現代日本で超能力に目覚めちゃった件について   作:二度見屋

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第12話

 事務所の狭い窓から搬入口を見下ろすと、そこには一週間ぶりに戻ってきた田中真也の背中があった。

 

 俺は手元のシフト表に目を落としながら、小さく息を吐く。

 

 この『スーパー・サニーデイズ』の雇われ店長になって結構経つが、人手不足とシフトの穴埋めに追われる日々は、かつて夜の街で無茶をしていた頃よりよっぽど神経を削られる。あの頃は拳一つで解決できたことも、今じゃ腰を低くして謝るのが俺の武器だ。左手の結婚指輪が、今の俺をこの平穏な、しかし窮屈な日常に繋ぎ止めている。

 

 だが、昔取った何とやらで、腹の底に何かを抱えているヤツの「匂い」には、未だに敏感だった。

 

 今の田中からは、その匂いがぷんぷんする。

「……必死だな、あいつ」

 復職して三日目。俺の提案でバックヤード専属になった田中は、以前の彼とは別人のように働いていた。

 

 以前の田中は、要領はいいがどこか冷めたところのある「今時のバイト」だった。だが今は、大型トラックから降ろされる重い飲料ケースや、山積みの段ボールを相手に、格闘でもしているかのような熱量を見せている。

 

 慣れない作業のせいか、足取りはおぼつかない。検品のミスも目立つし、作業速度自体はまだまだだ。

 

 それでも、あいつは休もうとしなかった。

 額に流れる汗を拭うことさえ忘れ、何かに追い立てられるように次のパレットへと向かっていく。以前の田中なら「あー、すんません」と軽く流していたはずの失敗にも、今の彼は蒼白な顔で頭を下げる。

「田中くん、そんなに詰め込まなくてもいいよ。一週間ブランクがあるんだから、少しは腰を据えてやりな」

 

 俺が階段を降りて声をかけると、田中は肩をびくりと跳ねさせ、こわばった笑みを浮かべた。

「あ、すみません店長。……でも、大丈夫です。動いている方が、落ち着くので」

 そう言って作業に戻るあいつの目は、俺の後ろにある空虚な空間を恐れているようだった。

 

 隠し事がある。それも、相当に厄介なやつだ。

 

 俺はその隠し事が、この「必死さ」の理由だと何となく察している。あの誘拐事件、田中が何らかの形で関わっているのは確信していた。犯人は捕まったとニュースで言っていたのに、刑事がわざわざあいつを訪ねてきた。そして、子供たちが話していた「おっちゃん」という親しげな呼び方。

 

 警察は田中がここに復職したことを知らない。誰を採用したかを警察に話さなければならない、だなんて法律は無い。

 あの日以来、子供たちは何度も店に顔を出したが、俺はその都度、「田中くんはもう辞めて、遠い街に引っ越したんだよ」と伝えてきた。

 子供たちを騙すのは寝覚めが悪いが、あの子たちの純粋な感謝が、今の田中にとっては毒にしかならないことは分かっていた。

 俺がそう伝えてからは、子供たちも来なくなった。

 

 ……あいつが、何を隠してるのかは分からない。だが、世の中には表に出せない事情というやつがある。俺自身、今の平穏を手に入れるために捨ててきた過去や、墓まで持っていくと決めた秘密がいくつもあるから、あいつのあの「追い詰められた獣」のような目は放っておけなかった。

 

 昼過ぎ、事務所に戻ってきた田中が、報告書を差し出してきた。指先が泥と段ボールの脂で汚れている。

「店長、倉庫の奥の在庫整理、終わりました。……次は何をすればいいですか」

 

 俺はパイプ椅子に背もたれを預け、彼をじっと見据えた。

 

「田中くん。君、前よりずっと仕事に熱心になったね。……前はもっと、こう、楽にやろうとしてたじゃないか」

 あえて少し踏み込んだ言い方をしてみる。

田中は一瞬、言葉を詰まらせた。

「それは……その。今まで迷惑をかけた分、返したいというか。……すみません」

「謝ることはないよ。店長としては大歓迎だ。でも、何かを必死に埋め合わせようとしているようにも見える」

 

 俺はそこまで言って、あいつが握りしめている報告書の紙が、くしゃりと音を立てたのを見た。

 

 あいつが何を抱えていようと、俺にはそれを暴く権利も義理もない。ただ、この場所が崩れてしまえば、あいつの居場所は本当になくなってしまうのだろうということは察しがついた。

「……まあ、いいや。何か事情があるんだろうけど、俺は何も聞かないことにするよ」

 

 俺は視線をシフト表に戻した。

「今はただ、人手が足りないんだ。君が熱心に働いてくれるなら、それでいい。何があったとしても、君がここで『真面目な従業員』でいる限り、俺は君を守るよ」

 それは店長としての言葉であり、かつて同じように居場所を失いかけた奴らをまとめてきた男としての、精一杯の連帯だった。

 

 田中は、驚いたように目を見開いた。

 それから、絞り出すような声で「……ありがとうございます」とだけ言い、深く頭を下げた。

 あいつが事務所を出ていく音を聞きながら、俺はデスクの端に置いてある家族の写真を指でなぞった。

 

 日常なんてものは、薄い氷の上を歩くようなものだ。

 警察に知られれば終わり。秘密がバレれば終わり。そんな危ういバランスの上で、あいつはこのスーパーという小さな世界にしがみついている。

 

 俺は、それを笑う気にはなれなかった。誰にも言えない隠し事を背負いながら、それでも今日を生きるために泥臭く働く。その姿は、かつての俺自身にも重なって見えたからだ。

「……さて、特売のチラシ、直すか」

 

 俺は一人ごちて、パソコンの画面に向き直った。

 外は相変わらず、平和を装った街の音が響いている。

 その裏で何が起きていようとも、今日一日、この店のシャッターが閉まるまで、あいつの日常は俺が預かってやることに決めた。

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