にも居ないってバレちまうだろう。それに、明日からの学校だって無断欠勤だ。
「……どうすれば、帰れるんだろう」
そんなことをつらつらと思っていたからか、誰に言うでもなく隠していた思考が漏れ出した。
時間旅行だなんて、既にそれは魔法の領域。俺は言うまでもなく、そんなことが出来る奴なんて聞いた事もない。元の時代に本当に帰れるのか、それすらも危うい。
「……ふむ。そちらの件は私の方で調べてみよう。
差し当たり、君はこちらの生活への適応を最優先にすればいい」
マーリンが俺の独り言を拾い、そう投げ返してくれる。
その言葉を聞いて、弱気になっている自分に気付いた。頭を振って、意識を切り替える。
「……いろいろと、すまない」
「気にする事はないさ、私が好きでやっている事だ。
……どれ、ここまでにしようか。今日のところは魔術回路のスイッチ構築だけに専念すればいい。明日も午前中にまた来なさい、今日の続きをしよう」
「……ああ、ありがとう」
パンの最後の一片を放り込み、湧いて出る不安と共に呑み込んだ。
なんだかんだ言っても、コイツはいい奴なのかもしれない。
こっちの言語を話せるようになったのもマーリンの御蔭だし、魔術の鍛錬もきっかり納得の行くように説明してくれた。
「───さて、食事が済んだなら急ぐといい。誰かが外で君を待っているよ」
「───早く言えよそれっ!!」
……地の性格がどうしようもないのが、玉に瑕だが。
こうしては居られない。
マーリンの事だ。いつから外に人が居る事を黙ってたかなんて、わかりやしない。
ああもうッ、と悪態をつき、即座に椅子から立ち上がって入り口へ向かう。
挨拶もそぞろに早足で駆け出し、扉を乱暴に開いて部屋を後にしようとして、
しかし
「───少年よ」
───その俺を、老魔術師は呼び止めた。
なんだよ、と言いかけるのを呑み込む。
その声は緩んだ空間を途端に凍らせる、冷然とした真剣味を帯びていたからだ。
知らず息を呑んでゆっくり振り返り、薄暗い部屋に佇む老人を視界に収める。
「───物事には、必ず幾つかの要因と必然の結果がある。
それは、先程のパンが美味と感じるように、川が上流から下流へと流れるように、星々が夜の空で瞬くように、全ての現象には何らかの要因が存在するんだ。
───なれば、君が今此処に居る、それすらも何らかの必然性を伴う事象なのだろう」
言うべき言葉はない。
俺は老人の語りに一言も返す事なく、踵を返した。
「───故に、私は期待している。
君という小さな存在が、どのような変化を必然であった筈の運命に齎すのか」
彼が何故そんな事を言うのか分からなかった。
しかし、だからこそ
その言葉は、超然と頭に響き渡った。
◇
「───あんたは」
「……お待ちしていました、エミヤ殿」
熱で振らつく体を気力で抑え、ダダダッー、と言わんばかりに急いで階段を下りた先にあったのは、先程俺に喰ってかかった薄金髪の騎士の姿だった。だがしかし、玉座でのあの剣呑さは鳴りを潜め、静かに御辞儀をして俺を迎えている。
「確か……ベディヴィエールさん、だったか?」
「はい。貴方の滞在場への案内に参りました。それと、私の事はベディヴィエールで構いません」
「───分かった。でも、なんであんたが? てっきり、誰か別の人が来るのかと思ってた」
「……先程の無礼の謝罪をしたく思い、その役を買って参りました」
「───知らずとは言え、貴殿の名誉を侮辱したこと、心から謝罪申し上げます」
そう言って更に深く頭を下げる、一人の騎士。
「──────って、やめてくれっ!! アレはあんたのせいじゃないだろ!!!」
そう。
あの騒動の原因はただ一人。
こんな風にされると、居たたまれなくて仕方ない。
「……そう言って頂けると幸いです。それでは、向かいましょうか」
ベディヴィエールが顔を上げ、歩き出す。
俺も遅れないようにその背に続いた。
「ああそうだ、俺の事は“衛宮殿"じゃなくて“士郎"って呼んでくれ」
「───ではシロウ殿、と」
「……うん。好きなようにしていいさ」
無理矢理ってのもアレだしな。
それにそう言った事に関しては頑固そうだ、この人。
「そういえば、なんで外で待ってたんだ? 呼びにきてくれればすぐに行ったのに」
「たいした時間ではありませんでしたから。
……それに、魔術師殿の工房に単身乗り込むには、装備も時間も到底足りません」
「……」
なんか、嫌な事を聞いた気がした。
「こちらが貴方の部屋になります」
彼に案内されて辿り着いたのは、城内にある一室の扉だった。
その扉を開けて中に入ると、そこには簡素な寝台と小さな机二卓ほどが備えられているのが見て取れた。片方の卓上には花瓶が置かれ、素朴な黄色の花が一輪飾られている。もう一方の机は恐らく食事用か何かなのだろう。とりわけ調度品があったり豪奢であったりという訳ではないが、家政婦みたいな人でも雇っているのか、室内は綺麗に掃除が行き届いていた。
「……こんなに良い部屋使って、本当にいいのか?」
「はい、これは王と魔術師殿による命です。どうぞご自由にお使いください」
……うん、やっぱり良い部屋だ。
和室と洋室という違いはあるけれど、飾り気の無い雰囲気は冬木の自室に似通った物を感じる。
昨夜の地下牢とは比べ物にならないくらい恵まれた環境に、素直にありがたく思った。
「───それでは、晩食はこちらの部屋に持って遣らせます。
何かご不満がありましたら、いつでも声をお掛けください」
「うん。何から何まで本当にありが───ぐっ、───ガっ」
「───シロウ殿っ! どうしたのですか!?」
───熱が奔る
どうやら、張っていた気が緩んでしまったらしい。
魔術回路は未だ興奮状態を続けており、痛みの振動が身体を突き抜けた。
いちいち声を漏らす自分は情けなかったが、それよりも目の前の騎士に対して申し訳なかった。
根が優しいのだろう。狼狽し、こちらを本気で心配してくれている。
「……だ、大丈夫。ちょっと、風に当たりに行っていいかな?」
新鮮な空気を吸って、熱を冷ましたい。
「───わかりました。それでは、うってつけの場所へと案内しましょう」
うん。やっぱりいい人だ、この人。
手をお貸しましょうか?と言ってくれるのには丁重に断りを入れながらも、そう思った。
◇
かつんかつんかつん、小気味のいい音が響き渡る。
今、俺はベディヴィエールの背に追従し、城壁の上へと通じる階段を登っている。
昔の城壁と連想すると乱雑にゴツゴツしたイメージがあったのだけど、此処は想像以上にきちんと整備されていた。
……ただ一つだけ、ちょっとした問題がある。
いや、確かに階段も同じように造り込まれていて歩きやすく、彼の鎧が踏みしめる度に快活な音が鳴るのだが、思った以上に城壁が高くて階段の道のりも峻険なのだ。柳洞寺の山門へと続く長い長い階段を思い出した。
「ハッ───ハァ、ハァ、ハァ───」
普段なら問題なくても今の体調では少しばかり辛いものがある。
気分を落ち着かせる為なのに、これじゃ本末転倒だ。
百パーセント善意の行為なんだろうが、ちょっとばかし抜けた所がある人なのかもしれない。
……それでも、あの真面目そうな騎士が太鼓判を押す景色が上にあるらしい。
なにせ、登っている時には景色を見ないようにしてください、とわざわざ言うぐらいなのだ。
是が非でも見てみたくなった。
「ハッ───フッ───」
───そうして、階段の終わりが見えてきた。
案内人は先に辿り着き、こちらを振り返っている。
どれだけそこからの景色に自信があるのか、その顔は俺の到着への待ち遠しさに溢れていた。
魔術回路による熱か息切れによる熱か、どちらか判らないくらい頭はふらふらだ。
それでも、残った力を振り絞り、最後の一段を踏みしめ、勢いよく後ろを振り返る。
「──────」
───言葉を失くした。
先程まではすぐにでも倒れそうだったのに、今はただ呆然と立ち尽くす。
それでは、と去り行く声が背後から聞こえた。
「───
キャメロット。アーサー王の築いた、ログレスの都。
そしてそれを象徴する、光り輝く王の城。
庭園や玉座を見ただけでも立派だったけれど、こうして改めて全体を眺めると壮観だ。
いかなる石材をもって建造されたのか、研磨し尽くされて煌煌と輝く
築造されてより年月はそう経ていないだろうに、どこか神さびた雰囲気を漂わせる城門の扉。
決して華美な造りはされていないのに、神聖な雰囲気を感じさせ、この上なく綺麗なものに見えるその佇まい。
王の姿を見た時にも思ったけれど、この城もまさしく彼の伝説の城なのだろう。
辺りを見渡す。
まず目に付くのは、緩く隆起し、一面を草原に覆われた、新緑の丘陵。
陽光がその草花を照らし、燦々と黄金色に大地が煌めく。
軽やかな喧噪が地上から聞こえて、耳を傾ける。すると、近代的な機械音は無けども、賑やかな人々の営みが楽奏のように鼓膜を揺さぶった。
仄かに湿気った海風が頬をさらう。耳を寄せれば、白波が岸を荒々しく打ち付けているのが遠く聞こえる。目を向ければ、気まぐれな風で波が逆巻いているのが見てとれた。
天を仰ぐ。果てしない空。その色は青く、どこまでも深い紺碧の色彩。
空気は清冽と澄み渡り、大きく深呼吸をすれば、灼け付いた体が穏やかに癒される気がした。
「──────」
今、心から理解した。
自分が、果てしなく遠い時代にやってきたという事を。
───遥か遠きこの都は、悔しいくらい美しかったから。
士郎のベディヴィエールに対する態度に迷いました。結局タメ口っぽくしてしまいましたが。。
士郎がどれだけアーサー王の物語を知っているのか気になります。人並みに知ってるとのことですが、人並みってどれくらいなのでしょうか。